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第六十一話 異邦の会遇

 いつものように野草を取りに森へ出かけた、只それだけの筈だった。

 予想外の不作に焦り、森の奥まで入り込んでしまったのが運の付き、帰る頃にはすっかり夜も更けていた。

 不意を付いて背後から襲い掛かってきたのは、今まで目にしたこともないような凶悪な魔物。

 一撃で吹き飛ばされ、受け身を取る間もなく地面に叩き付けられていた。

 芯まで奔った衝撃と痛みに体が支配され、逃げ出す事さえ出来なくなってしまう。

 しくじった、失敗した、間違えた。

 どんな言葉を重ねたとしても、今最悪の状況に陥った事実は変えようが無い。

 最近皆の話題に昇っていた噂が、どうやらまことだったらしいと今更気付いても、時既に遅し。

 獲物を見定めて舌舐め刷りをするこの魔物は、明らかに自分の領分を越えた存在であった。

 最早抵抗を諦め立ち竦むだけの体に、命を奪わんとその鋭い牙が振り下ろされ――

 

 が、覚悟していた最期の時は訪れなかった。

 代わりに聞こえたのは、静寂を切り裂くような、悪しきものを打ち払わんとするような、鋭い咆哮。

 その叫びが邪なものでない事は、何故か自然に察せられた。


「大丈夫か!?」 


 同時に、この緊迫した状況では場違いな程明るく、それでいて秘めた力強さを感じる声が耳に届いた。

 振り向いたそこに居たのは、見慣れぬ装束を纏った、これまた見慣れぬ種族の少年。

 その歳若い容姿にも驚いたが、それよりも、目の前に現れた信じられない光景に心の底から驚愕していた。  

 

 少年が馬か駱駝らくだの如く騎乗していたのは、伝承の中でしか聞いた事のないような、まさしく大魔獣と呼ぶべき存在だったのだ。

 

「ここは、俺に任せてくれ!」

  

 少年からは魔法詠唱者マジックキャスターに感じられるような魔力も何も感じられず、華奢な体はどう見ても鍛え抜かれた戦士には見えない。

 という事であれば、少年はこの大魔獣の配下だろうか?

 高位の魔物の中には、知性を持つ種族を捕らえて使役するものも居ると聞くが……


 しかし、少年の自信に満ちた態度は、明らかに召使のそれとは違っていた。 

 まさかこの少年が、これ程の大魔獣を操っているとでも言うのだろうか。

 混乱と戸惑いに陥る思考の中、眼前では魔獣達が凄まじい戦いを繰り広げていた。

   

                                     ※


 マキヤさんと二人で目覚めた洞穴へ歩きつつ、話題は自然とこの世界の事になった。

 前世からの積み重ねもあって、M&Mの、召喚獣の世界について知っている事は少くない。

 おおよそどんな魔物モンスターが生息しているかは把握している筈だし、全体的な世界の構造についても、ある程度の知識は備えていた。 


「隊長は、そこまでご存知なのですね」

「知ってるって言っても、あくまで紙の上の知識だけだよ」

 

 こうやって実際に訪れる事なんて、全く想定していなかった。

 召喚獣の存在は知っていた筈なのに、召喚獣が呼び出される元の世界についてはまるで気を回していなかったのだ。

 最も、想定していたとして何か出来たとも思えないが……


「取り合えず、今日はあそこで一泊しよう」


 すぐにでも今後の方策を考えたい所であったが、想定外の事実に動揺したままの頭では、良い考えも浮かばないだろう。

 ここは一晩ゆっくり休んで、また明朝落ち着いてから考えたほうがいい。

 が、すんなり寝床に付く事にはならなかった。


「この声は……」


 再びと言うべきか、俺達の耳に響き渡ったのは、先程倒した大地の灰虎グランド・タイガーとも違う、凶悪な唸り声。


「落ち着く暇も…!」

 

 意識を即座に戦闘態勢に切り替え、右手にカードを握り締める。


「鳴り響け雷鳴よ! 漂う迷霧を斬り裂き、鋭きえい牙で悪意を穿うがて!」

合誓召喚ユニオン・コール、クラス8、電閃雷虎!」


 呼び出したのは、雷の化身と呼ぶべき金色の猛虎。

 その背に乗って声のした方へ急行すれば、そこには巨大な魔物と、倒れこんだ少女の二つの影が。


「こいつは、確か……」


 魔物の方は見覚えがあった、、二対の獅子の顔と山羊の胴体、鷹の翼と牛の四肢を持ち、尻尾からは毒蛇の頭と蠍の尻尾が生えている。   

 M&Mでは、無秩序ケイオス)なる混沌からの使者(ディソーダー・キマエラという名の魔物だった筈。

 確かクラスは7で、かなり凶悪な性能を持つ魔物だった事を記憶している。


「大丈夫か!?」


 こちらの呼び掛けに無言でゆっくり頷いたのは、容積の多い胡桃色の髪をまるで切削工具ドリルの如く巻き付けた特徴的な髪型の少女。

 身長は相棒と同等位だが、側に落ちている巨大な金槌は彼女の武器だろうか? 全身を超える程の大きさがあるが…

 少女は全身に傷を負っているようだが、意識はまだあるようだ。


「ここは、俺に任せてくれ!」


 電閃雷虎に乗ったまま少女を庇うように魔物と相対し、右手に握ったカードを構える。

 

