第四十一話 灰色の街にて
早朝、宿屋で目覚めた俺が身支度を整えていると、真剣な表情をしたスミレに話し掛けられた。
「これから貴方と行動を共にする為に、こちらから言っておかなければならないことがある」
唐突な話題に驚くこちらに、スミレは滔々と説明する。
話したい内容は、スミレの過去と、スミレが居た組織についての事。
こちらとしては無理に話さなくてもいいと言っていたのだが、スミレ自身がそれを許せなかったらしいのだ。
「大丈夫? 無理に話さなくても……」
「いや、話させてくれ、頼む」
そこまで言われれば、こちらとしては断る理由も無い。
元々スミレがどうして襲ってきたのかについては気になっていた所だ。
備え付けの簡素な椅子に腰掛けたスミレは、ベッドに座る俺と相棒に向かって、ゆっくりと語り出した。
スミレ達の組織は、世界の安定を保つことを命題にしているという。
孤児だったのだろうか、親の顔も知らないスミレは、物心付く前から組織に育てられてきたらしい。
幼い頃から只戦うことを教えられ、組織の為に命を捧げて戦っていた。
今まで倒した相手は殆どが悪人であったこともあり、その行為に疑問を挟むこともなかったという
俺を襲ったのもその活動の範疇で、この手に刻まれた六芒星がこの世に滅びをもたらす忌むべき存在だからだとか。
とは言っても、スミレ自身何故この六芒星が邪悪なのかは全く知らされていなかったそうだ。
全てを話し終えたスミレは、複雑な表情で黙っている。
「つまり、何も分からないって事?」
暫く重苦しい沈黙が続いた後、少しがっかりした様子の相棒の言葉が静かな部屋に響いた。
「済まない……」
それを聞いたスミレは、沈痛な表情を浮かべて頭を下げていた。
今にも泣き出しそうな顔を見て、こちらの方が申し訳なく感じてしまう。
「こら」
「あうっ!」
「いいって別に、そこまで興味が有る訳でもないからさ」
身も蓋もない事を言った相棒の額を軽く叩いて窘めてから、安心させるようにスミレを抱き寄せてその頭を撫でた。
「カムロ殿は優しいな」
こちらに寄り掛かり、瞳を少し潤ませて仰ぎ見るスミレ。
その頬は薄っすらと赤みがかっており、スミレのあどけない美しさを引き立てていた。
慕ってくれているのは嬉しいのだが、殿呼びは少し照れるな……
別に呼び捨てで構わないと言っているのだけれど、本人が落ち着かないらしい。
「場所を知ってるんなら、逆に殴りこみとか出来ないのかな」
空いていた片方の腕に抱きつき、そんな物騒な事を言い始める相棒。
表現は乱暴だが、確かにそれも一つの手ではある。
元凶を断ってしまえば、もう襲われることもないだろうし。
「神殿の周りには強固な結界が張ってあり、主上様が許可したものしか通れないのだ、既に裏切り者として認識されている私は恐らく…」
「そっかぁ……」
となると、こちらから取れる手段はほぼ無い。
「追手はもう倒したんだし、もう放っといてくれると良いんだけど……」
そんな楽天的な言葉に、スミレは黙って首を振るのみ。
こっちが何もしなくても襲いかかってくるような所に期待しても無駄と言う事か。
「そういえば、スミレはなんで召喚術が使えたの?」
再び沈鬱に成りかけた空気を変えようと、敢えて明るく他の話題を振ってみる。
召喚術士特有の刻印を持っていないスミレが、何故召喚術を使えたのだろうか。
それに、最初に会った時に持っていた札は、M&Mの物だったような……?
