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第五話 動き出した運命

 ラメニスト城の一室、豪華な装飾が当たり前の城内において、そこだけは異質な程簡素な光景が広がっていた。

 表向きは滅多に使われる事の無い古びた倉庫で、乱雑にガラクタが放置されているだけの場所。

 だがここの本来の役目は、王族が極秘の密談を行う為の場所であり、今までもこの場所で行われた会談によって、密かに国の趨勢が何度も決められてきた歴史を持つ。

 そんな曰く付きの場所で、サモニス公国11代公王ガーメイル・サモニストと、サモニスにおける召喚術の第一人者とも言われる老学者、ドランゾ・ジルノールが、顔を突き合わせて密談を交わしていた。


至高サプレマシー六芒星・サークル!?」


 思わず声を荒げそうになった公王を、老学者が慌てて手を口に当てて抑える。

 本来なら不敬もはなはだしい所であるが、公王はそれどころではない様子で、目を瞬かせて無言で頷いていた。

 それ程の一大事が起こっているのだ。


「私も目を疑いましたが、あれ程の力を持つ召喚獣を操れる術者です、有り得るかと」


 話し終えたドランゾも、自分で語ったことの内容が信じられないといった表情をしており、心此処にあらずと言った様子を見せていた。   

 既に老齢、齢は七十を超えた老学者であっても、今まで全く経験した事の無い事態であった。


「しかし、あのような子供が……」


 公王は戦勝記念の宴で見た、金と黒の入り混じった特徴的な髪色をした少年を思い出す。

 報告によれば、あの少年が見たことも無い強大な召喚獣を操り、我らサモニスの窮地を救ったのは確かな事実。

 それでも、まさか至高サプレマシー六芒星・サークルを持つものが現れるとは……


「いかが為されますか?」

「……あの少年に会ってみなければ、何も始まらないだろう」

 

 三十代半ば、王としてはまだ少し頼りない顔を緊張で張り詰めさせ、公王はゆっくりと答えたのだった。

 至高サプレマシー六芒星・サークルを持つ物の出現、それが今後のサモニスにとって吉兆である事を、心から願いながら。


                      ※


 ――少し、昔を思い出す。

 俺は生まれてこの方、恋というものをした事が無い。

 友人が恋だの愛だのに現を抜かしている間、M&Mにすっかり夢中になっていたのだ。

 朝も昼も夜も、考えるのはM&Mの事ばかり…… 勿論、親に怒られない程度の勉学は身に着けていたが。

 そんな訳で、今まで女の子とまともに接した事が無かった。

 どうやらそれは、生まれ変わり先のアルバートも同様だったらしく、記憶の中には、いわゆるキャッキャウフフな出来事は一つも無い。

 それが如何なる結果をもたらしたかというと……

 

「ふぁ……あ」


 無邪気な顔で吐息を吐き出す紅の髪の美少女の僅かな挙動に、心臓を鷲掴みにされた気分に陥る。

 気が付かない内にベッドに共に寝ていた見知らぬ美少女、彼女を前にして、俺は自分史上最大の窮地を迎えていた。

 正直な所、学校で蜘蛛形人造召喚獣に襲われた時の方が幾分かましであった。

 何せ、どうすれば良いか全く判断が付かないのだ。


 そんなことを考えながら、視線は無意識に彼女の姿を目で追っていた。

 年の頃は俺より結構幼いだろうか、120cm程の身長にあどけない顔付きで、髪の色は燃え盛る焔の如き紅色。

 それは薄くグラデーションががっており、まるで一つの芸術品のようだ。

 髪の隙間から大きな尖った耳が見え隠れしているのが、兎のようで愛らし…… ん?

