第二十三話 孤立無援の大海原
海賊団アルグネウター、イルグスク近郊のヴァーチス海を主な活動地域にしている中規模の海賊団であるが、他の海賊達と明らかに異なる特徴を持つ事で、ヴァーチス海以外にも広く知られていた。
団長が年若い青年であることや、海賊団の中でも長い歴史を持つこと、本拠地となるメリオファス島を所有している事等。
その中でも一際目立つ事象は、全ての団員が細かに定められた掟を厳守している点である。
所謂海賊の持つ一般的な印象とはまるで異なる秩序立てられた戦闘集団、それがアルグネウターであった。
※
甲板の端に腰掛け、地平線まで続く一面の大海原を見渡す。
ぎらぎらとした日光が、波間に反射して眩しく瞬いているのが目に楽しい。
肌に纏わり付く潮風を頬に受けながら、ゆったりとした船旅をボクは楽しんでいた。
「う~みは~ひろい~な~お~おき~いなー!」
思わず調子外れの歌も口ずさんでしまう。
こうやって船に乗り始めたのはここ数日の事だけど、もっと早くご主人に乗せてもらえば良かったかな
「聞いた事が無いね……それは、何処の歌かな?」
と、いきなり背後から話しかけられる。
話しかけてきたのは、この船の船長である金髪ロン毛。
確か名前は……クリスなんとかだっけ。
「日本の歌だよ」
せっかく気持ちよく歌ってたのを邪魔されて、ボクは敢えて不機嫌さを隠さずに答えた。
「ニホンとは……?」
「ご主人に聞いてよ」
ぶっきらぼうに返したけど、それは別に意地悪をした訳ではない……と思う。
実際あっちの世界の事は正直良く分からないし。
ご主人と出会う前の事はまるで覚えてない、ご主人の物になってからもずっとカードの中に入っていて、外に出られるれるのは試合の時ぐらいだったから。
それでもご主人が見ているテレビの音なんかは聞こえてきたので、こうやって歌を覚えたり出来たのだけど。
「聞きたくても、今の彼には難しいからね」
その言葉に、今ご主人が置かれている状況を嫌でも意識する。
あれを見たくないからわざわざ甲板に出てきたのに、このクリスなんとかのせいで思い出してしまった。
この船は好きだし、こいつも含め船に乗ってる人達が悪い奴じゃないってことは分かってる。
でも流石にあれはなぁ……
と、自室で大変な事になっているご主人に思いを馳せつつ、またボクは海へ視線を戻したのだった。
※
只の船員ではなく食客待遇を与えられた俺には、アルゴー号の中でそこそこ広い部屋を融通してもらっていた。
設備もそこそこ整っているので、長期間の航海でも不便なく生活出来るのはとても助かる。
だが今、この部屋の快適さはどこかへ飛んでいってしまったようだ。
ベッドに腰掛けた状態で四方を囲まれ、全く身動きが取れない。
いつの間にこうなったのか、何故こうなったのか……
「ねえねえ、召喚術って私にも使えるの?」
そんな思索も、右腕を引き寄せられて中断される。
丁度腕を組む格好になって、二の腕に柔らかい感触が触れた。
「さ、さあ……」
三角帽を被った船員は、手に持った札を興味深そうにまじまじと見つめている。
目の前で召喚獣を見たのが始めてで興奮するのは分かるが、なんで腕を組む必要があるんだろう?
「サモニスってどんな所なのかな! 私行った事無いんだ!」
「べ、別に普通ですよ」
栗色の三つ編みをぴょこぴょこ揺らしながら、年若い船員が顔を近づけて来た。
その髪から女性特有の甘い匂いがふわっと香り、それだけで鼓動が早まるのを感じる。
「……カムロくん、ちゃんと聞いてる?」
「聞いて……ますよ」
銀縁の眼鏡を掛けた真面目そうな船員は、こちらが上の空なのを見抜いたのか少し不機嫌そうだ。
こんな状況でまともに受け答えするのがどだい無理、と言っても聞いてくれそうになかった。
もう一人、下瞼まで前髪を伸ばした黒髪の船員は、ぴったり背中をくっつけたまま無言だった。
他の船員より被害は少ないが、終始何を考えているのか分からないのがちょっと不気味だ。
……単に背もたれ代わりにしているのか?