「それが、自分でも良く分からないのだ、主上様からあの札を受け取った事は確かなのだが……」
使い方を教えられて札を渡されただけで、本人は召喚術を使っているという認識も無かったらしい。
それを知るためには、組織のもっと偉い奴に聞くしかないって事か。
「一つだけ、私にも教えられていた事がある」
そんな会話の最後に、スミレから気になる事柄を知らされる。
「我……彼らの最終目的は、常世の国を作ること、らしい」
「常世の国……か」
理想郷を作るとは、随分大仰なお題目を掲げているものだ。
だが、実際強大な力を持っている組織が言う以上、只の大言壮語では無いだろう、
もしそれが俺達に直接関わるようなら、こちらとしても黙っている訳にはいかなくなる。
何も出来ない現状としては、そんな時が来ないことを願うしか無いが……
雰囲気を変えるためにカーテンを開けると、そとからは眩しい光が差し込……まなかった。
窓から見えるのはうらぶれた路地と、その上に広がるどんよりとした曇り空。
見ているだけで気分が滅入る景色だが、この街は一年中こんな風景らしい。
指名手配が解かれた事を知り、エリスに会いにルミレース城へ行ったものの、既に城にエリスの姿は無かった。
そこで久しぶりに会ったジングからエリスが帝都に行っていると聞き、俺達も後を追ってここ帝都ドルガストを訪れていたのだ。
サモニスに戻ってくるように言うジングを誤魔化すのに手間取ったけど、それ以外は順調な旅路で、ほんの数日で帝都まで辿り着いていた。
※
「なんか、イメージしてたのと違うな…」
葉の散った街路樹が並び、寒々とした光景が広がる通りを歩きながら、誰に聞かせるでもなく呟く。
帝都と聞いてもっと豪華絢爛な場所をイメージしていたのだが、街には至る所に工場が立ち並び灰色の噴煙が空に覆い被さっている。
通りを歩く人々の服装もなんだか地味で、表情にも生気が無い。
ミルドによれば、昔はもっと活気に溢れていたらしいのだが……
「か、カムロくん!?」
「え?」
と、不意に背後から呼びかけられた。
振り向いたそこにいたのは、街の雰囲気には似合わない活発な服装の女子達。
十人程度の女集団に一瞬驚くが、一人一人の顔を見て記憶が鮮明に蘇った。
それはかつて共に戦った、アルグネウター海賊団の面々だった。
「みんな、どうしてここに?」
思い掛けない出会いに、喜びと共に戸惑いが湧き上がる。
「それよりカムロくんは何してたの? いきなり居なくなってみんな心配してたんだよ!」
女の子達はあっという間に周囲を取り囲み、やいのやいのの大騒ぎになってしまった。
中には泣き出す子もいて、どう対処していいのか分からなくなってしまう。
「クリス様、こっちです!」
そんな状況の中、女子の一人に手を引かれて現れたのは、流麗な金の長髪と眼帯、飾り紐等で着飾られた派手な出で立ちの、明らかに堅気ではない格好をした人物。
何より目を引くのは、役者かと見紛う程の整った顔立ちだろう。
「カムロ……? 本当にカムロなのか!」
こちらを見て驚愕の表情を浮かべるその者こそ、アルグネウター海賊団団長、クリストファー・ギレインだった。
※
通りに面した喫茶店の店内では、常連らしき数人の客がいるのみで、ゆったりとした落ち着いた空気が流れていた。
はしゃぎたい盛りの女子達も流石に雰囲気を察したようで、控えめの音量で雑談している。
スミレはその愛くるしい外見からすぐに女子達の人気者になっており、別のテーブルで相棒と一緒に可愛がられていた
こちらの方は、カウンターでクリスと隣り合い、別れてから今までのあれやこれやを説明していた。
「成程、そんな事があったとは」
ひと通り事情を説明し終え、眼前のクリスが大きく頷く。
帝国の皇女と知り合いになったり、帝国軍と反乱軍の決戦に介入したりと、信じられないような出来事を経験していた事に、自分で話して改めて気が付く。
クリスの方はあれからどうなったのかと言えば、特に大きな出来事もなく息災だったという。
あの後、クリス達は用心棒を失ったギルレム海賊団を一気に壊滅させ、今のアルグネウター海賊団は勢いの落ちた帝国海軍を席巻する程の勢力を誇っているらしい。
それに伴って行方不明になった俺を探していたものの、まるで手掛かりも掴めずにもう死んだものと思っていたらしい。
だがあの手配書を目にし、慌てて俺を探しに帝国本土へ駆け付けたらしいのだ。
帝都にいたのは情報収集をするつもりで、まさかここで偶然出会えるとは想像もしていなかったとの事。
「それで、カムロはこれからどうするんだい?」
「ああ、ちょっと届け物を……」
話題がエリスの指輪について移りかけた、その時。
「広場で反乱軍のリーダーが処刑されるらしいぞー!」
喫茶店の外からでもはっきりと聞こえる大声に知らされたのは、全く予想外の事件であった。