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第二十四話 迫り来る影

 イルグスク近海にポツンと存在するメリオファス島、かつては目立たない無人島だったそこは、数十年前からアルグネウター海賊団の本拠地として機能していた。

 海賊団の施設だけでなく、学校や病院なども備えており、小規模ではあるがまるで一つの国のように機能していた。

 それら全てを取り仕切っているのは、まだ年若いクリストファー・ギレイン。

 帝国による海賊狩りによって壊滅状態に陥っていた海賊団を、その才覚と武勇で立て直してみせた青年。

 数少ない生き残りの船員から推薦されたという事以外、その素性と経歴は全くの謎であった。                                

                           ※


 とある日、メリオファス島の一角にある訓練場で、クリスと船員が汗を流していた。


「いきますよクリストファー様!」

「手加減しませんからねぇ!」


 訓練ではあれど、実剣を用いての本格的なものであり、一歩間違えれば大怪我は必至である。

 だがクリスは、普段の悠然とした態度のままで、四方を囲む船員達と対峙していた。


「甘い!」


 気合充分に襲い掛かってきた船員の斬撃を全て紙一重で回避し、すれ違いざまに掌底を見舞う。

 その華麗な動きは、まるで熟練者が舞う演舞のようだった。


「ハァッ!」


 一瞬動きの止まった船員たちは、綺麗な弧を描いた足払いによって一人残らず吹き飛ばされていた。


「上手いもんだな」


 簡易的に建てられた休憩小屋で訓練を眺めていた俺は、その見事な腕前に思わず声を掛ける。


「やってみるかい?」


 倒れ込んだ船員達を助け起こし、髪を掻き上げながらクリスはこちらに歩いてきた。

 待機していた船員からタオルを受け取り、俺に訓練用の長剣の柄を向ける。

 少し汗を流しているものの、まだまだ余裕といった表情だった。


「遠慮しとくよ、骨が何本あっても足りそうにない」


 こっちの世界に来てから多少荒事の経験はあれど、本格的な戦闘に耐えられる自身は無い。

 生兵法で参加すれば、擦り傷だけでは済まないだろう。


「折れるの前提なんだ……」


 呆れたような相棒の呟きを聞き流し、机を挟んで向かいに腰掛けたクリスと向かい合う。


「それで、調子はどうだい?」

「ぼちぼち……かな」


 軽い口調のクリスの問いに曖昧に返す。

 相変わらずの男女比にはまだ慣れないが、それなりに海上での戦闘にも対応出来るようになった……筈。

 敵船も既に十数隻は沈めたし、一宿一飯の恩ならもう十分だろう。

 

「クリスは、どうして海賊やってるんだ?」


 俺はなんとはなしに、軽い気持ちでクリスに問いかけた。


「何故そんな質問を?」

「いや、変な意味じゃなくて……なんとなく気になったからさ」

「なんとなく……ね」

 

 それを聞いて不意に表情を強張らせるクリス、何か不味い事を聞いてしまったのだろうか。


「カムロはどうなんだい?」


 こちらの質問には答えずに、逆にクリスに問い掛けられてしまう。

 その言葉からは明示されない拒絶を感じ、これ以上の追求を拒んでいるようであった。


「……どうって言われても」


 今の所はエリスの指輪を奪還し、ついでに帝国にキルストでの借りを返すという目的がある。

 でもそれを終えてからは、何を目標にすれば良いのか。

 相棒と一緒に召喚術で戦うのは好きだ、多分生きている中で一番充足している時だろう。

 けど、それ自体を生き方にして良いのだろうか。 

 軽い世間話のつもりだったのだけど、予想外に心中の迷いを自覚してしまう結果になっていた。


 俺達はそのまま、暫く無言で佇んでいた。

 互いの口からは本来話すべき事、いつまで俺がここにいるのか、という話題は出ないまま。

 俺がアルグネウターに加わってから、そろそろ一週間が過ぎようとしていた。

 

                               ※


 ギルレム海賊団、帝国近海でも最大級の勢力を誇る海賊であり、近年帝国と共和国の戦争を切っ掛けに更に力を増大させていた。

 ここ数ヶ月の躍進は特に目覚しく、幾つもの小規模な海賊団を力でねじ伏せて併合しており、その勢力は膨張する一方である。

 特徴は高い残虐性と豪快な戦い方で、秩序だったアルグネウターとは正反対と言えるだろう。


 ギルレム海賊団団長ギルレム・ドスレード、荒くれ揃いのギルレム海賊団で、腕っ節一本を武器にのし上がった男である。

 巨大な戦斧ハルバートを軽々と片手で持ち上げ、それを両手に一本ずつ持って振り回す派手な戦い方を得意としている。 

 イルグスク近郊にあるドスレード邸の一室、広々とした応接間に、異色の客人が訪れていた。


「私はニギハヤと申します」


 と名乗った男は白いローブで全身を覆い隠し、顔には不気味な文様の入った仮面を装着している。

 仮面の隙間から漏れる声でかろうじて男性だと分かるが、それも不明瞭にくぐもっていた。


「この俺に何用だ」


 予定に無い客人に、ドスレードは不機嫌さを隠さずに問い掛ける。


「この私を、ギルレム海賊団に加えて頂きたく、遥々共和国から参上仕ったのです」


 ニギハヤと名乗った男は、仮面を付けたまま優雅に一礼した。

 姿勢やタイミング等、綺麗過ぎるほど見事な仕草だったが、それが逆にニギハヤの不気味さを増しているようだった。


「信用できねぇな」


 ドスレードの経験上、唐突に自分を売り込みに来る傭兵なら珍しくも無かった、だが目の前のニギハヤからドスレードは明らかに異様なものを感じ取っていたのだ。

 だいたい頼み事をするというのに顔を隠したままというのが気に入らない、誠意を見せるなら素顔で頭を下げるべきであるとドスレードは考えていた。


「名高いギルレム海賊団の名声は、遥か共和国まで響き渡っているのです」


 そんなドスレードの内心を知ってか知らずか、歯の浮くような台詞を繰り返すニギハヤ。

 明らかにそれと分かるお世辞と告げながらも、ニギハヤは不敵な態度を崩していなかった。

 と、その時。


かしら! 大変ですぜ!」


 叫び声をを上げながら、子分の一人が部屋に駆け込んできたのだ。

 何時もであればノックもせずに入ってきた子分を嗜める所だが、明らかに只事でない様子を見てそれを止める。


「お、表を見てくだせぇ!」


 青ざめた顔の子分に連れられ、鷹揚に戸口へ着いたドスレードは、信じられない光景を目にすることになる。

 戦闘力だけならこの海でも有数だと自負しているギルレム海賊団の配下達が、一人残らず無残な姿を晒していたのだ。  

 その顔面は距離を置いてからでも分かる程蒼白で、口から泡を吹いているものもいる。

 かろうじて息はあるようだが、全員が倒れ伏して意識を失っているようだった。


「これを、お前が……!?」


 驚愕に顔を歪めるドスレードに、仮面の男は我が意を得たりと頷いたのだった。 

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