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第三十九話 戦う意味

「我らの掟、忘れたとは言わさんぞ」


 突如現れた仮面の集団の内の一人、他と色違いの黒い仮面が、俺に背負われたままの少女へ言葉を掛ける。


「……敗者には、死あるのみ」


 少女の口から躊躇いがちに告げられたルールは、只の決まり事と呼ぶにはあまりに過酷なもの。


「だが、貴様は敗れながらのうのうと生き延びている、それだけで十分我らに対する裏切りに値する、と我らの神は判断された!」

「なんだよそれ、おかしいだろ!」


 怒りを露にする仮面に対し、心の奥から怒りが沸々と湧き上がっていた。

 こんな少女を人殺しに使うだけでなく、失敗したら自ら命を絶てだなんて。


「問答無用! 排除対象共々、ここで葬り去ってくれよう!」

「チィッ!」


 そんなこちらの反応を意にも介さず、仮面達は殺気を膨れ上がらせ襲い掛かる。

 一気に迫る仮面達に半分だけ背を向け、少女を庇うように走り出す。

 飛んでくる円錐状の刃物を避けつつ、遮蔽物の多い森の中へと逃げ込んだ。


「何故だ」


 必死に逃げる途中、背中の少女から再びの問いかけを受ける。


「ちょっと待ってくれ、今忙しいから!」

「何故私を助けるのだ!?」


 正直今は会話どころではないのだが、心の底から出たであろう真剣な少女の言葉を聞き、返答を余儀なくされる。

 だが何度考えても、大層な動機なんてまるで思いつかなかった。


「男が誰かの為に戦う理由なんて、一つしかないだろ」


 結局考え付いたたった一つの理由は、余りにも世俗的で、人が聞けば一笑に付してしまいそうなもの。 


「それは……?」

「綺麗な女の子の悲しむ顔を見たくないから、だ!」

「……はぁ!?」


 敢えて高らかに宣言したこちらの言葉に、開いた口が塞がらないという反応を見せる少女。

 まあ、呆れられるのも当然だ。

 自分でもどうしてこんな気持ちになるのかは分からない、分からないけど、体が勝手に動いてしまうからしょうがない。

 この世界に来てからずっと考えていた事の答えだったけど、これくらい気負わないものの方が、何となく俺らしい気がする。 

 世界を救うとか、一国一城の主になるなんて大それた事よりも、ずっとしっくりくる。


「お命頂……ぐわぁっ!」

「それでこそご主人マスターだよね!」


 とその時、背後から襲いかかろうとした仮面を踏みつけつつ樹上から現れたのは、背中に魚を何匹も括り付けた格好の相棒。


「相棒!」

「戻って来たら居なくなってて、心配したんだから」


 息を切らした相棒の様子を見れば分かる、相当慌てて追いかけてくれたらしい。


「悪い」

「まあご主人マスターの事だから、何か面倒ごとに巻き込まれてるんだろうと思ったけどさ」


 そう言って軽く笑う相棒に、視線で合図を送る。 

 勢い良く頷いて答えた相棒は、既に気持ちを戦場に置いているようだった。


「よし、行くぞ!」

「うん!」


 相棒をカードに戻し、襲い来る仮面の襲撃者達と相対する。  


「俺のターン、ドロー!」


 裂帛の気合と共にカードを引き、殺到する飛翔物や打撃の間を縫って反撃の糸口を探す。

 まずは、この攻撃の嵐をどうにか止めなければ。


魔法マジック発動! 旋律の波動!」


 手にしたカードから放たれる無色の衝撃波が、周囲の敵の動きを止めていく。


「その効果エフェクトによって、相手の魔物モンスターは一ターン攻撃が出来なくなる!」


 これで隙は出来た、後は一気に……


「相手の場にのみ魔物モンスターが存在する時、この魔物モンスターは手札を一枚墓地セメタリーに捨てて召喚コール出来る!」

 

