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第四十七話 幕開けは静かに

 穏やかな朝日に照らされて、年季の入ったルミレース城の外装が悠然とその姿を露わにしている。

 普段と変わらないその光景の中、城の裏門では数台の馬車が迅速に荷物を積み込んでいる。

 これから決戦に向かうとは思えない静寂の中、ひっそりと俺達は出立の準備を進めていた。


「じゃ、行ってくる」


 帝国軍の動きがどうなっているかは分からないが、派手に動いてあの兵器を発射される事は避けなければいけない。

 その為今回の作戦は極めて秘密裏に行われており、事に当たる人数も限られたものだった。

 一般の革命軍兵達に今日の出立は知らされておらず、俺達を見送りに来てくれたのもエリスとイェンの二人だけである。


 革命軍盟主としての正装に身を包んだエリスは、張り裂けそうな程憂慮に満ちた表情でこちらを見つめる。

 それが俺を気遣ってのことだと分かり、有難いと同時にどこか申し訳ない気分に陥る。

 エリスの隣に寄り添うように立っているのは、普段と違うドレス姿のイェン。

 

「頑張ってね、タイちゃん!」

「うん!」


 相棒と手を握り合い、笑顔を浮かべて見つめ合う二人を目にし、暖かい気持ちに包まれる、 

 無意識に持っていた緊張が解れた気がして、思わず右手でイェンの頭を撫でていた。 

 

「エリスを頼むな、イェン」

「が、頑張って……お兄ちゃん」

 

 はにかみながら答えてくれるイェンに微笑み返す。 


「カムロさん、これを……」


 と、去り際のエリスが何かを手渡す。

 それは、ついこの前エリスに渡したあの指輪。 


 せめてものお守り代わりだと言う事だが、これはマーム王家に伝わる大事な遺産の筈。 

 戸惑う俺に、エリスは指輪をこちらの掌に置いたまま続ける。


「この指輪は、あなたに持っていて欲しいんです」


 自分が持っていても、只の飾りでしかないと言うエリス。


「もしあれがこの指輪と関係するものならば、何かの役に立つかもしれません」


 ベルナルドの言葉や、ミルドの情報から推測すれば、この指輪があの兵器と関わっているのは容易に想像出来た。

 だが、それだけの理由で俺がこれを持つことは許されるのだろうか?

 しかし懇願するように指輪を持つエリスの表情は真剣で、本当に俺を案じてくれている事が伝わってくる。

 そんな気持ちを無碍にする事は出来ずに、結局エリスから指輪を受け取り、ルミレース城を後にする。

 流石に指に嵌めるのは憚られたので、大事に荷物の中に閉まっておく事にしておいたが。 


 別れの挨拶を終え馬車に向かった時、出立前の喧騒に混じってクリスの驚愕した声が響いていた。 


「ちょっと待ってくれ、彼女もあっちへ行くのかい!?」


 馬車に乗り込む直前になって急遽決まった同乗者は、恐らくクリスにとって予想外の人物。


「俺も止めたんだけど……どうしてもって聞かなくてさ」


 既に馬車に乗り込み、準備万端といった様子で気を張っているのは、普段の絢爛なそれとは違った簡素な服に身を包んだミルド。

 身に付ける物が変わっても、一見しただけでそれとわかる独特の気品に包まれたミルドは、そこにいるだけで空気の成分が変わったような錯覚を周囲の者に起こさせる。

 海賊団の面々や御者もそれを感じ取ったのか、どこか緊張した面持ちで姿勢を正していた。


 馬車に近づき、咎め立てようとするクリスに対し、ミルドは毅然とした表情を崩さずに答える。


「今回の一件、わたくしにも責任の一端があります。 それに、島までの道案内は必要でしょう?」


 あっけらかんと言い切ったその態度に、肩をすくめて呆れた反応を取るクリス。

 無言で渋々の承諾が示され、そのまま馬車にクリスは乗り込む。

 数刻前の俺と同じく、どんな言葉を掛けても無駄だと悟ったのだろう。

                                 

 一騒動の後、馬車は勢い良く走り出した。

 向かう先は帝都、その先の未知なる敵地。

 

