第三十一話 明かされる事実
ミルドを連れ戻ってきた俺の目の前に映ったのは、炎に包まれ燃え落ちる館の姿だった。
「どうして……」
暫しミルドは呆然と燃える館を見ていた。
が、突然表情を一変させて館へ向け走り出す。
「ミルド、待って!」
止めるのも聞かず、ミルドは猛然と館へ向かっていく。
こちらの予想外の速度で走るミルドに、置いていかれないようにするのが精一杯だった。
それを追い掛けていく途中で、鎧に身を包んだ男達が館の周囲を取り囲んでいるのが視界に入る。
「帝国兵か……?」
共通した意匠の施された男達の鎧は、帝国兵が使っている物に見えた。
だが、何故帝国兵がミルドの館を?
「あなた達、何をしているのですか!」
毅然とした様子で男達に呼び掛けるミルドは、先程迄の穏やかな様子からは一変していた。
「ミルド……様!?」
芯の通った声を浴びせられ、一瞬帝国兵の動きも止まったように見える。
「館の外にいたとは、だが、探す手間が省けたぞ」
しかし、隊長格だろうか、他の兵士とは違った飾りを付けた男は違った。
ミルドを目にすると、むしろ嬉々とした様子で襲い掛かったのだ。
「全員、標的を攻撃!」
その言葉と共に、動きを止めていた帝国兵も一斉にミルドへ武器を向けた。
「ミルド!?」
これから起こるであろう惨劇を予測し、カードを抜き放とうとした、が。
「来るのであれば……!」
自身に向かってくる攻撃に対して、怯える様子も見せずに向き合うミルド。
悠然と武術のような構えをとったその体は、今までと明らかに違う雰囲気を纏っていた。
「刻の流れを読み、風に身を任せる……」
次々と振るわれる剣や槍が、まるで最初からそうなることが決まっていたかのようにミルドから逸れていく。
周囲から激しく襲いかかる敵とは対照的に、その場からミルドは殆ど動いていなかった、恐らく必要最小限の動きで全ての攻撃を回避しているのだろう。
「貴方達の澱んだ刃が、私の身に届くことはありません!」
そう告げたミルドの両腕が一瞬揺らいだかと思った瞬間。
知覚する間もなく、ミルドを囲んでいた帝国兵達は打ち据えられていた。
「お恥ずかしい所をお見せしましたね」
あれだけの戦闘を終えたにも拘らず、平然とした表情でこちらに歩いてくるミルド。
その頬には汗一つ流れていなかった。
「い、いや……」
たった今目の前で起こった事が信じられず、狐につままれたような気分になる。
只の少女だと思っていたミルドがこんなに強かったとは。
清楚な見た目からは全く想像も付かないな。
「この場所に追い遣られてから、手慰み程度に護身術を嗜んでいたのです」
こちらの戸惑いに気づいたのか、少し照れながら説明し出すミルド。
人里離れた山中であるここには娯楽らしい娯楽もなく、こちらに来る前に習っていた護身術をひたすら極める事が習慣になっていたらしい。
「両眼は見えずとも、この耳で、肌で周囲を感じることは出来ますから」
自然の中で磨かれたミルドの感覚は、常人のそれより遥かに鋭敏になっているのだろう。
普通に日常生活を遅れているのも、その超感覚あってのことだろうか。
と、未だ燃え続ける館の二階窓が破られ。
「ぐわぁっ!」
鎧を粉々に砕かれた帝国兵達が眼前に落下してきたではないか。
更なる敵か、と身構える俺達の耳に届いたのは。
「ご主人!」
こちらを嬉しそうに呼ぶ相棒の声だった。
「相棒! 無事だったのか!」
姿が見えないから心配だったが、帝国兵程度にどうにか出来る相棒ではなかったようだ。
「遅いよご主人! なんか家は燃えるし、行き成り襲い掛かられるし、もう大変だったんだから!」
窓から飛び降りて抱き付いて来た相棒を受け止め、擦り付けられる頭を撫でる。
「他の者は無事なのですか?」
相棒に駆け寄って、切羽詰まりながら問い掛けるミルド。
「ごめんなさい……目の前の敵を倒すだけで精一杯だったから……」
ミルドの問に対し、申し訳無さそうに答える相棒。
襲撃は突然の出来事だったらしく、相棒も何が起こったかよく分かっていない様子だった。
「……責めているわけではないのです、こちらこそすみません」
そう言って軽く頭を下げるミルドの顔は痛切な表情をしていて、姿の見えない使用人達を想いやっているのが見て取れた。
「にしても、どうして帝国兵が」
ここにいる帝国兵は倒したが、何故こんな田舎に帝国兵が攻め入ったのだろうか。
そもそもここは帝国領内の筈だけど……?