 宣言が行われると、手札のカード一枚が粒子となって掻き消える。


「其は我が意思の体現者! 我らが切望を束ね、俗界の晦冥を打ち払わん!」

召喚コール! クラス7、天翅の贈答者エール・ヴォワチュール・プレザン!」


 祝詞と共に現れたのは、左右色違いの羽を背中に付けた、機械仕掛けの天使。 

 大きさは20m程度だろうか、鮮黄に輝く無骨な体と、朱碧に彩られた羽を持つ神々しい姿を持っている。


「このモンスターの効果エフェクトによって、手札のクラス7以上の魔物モンスターを一体、自分のフィールドに呼び出せる!」


 天使の羽が眩く光り出し、俺の眼前に輝く光の輪が展開される。


「其は鋼! 其は戦人いくさびと! 鉄血の誓いと成りて守護の力を我が元に!」

召喚コール、クラス8! 偉大なる防人ペルグランデ・スクーツ!」


 その輪を通って現れたのは、白銀の重鎧を眩しく煌かせる、巨大な盾を構えた騎士が姿を現す。 

 この方法で呼び出しても偉大なる防人ペルグランデ・スクーツ効果エフェクトは使えないが、攻撃力は十分。


雄篇なる煌きメルヴェーユ・リュミエール!」

運命断裂剣アエテルヌム・グラディウス!」


 悠然と立つ二体の魔物モンスターの攻撃が、周囲を取り囲んでいた仮面達に炸裂する。

 天使から放たれる閃耀が、騎士が振り払う大剣の剣風が、必殺の一撃となって仮面達を薙ぎ払った。


「このターンの終了時、天翅の贈答者エール・ヴォワチュール・プレザン効果エフェクトで呼び出された魔物モンスターは手札に戻る」 


 場の偉大なる防人ペルグランデ・スクーツが消え、目の前には天翅の贈答者エール・ヴォワチュール・プレザンのみが残された。


 こちらの魔物モンスターは一体のみになってしまったが、敵方の数は大分減らせた。

 少し気を緩め、人心地付いた、その時。


「この程度!」


 距離をとって相対していた黒い仮面が叫ぶと同時に、再び何十人もの仮面達が一気に現れたではないか。


「なっ……!?」


 驚く間もなく、仮面達は統制の取れた動きでこちらを取り囲む。

 半数以上撃破したと思った仮面達は、むしろ先程より増えているようにも見える。

 これは一体……


「奴らはただの影だ、本体を狙わなければ効果はない」


 訝しむ俺に背負う少女から告げられたのは、この状況を打開できるかもしれない一筋の光明。

 それであれだけ倒しても全く減る気配がなかったのか、本体ってのは多分……


「分かった!」

「……信じるのか?」


 あっさりこちらがそれを了承した事に、逆に少女は戸惑っているようだった。

 自分で言い出したことなのにと、少し可笑しみを感じてしまう

 まあ、憂慮するのも無理はないけど。


「当たり前だろ!」


 その不安を拭い去るように努めて自信たっぷりに返答し、俺達は敵の真っ只中へ飛び込んだ。

 

 狙いを定めるのは、他とは明らかに違う黒色の仮面。

 少女の話が本当ならば、あれが本体に違いない。


 何人もの仮面が天翅の贈答者エール・ヴォワチュール・プレザンに殺到し、瞬きする間に天使は光の粒子となって消える。

 遮蔽物がなくなった生身の体のあちこちを殺到する飛翔物が掠り、傷口から血が流れ出す。


「俺のターン、ドロー!」


 それに構わずカードを引き、新たなカードを構えて祝詞を唱え出す。


「自分のカード三枚を墓地セメタリーに送る事で、このカードは条件を無視して召喚コール出来る!」


 カードから発現する魔法陣が、襲い掛かる攻撃を弾いていく。


 幻想的な光景に圧倒されたように動きを止める黒い仮面に向け、右手で持つカードを翳して宣言した。


「戦慄け、絶斬の鋒! 不道の悪鬼に滅びを齎せ! 召喚コール!」

「クラス8 導冥誘終刃コルヌー・オルクス!」


 眩い光が弾け、俺の右手に禍々しい片刃剣が握られていた。

 長さは丁度体の半分程、反り返った分厚い刀身が凶悪に瞬いている。


「その効果エフェクトによって、自分の墓地セメタリーに存在する魔物モンスター攻撃力パワーを、自分の攻撃力パワーに加える!」


 天に掲げられた刃が、効果エフェクト宣言と共にその長さを増していく。


「これは……!?」


 最終的に数十メートルを超える程巨大化した刃に、仮面達も圧倒されたようにその動きを止めた。


救世断撃サルース・レクタ・フィーニス!」


 その大きさに任せ、長大な剣を一気に黒い仮面へと振り下ろした。

 あまりの重量と速度に、轟音を伴いながら刀身は黒い仮面ごと大地を直撃し、巻き起こった衝撃波が眼前の全てを薙ぎ払っていく。

 ようやくそれが収まった時、目の前にあったのは派手なクレーターのみだった。

 いや、それだけではない、目を凝らしてみれば分かるが、その中心にかろうじて原型を留めた黒い仮面の姿が、まだ。


「ぐぅっ、最早之迄もはやこれまで!」


 あれだけの攻撃を受け、既に半身を失ったように見えるにも関わらず、敵は最後の意地とばかりにこちらへ突進する。


「自爆するつもりだ、逃げろ!」


 少女の言葉を受け、刹那にそれを回避せんととした、その時。

 

「うわぁっ!?」


 こちらに飛びかかる目の前の仮面の体は、眩い閃光に包まれて――


                             ※


 目が覚めた時、俺達の体は川原に打ち上げられていた。

 咄嗟に川に飛び込んだ事で、あいつ等の爆発から身を守れたらしい。

 彼方此方服が焼け焦げ、無事な部分もびしょ濡れになってしまったものの、どうにか全員無傷で済んだようだ。


「その、礼を言う」


 陸に上がり、拘束を解いた少女と互いに座って相対する。

 こうやってまじまじと見れば分かるけど、本当に綺麗な子だな。

 まるで絵本の中の妖精みたいだ。  


「別に大した事はしてないって」

「到底返せる借りではないが、私に出来る事なら如何様にも」


 そう言って頭を下げられてしまうと、何だか申し訳ない気分になってしまう。

 心を開いてくれたのは嬉しいが、まだまだ気持ちの壁は高そうだ。 


「だから別に……そうだ、一つある」

「……ご主人マスターのスケベ」

「なんでそうなるんだよ! 違うからな!?」


 いつの間にか実体化し、目を細めて非難する相棒の言葉に、慌てて取り繕う。


 一つ咳払いをして気分を落ち着かせ、改めて目の前の少女に話し掛けた。 

 

「名前」

「え……?」

「君の名前、教えてくれないか」


 今まで色々あってすっかり忘れていたけど、俺はまだ目の前の少女の名前すら知らなかったのだ。


すみれ……スミレだ」


 少しの逡巡の後、辿々しい口調で少女は答えた。

 菫の花からの連想だろうか、その名前は、少女の青紫の美しい髪と藍色の澄んだ瞳によく似合っている気がした。


「俺はカムロ、カムロ・アマチ……ってもう知ってるか」

「よろしくな、スミレ!」


 そう言って差し出した右手を、スミレはおずおずと握り返してくれた。

 月明かりに照らされたその表情は、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていたのだった。

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