第六十二話 双硝子に秘める心
賑やかな大通りを抜けた、少し脇道に入った所に、アムリの家はあった。
通りに並んでいる他の住宅と見分けが付かない、というかほぼ同一のデザインで、ドワーフ族の家はデザインよりも機能性を重視した作りになっている事が伺えた。
中に入ってみると以外に部屋は広く、外観は無骨だが、中はそれなりに快適な空間が広がっているようだ。
だが今は、あちこちに散乱した工具や何かの材料で、足の踏み場も無いような惨状であった。
「散らかっててすまんのー、客を呼ぶことなど無いもんでな」
その中を慣れた様子で進んでいったアリムは、手早く部屋の整理を始めていた。
明らかに少女が持つには不釣合いな重量のものであっても、片手で軽々と持ち上げて運んでいくアリム。
俺達は下手に手伝おうとすれば逆に迷惑になるだろうと判断し、大人しく部屋の入り口で待っていた。
「アリムさんは、鍛冶師なんですか?」
「アリムで構わんよ、そうじゃな……この村のものは、大部分が鍛冶か鉄関係に関わっとるからのう」
俺と余り歳が変わらないように見えるのに、既にアリムは一人前の鍛冶師として働いているのだろうか。
確かに、どことなく貫禄のある雰囲気を纏っているけど……
「村の中心にあったあの大きな建物は、高炉ですか?」
と、背後にいたマキヤさんが問いかけた。
後からマキヤさんに聞いたのだが、高炉とは、鉄の原材料である鉱石を溶かす施設の事、らしい。
「そうじゃ、あれは村の誇りでのう、この村が出来てから一度も火を絶やした事が無いんじゃそうな」
これも後から聞いたのだが、あっちの世界の高炉も、基本的には火を付けっ放しにしておくらしい。
鉱石を溶かすにはとても高い温度が必要な為、内部は常に高温状態でなければならないそうだ。
「へぇ、凄いですね」
「そうじゃろうそうじゃろう!」
高さだけでも250m超はある高炉を作ったと言う事も驚きだけど、それを昔からずっと管理し続けていられるとは。
ドワーフの技術力は、帝国等と比べてもかなり高いのかもしれない。
「ありあわせのものですまんが、口に合うかのう」
片付けを終えたアリムは、すぐに夕飯を用意してくれた。
十数分程で完成したゴルボースという名のそれは煮込み料理のようで、ぐつぐつと卓の上で具材が満載された鍋が煮立っている。
「美味しい!」
「ええ、素朴な味というか……安心する感じですね」
例えるなら、生まれ変わる前の世界の豚汁のような味わいだろうか。
よく煮込まれた柔らかい肉と、スープの味が染み込んだ野菜が合わさって、独特の風味と味を醸し出している。
「そうかそうか、良かったのじゃ」
余りに美味しかったので、かなりの量があったそれを俺達はあっさり完食していた。
食後、この村の名産らしいトリーという飲み物を頂いて一休み、味は烏龍茶に似ていて、色は薄い黒色だった。
「そう言えば、二人は夫婦なのかのう?」
「ぶっ!?」
「大丈夫ですか、隊長…」
凄まじい豪速球を投げられ、思わず飲んでいたトリーが気管に入ってしまった。
「げほっ、ち、違いますよ」
「ええ、私とたい……カムロさんは、ただの友人ですから」
「ほう…それは残念じゃのう」
何が残念なんだろうか。
色恋沙汰でマキヤさんに変に意識されるのも嫌だけど、普通に流されるのもそれはそれで引っかかるな……
「それ以外にも色々聞きたいことはあるんじゃが、今日はもう遅いし寝るとするかの」
寝床として、食事を食べた居間を使っていいと言われたので、そのご好意に甘えることにする。
「狭い部屋じゃが、好きに寝てくれて構わんよ」
「ありがとうございます」
「わしは二階で寝とるから、何かあったら呼んどくれ」
取り敢えず羽織れる程度の寝具も借りれた、今夜はどうにかなりそうで一安心。
「一時はどうなる事かと思ったけど、良い人に会えてよかったね」
「ええ……」
椅子を運んで作った簡易ベッドに寝転がると、不思議なくらいすぐ睡魔に襲われた。
今日はいろいろなことがあって、疲れが溜まっていたのだろう。
そのまま、数時間ほど寝入った頃だろうか。
不意に目を覚ました俺は、なんとはなしに外の空気を吸いに家の二階、テラスのようになっている所へ出た。
そこに居たのは、寂しげな背中の女性の姿。
「眠れないの? マキヤさん」
「隊長……」
未だ明かりの消えない街をぼんやりと見つめる、マキヤさんだった。
※
気を使ってくれているのでしょうか、そっと私の隣に立った隊長は、無言でそのまま暫く立っていました。
「ここは、本当に別の世界、なんですよね」
「ああ、多分ね」
そこで一旦言葉を切ってから、あっけらかんとした口調で隊長は告げました。
「でも、話は通じるみたいだし、何とかなるんじゃない?」
隊長がそう言うと、本当にどうにかなってしまいそうに思えるから、不思議です。
「やっぱり、隊長は全然動揺して無いように見えます」
「そ、そうかな……」
照れくさそうに頬を掻く隊長は、まだあどけない歳相応の少年に見えました。
本当は、サモニスでも、いえ、大陸中でも及ぶ者のない力を持っている人だというのに。
「……私は、隊長の事を誤解していました」
「噂の事は忘れてくれって」
「いえ、そうじゃないんです」
そんな隊長を見て、今まで心の中で積もっていた思いが、少しずつ溢れだしていました。
「私は、恨んでいたんです」
「……っ!」
私の一言に、一瞬で貴方の顔が強張ります。
悲しんでいるような、過去を思い出しているような、そんな複雑な表情でした。
「その様子だと、覚えていて下さったんですね、私の父の事を」
「……当たり前だよ」
父の事を、悔やんでいてくれたのでしょうか。
「父との仲は正直良好ではありませんでした、父は、私が軍に入ること反対していましたから」
昔ながらの軍人気質である父は、そもそも女が軍に入る事を良しとしていませんでした。
反対を押し切って入隊した私を父がどのように思っていたか、それを確かめる事は、もう出来ません。
「でも、カムロ・アマチとか言う得体の知れない者を押し付けられて、振り回されて、その挙句に戦死した……なんて聞かされたら、流石に思うものがありました」
「ごめん……」
大丈夫ですよ、貴方が父の事をそんな風に思ってくれただけで、私は。
「お気になさらないでください、今はもう含む所はありませんから」
「本当に?」
「今まで同行させて頂いて、貴方が信ずるに足るべき軍人であると、そう感じました」
実力はもとより、人格面においても、私は貴方に高い評価を付けているんですよ。
こんな不測の事態にあっても、自分を見失わずに前を見続けている事、それだけでも尊敬に値すると思っています。
……多少女心に疎い所は、まあ仕方ないのでしょうね。
「そんな、俺は」
「きっと父も、そう思っていた筈です」
まっすぐな性格の父なら、貴方の事を悪くは思っていなかったのではないかって、今はそう思えるんです。
「……ありがとう、マキヤさん」
数刻の沈黙の後、優しく微笑んでくれた貴方を見て、私の心に暖かいものが溢れます。
「それと、これからもよろしく!」
「はい……!」
願わくば、これからも貴方と、ずっと――