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第五十八話 予兆

「うわー、人がいっぱいだね」

「ここは街の中心部ですから、それに今は丁度お昼時ですし」


 サモニスから馬車で数日間の道程を経て、俺達はテムブールという街を訪れていた。

 共和国を形成する諸国の中で最も帝国に近いドスマン王国の首都であるこの街は、帝国が平和路線に転換してから商業的な発展を遂げている最中にある。

 大通りには道を埋め尽くす程大量の人々が溢れ、両脇では商店が騒がしく呼び込みをしている。

 カラッとした湿気のない熱気が辺りに充満しており、頭から足までを覆うローブのような服装を身に付けた人々も含めて、どことなくあちらの世界の中東のような雰囲気が漂っていた。

 

「何か話が聞ければいいけど……」


 この街に来たのは勿論観光などではなく、あの事件の手掛かりを得る為。

 敵の目的が何なのかはまだ分からないけど、あれだけの事を起こして伝説の召喚獣を奪い取ったのなら、何らかの行動に出てもおかしくない筈。

 それが共和国内部での軍事行動に順するものならば、兵士や兵糧を集める等の前兆が市井の間で噂になっているかもしれない、という考えだった、

 が……


「特に有力な情報はなし、か」

 

 二時間程露天の商人や通行人等にそれとなく聴きこみをしてみたものの、有益な情報はほぼ得られなかった。


「情勢が不安定になっているという噂はありますが、その程度の認識のようですね」


 帝国が平和路線になった事で、共和国内部での勢力争いが激しくなるかもしれないが、自分たち市民には余り関係のない事だろうというのが一般的な認識だった。


「目的を達したのなら、即座に行動に出ると思ったんだけど」

「敵の勢力はもっと遠方にいるのかもしれません」


 もしそうだとすれば、遠方になればなるほど手がかりを突き止めるのが難しくなるな……

 と、今後の方針について話し合っていた時。


「……さまー……」

「今、何か聞こえなかった?」


 耳に、どこか聞き覚えのある声が微かに響いた。  


「いえ、私は何も……」


 問いかけに訝しんで首を振るマキヤさんを見て、勘違いか何かかと思いかける。


ご主人マスター! 後ろ!」


 不意に掛けられた相棒の切迫した声を聞き、即座に振り返ろうとした、その刹那。


「旦那様ー!」

「ふげっ……」


 俺の視界は、突如飛び込んできた真っ白い何かに塞がれていた。


「隊長!?」「カムロ殿!?」


 突進の勢いもあり、完全に正面から押し倒される格好になる。

 顔いっぱいに柔らかい何かが押し付けられて、全く身動きが取れない。

 それと同時に、どこか懐かしい甘い匂いが漂ってくる。

 あの声と、この匂い、そしてこの弾力はまさか……


「もしかして、スアレか……?」

「はい! お久しぶりです、旦那様!」

 