   

 今までは混乱していて気が付かなかったが、彼女は普通の人間とは明らかに違う特徴を持っていた。

 まずはその大きく尖った耳、次にレギンスからはみ出している尻尾、極め付けは、背中から生えている透き通った薄紅色の小さく可愛らしい羽。

 そこまで確認して、ある可能性に思い至る。

 まさかとは思うけど、この美少女は……


「……ぅうん? もう朝ぁ?」


 そんな風に考え込んでいる内に、いつの間にか彼女は目を覚ました様子で、そのぱっちりとした目を瞬かせていた。

 こちらの方といえば、全く考えが纏まらないまま訪れた対峙の瞬間に、早鐘の如く打ち鳴らされる鼓動をまるで制御出来ていなかった。

 そのまま黙り込んでいると、彼女は俺をじぃっと見つめてから、小さな顔一杯に笑顔を弾けさせた。

 一瞬で蕾から大輪の花が咲いたような、巨大な打ち上げ花火が目の前で炸裂したような、そんな感覚を覚えて、心中の動揺は更に強まる。

 

「やっと会えたね、ご主人(マスター)!」


 幾年も積み重ねられた、万感の思いが篭ったその言葉で、疑念は確信へと変わって、思わず口から言葉が漏れた。

 

「……相棒、なのか?」


 あの巨大な竜が、頼りになる相棒が、こんな美少女に代わっているなんて。

 にわかには信じがたいが、こっちに来てから起こった出来事はどれも荒唐無稽な事ばかりだ、それならば、これくらいの事は起こっても不思議ではない……のだろうか。

      

「うんっ!」


 困惑を他所に、その小さな全身から喜色を現にして、謎の美少女――俺の相棒、暴君タイラント・大災害龍ディザスター・ドラゴンは、大きく頷いたのだった。  

  

 それから、数十分後。

 

「~♪」


 ベッドに腰掛ける俺の胴に抱き付き、頭をぐりぐり押し付けて全身で親愛を表す相棒を好きなようにさせながら、この現象について自分なりの見解を纏めていた。

 相棒の話によれば、今まであっちの世界でM&Mをしていた時から、カードの中で意識はあったという。

 その頃から、俺と直接会うことをずっと願っていたらしく、こっちの世界で実際に会えた時は、夢の様な気分だったとも。   

 しかし、会えたら会えたで巨大な竜の体である自分は、まともに話も出来なければ、体にも迂闊には触れないし手も握れない。

 折角大好きなご主人(マスター)に会えたのに、これではあんまりだ。

 せめて、ご主人(マスター)と同じ、人の身であれば…… 

 そんな風に考えていた所、気が付いたら体がこうなっていた、ということらしい。


 理由も原因もさっぱり分からないのが不気味だが、そこは相棒にとっては重要ではないようだ。

 とにかくこうやって俺と直に触れ合える事が嬉しいらしく、相棒の機嫌は目覚めてからずっと最高潮を保ったままだった。

 

 しかし、この体で前と同じように戦闘は出来るのだろうか?   

 不安に思って問いかけたが、相棒は事も無げに戻ろうと思えば元の巨龍に戻れる、と答えた。

 その後、ここで実演して見せようかと言った相棒を慌てて制止した、流石にここで巨大化されるのは色々困る。

 

「ボクの凄い所を見せようと思ったのに……」

 

 と頬を膨らませる相棒は可愛らしく、外見だけならば、ただの少女と言っても通じるだろう。

 その実体が、恐るべき破壊力を持った暴龍だなんて未だに信じられない。

 相棒に話を聞くことで少しは自身の、この世界の謎が解けるかと期待したが、結局更に謎が増えるだけで終わってしまった。

 と落胆していた時、突然ドアが軽くノックされた。

 どうやら、昨日言っていた俺の処遇とやらが決まったらしい。

 ぐずる相棒をカードの中に戻し、案内されるがままに広い城内を進み始めた。


 五分程歩いて辿り着いたのは、豪華な装飾に包まれた巨大な扉。

 両脇には重厚な鎧に身を包んだ兵士の姿があり、ここにいる存在の重要さを物語っていた。

 恐らく、この奥にいるのは…… 

 

「貴公がカムロ・アマチか」


 長方形の部屋の奥、一段高くなったそこで、優雅な服装に見を包んで座っていたのは、このサモニス公国の王、ガーメイル・サモニストであった。

  

