第五十九話 奈落の罠
昼食も終わり、食後の一時をのんびり過ごしていた所、レラからある頼みを告げられた。
「郊外の遺跡?」
「私達が調査しても先に進めなかった所なんだけど、この前みたいにカムロくんが居ればって」
レラの話によれば、ある遺跡の奥に、どうしても開かない扉があったという。
その扉は、以前スアレを見付けた遺跡に通じていた扉と酷似しているらしく、あの時と同じように開くことが出来るかもしれないとのこと。
「しかし、私達は軍務の途中で」
と、険しい顔をしたマキヤさんが話に入ってきた。
確かに一理ある、未だ伝説の召喚獣は奪われたままであり、もたもたしている間に敵が行動を起こすかもしれない。
「もしそこにまだ何か残っているのなら、敵の狙いを探る手掛かりになるかも、って思ったんだけど」
急がば回れという言葉もある、一見無駄なような行動が、思わぬ所で進展に結び付く事もあるだろう。
もっとも、内心ではレラを助けたいという思いの方が強かったのだが。
「隊長がそう仰るのなら……」
まだ少し不満気だけど、どうにか納得してくれたみたいだ。
「ありがとう、カムロくん!」
「あ、ああ」
喜んだレラに両手をぎゅっと握られ、一瞬で赤面して顔を俯かせてしまった。
相変わらず距離感が近いというか、嬉しいのだけれど照れてしまう。
「カムロくん、手伝ってくれるって!」
「えへへ、良かったですね!」
そんなこちらの様子には気付いていないのか、レラはスアレと無邪気に喜んでいた。
※
次の日、俺達はテムブールから徒歩で数十分程掛かる砂漠地帯へ足を伸ばしていた。
煌々と照り付ける太陽が、周囲一体に敷き詰められた砂を黄白色に輝かせている。
日差しによって狭まった視界の中に、薄っすらと四角錐状の建造物が現れ出す。
大きさや形、色も含めて、それはあちらの世界のピラミッドと酷似しているように見えた。
「あれは……太古の墓所でしょうか?」
「正解です、良く知ってますね!」
「い、いえ」
余り褒められ慣れていないのか、マキヤさんは表情を隠すようにそっぽを向いて照れ隠しをしていた。
ちょっと可愛い。
どうやら、こちらの世界のピラミッドも、あちらと同じような用途で建てられた物らしい。
世界が変わっても、こういった所は意外と変わらないのだろうか?
近付いて実感するが、ピラミッドを構成する石段一つでさえかなりの大きさだ。
一枚の厚さだけで身長の半分程もある巨大な岩石が、頂上まで何十段も積み重ねられている。
これを作るのにどれくらいの時間と労力が掛かったのか、見当も付かない。
入り口付近には特に見張りも無く、自由に出入りが出来るようだった。
「中は狭いから気をつけて」
「はーい」
レラとスアレに先導されて、薄暗い通路の中を歩いていく。
「この通路は大分探索し尽くされてますから、大きな危険はないと思います」
スアレの言葉通り、あちこちにロープや布の切れ端等、これまでにこの遺跡に入った者達の痕跡が散見された。
また壁には既に火は消えているもののカンテラまで架けられていて、ここが随分前から何度も探索されていたことが伺える。
「そんな所調べても、何も出てこないんじゃ?」
「私達が調べてるのは、もっと奥なんだ」
そう答えたレラに連れられて、俺達は更に通路の奥へと足を進めた。
そのまま子一時間程歩いた頃だろうか、不意にレラが立ち止まり。
「着いたよー!」
レラの持つランタンの明かりで照らされたここは、通路より大きな空間の広がる、何かの部屋のように思えた。
と、部屋の奥、丁度進行方向にある奇妙な建造物の姿が目に入った。
「これって……」
「扉……のように見えるが……」
大きさこそ通路に合わせたのか前より一回り小さいものの、精巧な彫刻が施された神秘的な外観を備えたそれは、いつかの遺跡で目にした扉と粗同一のように見えた。
「これを触ればいいんだな」
「はい、お願いします」
以前と同じように、ゆっくりと扉に手を触れる。
と、その瞬間、やはり前と同様に目の前の扉が眩く光り始めた。
その光は次第に強さを増し、程なくして央部にある円形のレリーフが赤く点滅し始める。
『コード確認……エネルギーレベル6 支配者クラス ゲート開放します』
