第四十二話 仮初の衣を纏い
ドルガスト城の一室、客人が滞在する事に使用される部屋で、エリスは数日間軟禁されていた。
革命軍と帝国軍の和平の為に自ら城を訪れたエリスだが、皇帝に会うことすら叶わずこうやって城の一室に閉じ込められているのみ。
「何故このような事態に陥ってしまったのでしょうか……」
あの決戦の後、和平を申し出たのは帝国側だった筈。
このまま戦いを続けても、双方に利がない事は分かり切っているというのに、まだ戦いを続けるつもりなのだろうか。
先日のミルドの会話で、帝国民そのものも戦いを望んでいない状況を理解していたからこそ、エリスは帝国側の考えが全く腑に落ちていなかった。
このままここに座している内に、外ではまた戦乱が始まっているかもしれない。
焦燥感にいても立ってもいられなくなるエリスだったが、扉の外には重武装の騎士が詰めており、こちらの一挙手一投足を見逃すまいとしている状況では、部屋から抜け出すことすらも叶わない。
抜け出せたとして、そもそも敵の本拠地である城から五体満足で脱出出来るとは……
「失礼します」
と、不意に扉から聞こえた声にエリスは考えを中断される。
おずおずと部屋に入ってきたのは、帝国風のメイド服に身を包んだ、どこか落ち着かない雰囲気のメイド。
エリスがここに囚われてから初めて見る顔で、何度も扉の方向を振り返っては寄る辺ない表情をしていた。
そんな様子にエリスは少し不信感を持ったものの、新人なのだろうか、とあまり気に求めていなかった。
しかし、不意に距離を詰めたメイドがエリスの耳に囁いたのは、予想だにしない内容。
「迎えに来たよ、エリス」
ささめくように告げられたそれは、何度もエリスの窮地を救ったあの少年、カムロ・アマチの声そのものだった。
※
喫茶店で聞いた情報を元に、俺達は急いで帝都中心部の大広場へ向かった。
普段であれば市民の憩いの場となっている筈のここに、今日は大勢の人集りが出来ていた。
広場に設置された盾看板によれば、三日後に反乱軍のリーダー、つまりエリスがここで処刑されるという。
ジングの話によれば、ここへエリスは和平の為に訪れた筈なのに……
コントウナ平原の決戦であれだけ手酷くやられたというのに、帝国軍はまだ戦うつもりなのか?
考えても理由は分からない、只一つ分かるのは、このままではエリスの身が危ないと言う事。
「焦っても仕方ない、今は落ち着いて行動する時だ」
「クリス……」
肩に手を置いたクリスは、こちらを宥める様に敢えて強い口調で話し掛けてきた。
どうやら気付かないうちに動揺が顔に出ていたらしい。
一つ深呼吸をして気持ちを整えてから、クリスに向かい合う。
「協力してくれるのか?」
「カムロの友であれば、私達の友と同じさ」
こちらの問いに、いつもの飄々とした軽い口調で返すクリス。
「ありがとな」
こちらに気を使わせない為の心遣いが感じ取れ、思わず礼を言っていた。
「それに、この前の借りも返しておきたかったからね」
大げさに髪を掻き揚げて、照れたようにクリスは付け加える。
「私達も協力するよ!」
後ろで話を聞いていた海賊団の面々も、やる気十分と言った面持ちで頷いていた。
※
次の日、宿屋に訪れたクリス達は、驚くほどの速さで情報を集めていた。
それによれば、エリスはドルガスト城の一室に捕らえられており、ほぼ軟禁状態にあるらしい。
どの部屋に捕まっているかなど、細かい所までクリス達は掴んでいるようだ。
情報を掴む余りの速さに驚くこちらに。
「蛇の道は蛇、と言った所かな」
クリスはそう言って、楽しげに微笑んでいた。
「捕まってる場所は大体分かったけど……」
「問題は、厳重な警備をどうやって突破するかだな」
深刻な表情を浮かべたスミレの言葉に頷く。
皇帝の居城でもあるドルガスト城は、蟻の這い出る隙間も無い程完璧な警備体制が敷かれているらしい。
「ご主人の召喚術で一気に突っ込むってのは?」
「流石に、真っ向から帝国の本拠地に喧嘩を売る度胸は無いって」
ドルガスト城と、その近辺の兵力はかなりの数が予想され、召喚術の力を持ってしても正面から渡り合うのは厳しいだろう。
それに余り派手に事を起こせば、中に居るエリスに被害が及ぶかもしれないし。
「私達に一つ作戦があるんですけど」
と、クリスの後ろに居た海賊団の面々が進み出てきた。
「給仕が足りなくなってるって?」
彼女達から聞かされたのは、ドルガスト城の内部事情。
団員の一人が城で給仕長をしている者と知り合いらしく、そこから世間話を装って聞きだす事が出来たという。
「戦地に送る兵の徴用を優先したせいで、帝都全体で人手不足の状態になっているそうです」
皇帝の印象があまり良くないこともあって、そもそもドルガスト城で働きたがる者が少ないそうだ。
それに長く続く戦争が相まって、ドルがスト城でも下働きの者が足りなくなっているとの事。
「それが今回の件と……まさか」
頭に浮かんだのは、スパイ映画じみた潜入手段。
「メイドさんに変装して潜り込むってこと!?」
同じ考えに至ったのか、隣に居た相棒が驚いた顔で叫ぶ。
「でも、俺の都合で皆をそんな危険な目に合わせるってのは……」
相棒やスミレでは見た目が幼すぎるし、潜入出来るのは海賊団の面々だろう。
エリスと何の関係も無い彼女たちに、何があるか分からない敵地の真っ只中に行って貰うのは気が引ける。
「その点なら大丈夫です!」
「え?」
そんな想いで発した言葉に、ある団員が自信満々で返答した。
戸惑う俺の周囲を、示し合わせたように団員達が一斉に取り囲む。
その手には、女物の可愛らしい洋服が握られていて――
※
それからどれくらいの時が経っただろうか、恐らく計ってみれば数十分のことだっただろうが、体感では数十時間程の長い時に思えた。
「じゃじゃーん! 出来ました!」
手に櫛を持った活発そうな団員が、誇らしげな表情で鏡の隅に映っている。
その鏡の中央に映るのは、椅子に座る一人の少女。
服装は所謂ホワイトプリムのメイド服で、控えめな化粧と、少し曲線掛かった黒い長髪が見る者に清楚な印象を与えるだろう。
この格好ならば、何処にいてもれっきとしたメイドとして認識されるに違いない。
「……何でこんな事に」
と冷静に分析して現実逃避してみたものの、そこに映っているのは紛れも無くこの俺、カムロ・アマチの女装した姿だった。
ドルガスト城に潜入する為というのは分かっているのだが、流石にこれはキツイ、色んな意味で。
「いや、冗談抜きでよく似合ってるぞ」
「うんうん、綺麗だよご主人!」
そんなこっちの気持ちを他所に、真顔で賞賛の言葉を送るクリスと、何故か嬉しそうな相棒。
その声に、全く悪意が無いのが逆に居心地を悪くさせていた。
「褒められても嬉しくないんだけど……」
似合っていないというのも作戦的に問題だが、似合っているのもそれはそれで問題だと思う。
だが、ここでうだうだしていても始まらないのも事実。
心中に葛藤を抱えたまま、エリス救出作戦が始まろうとしていた。