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第三十話 分かり合う心

わたくしを……わたくしをここから連れ出してもらえませんか!」


 隣に座るミルドから告げられたのは、予想もしない衝撃的な内容だった。


「え……?」


 いきなりの発言に、思考が停止して何を返して良いか全く分からなくなってしまう。

 ミルドの表情を見る限り、冗談の類とも思えない。

 だとしても、一体どうすれば……


「ご、ごめんなさい! 急に変な事を言って!」

 

 と、顔を真っ赤にしたミルドがこちらの返事も待たずに部屋から飛び出してしまった。 


「ミルド!?」


 只一人残されたこちらは何が何だか分からずに、呆然とするのみ。


ご主人マスターの意気地なし……」


 静寂に戻った部屋の中に、相棒の冷たい声がやけに大きく響いた。

 確かに何も言えなかったのは事実だけど、この状況で他にどうしたら良かったんだろう……?


 それから数時間後、用を足しに廊下を歩いていると、慌てた様子で駆け回る使用人達の会話が入ってきた。


「ミルドが帰ってこない?」


 もう深夜になり掛けているというのに、ミルドが邸内の何処にも見当たらないらしいのだ。

 それを聞いて、先程の事が思い返される。

 まさか、あのまま屋敷を飛び出してしまったのか?


 責任の一端を感じ、ミルドを捜索する為に屋外へ走り出した。

 そのまま付近一帯を手当たり次第探してみるものの、影も形も見当たらない。

 相当遠くへ行ってしまったのだろうか、まさかとは思うが、何か事故に……

 時間が経つにつれ、不穏な想像が頭を過る。


「もしかして……」


 と、不意に一つの場所が頭に浮かんだ。

 思いつくが早いか、一縷の望みを賭けて急行する。


「ミルド!」

「カムロさん……?」

 

 予想通りと言うべきか、ミルドは一人その場所で寂しげに佇んでいた。

 他に動くものも無く、只静かな水面が広がるそこは、俺達が最初に会ったあの湖だった。 


「どうして?」

「なんとなくだけど、ここに居るんじゃないかって」


 根拠など無く、そう思ってしまったとしか言いようがなかった。

 この辺りに土地勘の無い俺にとって、思いつく所などここしかなかったというのもあるのだが……


「そうじゃなくて……」


 湖に足だけ浸かった状態でこちらを見るミルドへ湖面に反射した月明かりがまるでスポットライトのように当たり、湖の妖精のような幻想的な美しさを放っていた。


「どうして、わたくしなんかの為に」

「気になったから……じゃ駄目か?」


 色々考えたが、これくらいしか理由が思いつかない。

 今日一日共に過ごしただけなのに、すっかりミルドの事が気になっている事に自分でも少し苦笑したくなる。

 こっちに来てから何度も自覚していたが、俺は美人に滅法弱い性格らしい。


「あんな事言われて、気にしない方が無理だって」

「あれは……忘れてください!」


 こちらが近付こうとしても、ミルドは首を振って後ろへ下がる。


「忘れろって言われたら、益々忘れられなくなっちゃうよ」

「いいから忘れて!」


 手を握れる距離までどうにか接近した時、激しく手を振ったミルドの体制が崩れた。

 思わず支えようとしたものの。


「わ、わわ……」

「きゃぁっ!?」


 そのまま引っ張られ、二人同時に湖面に倒れこんでしまう。

 全身をくまなく冷たい水に包まれ、思わず身震いする。


「大丈夫?」

「え、ええ……」


 幸いまだ足が付く所だったので、立ち上がってミルドを助け起こした。


「カムロさん、びしょ濡れですよ」


 自分の格好を見れば、上から下まで水にたっぷり浸かってずぶ濡れだった。


「ミルドだって……」


 同様に、ミルドも全身くまなく濡れており、髪からは水が滴り落ちていた。 


「「ぷっ!」」


 と、同時に俺達は吹き出してしまった。

 何故かは分からないが、この状況がとても可笑しく思えてしまったのだ。


「はは、ははははっ!」

「ふふっ、ふふふふふふっ!」


 それから暫く、俺達は二人で笑い合っていた。

                                                       ※


 湖から陸へ上がり、簡易的に起こした焚き火の前に並んで座る。


「聞かせてくれないか、何であんな事言ったのか」

「分かりました、実は――」


 服を乾かしながら、ミルドは滔々と語り出した。

 召喚士への憧れ、自由への渇望、自分の夢…… 


「こんなの、子供だって笑いますよね」


 全てを話し終え、自嘲気味に笑うミルド。

 その口調は明るかったけど、それだけに内心の深い悲しみが際立っているように思えた。


「笑わないよ」


 そんな様子を見せられて、笑えと言われるほうが無理だ。 


「カムロさん……」


 こちらを向いたまま無言になるミルド。

 その頬が焚き火に照らされて赤く染まっている。


「と、取り合えず帰ろうか、皆心配してるだろうし」


 何だか照れ臭くなり、敢えて大声でそう言って立ち上がった。

 

「そ、そうですね」


 少し慌てた様子のミルドと共に、連れ立ってミルド邸へ歩き出す。


 暫し歩けば視界に大きな屋敷が見える筈だったが、何か様子がおかしい事に気が付いた。  

 視界の先に紅いものが広がっているように見え、しかもそれがだんだん広がっているようだった。

 まさか、と思い駆け出したそこに見えたのは。


「家が……!」

「燃えて……る!?」


 その全てが紅い業火に包まれ、今まさに焼け落ちようとしている館の姿だった。 

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