これも前と同じで、人工的に合成されたような音声が辺りに響き渡る。
程無くして、激しい振動を伴いながら重厚な扉がゆっくりと開き始めた。
「きゃっ!」
「まぶしー」
「ほんとに開いちゃった……!」
以外に可憐な悲鳴を上げたマキヤさん他の声を受けながら、扉はゆっくりと開かれていく。
数分もしない内に扉は全て開かれ、眼前には不気味な暗闇を湛えた通路が現れていた、
「ここから先は未知の領域だから、皆慎重にね」
一気に真剣な表情になったレラの言葉に、皆無言で頷く。
レラの持つランタンのぼんやりとした明かりのみを頼りに、俺達は注意深く通路を進んでいった。
しかし……
「あれ、あれれ……!?」
「行き止まり、かな?」
十分も歩かない内に、通路の先は途切れてしまっていた。
レラは酷く残念そうな様子で、終点の壁を呆然と眺めている。
「鳥居……いや、門……か?」
「えっ、何?」
と、通路の端、終点から少し脇に逸れた所に、Uの字を逆さにしたような形の、不思議な構造物の存在が目に入った。
レラ達はまだ気付いていないようだったが、もしかすると歴史的な価値のある史跡かもしれない、
そう考え、構造物に接近せんとした、瞬間。
「カムロ殿!」
「うわわっ……!?」
顔面から数センチ先、丁度こちらと構造物の間に割り込むようにして、鋭い弾丸が打ち込まれたのだ。
弾の着弾地点を見れば、それらは鋼鉄の弾丸ではなく、凝縮された氷の塊であった。
「へぇ、今のを避けるなんてやるじゃん」
「何奴!」
スミレが投げた小刀をあっさりと回避し、通路の手前からこちらへ嘲るような視線を向けているのは、年若い少年。
格好はこの前会った白髪男と同様の中華服で、髪の色は群青、一見武器の類は持っていないようだが……
「最初からここに……? いや、まさか!」
「眼鏡のお姉ちゃんのご想像通り、君達の後を付けて来たのさ」
そう言って少年は、けらけらと愉快そうに笑う。
「いやー助かったよ、僕にはどうやってもあの扉が開けられなくてねー」
成程、自分で開けられない扉ならば、誰かが開けてくれるのを待てばいいという作戦か。
それに気付かなかったこちらに失点があると言われればそうだが、知らない内にただ乗りされて気分が良い訳もなく。
「お前の為に開けたんじゃないやい!」
「話してる場合じゃないぞ、相棒!」
代わりに怒ってくれた相棒に内心感謝しつつ、戦闘態勢に入る。
「ふーん、やる気なんだ、止めた方がいいと思うけどー?」
「そちらが先に手を出してきたのだろう!」
スミレも同様に、刀を構えて少年と相対する。
「俺の先攻、俺のターン!」
「君と戦っちゃ駄目って言われてるんだけど……まあ、少しだけなら遊んであげるよ」
こちらが札を引き、相手も気を発して互いに戦闘を開始せんとした、その時。
「なっ……!?」
先程調べようとした背後の構造物が、前触れもなく輝き出したのだ。
それと同時に、凄まじい振動と轟音が周囲を包み始める。
「ちっ、だから止めたらって言ったのに」
「待て!」
俄に顔を青褪めさせた少年は、一目散に通路を出口へ向け逃げ去っていく。
「取り合えず、そこからさっさと退散した方がいいと思うよー」
そんな捨て台詞を最後に、少年の姿は完全に見えなくなってしまった。
「逃げろって言われても……!」
「動け……!?」
殺到する閃光はまるで物質的な重みを持つようにこちらの体を押さえ付け、全く身動きが取れない。
振動と轟音は更に激しさを増し、石造りの通路は崩壊を始めていた。
「きゃああっ!?」
「マキヤさん!」
悲鳴のした方を見れば、マキヤさんが構造物から発せられた光に吸い込まれて行くではないか。
激しく渦を巻く竜巻の如く、視界を覆い尽くさんとする光はその強さを増していく。
凄まじい勢いで光に飲み込まれていくマキヤさんに、悲鳴を上げる体で無理やり光の圧に逆らって手を伸ばす。
その掌をどうにか握り、渾身の力で引っ張ろうとした、が。
構造物は一層強く光り輝き、光の渦はこちらの体をも包もうとしていた。
「カムロ殿!」「カムロくん!?」
鼓膜に響く仲間達の声を感じながら、視界は眩い光に包まれ、刈り取られるように意識は――