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第二十九話 光明を見出されて

 湖で会ったミルドに連れられて、程なく俺達は彼女の家に到着していた。

 だがそこは――


「家の者に話して来るので、ここで待っていてもらえますか?」

「あ、ああ」


 身長の倍程はある巨大な門を開け、ミルドは慣れた様子で邸内へと入っていった。 


「おっきな家ー」


 相棒の言うとおり、目の前に広がるのは紛れも無い豪邸、しかも大豪邸と呼ばれる部類の邸宅だった。

 正門からは高い塀が左右に見渡す限り続いており、全体の広さは想像もつかない。

 手入れの行き届いた庭からして、庶民との明らかな格の違いを感じる。

 こんな所に住んでいるなんて、ミルドは相当なお嬢様だろうな。


「お待たせしました」


 数分後、何事も無かった様子でミルドが戻ってきた。

 豪邸に圧倒されていた俺は、その姿思わずをまじまじと見つめてしまう。

 確かにミルドは服装も整っていて、漂う気品もどこか上流階級を感じさせる。


「……何か、ありましたか?」

「いや……」


 驚いていても始まらない、


「うわぁー!」

 

 だだっ広い室内に相棒の声が響く。

 予想通りと言うべきか、邸内も素晴らしく豪華な空間が広がっていた。

 床に敷かれた絨毯や、天井のステンドグラスに至るまで、素人が見てもそれとわかる高級品揃い。

 正直値段の想像もつかない豪華な調度品が幾つも並べられており、見ているだけで視界がクラクラし掛ける。


「ふふっ、そんなに驚かれたのは初めてです」


 初めて……!?

 こんな豪壮な家に住んでいて、誰かが驚いたのは初めてって…… 


「ここは只の別荘ですし」

「べ、別荘……!?」


 この豪華な家が別荘だとは、どれだけの大金持ちなんだろうか。


「今はわたくし一人と、僅かな使用人しか住んでおりませんから」

「こんな大きな家に一人なの?」

「てい……家は兄が継ぐでしょうし、わたくしは多分厄介者なんです」

「お兄さんが?」

「ええ、兄が一人」


 話によると、ミルドは帝都の本家からたった一人でこの別荘に住まわされたらしい。

 表向きは戦火や暗殺を避ける為だとからしいけど、本人が感じているのは別の理由だそうだ。


わたくしはお父様のやり方に反発してばかりでしたし、生まれつきの問題もありましたから」


 ミルドの父はかなり苛烈な性格らしく、自分の目的の為ならば誰であろうと平気で利用し、数え切れない程他人を破滅させてきたらしい。

 何度ミルドが諌めてもそれは直るどころか更に熾烈さを増し、とうとう疎まれたミルドはこんな山奥に追いやられてしまったとのことだった。


「問題って……?」


 何気なく投げ掛けた質問だったが、ミルドは暫し考え込んでしまう。

 不味い事をきいたのだろうか、と沈黙に耐え切れずこちらが何か言いかけた時。

 ゆっくりとミルドは口を開いた。


「お気づきになられているかもしれませんが、わたくしの両眼は、生来光を宿していないのです」


 そう言って両眼を開くミルド、生気の感じられない瞳を見て、それが嘘ではないことを悟る。 


「そうなの!? 全然気付かなかったぁ」


 相棒の言う通り、ミルドの様子に特別変わった所はなく、言われるまで全く常人のそれと見分けが付かなかった。


「凄いな……」

 

 その事実を知り、素直に驚きの言葉が口から出ていた。


「いや、こんな言い方失礼かもしれないけど、本当に凄いと思うよ」


 ミルド本人は何でもない風にしているけれど、こうやって普通に日常生活を送る為には、恐らく想像も出来ない程の努力と苦労があったに違いない。

 改めてそれを指摘するのはミルドにとって今更かもしれないけれど……


「そんなこと……」


 少し照れた反応を返すミルドは可愛らしく、こちらの発言で気分を害していない事に少しホッとする。


 邸内を暫く歩き、三階建の角に位置する一室に案内される。


「部屋はこちらを使ってください」


 重厚な扉を開けたそこに広がっていたのは、豪華なホテルの最上階かと見紛うような一室だった。

 あまり経験がないので正確には分からないが、ここと同等の部屋に泊まろうとすれば数万程度では済まないだろう。


「広い! ベッドもふかふか! お菓子もある!」


 部屋に飛び込んだ相棒は、言うが早いかベッドの上で嬉しそうに飛び跳ねていた。

 

「こんな豪華な部屋、良いのか?」

「ここは長い間空き部屋になっていましたから」


 それから夕食が出来るまで部屋で待っていて欲しいと告げて、ミルドは何処かへ去っていった。


                              ※

 

