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第三十六話 戦場の決意

 ルミレース近郊でミルドが告げた願い、それは。 


「私を、戦場へ連れて行って貰えないでしょうか」


 予想外の発言に驚くこちらとは対照的に、ミルドは落ち着いた様子だった。

 距離にして十数センチ、すぐ手が届きそうな距離で、ミルドはこちらに向き直る。

 

「戦場って、反乱軍と帝国軍の? どうして……」


 これから大会戦が始まろうとしているまっただ中に飛び込んでいくなんて。

 それに、ミルドはそういう争い事が嫌いだったはずじゃ……  


「今更私が行った所で、何も出来ないかもしれません」

「だったら」


 戸惑ったような相棒の言葉に、少し考えてからミルドはゆっくりと話し出す。


「私は、今までずっと帝国から逃げていました、あの場所へ追いやられてから、ずっと……」


 そう言って何かを思い出すような表情をするミルド。


「皇女であることから逃げ、父に意見することも止めて、ただ安寧と日々を送るだけで……本当は、幾らでも言いたい事があったのに」


 言葉を紡ぐ度に、ミルドの表情は痛切さを増しているように思えた。


「こうやって自分の足で歩いて、話を聞いて、いろいろな物を感じて初めて分かったんです」


 ルミレースの街に顔を遣りながら続けるミルド。

 ミルドはずっとあの場所に居て、今まで直に帝国の中を旅したことなどまるで無かったらしいからな。


「もう帝国は、私の知っている場所ではなくなっていた事に」


 ミルドが小さかった頃の帝国は、それほど大きな国ではなくても、日々安寧と暮らしていける程には豊かだったらしい。

 だがミルドの父、つまり現皇帝はいつの頃からか、力によって他の国を征服する事に取り憑かれてしまったというのだ。 


「もし私がもう少し努力していれば……と思うのは、只の思い上がりなのかもしれません」


 実の娘であるミルドが何度意見しても皇帝は意思を変えず、それどころかミルドを疎んで僻地に幽閉してしまった。

 ミルドはそんな父に、そんな帝国に絶望していたという。


「でも……いえ、だからこそ逃げたくないのです」


 でも今のミルドは、もう絶望などしていないようだ。


「ここで逃げれば、もう二度と自分で自分を誇れなくなる気がするから」


 ミルドの言葉は力強く、本来ミルドが持っていたであろう凛としたまっすぐな意思を感じられたから。 

 そこまで一気に話し終えてから、ミルドは少し笑って。


「私をこんな風に変えてくれたのは、貴方なんですよ、カムロさん」


 こちらへの距離を更に詰めてそう言った。

 ミルドの髪から漂う甘い匂いを感じて、変な気持ちになりそうなのをどうにか堪える。 

 

ご主人マスターが?」

「貴方に会って、貴方の後ろを歩いて、貴方に守られて……」


 相棒の意外そうな言葉に、ミルドはしみじみとした様子で答える。


「いつも精一杯生きている貴方を見て、私もそうなりたいと思ったんです」


 ミルドの言葉を聞き、そこまで褒められるような人間ではないのに、と少し照れくさい気持ちになってしまう。

 そんな事を考えながら、俺は一層綺麗に笑うミルドに見とれていた。 


「……分かった」


 ミルドの真剣な言葉を聞いた俺に、ここで断るという選択肢はなかった。

 危険なのは承知の上だけど、ミルドの願いを遂げさせてあげたいと心から思ったのだ。 


「行こう、コントウナ平原へ!」

「はい!」

 

 元気付けるように告げた俺の言葉に、ミルドは力強く頷いていた。 

                                                                 ※


 コントウナ平原の一角、崩れ去った革命軍の本陣後で、俺はエリスと再開していた。


「カムロ……さん?」


 軽鎧に身を包んだエリスは、格好こそ戦場の中で薄汚れてしまっているものの、それを感じさせない程相変わらず綺麗だった。

 二三ヶ月しか離れてないだけなのに、なんか随分会ってなかった気分だ。


「どうして?」


 突如現れた俺の姿に、エリスは驚きと戸惑いを浮かべながら問いかける。 

 エリスが心配になったから……ってのは流石に良い格好しすぎだよな

 ミルドを目的地に送り届けてから、大きな土煙の上がった場所が気になって来ただけだ。

 エリスの事を気に掛けていないわけではなかったが、エリス自身が出撃しているなんて知らなかった。


「話は後、エリスは逃げて!」


 そんな事をつらつらと話している時間はない。

 エリスを後方へ退避させ、本陣を倒壊させた黒鉄の獣と向かい合う。


 大きさは今まで戦った中で最大だろうか、横幅は十数メートル程だが、こちらを威嚇するように大きく上方に反り返った胴体の長さは異様に長く、百メートルはゆうに超えているように見える。