 帝都へ向かう馬車の中には、俺と相棒、そしてスミレの姿があった。

 気遣う視線を向けるこちらに、スミレは黙礼を返すだけで答える。

 最初は幼いスミレが死地に赴く事は無いと止めたのだが。


「貴方に救われた命、貴方の為に使いたい」


 の一点張りであった。

 言葉から伝わる決意は揺らぐことなく、強固な意思が感じ取れる。 

 最後には表情を曇らせながら頼み込まれてしまい、どうしても断り切れなかったのだ。

 俺の向かいに座る動きやすい格好のスミレは、一見普通の童女にしか見えない。

 だが、その小柄な体には短剣や小刀を幾つも装備し、何時でも戦闘に入れるように気迫を充満させていた。


 スミレがこちらへ感謝の気持を持ち、それを表してくれるのなら、無理に止めるのも無粋というものだろうか。

 勿論、唯スミレだけを危険にさらす真似はしないと心掛けなければいけないが。

 複雑な気持ちを抱えたまま、馬車は順調に街道を進んでいた。


                                ※


 久方ぶりという程でもないが、再び訪れた帝都は相変わらず以前の陰鬱な街のままであった。

 空は薄墨色の煙で覆われ、道行く人には生気が感じられない。

 そんな街の中で、極彩色に彩られた帝国軍の勧誘ポスターだけが異彩を放っていた。 


 既に帝国軍の手が回っているかもしれず、顔を隠して足早に歩を進めながら、先頭に立つクリスへ問いかける。


「そういえば、どうやってクリス達は帝都まで?」


 帝国軍と海賊団アルグネウターは敵対関係を続けており、手配されている彼らが帝都へ入港を許可される筈がないのだが。

 クリスはにやり、と少しだけ笑みを浮かべるのみで、質問には答えずに歩き続ける。

 

 四半時程歩いただろうか、港の一角にある目的地に付いた時、その答えは自然に明らかになった。

 港の奥、入り組んだ場所に人目を隠すように停泊されていたのは、かつて寝食を預けた懐かしきあの船、アルゴー号の姿。

 の筈なのだが、近づいてみるとその姿に違和感を覚え始めた。

 乗り込める程接近した時、その感覚に確信が追いつく。

 勇猛なる大海賊アルグネウターの旗艦アルゴー号は、その船体を無害な民間船へと変えていた。

 雄々しく掲げられた海賊旗や、威信を示す為に飾られた船尾の女神像は取り払われ、威圧するように敢えて船外に設置されていた大砲達の姿も無い。

 唯一そのまま残されているのは、天高く貼り出された三本の大きな帆柱のみ。

 今のこの船を見て、海賊の匂いを感じ取るのは困難だろう。  


「今の私達は貿易商社ネウター商会で、この船はルゴー号」


 驚きに静止するこちらに、皮肉めいた笑みを浮かべながらクリスは告げる。


「無害な只の商船なら、帝国が拒む必要も無いってね」


 成程理屈は分かった。

 だが、納得と共に俺の心にはまた一つの疑問が浮かぶ。  


「でも、そんな簡単に騙せるもんなのか?」


 いくら外見と身分を偽装したとはいえ、帝国の取り締まりはそこまで稚拙な物なのだろうか。

 然るべき機関が調べれば、そんなものはすぐに自明になる筈だが。


「前にも言ったろ? 蛇の道は蛇って奴さ」


 その疑問に、指で丸い記号を作って返すクリス。

 帝国の腐敗が進んでいることは噂になっていたが、身近な所でそれを感じられるとは思わなかった。


「っと、皇女殿下の前でする話ではなかったかな」


 こちらの背後にいるミルドに気が付いたのか、慌てて取り繕い始めるクリス。

 振り返って確認すると、額に皺を寄せたミルドの表情は苦渋に染まっており、明らかな困惑が見て取れる。 


「……いえ、これが今の帝国の現状なのですね」


 当事者ではないこちらからすればミルドが気にすることではないと思うが、それは無理な話なのだろう。

 ミルドのせいでは無いと軽く励ましておいたが、どこまで効果があっただろうか。 


 そんな会話を終えた後、俺達はルゴー……もといアルゴー号へと乗り込んだ。

 大きく帆が張られ、ゆっくりと桟橋から離れた船が暗緑に彩られた海面を切り開いていく。

 隠匿されていた武装がその異相を露わにし、見張り台には大きく海賊旗が振られ始める。

 帝国の、皇帝との因縁に決着を付ける戦いは、こうして静かに始まった。 

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