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第二話 行く先は見えず

 サモニス公国の南西に位置する都市キルスト、国内唯一の召喚術学校が設立されたこの街は、国内中から召喚術を学びに来る学生と多くの学校関係者が集まり、その需要を見込んだ商業者等でそこそこの繁栄を果たしていた。

 アルバートの両親もこの街で小さな雑貨屋を営んでおり、下校時に買い食いをする学生の客などで賑わっていた。

 だが、そのキルストも――

  

                   ※


「殲滅の虐殺獄炎砲撃ジェノサイドインフェルノ!」


 紅の暴龍から放たれた獄炎が、異形の怪物を跡形もなく消し去っていく。

 もう数えるのも億劫になる程の数をすでに撃破していたが、蜘蛛型怪物の数が減る気配は無かった。 


 学園で怪物をあらかた倒した後、この世界の両親が気になって家へ戻ることにした。

 が、そこもまた学園と同じような惨状が広がっているのみ。

 破壊された住居、燃え盛る炎、無造作に放置された死体、そして我が物顔で闊歩するあの蜘蛛型怪物。

 

 生き残りはいないのか……?

 蜘蛛を撃破しながら街を探索するが、人影はどこにも見当たらない。

 

 やがて辿り着いた自宅も、既にその原型を留めてはいなかった。

 二階建ての洋風建築の面影は無く、かろうじてレンガ造りの外壁の残骸が、そこが家であったことを示しているのみ。

 所持品を回収しようと思ったが、どれもこれも黒焦げで判別すら困難な状況になっており、持ち上げて確認しようとした物も灰になって崩れ去った。

 

「さて、これからどうするかね……」


 ここに来る道すがら、両親の店が全壊しているのを既に見つけていた。

 あの壊れ方では、中にいた人間はひとたまりもないだろう。

 不思議と悲しみは湧いてこなかった、この世界に暮らしていたアルバートからすれば、確かに大切な親だというのに。

 だが、まだ二つの世界の整理がうまく付いていないようで、頭の中は、天地冠とアルバート・デュランの記憶がぐちゃぐちゃに混ざり合った、自分でも良く分からない精神状態になっていた。

 自分は一体何者なのか、精神的な軸としては天地冠の方が近いような気がするが、確かにアルバートとしての意識と記憶もある。

 なんとなくだが、考えても答えの出ない問であることは心の何処かで予想が付いていた。

 そんな事を考えるよりも、今は目の前に広がる惨状をどうにかすることが先決だろう。

 しかし、纏まりのない考えは浮かんだまま消えてくれない。

 何故この世界に生まれ変わったのか、何故前世の記憶があるのか、そして……


「なあ、お前はどうしたい?」


 傍らで、周囲を警戒するように睨みを効かせている相棒に話し掛ける。

 一番の疑問は、こうやって実際にカードの中から出てきたこいつだよな。

 カードの中だと分からなかったが、こうやって実物を見るとかなりの大きさだ。

 身長は60m位だろうか、鮮やかな真紅の鱗にびっしり覆われた体の厚さは太い橋柱程あり、広げれば体の三、四倍もある大きな翼が、更に見た目の威圧感を増している。

 鋭い両手両足の爪、肉食恐竜の如き牙を持った凶相は、まさにファンタジー世界のドラゴンと言った所だろう。

 

「って、言っても分かんないよな」


 そう呟いたこちらを見て、相棒は不思議そうに俺の顔を覗き込むだけだった。

 

 と、その時。

 突然俺の周囲に、激しい爆発音が響き渡った。

 上空を見上げると、エイのような鋭角のフォルムをした怪物が、幾つも空を飛んでいるのが確認出来た。

 そしてそのエイが黒い何かを投下すると、たちまち地上で次々と爆炎が上がる。

 あのエイが最初に学校を襲い、爆撃で俺を気絶させたのか? 


 そう思う暇もなく、エイの群れがこちらへ向かって突進を始めた。

 どうやら俺と相棒を発見したらしい。 


「迎え撃つぞ!」

 

 合図を受け、真紅の龍が天空へと飛び立つ。

 数十機程は居るエイの大群を、龍はその爪で、牙で次々と屠り撃墜していく。

 エイもレーザーのような光線を目から発射して抵抗するものの、堅牢な鱗の前には無いも同然だった。

 近くに見て分かったが、それはこちらの世界のステルス戦闘機のような形の怪物だった。

 全体的に平べったい体で、腹部には黒い円筒型の爆弾を有し、頭部と思われる場所には小さな赤い目のような窪みが確認出来た。

 これも、あの蜘蛛怪物の仲間なのか……? 

