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第六十話 月はここでも明るいが

 うっすらと感じる鈍い頭痛の中で目を覚ます。

 冷ややかな夜の空気が鼻の奥をツンと刺激して、一気に意識が覚醒する。

 と、隣で同様に地面に倒れているマキヤさんを発見した。


「マキヤさん、大丈夫!」

「隊……長……?」


 良かった、意識はあるようだ。

 取り急いで確認した所、どうやらどちらの体にも目立った外傷は無く、五体満足でこの場所へ飛ばされたようだった。

 にしても、ここは一体何処なのだろうか。

 視界には遺跡に入る前とまるで違った、木々が鬱蒼と生い茂る深緑の森林が広がっていた。


 俺達が目覚めた場所は、丁度土が盛り上がって小さな洞穴状になっている場所だったようで、今まで雨風も凌げていたのだろう。

 

「一体ここは、何処なのでしょうか?」

 

 マキヤさんの問いにも、黙って首を振る事しか出来ない。

 幸いと言うべきか、こっちに来てからこういう場面には慣れているので、そこまで動揺はしていなかったものの、現在地の手掛かりすらないのは流石に心細い。  


 普段であれば、ここいらで相棒の能天気な発言が出て、陰鬱な気分を吹き飛ばしてくれたかもしれない。

 だが、傍に相棒の姿はなく、山札デッキにもその気配は無い。

 どうやら、ここに飛ばされたのは俺とマキヤさんだけらしい。

 相棒と同様に姿が見えないレラ達の事も気がかりだけど、今は無事で居る事を願うしかない。


 マキヤさんの意識がはっきりするまで少し待ってから、周囲の探索へ動き出す。

 夜の内にあまり動きまわるのは危険だけど、取り敢えずここがどんな場所かくらいは把握しておきたい。    


「隊長は、こんな事態になってもまるで動じていないんですね」

「いや、俺だって不安に思ってるよ」 

 

 少し遅れて後ろを付いてくるマキヤさんは、慣れない状況に戸惑っているようだ。

 普通に考えれば、それが当然の反応だろう。

 いきなり全く知らない場所に放り出されて、不安にならない方が不思議だ。


「だから、マキヤさんの力を貸して欲しい」

「私の……力」

 

 こちらの言葉にゆっくりと頷き、じっくり噛みしめるような評定をするマキヤさん。 


「大丈夫、二人で協力すればなんとかなるって!」


 そんなマキヤさんを少しでも元気付けようと、敢えて脳天気に声を上げる。


「……不思議な人ですね、貴方は」


 まだ不安を拭いきれていない様子のマキヤさんだったけど、その顔に少しだけ、安堵の笑みが浮かんでいるように思えた。


 と、不意に森の中にがさがさと物音が響き渡り、目の前に大きな黒い影が現れた。


「熊……!?」


 体長は3~4m程、密に生えた黒い毛皮に包まれた体と、太くて短い四肢を持ち、両手には長く湾曲した鉤爪が。

 それは一見、あちらの世界でもよく目にした熊のように見えた。

 だけど、その姿には何処か違和感があり、普通のそれとは何かが違っているように思える。

 それでいて、確かに俺はこの獣を何処かで見た事があるような、強い既視感デジャブを覚えたのだ。


 しかし、今はのんびり考えていられる状況ではない。


「向かって来るのなら…!」


 空気が張り詰め、周囲を独特の緊張感が包む。

 物言わぬ獣と、空中で視線が交錯する。

 が、不意に視線を逸らした獣は、ゆっくりと背中を向けて何処かへ歩き出した。

 どうやら、こちらへの敵意はなかったようだ。

 戦わずに済むのなら、それに越したことはない……よな。


「どうかしたんですか?」

「いや、何でもない……と思う」


 マキヤさんにはそう答えたものの、胸中には何か靄が掛かっていた。

 あの熊を見て、記憶の何処かで引っかかるものがあった筈なのだけれど、それが何なのかが掴めない。 

 単に向こうの世界で見た事がある程度ではない気がするのだが……


「隊長!」 

 

