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第一話 終わりの始まり

 ファルガナ大陸北西部の山岳地帯に位置するサモニス公国、世界を二分するドルガス帝国とハーモティル共和国という敵対する超大国に挟まれながらも、この小国が独立を維持できていたのは、周りを切り立った断崖に囲まれていると言う地理的有利だけではなく、大陸で公国のみが有する特殊技能にあった。

 それは、この世界と違う場所から未知の存在を呼び出す技能、召喚術。 

 極めればたった一人の術者で一つの国をも滅ぼせると語られるそれを使い、時に帝国に、時に共和国に組することで、公国は自らの安寧と繁栄を保っていた。

 だが、二大国の争いもとうとう五十年を超えた世界暦120年、この年に起こったある出来事によって、公国の運命は大きく変わることになる。


                    ※


 ――今日は僕の誕生日だ。


 目が覚めてから真っ先に浮かんだのは、そんな高揚感に満ちた感情だった。

 僕、オーランド・デュランは今日で十五歳、普通に考えれば今更誕生日で喜ぶような歳でもないのだが、今年は特別だ。

 とうとう僕は今日、召喚士としての最初の一歩を踏み出すことになる。

 召喚術学校の制服に着替えてからも、そんなそわそわした思いを抑えられなかった。

 偶々父さんも母さんも既に仕事に行っていたのが幸いだった、こんな姿を見られたら、間違いなくからかわれていただろうから。

 

 何時ものように教室の椅子に座り、何時ものように授業が始まってからも、その気持ちは全く治まってくれなかった。

 授業の内容も、周りの生徒の様子も全く頭に入ってこない、頭の中は学校が終わってからの事で一杯だった。   


 体感時間では一時間もしない内に昼休みを迎え、昼食を取りに食堂へと向かう時に、見知った顔が話しかけてきた。


「なあデュラン、今日何か変じゃない?」


 怪訝そうな顔を浮かべるのは、教室では隣の席のドリーグ・ジョルナス。

 僕の1.5倍程も有る長身で、一見強面の無骨な男だが、性格は温厚そのもの、朴訥を絵に描いたような人柄であり、僕達は入学してから今までの半年足らずですっかり意気投合していた。

 

「そう言えば今日は、デュラン君の誕生日でしたね」


 落ち着いた様子で答えるのは、ドリーグの隣に立った同じく友人のボムルス・ザクカイト。

 僕の胸までしかない身長に、小太りの体系、大きな銀縁眼鏡を掛けており、学生と言うよりベテラン教師の如き風格を備えた老け顔の持ち主で、学校に訪れた部外者に校長と間違えられたというエピソードもある。

 見た目通りの落ち着いた善良な性格で、入学当初道に迷っていた僕を親切に案内してくれた事から知り合い、今まで良い友人関係を築けていた。 

 

「ああ、それでか」

随伴獣パートナーの儀式をするのでしょう?」


 相伴獣の儀式、それは公国で召喚術を学ぶものならば、避けては通れない重要なものだ。

 召喚士にとって最も信頼出来る、自身が最初に呼び出した召喚獣、それが随伴獣パートナーである。

 サモニス公国の召喚士は、十五歳になるまで実際に召喚獣を呼び出す事が禁じられている、十五歳に達したその時、初めて自身の手で召喚を行う許可が下りる。

 今日の放課後、学園地下にある召喚場で僕はその儀式を行う手筈だった。

 

「どんな召喚獣が呼び出せるんでしょうね」

「良い相手に巡り合うと良いな」

「多分僕の適正から言って、ランク2か3を呼び出せれば御の字だと思うけど……」


 そう言って右手を見る、その甲に刻印されているのは、二つの点と少し擦れば消えそうな程薄い縦の直線。

 召喚術には、先天的な資質が大きな影響を与える、召喚術の才がある者に生まれつき浮かび上がる右手甲の刻印は、分かりやすくその召喚士の適正を表していた。

 点の数が扱える属性の多さ、点と点を結ぶ線の太さが呼び出せる召喚獣の力を決める。

 火、水、風、土、光、闇、属性にはこの六つがあり、三つ扱えるものは三角形、四つ扱えるものは四角形が自然と浮かび上がる。  

 一般的な召喚士なら三つの属性に適正があり、少し才能のあるものなら四つ、五つなら百年に一人レベルの天才、六つの属性全てを扱える者は、現時点では伝説の中にしか存在していない。

