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第五十六話 失いし者達の邂逅

 燃え盛る炎の朱と、立ち昇る煙の黒が周囲に充満している。

 時折響き渡る悲鳴は、一つの命が失われた証なのだろうか。

 もうこんな光景、二度と見たくないと思っていた。

 こんな事が起こらないように、起こさせない為に、俺は力を得た筈じゃなかったのか……

 俺は……


「……スター! ご主人マスター!」


 優しげな呼び掛けで、脳内を支配していた陰鬱な思考が中断する。


「大丈夫?」


 気が付けば、実体化した相棒が眼下から心配そうに覗き込んでいた。


「ああ、悪い」


 顔を上げ、深呼吸して気分を落ち着ける。

 謁見の間から飛び出し、市街中心部に到着したところまでは覚えているのだが、どうやら過去の記憶トラウマに囚われてしまっていたようだ。

 ここで動揺していても仕方がない、今は自分に出来る事をしなければ。  


「とにかく、これ以上の被害を防ぐ!」


 あの時とは違う、まだ、何もかも無くなった訳ではないのだから。 


「俺のターン!」


 気合の叫びと共にカードを引き、眼前の火災を見つめる。

 手にした札の中に、水属性が三枚と物質合成の存在を確認。


「荒れ狂え、絶氷の凍牙! 我が敵に永劫の眠りを!」


 呼び出すのは、荒れ狂う氷雪を纏った孤狼。


合誓召喚ユニオンコール! 」

「クラス8、雪花ブランシュ狩人・シャッセール!」

 

 周囲に吹雪を巻き起こしつつ、巨大な白狼がその姿を表す。 

 白狼の背に乗り、未だ勢いの消えない火災を見つめる。

 前のように辺り一帯を氷結させれば炎は消せるが、それでは町の人々も凍らせてしまう。

 となれば……


「街の少し上空に氷を出してくれ、出来るか?」


 こちらの命令に小さく頷いた白狼が雄叫びを上げると、ラメイスト上空に氷の塊が幾つも生成された。

 それらは空中に浮かんでいる間に火災の熱によって溶かされ、冷たい雨となって街に降り注ぐ。


「よし、これで火災は……」


 数刻もしない内に、市街の火災は全て消火されたようだった。

 差し迫った危機が去った事に取り敢えず安堵しつつ、白狼の上で一息付く。


「成程、貴様が噂の天才召喚士か」


 と、不意に背後から刺すような言葉が投げ掛けられた。

 思わず振り向いたそこにいたのは、帝国風ともサモニス風とも違った、あちらの世界で言えば中華風の服装をした男。

 髪の色は白だが、エリスの雪のようなそれとは違い、全てを拒絶するような剣呑さを持っていた。

 研磨された刃のように尖った三白眼の中から、紅い瞳がこちらを射抜くように睨みつけている。


「お前か! この炎を放ったのは!」

「確かに火災を起こしたのは俺だが、貴様にも責任はある」


 怒気を含んだこちらの言葉にも、男はまるで怯むことなく答える。


「本来の予定なら、あれを頂いた事が発覚するのはもっと後の筈だった」


 あれとは、謁見の間地下に封じられていた伝説の召喚獣だろうか。

 確かに、俺がガーメイル王によって案内されなければ、あんな場所に態々近づくものはいなかっただろう。


「そこに気様らがのこのこやって来るから、こうやって目晦ましをしなければならなかった」


 自身が起こした惨劇には一言も触れず、男は滔々と語り続ける。

 その厚顔無恥な態度に、俺の中で燻っていた何かが激しく燃え上がるのをはっきりと感じた。


「別に、俺の良く知らないものが盗まれようがどうしようが構わない」

「ほう?」


 正直な所、伝説の召喚獣とか言われても余り興味が沸かなかった。

 今持っているカード達に十分な自信を持っているし、把握できない性能の札を山札デッキに入れて、戦いに支障が起きては元も子もない。

 そもそも、使ったら世界が滅びるかもしれないものなんて使いたくないし。


「だが、こんな事を起こした咎は受けて貰う!」


 けれど、目の前の男と戦う理由は十分過ぎるほどに存在していた。

 戦いと無関係な大勢の人々を苦しめ、死に追いやった罪は、絶対に許せない。


「相手をしたい所だが、正面から貴様と戦うなという命令なのでな」


 尊大な態度で答えた目の前の男の姿がぼやけ、映像にノイズが走ったように体が掻き消えていく。  


「待て!」


 鋭く爪を尖らせた白狼と共に飛びかかった時、既に男の姿は影も形もなかった。

 所謂転移魔法の類だろうか、高位の魔法詠唱者マジックキャスターなら、そういった術も使えると噂で聞いたが……


「くっ……!」


 どんな方法にせよ、あれだけの事を起こした相手に逃げられたのは事実。

 胃をきりきりさせるような悔しさが体中に走り、思わず拳を地面に打ち付けた。

 掌から滲む血が、灰色の瓦礫の中を鮮やかに流れていく。


「ご主人……」

  