 

 戦いそのものは数分で終わり、周囲にはまた元の静寂が戻った。

 

「取り敢えず、やる事は見つかった……かな」


 俺の視線は、敵が飛んできた方角の、その先に向いていた。


                  ※


 キルスト郊外、帝国との国境にほど近い山岳地帯、住民も殆ど近づかない切り立った崖の上に、帝国軍の紋章が描かれた軍旗が幾つも立ち並んでいた。

 ここは、帝国軍がキルストを攻める為に構築した前線基地。 


「制圧は順調のようだな」


 中央に設けられた陣の中では、キルスト制圧作戦に当たっていた帝国の将軍が、次々と訪れる報告に頬を緩めていた。

 どの報告も帝国軍の圧勝、サモニス側はほとんど抵抗らしい抵抗も出来ないまま殲滅されたとの事だった。 


「人造召喚獣…ここまでの力とは」

 

 前線基地の中に整列させられた異形の魔獣を、驚愕と怯えの混じった顔で見つめる将軍。

 将軍は、内心この不気味な新戦力を全く信頼していなかった。

 帝国技術局の肝煎りとは聞いていたが、こんなただの鉄の塊が、サモニスの強力な召喚獣を圧倒し、剣や魔法の代わりになるとは。

 だが、ここまでの戦果を目の当たりにすれば認めざるを得ないだろう。

 これで召喚獣のみに頼って大きい顔をしていたサモニスの蝙蝠に振り回されることも無い。

 問題があるとすれば、現時点では戦闘員と非戦闘員の区別が付かず、作戦範囲内に存在する者を見境なく殲滅してしまう点だろうか。

 だが、この圧倒的な戦力の前では大した事では無い。


 と、本陣に慌てた様子で走り込んで来た伝令の兵士が、大声で緊急事態が起こったなどと喚いている。

 咎める副官を片手で制し、続きを促す。

 するとその兵士から語られたのは、到底信じられない報告だった。


「召喚術学校に向かわせた部隊が全滅だと…!?」


 馬鹿な、先程の報告では、キルストのサモニス軍は既に殲滅されているの筈だ。

 それに、学生と教師しかいない学園で何故……


 混乱する精神に更に追い打ちを掛けるように、陣の外から凄まじい轟音が響き渡った。

 それに続き、体の芯を震わすような揺れが彼らを襲った。 


「な、何が起こっているのだ!?」

 

 立っているのもやっとの地震にどうにか耐え、慌てて外に飛び出した将軍を待っていたのは、黒焦げになって破壊されたおびただしい数の人造召喚獣の残骸。

 その残骸の中央に立ち、圧倒的な威圧感を放つのは、雄大な翼を広げ、凶悪な爪を振りかざす紅の龍。

 龍が放つ闘気に圧倒され、呼吸をするのも忘れる程圧倒されていた将軍に、場違いな程明るい声が掛けられた。

 

「あんたがここで一番偉い奴か?」


 その声を発したのは龍の傍らに立つ、元々金一色だった所に黒い絵の具を混ぜ合わせたような髪色をした少年だった。 


                   ※


 エイ型戦闘機を追って、俺は国境付近の崖にある帝国軍の陣地まで辿り着いた。

 アルバートの方の知識で、軍機が帝国の物だと分かったのだが、何故帝国軍がここを攻めて来たのかまでは分からなかった。

 それを知るためには、直接聞いてみるしかないだろう。

 陣地にはあの蜘蛛やエイが多数配置されていたが、殲滅の虐殺獄炎砲撃ジェノサイドインフェルノ一発で殆ど全てが木っ端微塵になり、残りの敵も、相棒の爪と牙に一瞬で撃破されていた。

 後に残されたのは、中央の本陣にいた生身の兵士達のみ、その中で、一番偉そうな格好をした中年の男に声を掛けた。

 男は酷く怯えた様子で、驚いた事に知っている事は全て話すから、命だけは見逃して欲しいと懇願して来たのだ。

 別に将軍の首に興味もなかったので、その頼みを承諾したのだが、軍人にしてはちょっと情けないな。

 帝国軍の将軍と名乗ったその男が語ったのは、帝国が人造召喚獣という存在を作り出し、キルストに攻め込んだ事、そして。


「王都が危ない、か……」

  

 知っている情報をすべて話した後逃げ去った将軍を見送り、誰もいなくなった陣地で独考に耽っていた。

 将軍の話によれば、帝国軍の侵攻はサモニス全土に及んでおり、中でもサモニス王都『ラメイスト』への侵攻には、特別製の人工召喚獣が投入されているらしく、陥落も時間の問題ということだった。

 

「……国でも救ってみるか、相棒」


 そんな脳天気な発言に、隣にいる相棒は承諾するように低い唸り声を上げた。

 時刻は既に夕刻、赤い夕陽に照らされた紅龍の姿は、一つの絵画のように美しかった。

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