「それは……」
ミルドが何か言い掛けた、その時。
獣道の向こうから幾つもの馬蹄の音が近づいてきたのだ。
「とっくにお陀仏だと思っていたが、まだ無事だったとはな!」
先頭に立つ豪華な鎧の男は、騎乗したまま長大な槍をこちらへ振り翳した。
「全員、第一皇女の首を取れ! 仕留めた者には、望み通りの褒美を取らせるぞ!」
合図と共に、後方にいた何騎のも兵達が突撃し始める。
「皇女……?」
「やはり、私を狙って……!」
豪華な鎧の男が叫んだ言葉を聞き、ミルドの表情が強張る。
何が何だか分からないけど、このまま黙ってやられる訳には!
「俺の先行! 俺のターン!」
裂帛の気合と共に五枚の札を引き、一瞬で戦略を組み立てる。
既に敵集団は目と鼻の先まで迫っていた、迷っている暇は無い。
「自分の札全てを墓地に送る事で、この札は条件を無視して召喚出来る!」
宣言と同時に、握られた札が次々と消失していく。
「霊冥へと導く深淵なる魂よ、罪深き者達の命を糧とし、我に勝利を! 召喚!」
「クラス8、漆闇の誘冥杖!」
高らかに宣言された祝詞の後に、現れたのは巨大な宝石があしらわれた魔杖。
それを右手で握り、目前に迫る敵へ照準を合わせるように向けた。
「漆闇の誘冥杖の効果により、自分の場の魔物の攻撃力を、この魔物のそれに加算する!」
効果宣言が終わると、漆黒の魔石が更に禍々しく輝き始めた。
この場合、加算されたのはミルドの分だろうか。
「運命の審判!」
魔杖から放たれた紫電の閃光が、襲いかからんとする敵騎達の足元を穿つ。
ルール状一体の魔物では一体の敵しか攻撃出来ないが、これなら……!
自身の真下に開いた大穴を避けきれず、ほぼ全ての敵が奈落へと消えていく。
僅かに生き残った敵も、最早戦意を無くし怯えるように逃げ出していった。
※
「貴方は、何故私を……」
奈落の縁にしがみついた豪華な鎧の男は、落下の衝撃で既に致命傷を負っているようだったが、辛うじて意識を保っていた。
その男に駆け寄り、体を持ち上げて問い掛けるミルド。
「落ち目の帝国を見限って共和国に寝返る前に、手土産の一つでも手に入れようと思ったのだが……」
途切れ途切れにそう告げ、鎧の男は落命した。
その躯をゆっくりと地面に寝かせ、悲しげな表情をするミルド。
「ミルド、君は……」
「もう、隠せないようですね」
第一皇女、共和国への手土産、ここまで聞けば大体の事は見当がつく。
ミルドは一瞬躊躇する様子を見せてから、姿勢を正してこちらへ向き直る。
「私はドルガス帝国現皇帝グレン・フォン・ドルガスの娘、ミルグレド・トリス・ドルガス」
そう告げるミルドの毅然とした表情からは、選ばれし者特有の威厳と葛藤を感じ取れた。
「ドルガス帝国の、皇女様……!?」
完全に火災も消え、静寂を取り戻した闇の中に、驚愕した相棒の声だけが響き渡っていた。