今この部屋に居るのは、男一人に女四人。
と言うとここのみに女性が集まっているようだが、他の場所でも男女比は大差無い。
驚いた事に、この船に乗っているのは殆どが女性だったのだ。
こっちに来てから多少慣れはしたけど、元々女の子が苦手な方である。
それなのにこんな所に放り込まれるとは。
男の船員もいる事にはいるのだが、数人の老人がいるだけであり、それこそ若い男は俺とクリスぐらい。
話によれば先代船長の頃に帝国の海賊狩りを受け、働き盛りの男は殆どが居なくなってしまったらしいのだ。
それ自体は同情すべき点なのだろうが、こうやって実害が出てくるとどうにも……
というか、クリスがあんなんだから他の男が入り辛いってのが実情なんじゃないのか?
「クリストファー様も格好良いけど、カムロくんも可愛くて良いよね!」
とか言われてるのを耳にしたので、一応嫌われてはいないらしいのが救いだ。
でも、可愛いって評価はなんだか複雑だなぁ……
「敵襲ー!」
と、前触れも無く伝送管から緊迫した声が鳴り響いた。
突然の襲撃に、俄かに慌しくなる船内。
緊迫する他の船員には悪いが、俺にとっては救いの神だ。
正直この状況よりは戦闘中の方が落ち着く。
「敵はギルレム海賊団、数は三隻!」
ギルレム海賊団とは、この辺り一帯で最大規模を誇る海賊団であり、目下アルグネウター海賊団の最大の敵でもあった。
アルグネウターとは違い、略奪等も平気で行う凶暴な一味として知られている。
最近帝国海軍がこの海域での支配力を弱めたことに便乗して、一気に他の海賊団を殲滅しに掛かっているらしい。
自分の持ち場へ走り出す船員をすり抜け甲板へ出ると、そこには既に相棒の姿が。
いつの間にか部屋から居なくなってたけど、敵襲に備えていたのだろうか。
「ご主人おっそーい!」
「悪い!」
待ちかねていたのか、相棒は不機嫌顔だった。
「鼻の下伸ばしてたんじゃないの?」
「そんなんじゃないって、行くぞ!」
軽快な掛け合いの後に、相棒を札に戻す。
「俺のターン、ドロー!」
裂帛の気合と共に札を引き、それを構えて敵船と相対する――
※
海上の戦いでは、接近される前に叩くのが肝心だ。
乗り込まれて接近戦になったら戦い難いし、船が壊れないようにこちらの被害を抑えるのが面倒だから。
「電光審判撃!」
敵船の進路を塞ぐように召喚した閃光の巨兵が、全身から眩い雷を放射する。
それは一つ一つが意思を持った蛇のように海賊達に襲い掛かり、たちまちその全てを灰燼に変えた。
「相変わらず凄まじいね」
沈んでいく敵船を見ながら、感心した様子のクリスに肩を叩かれる。
このくらいの数ならば、接近される前に倒せるようになって来た。
最初は船酔いがキツかったけど、四六時中乗っていれば流石に慣れる。
「カムロくん流石!」
「わわ!?」
安心しきっていた所に後ろから腕を回されて、反応出来ずにそのまま羽交い絞めにされる。
これが一人だけならまだどうにか出来そうだったが、連鎖的に数人に抱きつかれてはどうしようもない。
「ちょ、ちょっと離して……」
これが悪意のある拘束なら全力で振り解くのだが、なまじ感触が心地いいだけにそれも出来ず、唯為すがままにされるのみ。
「フッ……少し妬けるね」
そんな様子を見て、一足先に避難していたクリスは我関せずといった感じだ。
「見てないで助けてくれよ!?」
俺より遥かにこういう状況に慣れている筈なのに……
と文句の一つも言ってやりたいが、逆の状況だったらと考えると難しい所だ。
火中の栗を拾うのは誰だって避けたいだろう。
「むー! ご主人(マスター)の馬鹿!」
頬を膨らませ、顔を真っ赤にした相棒の抗議の声が、何処までも澄んだ青い空に響いていた。