 胴体は同じ大きさの長方形が横一列に組み合わさった細長い形をしており、長方形一つ一つに細長い二対の足が生えている。

 先端に付いているであろう頭は遥か上空に位置し、雲に隠れてここからはよく確認できなかった、

 この人造召喚獣のモチーフは……百足むかでか?


「これはこれは、また会いましたね」


 巨大な百足上方から、こちらを見下ろすように粘着質の声が響く。


「その声は、ベルナルドか!」


 一度聞けば忘れられないような特徴的な声は、闘技場で戦った科学者、ベルナルド・ミドキズのものだった。


「貴方とは帝都で会う予定だったのですが、手間が省けました」


 それはこっちの台詞だ、元々はベルナルドに合うために帝都を目指していたのだから。

 色々回り道をしたけれど、結果的には大当たりを引いたらしい。


「指輪はどうした?」

「有効活用させて頂いておりますよ」


 その言葉を聞いて、闘技場で戦った時に告げられたベルナルドの言葉を思い出す。

 あの指輪に特別な力が込められているようなことを匂わせる発言から推測する限り……


「……このデカブツか」

「ご名答、流石ですね」


 こんなメカメカしい見た目をして、動力源はファンタジーな代物らしい。

 流石に全部の動力を担っているわけではないだろうが、あの指輪がこれ程の巨体を動かす力を持っているとは。


「だったら、こいつをぶっ壊して!」

「おやおや、随分せっかちな事ですね」


 山札デッキに手を伸ばすこちらに呼応するように、鋼鉄の百足も激しく駆動音を鳴り響かせる。


「俺の先攻! 俺のターン!」


 裂帛の気合でカードを引き、聳え立つ巨体と対峙する――


                               ※


 カムロが百足型人造召喚獣と戦闘を開始した頃、帝国軍の本陣で。

 

「フン……意外にやるではないか、ベルナルド」


 次々と訪れる帝国軍優勢の報告に、デュークは喜色を露わにしている。


「ベルナルド卿の活躍によって、敵陣形に乱れが生じております、今が好機かと」


 戦場を横断する巨体の前に、反乱軍は戦略も何もなかった。

 只蹂躙され、整えられた陣形もズタズタに引き裂かれていくのみ。

 元々拮抗状態にあった戦況にあってこれは致命的で、次第に帝国軍は反乱軍を追い詰め始めていたのだ。


「全軍前進、一気に反乱軍共を殲滅する!」

「はっ!」


 勢い良く立ち上がったデュークの号令を受け、伝令兵が勢い良く走り出していく。


「これで、父上もご安心なされる……」


 誰にも聞こえないように小声でそう呟いてから、デュークは安堵した様子で豪華な椅子に腰を下ろす。


「デューク様!」


 と、本陣に慌しく側近が駆け込んでくるではないか。


「何事だ、騒々しい」


 敢えて苛立ちを隠さないデュークに、側近は酷く動揺した様子で答えた。


「そ、それが……客人が訪れておりまして」

「合戦の最中に客人だと!? ふざけているのか、追い返せ!」


 激昂するデュークの耳に、場違いな程明るい声が響く。


「だーからー! ここで一番偉い人に会いたいんだってば!」


 本陣のすぐ外から聞こえる場違いなほど明るい声は、明らかに年端もいかない子供の者だった。


「何をしている、さっさとその無礼者を……」


 子供がこんな所に何様だ……?と訝しむデュークの前に現れたのは、予想だにしない人物。


「お前は……!?」

「お久しぶりですね、デュークお兄様」


 ゆっくりとこちらに歩いてくるのは、青みががった長い黒髪が特徴的な美女。

 美しさだけでも特筆すべきだが、横一文字に閉じられたままの瞳が目を引く。

 もう何年も会っていないデュークであっても、見間違える筈はない。

 それは自身の妹、ミルグレド・トリス・ドルガスの姿だった。  

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