第六十三話 燃え上がる歓待
アリムの家に一泊した次の日、俺達は族長の家に呼び出されていた。
なんでも、俺達に聞きたいことがあるらしい。
行き成りの要請に戸惑ったものの、特に断る理由もなかったので、朝食を終えてすぐに族長の家へ向かうことに。
族長の家は街の中心部、一際大きな通りの突き当りにあった。
他の家と同じく無骨な石造りだが、その大きさは一回り大きく、また家に隣接して立派な鍛冶場が設置されていた。
ここまで来てなんだけど、偉い人に会うのは何度やっても慣れないというか、緊張するな……
「そう緊張せんでもええじゃろう、族長は度量の広い方じゃ」
玄関で戸惑っていた所をアリムに勇気付けられ、ゆっくりと大きな建物の扉を開ける。
が、部屋に入ってすぐに、目の前の光景に絶句することになっていた。
部屋の一番奥、壁に架けられたタペストリーの丁度真下にいたのは、幅3m超はある髭面の大男だった。
顔の半分以上を覆う蔦のような髭と、四方八方に伸ばされた白髪が、深く年輪の刻まれた岩盤のような顔を異様に目立たせている。
身長はアリムと同じくそれ程高くはないけど、横幅が想像以上に大きい。
初見で思わず声が出そうになるが、気合で何とか抑える。
アリムが何の反応も見せてい無い事からして、これが族長の通常サイズらしい。
「アリムから聞いたのだが、お主は奇妙な術を使うそうだな」
「え、ええ……」
鯨か象の鳴き声の様な、太く大きい声が建物全体に響いていく。
面食らっているこちらを知ってか知らずか、族長は単刀直入に告げた。
「一つ、我らに見せてもらえんか」
「ええと……もっと広い場所じゃないと、その、危ないと思います」
「それならば、中央の広場が丁度よいじゃろう」
アリムの助け舟に乗って、そのまま街中央の広場へ。
族長と見知らぬ異邦人の集団は目立つらしく、次々と周囲にはドワーフの群衆が集まり始めた。
これだけ観客がいるんだし、どうせならドワーフに喜ばれそうな奴を呼んだほうが良いよな。
とそこで、目の前に聳え立つ巨大な高炉が目に入った。
火を常に使うドワーフ達なら、火属性の魔物を見て悪い顔はしない筈。
思いを込めて札を構え、高らかに祝詞を唱え始める。
「紅蓮の大神よ、古より燃え盛る炎を以て、末世を照らす篝火となれ!」
「召喚! クラス8、熱将烈覇 エンシェント・アグニ!」
空中で橙の光が煌き、直後に激しく燃え上がる炎となって周囲に広がる。
その炎の中に現れたのは、焔の如く赤々とした体を持ち、鋭く尖った棘が全身を覆う双頭の火蜥蜴
体長は40m程、温厚な性格で普段はその力を抑えているが、本気を出せば岩漿にも匹敵するほどの火力を出すことが出来るという、火属性でも最強クラスの魔物である。
上手く呼び出せた事に人心地付いた時、周囲の空気が凍りついたように静止していることに気付いた。
誰もが言葉を発さずにその場で止まっていて、呼吸をする音すら聞こえない。
もしかして何かしくじったか……?