 そんな俺の肩を、相棒がゆっくりと撫でてくれる。

 音の無くなった街は、夕闇の薄暗さに包まれていた。 

 

                                     ※


 ラメイスト城の奥、まともに掃除もされておらず薄汚れた廊下を暫く歩いて行くと、突き当りに古ぼけた扉が現れる。

 その扉の脇には、真新しい木製の看板が掲げられており、『サモニス軍特殊活動攻撃隊』と書かれていた。


 扉を開けたそこには、年代物の長机と椅子が無造作に並んでおり、暫くの間誰もここを訪れるものが無かったことを伺わせた。 

 最初にここを訪れてから数カ月ぶりだけど、相変わらず散らかっているというか、全く整頓されていないな……


 奥の多少豪華な造りをした机の埃を払い、椅子の汚れを拭いてから腰掛ける。

 掃除を着いて来たスミレと相棒が手伝ってくれたので、一応の体裁は整えられたが、まだまだ仕事をする環境とは程遠い。     

 まあ、ここでただ座って書類仕事をするというのは、全く性に合っていないのだけれど。


「それで、カムロ殿が奪還に?」

 

 と、机の脇に立つ三角巾姿のスミレから声を掛けられる。


「ああ、別に伝説の召喚獣とやらはどうでもいいんだけど……」


 あの火災から数日後、王都襲撃事件は大きな騒ぎとなり、未だ国内は混乱の最中にあったに。

 王宮ではそれよりも、表向きにされていない伝説の召喚獣盗難の方が重要視されていたのだが。

 長年王家に伝わっていたものを自身の代で奪われたことにガーメイル王は余程衝撃を受けたたようで、未だ体調を崩したまま床に臥せっているという。


 丁度事件に居合わせた責任を問われ、というか押し付けられ、また無謀な任務を受ける羽目になっていた。

 まあ、命令されずともあの男を追うために動き出すつもりだったが。

 伝説の召喚獣はともかく、あんな事件を起こした者を許すつもりは全く無い。  


「カムロ殿? どうかされたか?」

「いや、なんでもない」


 余程思いつめた顔をしていたのか、心配そうに顔を覗きこまれてしまった。

 ……幾ら腹に据えかねる相手とはいえ、自分を見失っては元も子もないよな。 


「でも、どうやって探せば良いのさ?」


 スミレとは反対側に立ち、肩に寄りかかった相棒が問い掛ける。

 確かに、今の所あの男の所属等については全く検討が付いていない。

 追いかけようにも、何処に向かえば良いのかすら分からなかった。


「それなんだけど、新しい人員が来るって」


 書類で報告を受けただけだが、情報分析等を得意とする新人さんがこの隊に配属されるらしい。

 俺も相棒もスミレも戦うこと以外はさっぱりなので、頭脳派が仲間にいると心強いな。 


「確か、俺の副官……になるのかな」


 相棒達に、上官のジングさんが帝国の巨大兵器によって死んだ事、俺がジングさんの後を引き継いでサモニス軍なんとか隊の隊長になった事を説明しておく。

   

「ご主人が隊長かぁ……似合わないね」

「まあそう言うなって……」


 ジングさんがいなくなってしまったのは、俺がエリス救出の際に助けを求めた事にも原因の一端がある。

 だからと言う訳ではないけれど、せめてこの任務くらいはやり遂げて見せなければ。


「失礼します」


 噂をすれば、と言った所だろうか。

 丁度部屋の扉が軽く叩かれ、凛とした声と共に部屋にサモニスの軍服を着た女性が入室する。


「本日付で、サモニス軍特殊活動攻撃隊に配属されました、マキヤ・ドルスベイと申します」


 真っ直ぐに伸びた黒い長髪と黒縁の大きな眼鏡が利発な印象を受ける、身長の高いすらりとした体型の女性。     


「宜しくお願いし……えっ!?」

「あなたは……」


 髪型こそ違っているものの、それはまさしく先日墓所で会った女性だった。

 しかも、性がドルスベイということは……

 驚愕に目を見開いた俺の前で、マキヤと名乗ったその女性も、同様に驚き戸惑っていたのだった。

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