 と、周囲一帯に、鋭く唸りを上げる咆哮が響き渡った。

 もしや、あの熊がここから逃げたのは……

 咆哮は鳴り止むことなく響き続け、明らかにこちらへ敵意を向けながらその間隔を狭めているようだった。  


「マキヤさんは隠れてて!」


 茂みにマキヤさんを退避させ、振り向いてこちらへ襲い掛からんとする獣と相対する。

 その姿を見て、一瞬脳内に電流が走ったような感覚を覚える。  

 先程の熊にも感じていた違和感と既視感の正体は、もしや。


「……やっぱりそういう事なのか?」


 先程の獣は、まだ普通の動物と言っても差し支えの無い形状をしていた。

 だが、現在相対している魔獣は、明らかに特異的な外見をしている。

 一見すれば虎のようだが、体色は断層から切り出された岩石を思わせる薄墨色に染まっており、何より異彩を放っていたのは、天を衝くように頭頂部から生える巨大な三本の角。

 それは、今まで何度も目にした――


「俺の先攻、俺のターン!」


 思考を一旦中断させ、目の前の戦闘に集中する。

 取り敢えず、今はこの場を切り抜けなければ。


「自分のフィールドカードが存在しない時、この魔物モンスターは手札から召喚(コール出来る!」

はしれ、猛き命よ! 継がれた恩讐を打ち砕き、くらき世に光を!」


 天に掲げられた札が、周囲に眩き光を放つ。


召喚コール! クラス7、穿光の眩飛竜ドライブパルサーワイバーン!」


 閃光を放ちながら現れたのは、爛々と輝く清白の体を持ち、雄々しく二枚の双翼を羽ばたかせる飛竜。


「先手必勝、一気に決めるぞ!」


 飛竜から放たれた白い吐息が、周囲を包み込む光の渦となって虎へ殺到する。

 だが、虎の耳を劈くような叫びに導かれるようにして、前方の大地が隆起し、現れた土壁が攻撃を防いでいた。    


大地の灰虎グランド・タイガー特殊能力エフェクトは、戦闘での破壊を一回だけ防ぐ……だったよな」


 忘れる筈も無い、それは、あちらの世界で幾度と無く繰り返し戦った場面の再現。


「なら、二回続けて攻撃すれば!」 


穿光の飛竜ドライブパルサーワイバーンの特殊能力は、手札を一枚墓地セメタリーに送ることで、このターン二回攻撃を可能にする事。


「インパルス・エッジ!」


 突進の勢いを付けた鋭い前肢の爪に貫かれ、虎の体が宙を舞う。

 勢い良く地面に叩き付けられた虎は断末魔の声を挙げ、ゆっくりとその瞳を閉じた。


「終わり……だな」


 脅威が去ったのを確認し、肺から息を吐き出して人心地付く。


「大丈夫ですか、隊長?」

「ああ、それより……気付いた事があるんだ」

「この場所について、何か心当たりがあるのですか?」


 ゆっくりと頷き、少し間を置いてから話し出す。

 既に、推測は確信に変わっていた。   

 

「落ち着いて聞いて欲しい」


 こちらが深刻な口調になった事を察し、俄にマキヤさんの顔が強張る。


「この場所は恐らく、俺達が居た場所とは全く違う、別の場所」


 あの獣達の姿に見覚えがあったのも当然だ。

 ある時は立ちはだかる敵として相対し、またある時は戦友として共に戦った事もあるのだから。


「M&Mの……召喚獣の世界」

「召喚獣の……!?」 


 眼鏡の底の両目を大きく見開き、驚愕を隠せない様子のマキヤさん。

 話しているこちらも、途方も無い事実に気が遠くなりそうになっているのが現状。

 見上げた空には、皮肉な事にまるで変わらない姿の満月が柔らかな光を放っていた。

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