と冷や汗を掻いた、次の瞬間。
「凄ぇ!」「何だこれ!」「どうやったんだ!?」
「えっ、ちょっ!?」
興奮したドワーフ達が、俺目掛けて殺到してきたのだ。
あっという間にドワーフの群衆に取り囲まれ、全く身動きが取れなくなってしまう。
「……皆の者、静まるがよい」
「大丈夫か、怪我などしておらんか?」
「ああ、なんとか」
族長が発した鼓膜がピリピリする程の大声と、背中に担いて運んでくれたアリムに助けられ、どうにか寿司詰め状態らから脱する。
周囲の喧騒が収まった後、この場に集った全員に呼びかけるように族長は話始める。
「旅の者よ、そなたの力、十分に見せてもらった」
「は、はい」
「我らドワーフは、目に見える外見や生まれでその者を区別しない。 力や知識があれば、それだけでその者は信じられるからだ」
一旦言葉を切った族長は、こちらにゆっくり手を差し出して告げた。
「歓迎しよう、旅の者……いや、カムロ殿よ」
「ありがとうございます」
ごつごつした、こちらの何倍もの大きさの手を握り返す。
力加減が良く分かっていないのか、数秒握っていただけなのに痺れるような痛みが残っていた。
「新たな客人の為に、宴を催す!」
「おおー!」
拳を大きく突き上げた族長に続いて、ドワーフ達の咆哮が広場に響く。
「……なんだか大事になってしまいましたね」
「まあ、嫌われてる訳じゃないんだし」
急展開に付いていけない様子のマキヤさんに、肩を竦めて答える。
態々歓迎してくれるというのなら、断る理由も無いだろう。
熱気に包まれる広場では、宴の用意が着々と進行していた。
※
それから数時間後。
「も、もう食べられない……」
「大丈夫ですか?」
限界まで詰め込まれた料理で大きく膨らんだ腹を抱え、アリム家のテーブルに突っ伏す。
「無理も無い、随分歓待を受けておったからのう」
背中を擦ってくれるマキヤさんと、胃薬を探してくれているアリムの優しさが今は素直に有り難い。
宴に出席した俺は、主賓ということもあり全力で饗され、過剰なまでの厚意を受けていたのだ。
歓迎してくれるのは良いのだが、ちょっと押しが強すぎるというか、料理の量がいちいち多いというか……
断って空気が悪くなるのは避けたかった事から、断りきれなかったこちらにも問題があるといえばあるのだが。
「この村では、何時もああなの?」
「基本的にわしらは、来るものを拒まん性格じゃし、それに最近は旅人も珍しかったからのう」
最近は……? と訝しむ俺に、アリムは更に続ける。
「……お主らも出会したじゃろう? あの凶悪な魔物に」
「ああ、最初に会った時の」
「少し前までは、あんな強さの魔物など、この辺りにはおらんかったのじゃがのう……」
確かにあの無秩序なる混沌からの使者はかなり強力な魔物だ。
普通の者達が倒そうとすれば、一個中隊クラス以上の戦力がざらに必要になるだろう。
「じゃからこそ、お主の様な強き者が現れて皆嬉しいんじゃろうな」
そいう事情なら、あれだけの歓待を受けたのにも納得がいく。
あんな魔物がそこらを彷徨っていたら、他の街に行くのも命懸けになっていただろう。
「勿論、わしもじゃ」
「そっか……」
アリムの大きな褐色の瞳でまじまじと見つめられ少し照れ臭くなってしまう、がそれ以上に、異邦人である自分の存在を迎え入れてくれた事が嬉しかった。
胃薬を貰い、ようやく吐き気が落ち着いたところで、話題は俺達の今後の事に。
「お主らは、何時までここにおるつもりなんじゃ?」
「いえ、特に決めては……」
「そうだ、この近くに遺跡とか無いかな? ええと、出来れば古い時代のがいいんだけど」
ここに来る前の出来事から、俺はある程度飛ばされた原因に見立てを付けていた。
もし推測が正しいのなら、この近くにあちらのものと同様の遺跡が存在している筈なのだが……
「そう言われても……難しいのう、我らは鉄の事意外にはとんと無頓着じゃし」
ドワーフは新しい技術を作り出したり、今ある技術を改良することに長けているものの、遥か過去を振り返ることは苦手らしい。
「あるいは森の民なら、知っているかもしれんが……」
「森の民って?」
「…伝説の様なもんでな、ウールスの森深くには、高い知識を持つ森の民が住んでおるそうじゃ」
ウールスの森とは、俺達が初めて会ったあの森の事で、薬草や木の実が豊富に茂っている場所らしい。
「じゃが、その森の民には決して会ってはならんとされておるんじゃ」
それは何時の頃からかドワーフ族に残されていた言い伝えで、村の人々はそれを忠実に守り、森の奥には決して分け入らないようにしているとの事。
「会えば魂を奪われるだの、とても残虐で好戦的な種族だの、色々言われておるが真相は分からん」
「わし個人としては、一度会ってみたいもんじゃがのう……」
寂しそうに窓の外を見つながら、アリムはぽつりと呟いていた。