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第二十一話 心の赴くままに

 闘技場での戦いの後、決勝の相手がアスタシディア落下の衝撃で死亡していたこともあって、そのまま優勝者は俺に決まった。

 賞金の一億Gも問題なく支払われ、レラは土地代を払って家を守る事が出来たのだ。

 帝国軍に素性がバレて捕まる事も覚悟していたのだが、全くと言っていい程何の言及もされなかった。

 完全な推測なのだが、ベルナルドが手を回したのかもしれない、何を考えているか分からないあの男なら、こちらに利する事をしても不思議ではないから。

 あるいはベルナルドより上の誰かが、何らかの意図で……

 

 それからは特に事件も起こらず、割と平穏な日々が一週間程続いていた。

 このままレラやスアレ達と共にイルグスクで便利屋家業を続ける道も、この時点ならまだあったのかもしれない、だが――


                                     ※


 ある早朝、俺と相棒はレラ達を起こさないように慎重に荷造りを済ませ、こっそりとレラ邸を去ろうとしていた。

 

「忘れ物は無いか?」

「ボクは無いけど……」


 相棒と小声で話しながら、薄暗い屋内を見渡してみる。

 一ヶ月程しか住んでいない筈なのに、もうすっかりこの光景も見慣れていた。    

 

 感慨に耽っている暇はない、もたもたしていれば、レラ達が起床し始めるだろう。

 足早に廊下を歩き、玄関の扉を開けた。


「何も告げずに、出て行くつもり?」

「レラ……!?」


 なんとそこには、腕を組みこちらを睨みつけながら立つレラの姿があったのだ。

 隣には、既に泣きそうな顔をしているスアレの姿も。

 予想外の事態に、思わず思考が停止する。


「どうしてですか、旦那様?」


 潤んだ瞳で問いかけるスアレはいつも通り可愛らしく、こちらの決意を鈍らせる。


「取り戻さなきゃならない物がある、だから」


 それでも、俺はここから去ることを選んだ。

 あの男の言葉が真実とは限らないし、例え本当だったとしても、明らかに俺を誘い出すための罠であろう。

 分かっていても、指輪の事を知っていながら何もしないのは耐えられなかった。


「レラを頼むよ、スアレ」

「旦那様!」

「大丈夫、もう会えないって訳じゃない」


 縋り付くスアレの頭を、普段より長く撫でた。

 少しでも気持ちが伝わるように、スアレの悲しみが、少しでも減るように。


「なんとなくだけど、最初からこうなる気がしてたよ」


 レラの口調は普段と同じく明るかったが、この一ヶ月の付き合いから、その中の悲しみが感じ取れていた。

 理由が自分にあることは明白で、それだけでも心が痛む。


「キミは、もっと大きな、もっと激しい戦いを求めてるんじゃないか……って」

 

 レラ達の前では隠せていると思っていた内心を見透かされていた事に、驚きと共に気恥ずかしさを覚える。


「最後に、一つだけ我侭言っても良い?」

「ああ」


 こちらをじっと見つめながら、一文字一文字確かめるように言葉を紡ぐレラ。

 爽やかな口調で告げられたその言葉からは、確かな決意が伝わった。

 スアレも何かを察したのか、見守るように俺達から距離を取る。 


「じゃあ、目を瞑って」

「え?」

「いいから」


 多少戸惑いながらも、言われるがままに目を瞑る。


「……!?」


 程なくして、唇に柔らかい感触が触れた。 


「いろいろありがとう、本当に感謝してるよ」


 喜びを感じるよりも先に、困惑と驚きが脳内を支配する。

 顔を少し赤らめたレラの言葉も、全く耳に入ってこない。


「さよならは言わない、だって、また会えるって信じてるから!」


 そんな混乱の中見たレラの笑顔は、朝焼けに照らされて一際美しく輝いていた。


                                        ※


 予てより流通の要としての歴史を持つイルグスグ港からは、帝国領内だけでなく各地への船が就航しており、様々な場所から訪れる船舶で賑を見せていた。

 帝都行きの船などすぐ見つかるだろうと高を括っていたのだが、これが中々上手く行かない。

 最近帝国海軍が共和国との戦いに駆り出された影響で、領海内では数多の海賊が幅を利かせているそうなのだ。


 だが、武闘大会で名を売っておいたのがここで役に立った。  

 戦いぶりを見て感動したというある通商船の船長から、帝都までの護衛を依頼されたのだ。


 帝都まで乗せて行ってくれるだけではなく、報酬も貰えるのであれば断る理由もない。

 一も二もなく了承して、この世界ではそこそこ豪華な部類に入る帆船に乗り込んだ。

 他少年季は入っているもののがっしりとした作りの木造船で、これなら帝都まで安全に連れて行ってくれるだろう。

 

