第十九話 迷いの先に
買い物に行くスアレに付き合って、イルグスクの中心街を訪れていた。
荷物を両手に持ったスアレを手伝おうとしたのだが、旦那様に持たせる訳にはいかないとかで断られてしまう。
仕方なく手ぶらで街を歩いていると、掲示板の前で人々が集まっているのに気付いた。
その掲示板には。
『帝国軍の戦いに協力する為、市民は軍へ協力しよう!』
と書かれており、具体的には兵士の募集や軍への寄付を呼びかけているようだった。
ここイルグスクは元々商人達が発展させてきた街で、あまり本国の締め付けが厳しくない地域だった筈だけど、その状況も変わり始めているのか。
集まっていた群衆の話に耳を傾けてみると、更に興味深いことが分かった。
どうやらエリス達は独立の後周囲の国を纏めて反乱軍と名乗り、帝国と戦っているらしい。
今のところ反乱軍優勢らしいが、戦況は膠着しているようだ。
もし反乱軍が負ければ、サモニスにも影響が出るかもしれない。
ここでの生活にすっかり慣れてしまったけれど、そろそろサモニスへ戻るべきか。
でも、そこまでサモニスに愛着が有るわけでもないしな……
もちろん生まれ育った国として一定の親しみはあるけれど、もうあそこには家族も友人も残っていない、
だけど、レラ達と一緒にこのままずっとイルグスクで生活するのにも疑問を感じる。
レラやスアレとの生活は居心地がいいが、退屈さを抑えきれない。
多分、平凡な日常よりも刺激のある戦いを求めているのだろう。
この前の蜂退治で自覚したが、鉄火場に身を置いている時、自分が死ぬかもしれないというその瞬間、俺は心から充実した気分になっていた。
前の世界でM&Mを楽しんでいた時と同じか、それ以上の。
「旦那様、どうかなされましたか?」
と、不意にスアレに声を掛けられ、考えを中断した。
よっぽど考え込んでいたのだろうか、スアレは心配そうに顔を覗きこんでいる。
軽くなんでもないと言ってから、敢えて明るく。
「なあ、スアレは何をしてる時が楽しい?」
と、問いかけた。
自分でもどうしてこんなことを聞いたのかわからないが、無意識の内にこれからの指針を求めていたのかもしれない。
「旦那様にお仕えしている時です!」
即答されてしまった。
内容は予測出来たものだったけど、ここまで迷いがない返答をされると少し驚く。
「ほ、本当ですよ、メイドロボにとっては、それが一番の生き甲斐ですから」
黙っていたのを気分を害したと誤解したのか、少し慌てて補足するスアレ。
その頭を優しく撫で、怒っていないと安心させる。
「凄いな、スアレは」
そう言った俺を、不思議そうな顔をして見返すスアレ。
何故かは分からないけど、少しだけ心の中の曇が晴れたような、そんな気分になっていた。
それから二人で家路に付き、丘の上まで着いた頃には既に日も沈みかけていた。
「遅くなってしまったから急いで夕飯を作りますね」
「別にそこまでお腹すいてないから大丈夫だよ」
等と、他愛も無い会話をしながら玄関のドアを開けた、その時。
「お帰り、って言ってる場合じゃない、大変なの!」
家の中から、慌てた様子のレラが飛び出して来た。
「家が、お父さんの家が……!」
そう叫びがら髪を振り乱している様子は、いつもの明るいレラとはまるで違っていた。
只事でない気配を察し、スアレと二人でどうにかレラを落ち着かせる。
数分程掛かっただろうか、居間のソファーに座ったレラは、憔悴しきった様子で話し出した。
「いきなり役所の人が来て、土地代を払えって」
自分でもまだ事態を受け止めきれていないようで、途切れ途切れに語るレラ。
ぶつ切りで前後も確かでなく、内容を理解するのは手間取ったものの、その話を纏めるとこういうことらしい。
今日の昼頃、前触れもなくイルグスク行政局の役人が訪れて、土地の接収を言い渡した。
なんでも、戦況が悪化する対反乱軍戦線の為に、新しい軍事工場をここに建設するそうなのだ。
急な話に勿論レラは断ったものの、既に地主への話は済んでいるらしく、レラ一人が抗議してもどうにもならないらしい。
もしこのまま留まり続ければ、強制的に家は取り壊されるとも。
たった一つここに住み続ける手段として提示されたのは、行政局に売られたここの権利を買い取ること。
だがその金額は途方も無い物で、貯金を切り着崩しても到底届かないものだった。
「どうしよう……このままじゃ……」
そこまで話終えてから、俺に縋り付いて泣き崩れるレラ。
安心させるように優しく方に腕を回したけど、それがレラにとってどれだけの助けになっただろうか。
「何か手っ取り早く稼ぐ方法でもあれば……」
と言ってみたものの、全く打開策が思い浮かばない。
便利屋の仕事を幾つかこなすぐらいでは、とても足りない金額である。
「この家は、お父さんとの大事な思い出なのに」
そう告げるレラの顔には悲壮感がありありと伺えて、心からの悲しみが伝わって来た。
普段は明るく振舞っていたけど、まだレラは二十歳にも届かない少女なのだ。
こんな状況になって、普通でいられるはずがないよな。
「ご主人! あれ!」
と、横に座っていた相棒が、不意に机の上を指刺した。
そこには無造作に置かれた紙の束があった、確か紙ゴミを捨てる前に纏めて置いただけの筈だけど……?
近づいてよく見てみると、その中に一つだけ、目に付く派手な色彩のチラシが混じっていた。
『帝国大武闘大会開催!』
チラシの上部には、目立つフォントでこう書かれている。
イルグスクの丁度中央にある闘技場で、何年ぶりかに武闘大会が開催されるようだ。
どうやら護将を失ったことにより、新しい帝国の要を発掘する目的があるらしい。
そのチラシの下部には、色々と大会の概要などが書かれているのだが、最下段に大きな字で。
『優勝者には賞金1億G!』
と書かれているではないか。
それはレラが提示された土地代すべてを支払っても、まだお釣りが来るほど莫大な額だった。