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第五十五話 開闢は炎と共に

 春の柔らかな日差しが、目の前に建つ墓石を柔らかく照らしている。

 サモニスに帰ってきた俺がまず訪れたのは、こちらの世界の両親や友人達が眠る墓所だった。


「色々あったけど、俺は元気だから」


 居なくなってしまった人達に何を言っても無駄であるというのは分かっている。

 そう思っていても自然に足が向いてしまったのだから、思っていたより信心深い性格なのかもしれない。

 もしくは、ただ未練がましいだけか……

 そんなことを考えながら、俺はただ墓の前で手を合わせていた。

 せめて、自分の気持ぐらいは、安らかであるようにと。


 それから数時間後、俺の姿はまだ墓所にあった。

 学園の皆やキルストの人々の分まで掃除をしていたら、いつの間にか夕刻になってしまっていたのだ。


「そろそろ帰るか……」


 墓所の入り口まで歩く途中、妙な格好の女性を見かけた。

 服装こそサモニスの一般的な喪服姿だったが、妙なのは荷物の量である。

 何を持っているのか分からないが両手一杯に紙袋を抱えており、あっちこっちへ体が揺れて見ているだけで危なっかしい。     


「それ、持ちましょうか?」

「え……」

 

 思わず声を掛けたこちらに、女性は戸惑いがちに振り向く。

 歳の頃は二十代前半だろうか、髪型は長く伸びた黒髪を無造作に後ろで縛った総髪で、身長はこちらよりやや高いすらりとした体型。 

 両目を覆い隠すように掛けられた黒縁の大きな眼鏡も相まって、どこか理知的な印象を受ける女性だった。 


 最初はどう見ても年下のこちらに負担を掛ける事を渋っていたものの、半分だけ持つという条件でどうにか折り合って貰えた。


「綺麗な墓所ですよね」

「ええ、最近出来たらしいですから」

 

 道すがら、そんな他愛無い会話を交わす。

 ここに墓参りに来るということは、この人もキルストや学園に大切な人がいたのだろうか?

 本当はそう質問してみたかったのだが、興味本位て聞いて良い話題では無いと思い、そのまま特に内容の無い会話を続けていた。   


「ここまでで大丈夫です」

「あ、はい」


 暫く歩き、墓所のある曲がり角で別れを告げられた。

 墓の前まで持って行かなくても大丈夫だろうかと思ったが、他人に自分の事情を知られたくないのは当たり前だと考え直し、素直に荷物を返す。 


「ありがとうございました」

 

 軽く礼をして去っていった女性の、その寂しげな表情が、妙に印象に残ったままだった。


                             ※


 あくる日、公王直々の呼び出しを受けた俺は、ラメイストの王宮を訪れていた。

 絢爛に彩られた廊下を通っていると、すれ違う人々がこちらに対して微妙な距離を保っていることに気が付く。

 視線を向けると、怯えたように肩を竦めて早足で去って行ってしまった。

 どんな評判が流れているかは知らないが、相変わらず厄介者扱いされているようである。

 何の前触れもなく圧倒的な実力を持って現れた謎の召喚士をどう扱ってよいか計りかねた上層部は、閑職に追いやり、生きて帰れる望みの薄い無謀な作戦を命じる事で勝手にこちらが死んでくれるのを期待していたのだろう。

 それがあっさりと生き残り、結果的に皇帝を倒す所まで事態が転がるとは誰にも予想出来ていなかったらしく、俺をどう扱って良いのか戸惑っている印象を受ける。

 この状況が良い方に働き、マームの件が終わってから中々帰ってこなかった事を責められずに済んでいるが、これからどうなることやら。


 前に来た時と変わらず、豪華な装飾品が至る所に飾られた謁見の間で、ガーメイル王と拝謁する。

 