猛焦万雷牙もうこばんらいが!」


 荒れ狂う雷鳴を宿した雷虎の牙が、無秩序ケイオス)なる混沌からの使者(ディソーダー・キマエラに迫る。

 が、二匹の魔獣がぶつかり合った直後、電閃雷虎の喉笛は食い千切られ、雷虎は光の粒子となって消えていた。

 無秩序ケイオス)なる混沌からの使者(ディソーダー・キマエラ特殊能力エフェクトは、戦う魔物の攻撃力パワーを半分にするものと、自身の戦闘と効果による破壊を一度だけ無効にするもの。

 普通に相手取るならば、かなり厄介な相手だ。


「俺のターン、ドロー!」

魔法マジック発動! 暗闇に伸ばす手!」


 右手を翳し、勢い良く宣言して魔法札マジック・カードを発動。

 その効果は、『手札を一枚捨て、山札デッキからクラス4以下の魔物を墓地(セメタリーに送る』というもの。

 送った魔物は…


 眼前の魔獣は、既に一匹を葬ったことで、勝ち誇ったようにこちらを見つめている。  

 どれ程強大な相手だろうと、必ず打ち勝つすべはある。

 この場合なら、戦闘を介さずに、尚且つ破壊以外の方法で処理してしまえば良い。


「相手のフィールドにのみ魔物モンスターが存在し、自分の墓地セメタリー五体以上魔物モンスターが存在する時、この魔物モンスターは墓地の『深緑の元核』に重ねて召喚コールできる!」


 右手で翳すカードから魔法陣が体の前面に展開され、迫り来る幾つもの魔力弾を弾いていく。

 目の前に現れたのは、深緑に輝く巨大なさなぎ


「重ねよ、眩光げんこう鐘鳴しょうめい! 眠りし力解き放ち、歯向かう全てを躯に変えよ!」  


 言葉が紡がれる度に、ゆっくりと蛹がその殻を開いていく。

 異変を察知した無秩序ケイオス)なる混沌からの使者(ディソーダー・キマエラが襲い掛からんとするが、時既に遅し。


覚醒召喚アウェイキング・コール! クラス7、制覇の角騎士ヘラオス・ウィンケル・リッター!」


 口上を唱え終わると共に蛹は完全に消え、薄い翠色に輝く巨大な甲虫がその姿を表す。


制覇の角騎士ヘラオス・ウィンケル・リッターの、効果発動!」

「自身の生命力ライフ千を代償コストに、相手の魔物一体を、相手の手札に戻す!」


 宣言が終わるのを待たずして、甲虫は敵の体の下部に素早くその角を差し込んだ。


「終わりだ……!」


 次の瞬間、勢い良く角は持ち上げられ、無秩序ケイオス)なる混沌からの使者(ディソーダー・キマエラの姿は、遥か彼方へと消失していた。

 戦いの後に残されたのは、再び訪れた森の静寂と、こちらを戸惑いがちに見つめる少女の姿。


「お主は、一体……」


                                      ※

 

 アリムと名乗った少女は、腕組みをしながらこちらの話を聞いていた。

 

「ふむ、迷い子か」

「旅の途中で森を通り抜けようとしたのは良かったんですけど、道に迷っちゃって」

 

 即興で考えた当り障りのない説明だったが、取り敢えずは信じてくれたようだ。


「先程の恩もある、そういうことなら、わしらの村へ来んか?」


 それどころか、願ってもない提案まで。


「宜しいのですか?」

「なぁに、大した事ではないて」

「それに、お主らについてじっくりと聞きたい所でもあるからの」  

「は、はぁ……」


 矢張りというべきか、こちらの世界で召喚術は物珍しいもののようだ。

 そもそも、召喚術の存在自体がこちらでは存在しないのかもしれない。


 三人で連れ立ってアリムの村まで向かう、まだ傷が痛むのかアリムは少し歩きにくそうだったので、それに合わせて少しゆっくり目の速度になっていた。


「あの、貴女はもしかして、ドワーフ族の?」

「どこからどう見ても、生粋のドワーフにしか見えんと思うが……?」


 髪質や身長にもどこか常人との違和感があったが、その特徴的な喋り方から推測が付いた。

 確か、漫画で見たドワーフがそんな口調だった筈。 


「隊長、ドワーフとは?」

「こっちの世界に住んでる……人間……かな」


 厳密な分類をするならば、亜人族と言うべきだろうか。

 召喚術で呼び出せる魔物という存在ではないが、M&Mの世界にはエルフやホビット、ドワーフやオークなど所謂ファンタジー世界によく登場する種族が生活しているという設定があった。

 恐らく世界観の現実感リアリティを増すためのものだろうけど、それがこうして現実に目の前に現れるとは。


 それから数時間程歩くと、次第に木々の感覚は広くなり、辺りの地面は木々が伐採されたような赤土色の荒地になっていた。


「付いたぞい」


 その荒地の只中、ぽつんとそこだけが別の空間になったように、彼女達の街は存在していた。


「凄い……!」


 遠目から見ても明らかな異様さは目に入っていたが、近づいてみるとその威容に圧倒されてしまう。

 街全体の大きさは、帝都やラメイストと比べても遜色のないもので、石造りの質素だが端正な建物が幾つも並んでいる。

 何より目を引くのは、街中央に建造された巨大な円筒状の構造物から常に凄まじい炎が吹き出し、時折周囲に火の粉が舞っている光景だろう。

 夜半だというのに、あちこちからは金槌で鉄を叩く音が聞こえ、ここが鍛冶や製鉄で栄える町であるという事が察せられた。


「……やはりここは、別の世界なのですね」


 驚愕に立ち尽くす俺達に、微笑みながらアリムは告げる。


「ようこそ、ドワーフの村、へームダイルへ」

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