 自室に戻ってからも、まだ動悸が治まらない気がします。


「本当に凄いと思うよ」


 あの方、カムロさんの言葉が残っていて、耳の奥で何度も残響していました。

 わたくしの体の事を話して、あんな風に言われたのは初めてでした。

 同情でも憐憫でもなく、心からの感嘆を告げられるなんて。


 召喚士の方は皆そうなのでしょうか、それとも、あの方だけが……

 そんな事を考えて、本棚の奥にしまってある一冊の本を取り出します。

 普通の本とは少し違い、わたくしでも内容を感じ取れるように特別な魔術が掛けられているこの本は、わたくしにとって最も大切な物の一つでした。


 無骨な装丁のこの本は大陸で広く読まれている旅行記で、ある召喚士が世界中を旅し、色々な出来事を体験していくものです。

 想像すら出来ない秘境の奥地や、本当にあるのかさえ分からない世界の果てまで、本の主人公は自由自在に世界を駆け回ります。

 その荒唐無稽すぎる内容から、ノンフィクションではなくファンタジー小説扱いされてしまっていますけどね。 


 この本を読み聞かされてからずっと、わたくしは召喚士に憧れていました。

 わたくしも召喚術を覚えれば、本の主人公のように世界中を旅行出来るのではないかと。

 身も蓋も無い言い方をすれば、召喚士自体はどうでも良く、単に別の何処かへ行きたかっただけなのかもしれません。

 家の重圧や血の縛りのない、何処か自由な場所へ。  

 ですがそれを実行出来る筈も無く、ただこの退屈な場所で鬱屈とした思いを抱えているのみでした。

  

 そんな無力なわたくしの前に、あの方は突然現れました。

 まあ、あの出会い方は正直衝撃的すぎましたが……

 

 召喚士であることにまず驚いたのですが、それ以上にあの方の話す内容に驚愕させられました。

 まさに本の主人公の如く、世界中を縦横無尽に飛び回り、幾つもの戦いを潜り抜け、様々な人達と触れ合う。

 そんな人が本当に存在するなんて。

 信じられないという思いもありますが、あの方の声からは嘘偽りは感じられませんでした。

 常人より鋭いと自負しているわたくしの聴覚がそう感じたのですから、恐らく……

    

「あの方なら、もしかして……」


 わたくしの心の中で、ずっと封じ込めてきたある思いが、はちきれんばかりに膨れ上がるのを感じます。

 もし望めるのであれば、わたくしは――


                               ※

 

 食事を食べ終わった後、俺達は連れ立って部屋に帰って来ていた。


「おいしかったー!」


 喜びを全身で表しながら、ベッドに飛び込む相棒。 


「いくら美味いからって、お代わりし過ぎだと思うぞ……」


 余程気に入ったのか、相棒は手当たり次第に相当な量を平らげていた。

 主食のパンに至っては、十数個は食べていただろう。

 最初は穏やかな顔をしていた給仕の人も、最後の方は表情が強張ってたし。


「ご主人マスターだってお肉沢山食べてたよー!」

「それはそうだけどさ……」


 何を隠そう、俺もメインディッシュのステーキを少し……いや、かなり腹に収めていた。 

 だって本当に美味しかったのだ。

 最近は魚料理ばっかりだったから余計にそう感じるのかもしれないが、それを差し引いてもあんなに美味しい肉を食べたのは久しぶりだった。


「何見てるの?」

「ああ、ちょっとな……」


 ベッドに座って何気なく眺めていたのは、部屋に飾られていた帝国の地図。

 地図によると、ここは帝都から程近い山中らしい。

 只吹き飛ばされただけかと思ったけど、目的地である帝都まで一気に近づけたのは僥倖だ。

 ここから帝都まで歩いて二日もあれば辿り着けるだろう。

 魔物モンスターを召喚してその背に乗っていけば更に早いかもしれない。


 と、不意に部屋がノックされ、考えを中断する。


「はーい」

「夜分失礼します、今お暇でいらっしゃいますか?」


 おずおずと部屋に入ってきたのは、簡素な服装に着替えたミルドだった。


「あ、ああ」

「実は……カムロさんに折り入ってお願いしたい事があるのです」


 ベッドの隣に腰を下ろしたミルドは真剣なトーンでそう言いながら、こちらに体を寄せてきた。

 風呂上がりなのだろうか、髪や体からは蠱惑的な匂いが漂ってきて、何故だか照れくさくなった俺は思わず顔を逸らしてしまう。 

 だが、次の瞬間告げられた言葉に、そんなふわふわした気持ちは何処かへ吹き飛んでしまった。


わたくしを……わたくしをここから連れ出してもらえませんか!」

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