第三話 王都防衛戦
王都ラメイスト、サモニス公国の北部山岳地帯に位置し、険しい渓谷の上に堅牢な城壁が築かれている。
渓谷自体が天然の要塞となって、建国から今までの数百年間、一度も外敵に侵入を許したことのない高い防御力を誇っていた。
しかし今、そのラメイストがあと一歩で陥落という所まで追い詰められていた。
ラメイスト上空では飛竜に乗る召喚術部隊が必死の抵抗を見せているものの、その倍以上の数で迫るエイ型人造召喚獣に次々と撃ち落されていく。
地上では、大地を埋め尽くす程の数の蜘蛛型人造召喚獣が、居並ぶ様々な召喚獣を数で圧倒し、黒い津波に飲み込まれる様にサモニス軍は制圧されていた。
元より召喚獣の性能で数の差を覆す戦法を得意としていたサモニス軍、一般的な召喚士が使える召喚獣クラス4~5と同等の性能を持つ人造召喚獣に大軍で攻められれば敗北は必至だった。
※
「不味いかもしれんな」
ラメスト城正門前、居並ぶサモニス軍の端で、髭面の軍人が不利な戦況を見て一人唸っていた。
彼はサモニス軍第二王都防衛隊長、ジング・ドルスベイ。
召喚術中心主義のサモニスでは珍しく、剣術による戦いを得意とする人物で、両腰には二振りの無骨な長剣を装備している。
人格、能力共に優秀な軍人であるが、術者が優遇されるサモニス軍にあっては疎んじられ、閑職である第二王都防衛隊に追い遣られていた。
今回の帝国軍の急襲に対し一応招集されたものの、本来なら出番の無いまま戦闘終了まで整列しているだけの筈、であった。
「奴らの新兵器、実力はともかく量が多すぎる」
ジングの言葉通り、サモニス軍の敗色は時を経る程に増しており、このままでは王城へ敵が到達するのも時間の問題であった。
と、その時、戦場全体を揺るがす地響きと共に、両軍が衝突する麓の平地が真っ二つに割れ、天を貫くかの如く巨大な黒鉄の巨人が現れた。
それは、サモニス軍に最期を告げる使者。
帝国製人造召喚獣の中でも最大の大きさを誇る巨人、その巨体そのものが強力な武器だが、更に地中潜行能力を有しており、戦況を完全に決定出来るタイミングまでその身を地の底に潜めていたのだ。
突如現れた巨人に、最早戦意を保てなくなったサモニス軍は総崩れの様相を呈していた。
次々と前線が崩壊し、勢いを増した帝国軍が雪崩れ込む。
「最早これ迄……」
ジングはサモニスと自身の終わりを悟り、覚悟を決めた。
だが、ジングの予想した時は訪れなかった、何故なら。
「殲滅の虐殺獄炎砲!」
突如遥か上空から降り注いだ業火が、黒金の巨人を跡形もなく焼きつくしたのだ。
その業火を放ったのは、燃え盛る焔の如き真紅の鱗に包まれた、巨大な紅き龍だった。
※
「何だか凄い事になってるな」
殲滅の虐殺獄炎砲をまともに喰らい、黒焦げになった鉄の巨人を見下ろして、俺は相棒の背中で溜息を付いた。
王都が帝国の本命って話は聞いてたけど、ここまで大規模な戦闘になっていたとは。
映画やテレビでしか見たことのない光景に、不謹慎だが正直どこか感動していた。
そのままゆっくりと相棒を着地させ、対峙する両軍の中央、丁度さっきの攻撃で空白になった場所に立つ。
「えーっと、サモニス軍に味方しに来たんですけど……」
だがその言葉に返答するものはいなかった、サモニス軍の誰もが怯えた表情でで、こちらの反応を伺うように遠巻きにしているだけだ。
帝国軍の方と言えば、表情の見えない人造召喚獣も同様に動きを止めていた。
この瞬間だけは激しい戦いが静止し、渓谷に元の平穏が戻ってきたようであった。
既にサモニス軍の特徴は頭に入っていたし、以前戦った蜘蛛やエイが見えたので取り敢えずあの大きいのを帝国軍と判断して倒したのだが、何か間違えたのだろうか?
もしかして、何かこういう場に特有の礼儀とかがあったのか? 不味いな、この世界の知識は一応あるけど、あくまでただの学生としてのものでしかない、戦場の知識なんて全く無いぞ……
そうして考え込んでいると、山の上、丁度豪華な城が見える方角から、無骨な鎧を着込んだ男が馬に乗って駆け出すのが見えた。
男はすぐ隣に馬を止め、こちらの姿を見て驚いた表情をしてから、訝しげに呟いた。
「学生がこれ程の召喚獣を……?」
その言葉で、服が学校で襲われた時のままだった事に気が付く。
家ごと私服は全部焼失しており、結局今まで着替えられずにいたのだ。
こっちの世界に来てから色々有り過ぎて意識していなかったが、今の格好を見て出てくる感想はボロボロの学生服を着た怪しい学生だな。
「失礼した、私はサモニス軍第二王都防衛隊長、ジング・ドルスベイ」
黙っているのを何か誤解したのか、ジングと名乗った髭面の男は一度頭を下げてから、毅然とした態度で自身の名を名乗った。
それきり男は口を閉ざし、じっとこちらの返答を待っている様子だった。
俺の方と言えば、 「どうもご丁寧にありがとうございます」 とか言った方が良いのか? いや、ここは敢えて偉そうな態度の方がこれから有利になるかも……
と、ジングの軍人らしい態度に、どう答えていいか考え込んでいた。
「それ程の強力な召喚獣を操る実力を持つとは、さぞや高名な召喚術師とお見受けするが、貴方はいったい……?」
待ちかねたジングが俺に問いかけた時、俺達を遠巻きにしていた帝国の人造召喚獣達が、突如その活動を再開し始めた。
止まったまま動かない俺達を見て、其程の脅威ではないと判断したのか、それとも単純に待っているのに飽きたのか。
「話は後、こいつらを何とかしないと!」
どちらにしても、ここで黙ってやられる訳にはいかない。
「では、貴方は」
「ええ、サモニス軍に加勢します!」
ジングのどこか期待するような声に、勢い良くサモニス軍への助力を宣言した。
だが、その瞬間。
「あ、相棒!?」
傍らに立っていた相棒が、一瞬で跡形も無く消え去ったのだった。