「今回の働き、誠に大儀であった」


 軽く頷いた俺を見下ろしたまま、鷹揚な態度で話し続けるガーメイル王。

 俺の方といえば、ここに着くまでの廊下で頭に叩きこまれた礼儀作法を間違えていないかどうかと、膝をついた姿勢を無理に取ったせいで腰が痛くなり始めた事で頭が一杯であり。

 正直な所、早く帰りたかった。  


「さすれば、何か褒章を与えねばならんな」


 そんな葛藤を気にも止めず、ガーメイル王の話は続く。

 

「何が良い? 好きな望みを言うがよい」

「……じゃあ、一つだけ」


 別に褒美は特に欲しくなかったが、俺には一つだけ心残りがあった。 


「そんなことで良いのか?」


 頼みを聞いたガーメイル王は意外な表情を浮かべていたが、快く快諾してくれた。

 俺の願い、それは――


                      ※


 謁見の間での会話から一週間程経ったある日、旧キルスト郊外の長閑な場所に俺の姿はあった。 

 登り始めた朝日が、立ち並ぶ石版を優しく照らしていく。

 石版は等間隔に綺麗に整列されており、それらの一つ一つには、丁寧に人名と住所が記入されていた。

 名前も住所バラバラの石版の群れには一つだけ共通点があった、どの石版に刻まれた日付も、片側が全て同じ日を示していたのだ。

 ここは墓地、それも、あの事件で死んだ者達が眠る場所だった。 


「……それで、俺は暫くサモニス軍に協力することになったんだ」


 そんな墓石の一つを前にして、つとめて優しく話し掛ける。

 墓石には、こちらの世界での両親の名が刻まれていた。

 既に学園の友人達には挨拶を済ませてある、ここが最後の場所だ。


「これからどうなるかは分からないけど、取り敢えず元気にやってるから、心配しないで」


 あの襲撃の際に死体の多くは判別もできない程焼けてしまったそうで、ここに実際に体が眠っているわけではない。

 だがこういった場所があるだけで、心が何か救われた気分になるのは、生き残っている者の勝手な感傷なのだろう。 

  

 ガーメイル王に俺が頼んだのは、キルストで死んだ者達を手厚く葬って欲しいと言う事だった。

 未だに頭はこちらの世界の記憶に実感が湧いておらず、死んだ両親や友人の事も何処か他人ごとのように感じたままなのだが。 

 それでも、知った人間がただ無残に放置されたままというのは耐えられなかった。

 ガーメイル王の話によれば、こういった墓地を次第に作っていく計画はあるそうだが、帝国や共和国の脅威に対抗するのが最優先であり。

 早くても二三ヶ月程は掛かる予定だったそうだ。

 

ご主人(マスター)……」


 そこまで寂しげな顔をしていたのだろうか、横に立っていた相棒が気遣うような声を掛けて来る。

 大丈夫だよ、と軽く視線で合図を送ってから、気分を切り替えようと大きく伸びをした。

 

「さて、城に戻りますか!」  

 

 あれから、サモニス軍なんとか隊……だったか、新しく作られることになる部隊に所属してサモニスの為に戦うことになった。

 その事を承諾した時、ガーメイル王が安堵したような表情をしたのは、気のせいだっただろうか。

 ともかく、これから俺の本格的な戦いが始まるのだろう。

 だが恐れはない、むしろ、これから待つことへの期待の方が大きかった。


                       ※


 同時刻、墓地の外れの林で。

 歩き出したカムロの姿を、樹上からじいっと見つめる存在があった。 


至高サプレマシー六芒星・サークルを持ち、クラス10の召喚獣をいとも容易く操る存在……」 


 体は漆黒のローブに包まれていて、その表情も仮面で隠されており、外見から素性を伺わせるものは無いが、その事がかえって不気味な存在感を放っていた。 


「危険と判断すれば、この手で……」


 無骨な手甲を付けた右手に握られていたのは、カムロが持つのと同じ、M&Mのロゴが入ったカードで―― 

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