第四十九話 眩き破滅との対峙
それは、一見すれば天に聳え立つ塔の如く。
接近する度に視界に占める大きさが増え、自身の遠近感が狂ったかと錯覚しかける。
小さな町程はある島の、その大半の面積を占めて建立された巨大な兵器は、こちらの世界に来て様々なものを見た俺でさえも呆気にとられる程荒唐無稽な物だった。
その兵器は、禍々しい光を内に充満させ、今にも解き放とうとしている。
間直で感じる圧倒的な力の発露を前に、焦燥感に駆られる気持ちが乱高下する。
「間に合わない……!?」
もう少しで兵器へ到達するその直前に、耳を劈く駆動音と共に凄まじい振動が周囲一体に響き渡った。
ここまで来て、みすみす目の前で発射を許す事は許容出来る訳もない。
となれば、取る行動は決まっている。
「ミルドはここで待っててくれ!」
巨鳥を急降下させて地面に着地、すぐさまミルドを地上に降ろす。
「カムロさんは!?」
「こいつを、止める!」
戸惑うミルドの声を背に受け、一直線に巨大兵器の外壁に沿って急上昇。
丁度円の中心、兵器の真上に到達したその瞬間、目を開けていられない程の閃光と共に、唸りを上げて光の奔流が動き出す。
最早一刻の猶予も無く、瞬時の判断を下して札を思い切り引き抜く。
「俺のターン、ドロー!」
引いた札を確認する事無く、想定通りの戦法を実行し始める。
心中には自分の引きたい札が引けるという揺ぎ無い確信と、今まで何度も窮地を共に切り抜けてきた魔物達への信頼がある。
既に迷いは無い。
「手札の魔物、礫土応現の効果を発動!」
この魔物の効果は、自分ターンのドローを二回飛ばす事で山札から進化先の魔物を呼び出せる。
右手に握られた札が消失し、空中に空柴色 の渦を巻き起こしていく。
「強堅なる大地の開顕よ、往古の流れから身を起こし、現世の澱みを押し止めん!」
それは円筒の上空で次第に大きさを増し、成長する積乱雲の如く拡大する。
「覚醒召喚! クラス9、泰山聖霊曝露!」
祝詞が唱え終えられた後、重厚な岩石を思わせるごつごつとした体皮を持つ巨獣が、目下の孤島を遥かに超える体長を空中に表出させた。
外見を見ただけでそれを生物だと思うものはいないだろう、余りに巨大な体と無骨な外見は、悠揚と聳え立つ霊山をそのまま切り出したかの如く。
一つの山脈と見紛う程の雄大さを誇る鈍色の巨獣は、その巨大にして重厚な体を四方に広げ、円筒に蓋をするように張り付いた。
「頼む、抑えてくれ!」
今にも溢れ出さんとする光の渦が、どんな破壊にも耐え得る筈の剛体を飲み込んでいく。
苦悶を露にした巨獣の唸り声が響き、時を置かずに巨獣は光の中に溶け始める。
やがて巨獣の体全ては光の中に包まれ、一欠片も残さずに消え去った。
遮る物の無くなった閃光は、その暴威を振るわんと天空へ飛び出す。
直上にいた俺も、その輝きに飲み込まれ――
「まだ…終わってない!」
振り下ろされた刃が、今にもこの命を消し去ろうとする光の渦を真っ二つに切り開いていく。
巨鳥を盾にする事で数刻の猶予を作り出し、右手に禍々しい片刃剣を握り締めていたのだ。
それはクラス8、導冥誘終刃、散っていった仲間の思いを受け継ぎ、その力を増す断罪の剣。
「正面から切り裂く!」
今までに無い程長大になったその剣は、巨大兵器の直径を超えるまでの長さを持っていた。
刃から放たれる禍々しい黒が、圧倒的な量の白を押し退けて進んで行く。
その勢いは落下に伴って増大し、最後には島全体を揺るがす振動と共に大地へ突き刺さる。
柄を握りしめた腕に伝わる衝撃が、体の芯を抉る振動となって伝わっていく。
それに耐えつつ、どうにか体を安定させて地面へ着地した。
土煙が晴れたそこにあったのは、地面を抉るクレーターと、一文字に切り裂かれた巨大兵器の姿。
「やった……?」
そう安堵する間もなく、均衡を失った兵器はその体を崩れさせ始めた。
立っていられない程の揺れが大地を包み、再び巻き起こった土煙によって視界は覆われ、鼻の奥までもうもうとした灰燼に包まれる。
それは数分もの間続き、手で覆っても気管に入り込もうとする塵で暫く咽んでいた。
ようやく開いた目に見えたのは、夥しい量の残骸。
雲まで届こうかという高さと、一つの島を占拠する程の大きさは既に無く、巨大兵器は完全に破壊されたようだった。
と、暫し達成感に浸っていた、その時。
再び大地に激しい振動が起こり始めたではないか。
今立っている足元の地面が唸りを上げて動き出し、見る見る内に大地に幾つもの地割れが生まれ出し始める。
「足場……が!?」
その勢いはこちらの考える暇を与えないものであり、退避せんとした体は一気に地割れの中に飲み込まれていった。
※
「痛たた……」
全身に伝わる痛みを感じ、薄明かりの中で目を覚ます。
くまなく体の全てを打ち付けたようだが、幸いな事に骨折や捻挫はしていない。
落ち着いて周囲を見渡せば、ここは地下に作られた神殿のような場所らしい。
大部分が土砂に埋め尽くされているが、石畳が敷き詰められた通路や、古式ゆかしい建築様式の建物がいくつか目に入った。
倒れこんでいた地点のすぐ隣にも何かの建築物があり、その数十メートル直上には大穴が空いていて外の光が差し込んでいた。
どうやら、屋根の緩やかな斜線を描いて作られた部分に着地した事で衝撃が分散したらしい。
「もしかしてここが、ミルドの言ってた遺跡……」
この島に来る前に聞いた話では、帝国に密かに伝わる重要なものだった筈。
ミルドは、先程破壊した巨大兵器にこの遺跡が関係しているかもしれないと言っていたが……
「どうです、古代の物とは思えない素晴らしい建造物でしょう?」
思索を、唐突に耳に届いた声が中断した。
「お久しぶりですね、召喚士殿」
声が届いた方向を見れば、一際大きな建物の中、待ち構えていたかの如く立っている男が一人。
「ベルナルド・ミドキズ……!」
薄汚れた白衣を着たその男は、こちらが向けた最大級の殺気を受けても、余裕たっぷりに口の端を歪めている。
「もう容赦はしない、ここで終わらせる!」
予想はしていたが、やはりあの兵器もこの男が創り出した物だったのか。
それならば、どんな手段を使ってもここで止めなければ。
即座に戦闘態勢に入り、山札から札を引き抜く体勢に入る。
「ちょっと待ってください、もう私は貴方と戦うつもりはありませんよ」
「今更何を!」
悠々とした口調で告げられた予想外の言葉に、一瞬思考が中断する。
「それより、私とお話しませんか?」
戸惑うこちらの気持ちを見透かしているのか、あくまで深刻さに欠けた態度で話し掛けるベルナルド。
その顔には迷いも焦りも感じられず、只こちらに薄ら笑いを向けるのみだった。