 どうにか顔を動かした俺が目にしたのは、両目一杯に涙を溜めながら満開の笑みを浮かべる、淡い桜色に染まる髪をした少女の姿だった。


                          ※


 スアレとの再会から四半刻後、俺達は大通りから少し離れた定食屋の卓を囲んでいた。

 目の前の鉄板では、四角形に切った肉を串に刺して焼いたティッカというここの郷土料理が、更新料の香りを漂わせて焼かれている。

 ここは、あちらの世界で言えば焼肉屋のような形式のお店らしい。


「まさか、ここでカムロくんに会えるなんて思わなかったよ」


 正面に座るレラは、感慨深そうに話し出す。

 数ヶ月で何が変わるという訳でもなかろうが、レラは相変わらず可愛い。

 服装こそこちらの気候に合わせて変わっているが、別れた時の印象と全く同じに思える。


「それはこっちの台詞だって、レラ」


 帝国ではなく共和国で旧知の友人に会えるとは全く思っていなかった、意外と世界は狭いということだろうか。 


「こちらの方は……?」


 親しげに話す俺達の中、戸惑いがちにマキヤさんが会話に入ってくる。

 再開の嬉しさにかまけて、マキヤさんとスミレ、レラとスアレが初対面であることをすっかり失念していたようだ。


「あっ、初めまして、私はレラ・イスルドって言います」

「こっちは一緒に住んでるスアレ」

「メイドのスアレです」

「マキヤ・ドルスベイと申します」

「スミレと申す」


 互いに頭を下げ、友好的な雰囲気で自己紹介は終わる。


「スミレちゃんって、私と一字違いなんですね!」

「ああ、そうだが……」


 と、スアレがスミレに嬉しそうに話し掛けた。

 どうやら自分と似た名前であることに親近感を覚えたようだが……


「何だか妹が出来たみたいで嬉しいです!」

「うわっ!?」


 次の瞬間、不意にスアレがスミレに抱き付いたではないか。


「えへへー、スミレちゃんちっちゃくて可愛いです」


 まるで人形のように体全体を抱き抱えられ、戸惑いと驚きで表情を白黒させるスミレ。

 それに気付いているのかいないのか、スアレはとても嬉しそうだった。


「……ボクは可愛くないって事?」

「カムロ殿、た、助け……」


 可愛らしく無邪気に喜ぶスアレを、邪魔することなど出来ようか。

 いや、出来まい。

 相棒の呟きと、スミレの救援要請は無視し、俺はレラとマキヤさんに意識を集中させることにした。 


「そう言えば、カムロくん達はどうしてここに来たの?」


 不意に告げられたレラの問に、暫し考えてから、ゆっくりと口を開く。


「……これから話す事、秘密に出来るか?」

「隊長?」

「大丈夫、レラ達なら信用できるから」


 咎めようとしたマキヤさんを片手で静止する。

 マキヤさんの言いたいことも分からないではないが、今の俺達は藁にも縋るような状況である。

 それに、レラが不用意に秘密を外に漏らすような性格でないことは把握している。

 レラに話す事で、なにか事態打開に繋がる糸口が見いだせるかもしれない。


「伝説の召喚獣……か」


 話を聞き終えたレラは、難しい顔をして黙り込んでしまった。

 いきなりこんな話を聞かされて、困惑しているのだろうか。


「……もしかすると、私達の目的とも無関係じゃないかもしれない」


 が、真剣な顔をしてレラが告げた言葉は、こちらの予想外のものだった。


「どういう事?」

「私達がここまで来た理由が遺跡の調査ってのは、カムロくんには想像付くよね?」


 レラが態々国外にまで足を伸ばす理由といえば、未知なる遺跡の調査に他ならないだろうな。


「帝国と共和国の対立が終わって、共和国の方にも足を伸ばせるようになったのは良かったんだけど、そこで新しい問題が出てきたんだ」


 話によれば、ここ数ヶ月間、レラ達は共和国の遺跡を幾つか探索していたらしい。

 だが、思っていたような成果は出なかったという。


「私達が行った遺跡が、もう誰かに荒らされてたんですよ」


 スミレを堪能し終わったのか、晴れ晴れとした顔のスアレが話に入ってくる。

 今まで調査に入った共和国の遺跡は、その殆どが内部を盗掘され、歴史的に価値のあるものは殆ど残っていなかった。

 それどころか、何の痕跡も残らない程徹底的に遺物が持ち去られた遺跡もあったという。

 只の盗賊が犯人にしては手口がやり過ぎであり、また大規模すぎる事から、何らかの組織的な関与があるのではないかと疑っていたらしい。


「誰かが、遺跡に眠っているものを奪おうとしている……?」

「それも大きな勢力が絡んでいるとすれば」


 今回奪われたものだって、遥か過去の遺物であることに変わりはない。

 遺跡の事件と、サモニスの事件、もしこの二つが結び付くなら……

 敵は、一体何を企だてているのだろうか。

 何か得体の知れない大きな出来事が、始まろうとしている気がした。 

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