 つまり、縦の薄い直線しか描かれていない僕は火の属性と土の属性しか扱えず、どちらにも大した適性は無い落ちこぼれ、ということだ。

 そんな様子を見て、二人とも自身の右手を見る、どちらも似たり寄ったりの頼りない刻印が浮かんでいた。 

 二人とすぐに打ち解けられたのは、互いに恵まれない適正同士、という事も大きかったのだ。

 

「で、でも、デュランは凄いよ! 座学なら校内一って噂もあるし」


 重くなった空気を打ち払おうと、ドリーグが無理矢理話題を変えた。


「確かに、特に召喚獣関連の知識については、専門家顔負けの知識を持っていますよね」

「そんな事……」


 ボルムスの言う通り、僕の座学の成績は良く、特に召喚術と召喚獣に関しては、上級生を超えて教師レベルの知識を持っていると校内では言われていた。 

 何故だか分からないが、物心付いたときから既に召喚関係の知識は一通り頭に記憶されていたと感じていた、誰に教わるでもなく、自然にその知識が頭の中に入っていたのだ。

 もちろんそんなことは有り得ないので、実際は既視感のようなものだと思う。

 それが理由で成績が良くても実感が沸かず、正直一人だけ不正を働いている感じがして、褒められても居心地が悪かったりするのだが……     

 まあ、その分運動神経が鈍く実技がとんでもなく苦手なので、バランスが取れているとも言える。


 そんな他愛も無い事を話しながら廊下を歩いていた、その時。

 

 ――音が、破裂した。

 

 正確には、背後で何の前触れも無く巨大なエネルギーが爆発した。

 何が起こったのか把握する間も無く、体が背後からの衝撃でもんどりうって吹き飛ばされ、固い石畳の地面に頭を思い切り叩きつけられて、一瞬で意識を手放してしまった。

 

 それからどれくらい気絶していただろうか、朦朧とした意識の中、何とか体を起こした僕の目に飛び込んできたのは、先程までの穏やかな学校の風景とはまるで違ったものだった。

 一言で言えば――地獄だ。

 建造物は悉くその原形を留めずに崩壊し、僕らと同じように談笑していた学生達がその下敷きになって無残な亡骸を晒していた。

 彼方此方で火の手が上がり、助けを求める負傷者の声が虚しく響き渡る、誰もが自分の事で精一杯の状況だった。

 辺りを見渡し終え、二人の友人の姿が無い事に気が付いた、二人だけで逃げてしまったのだろうか。


 そんな不安が頭を擡げたが、少し離れた所で、ドリーグの腕が積み重なった土砂から突き出しているのを発見した。

 爆発の衝撃で体が地面に埋まったのかもしれない、慌てて近寄り、腕を思い切り引いて助け起そうとしたが、予想外の軽い手応えに僕は反動で尻餅を付いてしまった。

 その腕は埋まっていたわけではなく、バラバラになった体のパーツが偶々地面から突き出ただけだったのだ。

 断面が黒く焼け焦げた右腕から肉の焦げる嫌な匂いが漂い、思わず手に持ったままの腕を取り落とす。  

 土砂の中をよく視ると、そこには最早原形を留めていないかつての友人の姿があった。

 

 体の奥から湧き上がってくる吐き気と戦いながら、ようやくこの学校が何らかの攻撃を受けた事に思い当たる。

 混乱する頭でどうにか状況を把握しようと努めてみるが、全く見当も付かない、いくら世界が二つに分かれて戦争しているとはいえ、ここは中立のサモニス公国の、しかも只の学校。

 