 搭乗して分かったのだが、一般の船員にも俺の名はそこそこ知られているらしい。


「あんたが居てくれれば安心だぜ!」


 と日焼けした暑苦しい船員に握手されるなど、好意的な扱いに人心地付く。


 そこまでは特に問題もなかったのだが、出港してから程なくして、体に異変が起こり始めた。

 不規則に揺れる船体のせいか、久方ぶりに嗅ぐ潮の匂いのせいなのか、酷い船酔いに襲われたのだ。


「大丈夫? ご主人マスター

「あ、ああ」

 

 船室の硬いベットに腰掛け、心配そうに背中を擦ってくれる相棒にどうにか返答する。

 あっちの世界に居た時からそうなのだが、生まれ変わっても船酔い体質は変わらなかったらしい。

 体が変わっても、魂が同じなら船酔い耐性は同じなのだろうか。


「か、海賊が出たぞー!」


 と、焦る船員の叫び声が伝送管から船室に届いた。

 予想はしていたが、こんな時に来なくても。

 相棒に肩を貸してもらい、覚束無い足取りで甲板へ向かう。 

 距離にしてはたった十数メートル程であったが、数時間も歩き続けたような疲労感を感じる。

 それでも気力を振り絞って甲板に付くと。


「頼むぜ召喚士様!」


 先程話し掛けてきた元気の良い船員が、サムズアップしてこちらに笑い掛けて来た。

 他の船員達もこちらを期待した目線で見つめている、今この船の命運は、完全に俺に託されている。

 それ自体は嫌ではない、むしろ誰かに頼られるのは好きな方だ。

 だけど、今だけは勘弁して欲しかった。


 正直かなり気持ち悪い、視界がメリーゴウランドの様にぐるぐると常に回転しており、まるで平衡感覚が無い。

 胃酸が喉の奥から湧き上がってきて、激しい嘔吐感に見舞われる。


「今日は機嫌が悪……いんだ、一気に決めさせて貰……うぞ」


 それでもどうにか戦闘体勢を整え、丁度並行に乗り付けられた海賊船に相対する。

 本当は体調が悪いのだが、そんな事は言える筈も無い。


「俺のターン……ドロー」


 ふらつきながらも、体を捻る勢いに任せてカードを引く。

 

「自分のフィールド、手札に他のカードが無く相手のフィールドに三対以……上魔物モンスターが存在する時この魔物モンスターは無条……件でフィールドに召喚出来る」


 何時もなら高らかに紡がれる言葉も、今は速攻で済ませることしか考えられない。


召喚コール……暴君タイラント大災害龍ディザスター・ドラゴン……」   

 

 祝詞も省略し、早々に相棒を呼び出した。

 上空に浮かぶ紅き竜も、心なしかやる気がなさそうなのは気のせいだろうか。

 

「殲滅……の虐殺獄炎砲撃ジェノサイドインフェルノ」  


 だが放たれる炎の威力は変わらない。 

 巨大な船を丸ごと包み込むような業火に焼かれ、一瞬で海賊船はその姿を消す。

 残骸も残らない完全な破壊に、周囲の船員が無言で唾を飲み込む気配がした。

 こちらに乗り移っていた何人かの海賊も、その光景を見て戦意を喪失したようだ。

 お、終わった……のか?


「船が燃えたぞー! 救命艇に乗り移れー!」


 と、甲板全体に船員の慌てた声が鳴り響いた。 

 声のした方向を見れば、不吉な灰色の煙が船体後部から湧き出しているではないか。

 煙の勢いは留まる事を知らず、次第にその量を増していた。


 ようやく落ち着いたと思ったのに、今度は船体火災って。

 だが文句を言っている場合ではない、沈む前にさっさと逃げ出さねば。

 

 ふらつく足でどうにか甲板を進み、やっと救命艇に辿り着こうとした、その時。

 一際大きな波が船体を襲い、船全体が大きく揺れた。

 

「え……!?」


 為す術も無く空に放り出された体は、そのまま海面へと打ち付けられた。

 何かに掴まろうと必死でもがくが、腕や脚が思うように動いてくれない、まるで錘を付けられたようだ。

 焦りとは裏腹に、足掻けば足掻くほど体は水中へ絡め取られていく。 

 何とも言えない息苦しさを感じながら、次第に視界は狭まっていき、そのままゆっくりと意識も薄れて――

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