第四十三話 潰滅の予兆
カムロがエリス救出に動き出していた頃、ドルガスト城の謁見の間には、ベルナルドが報告に訪れていた。
「聖遺物の解析は既に終了し、我らが庶幾の制作も最終段階に入りました」
厳粛な雰囲気が漂う謁見の間にまるで合っていない、普段通りの白衣姿で現れたベルナルド。
何かの設計図が描かれた図面を両手に抱えたままで、作業の真っ最中だったように見える。
その目には大きな隈が出来ており、飄々とした軽口もどことなく抑え気味になっていた。
「散々貴様には失望させられたのだ、今度こそ成功すると良いのだが」
そのベルナルドの様子を意にも介さず、不機嫌さを隠さずに返す皇帝。
「音に聞こえた至高の六芒星の持ち主相手であれば、むしろ善戦と言って良いのでは?」
実際ベルナルドの制作した人造召喚獣は、通常の兵器を遥かに上回る性能を見せており、反乱軍やサモニス軍相手では粗々無敵と言っていい戦火を挙げていた。
本来の帝国軍の計画では、全土に配備された量産人造召喚獣によって、この時期には一気に大陸全てを制圧している筈であった。
その計算が狂ったのは、全てあの召喚士が現れてからの事。
「歴史学者の世迷い言とばかり思っていたが、ここまでの才を見せられれば納得せざるを得ないじゃろうな」
皇帝の背後に控えていたキレーヌが 興味深そうに補足する。
人造召喚獣だけでなく、帝国が誇る護将軍全員をたった一人で葬った実力は、常人を遥かに超えているのは明らかだった。
「至高の六芒星を持つ者の存在が事実であれば、伝承にある結尾の時も近いかもしれませんね」
「……それがどうしたというのだ」
ベルナルド達の言葉に、皇帝は傲然な態度を崩さずに答えた。
「我が覇道に迷いは無い、それが例え、終末へ続く道だとしてもな」
※
宿屋の一室に集合した俺達は、エリス救出する具体的な方法について話し合っていた。
「いくら格好をそれらしくしたからって、どうやって中に入るつもりなの?」
メイド服を纏った俺の姿を見ながら、そう不安げに告げる相棒。
見慣れないメイドをいきなり中に入れてくれる程、ドルガスト城警備が甘くないだろう。
「こいつを使う」
懐から取り出したのは、一枚の札。
「魔法発動! 清冽な魂!」
訝しげな顔をする相棒達の前で、その札を自分自身に翳して発動させた。
「これは……」
「姿が……消えた!?」
相棒達の驚く声を聞きながら、自らの身体を確認してみる。
思った通り、姿は跡形もなく掻き消え、影すら映らなくなっていた。
この魔法の効果は一ターンの間、使用した魔物は敵の攻撃対象にならず、敵の効果も受けないというもの。
ゲーム中ではそれだけの札なのだが、札に描かれた絵柄を見ると、魔物の体が次第に透明化する様子が描かれている。
今までの経験から、自分の体に札の効果を使える事は認識しており、札に描かれた絵柄がそのまま実体化する事も分かっていた。
それらを応用して、自分の体を透明化してみせたのだ。
只この方法にも一つ欠点があって、透明化になれる時間は一ターンのみ、測ってみると実際の時間にして五分程しかなかった。
「これなら、一気に城の中に入り込めるね」
だが、見張りを躱して城内に入り込むには十分だろう。
「ああ、後は怪しまれないようにエリスの部屋まで行く方法なんだけど……」
格好は完璧でも、歩き方や立ち振舞で不審な点を見せるのは危険だ。
騒ぎが起こってエリスが何処かへ連れて行かれてしまえば、そもそも潜入した意味すらなくなってしまう。
「それなら、私達に任せて!」
と、短髪の活発そうな少女が、元気よく右手を挙げた。
「一晩でみっちり礼儀作法を叩き込んであげるから」
緑の髪を長く伸ばした淑女も、優雅な仕草で立ち上がる。
「女の子らしい身振りもね!」
その他の団員達もこちらに集まり、和気藹々と話だした。
どうやら、集まっていた団員達がその点を補ってくれるようだ。
それは良いのだが、どうも全員目がギラギラしているというか、異様に気合が入っているような……
「お、お手柔らかにお願いします……」
それから、夜が明けるまでみっちり地獄の特訓は続いたのだった。
※
翌朝、団員達に手伝ってもらい身支度を整えた俺は、エリス救出の為に城へ向かおうとしていた。
帝国式のメイド服を纏い、ウィッグによって形作られた黒い髪を伸ばした格好は、どこから見ても只のメイドだろう。
鏡に映る自身の姿を見て、これがカムロ・アマチだと初見で分かる者はいないだろうな、なんて少し誇らしげな気分になる。
って、なんだか女装に慣れ始めていないだろうか。
ほぼ一睡もせずにメイド服を着こなす特訓を続けたせいで、変な方に意識が向いてしまっているような……
最早メイド服に違和感を感じなくなっている自分に少し恐怖を感じてしまったが、今はそんなことを考えている時では無い、と気持ちを無理遣り納得させ、見送るクリス達の元へ。
「じゃ、行ってくる」
「言っても無駄かもしれないが、無茶はするなよ」
軽く手を振るクリスは相変わらず気障な口調であったが、その言葉からは確かな信頼と気遣いが感じられた。
「カムロ君をよろしくね、相棒ちゃん!」
「うん!」
その横では、同行する相棒が団員達と触れ合っていた。
団員達顔は明るかったが、その裏にどことなく不安な心中が透けて見える。
帝国の本拠地に単独で乗り込むのだ、心配するなという方が無理だろう。
「スミレはクリス達と待っててくれな」
最後に、留守番するスミレへ言葉を掛けた。
「あ、ああ……」
重々しく頷くスミレは、明らかに憂慮した顔で、こちらに憂いを帯びた視線を向けている。
「心配するなって、すぐ帰ってくるから」
頭を軽く撫でて微笑み掛けると、スミレもぎこちなく笑顔を返してくれた。
「行くぞ、相棒」
「うん!」
相棒を札に戻し、宿屋の扉を勢い良く開けて外に出る。
目指すは、ドルガスト中央に鎮座するドルガスト城。
――エリス救出作戦、開始。