 だが、そんな思索も、不意に響き渡った駆動音に中断される。

 鈍い金属音のした方向を見ると、そこにはまるで見たことの無い、奇妙な格好の怪物が闊歩していた。

 体の色は鈍い灰色、蜘蛛のような逆間接の細長い六本の足で、器用に瓦礫の中を進んでいた。

 胴体は細長い長方形の形をしており、全体的にゴツゴツとした無骨な印象を受ける。

 首から上は丸ごと存在しておらず、その事が外見から受ける不気味さを加速させていた。

 特筆すべきはその大きさだろう、足だけで人間の五、六倍はある高さと、教室の端から端まで届く程の全長を持っているように見える。

 あんな召喚獣は見たことが無い、それに、近くにいるはずの召喚獣を操る術者の姿も見当たらなかった。


 その怪物は、生き残った生徒達を前足と思しき二本の足で手当たり次第に虐殺し始めた。

 召喚術を使える生徒や教師が必死の抵抗を見せていたが、怪物には召喚獣の火球も氷柱もまるで手応えが無い様子で、逆に鋭い鎌を思わせる前足にその命を刈り取られていた。

 その光景は、人間が害虫を駆除するかの如く、まるで感情の無い無機質なものだった。 


 召喚術の使えない僕にはそもそも戦う選択肢が無い、恥も外聞も無く、怪物に背を向けて逃げ出した。

 結果的にはそれが幸運だった、次々と四方から現れる怪物に、歯向かう者は容赦なくその生命を散らしていたからだ。

 だが、逃げると言っても何処に逃げれば良いのか、校内に入って暫く走った所で、途方に暮れてしまった。

 見渡す限りの惨状、避難を呼びかける声も聞こえず、辺りには怪物に処理される者の悲鳴が響き渡るのみ。

 このまま座していれば、遅かれ早かれ怪物に発見され、あの犠牲者達の仲間入りをすることになるだろう。

 

 と、歩いていた地面が不意に途切れ、体ごと思い切り真っ逆さまに転落してしまった。

 周りに気を取られていたせいで足元の下り階段に気付かなかったらしい。

 そのまま長い階段を転がり落ち、あっという間に体は見知らぬ地下室へと運ばれていた。

 全身に等しく加わった痛みをどうにか堪え周囲を見回すと、そこは今日行く予定だった場所。

 無意識の内に、体は地下の召喚場へと足を運んでいたらしい。

 

 地面には六芒星の神秘的な魔法陣が描かれていて、その魔法陣のちょうど中央に、召喚術を使うための装備一式が揃えられた台座が設置してある。

 呪文を唱える為の魔術書に、術者の力を増幅する為の魔術杖などが整頓されていた。

 その中で最も重要なのは、呼び出した召喚獣を封じる為のカードだろう。

 このカードに召喚獣を封じ込めれば、以後はその力を何時でも自由に使う事が出来るのだ。

 

 今朝は、こんな状況でここに来るなんて思いもしなかった。

 未来への不安と期待の入り混じった、余りに普通の感情をただ持て余していた。

 台座の上に乗った魔術書をパラパラと捲りながら、失った平穏への感傷に浸りかけた、その時。

 

 地下室の天井が勢い良く崩落し、あの怪物が僕の目の前にその姿を表した、その数、なんと三体。

 突然の出来事に僕が驚く暇も無いまま、怪物は低い唸り声の様な鈍い金属音を発し、その鋭い前肢をこちらに翳す。

 獲物を見つけた捕食者の如き姿に、圧倒され、自身の命運が尽きた事を悟った。


 ――ふざけるな!

 だが、僕の口は、心とは全く別の言葉を発していた。

 ――俺がこんな所で"また"死ぬだって!

 僕の戸惑いを置き去りにしたまま、口からは次々と威勢の良い言葉が流れ出す。

 そして頭の中に、次々と見知らぬ光景が映し出された。

 知らない国、知らない家族、知らない友人…… 

 だが、全く覚えのないその光景に、僕は不思議と懐かしさを感じていた。

 これはまさか。

 かつての記憶を――思い出しているのか?


 僕/俺の手は、何かに導かれるように勢い良くカードの束に伸ばされる。

 その手の甲には、はっきりと六芒星の禍々しい刻印が新しく刻まれていた。

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 何度繰り返したか分からない言葉と共に、懇親の気合でカードを引き抜いた。

 その気迫に、物言わぬ怪物が一瞬怯んだ様にその動きを止めた。   

 本来ならただの白紙のはずのカード、しかし心中では、あいつが現れる事を確信していた。


「来たな、相棒!」

 

 右手に握られたカードには、はっきりとあの見慣れた姿が映し出されていた。

 いつかの勝負を思い出す、あの時も、こうやってお前は俺を助けてくれたよな。 


「自分のフィールド、手札に他のカードが無く、相手のフィールドに三対以上モンスターが存在する時、このカードは無条件でフィールドに召喚出来る!」 


 以前と同じ言葉を紡ぐ度に、興奮で鼓動が高鳴るのを感じる。

 それは、かつてカードゲームをしていた頃と全く変わらない感覚だった。

 

「破壊と暴虐を司るあかき龍よ、忌わしき戒めを解き放ち、この世の全てを焼き尽くせ!」

召喚コール! クラス10、暴君タイラント・大災害龍ディザスター・ドラゴン!」    

 

 高らかに宣言された祝詞と共に、真紅の輝きに包まれた龍がその姿を現した。

 カードの中ではなく、実際に目の前に――

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