「此度の活躍、大儀であった」

「いえ……」


 ガーメイル王直々にお褒めの言葉をいただくなんて、普通の軍人なら飛び上がって喜ぶ場面だろう。

 けれど、前に聞いた文言と全く同じ褒め言葉に、何の感慨も抱かないのは、多分こちらのせいではないよな。


 その後に続く言葉も前と同じだろうか、と内心白け切っていたが。


「貴公の実力を見込んで、託したいものがあるのだ」

「託す……?」


 どうやら今回は違ったようだ。


 訝しむこちらを前に、徐ろにガーメイル王は玉座から立ち上がる。 

 ガーメイル王は玉座の背面に立ち、何やら操作をし始めた。

 と、重厚な音を立てて玉座が床ごと後方に平行移動したではないか。

 呆気にとられているこちらを放置して、ガーメイル王は床の下に現れた階段を下り始める。

 見たところ何処かへ案内してくれるらしい。 


「通常、ここに王家の者以外が入ることはないのだがな」


 どこから取り出したのか、携行用の魔力照明器を片手で持ちながらガーメイル王は話す。 


「貴公の右手の紋章、それにまつわる逸話を知っているか?」

「確か、昔これと同じものを持った凄い召喚士がいたってのは」


 不意に紋章について質問され、少し戸惑いながらも返答する。

 ベルナルドや皇帝が知っていたのだから、サモニスの公王が知っていたとしても不思議ではない。


「既にそこまで知っているのなら、話は早い」


 だが、何故今そんな質問をしたのだろうか?

 そう疑問に思いながらも、足はガーメイル王に続いてどんどん階段を降りていく。

 螺旋状になった階段は何処までも続くようで、まるで奈落の底に落ちていくかのような錯覚を覚える。 


「その召喚士こそ、サモニスを建国した始祖」


 と、不意に階段が途切れ、水平に続く通路に到達した。

 土壁が剥き出しの無骨なその道を暫し歩くと、視界の先に扉が見え始めた。


「そして、この先に封印されているものが……」

 

 近づいてみると分かるが、扉には独特の文様を使って魔方陣が描かれていた。

 まるで血を使ったかのような黒赤色で何重にも描かれたそれは、黒一色の扉と合わさって言いようのない威圧感を放っている。


 その扉の中央には、普段なら厳重に鍵が掛けられていたのだろう。

 何故推量なのかと言えば。


「これは……!?」


 腕前の良い鍵師であろうと解除に何時間も掛かりそうな複雑で重厚な鍵は、何者かによってあっさりと無力化されていたから。

 床に転がされていた鍵を見て、ガーメイル王が照明器を取り落とす程に驚いていた事から、これが想定外の事態だと理解する。


 慌てた様子で扉を開けたガーメイル王が目にしたのは、更に信じられない光景だっただろう。

 何かを祀るように部屋の中央に配置された神秘的な祭壇、その壇上に置かれた小箱の蓋が開けられ、中身を空にした状態で放置されていたのだ。

 もしかして、最初からこんな意匠だった……訳ないよな。


「封印が解かれている……!」


 肩を震わせ、自身の内から沸き上がってくる感情を抑えきれない様子のガーメイル王。

 何が何だか分からないこちら以上に、ガーメイル王は動揺しているようだった。 


「説明してくれませんか、一体何が起こっているのか」


 そんな状態の人に質問するのは気が引けたが、ガーメイル王が落ち着くのを待っていても事態は進まないだろうと判断する。


「恐らく、奪われたのだ」


 途切れ途切れになりつつも、ガーメイル王は絞り出したような声で、努めて冷静さを保ちながら返答してくれた。


「始祖によって建国の戦いに用いられ、余りの力故にその始祖によって封じられた、伝説の召喚獣」


 ベルナルドの話からすると、それがあの人造召喚獣達と渡り合っていた召喚獣なのだろうか。

 もしそうだとすれば、俺が使う召喚獣と比べてもかなりの力を持っているだろう。


「あれが悪意のある者によって解き放たれれば、サモニスは……いや、世界は」


 膝を付いて慟哭するガーメイル王に、どんな言葉をかけて良いのか全く検討も付かない。

 だが、ここで立ち尽くしていても仕方がないのは事実。

 取り敢えずここから出る事を提案し、ガーメイル王に肩を貸しながら階段を上がり始める。

 降りるより大分時間を掛け、かなり疲労して謁見の間に帰り付く。

 ようやく階段を上がり切った、そこで目にしたのは。

 

「街が……!?」

 

 普段謁見の間の窓から見えるのは、整然と管理された城下町の街並み。 

 流石公王のお膝元とあって、まるで一枚の絵画の如き壮観な情景が広がっている……筈だった。 

 だが今窓の外に広がっているのは、もうもうと舞い上がる火の粉と、生き物のように燃え広がる業火。

 ラメイスト城下は、紅蓮の炎に包まれていた。

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