第十六話 眠り姫
慎重に中を伺いながら、俺達はゆっくりと扉の中へ進んでいった。
車道程はある細長い通路の中には、清潔感のある銀色のタイルが床と壁に敷き詰められていて、そのあちこちには怪しげなパネルやスイッチが点在している。
解説だろうか、周囲には全く読めない文字で何事かが刻まれており、触れば何かが起こるのかもしれないが、取り返しの付かないことが起こりそうで触れることすら出来ずにいた。
天井はそれ自体が発光しているのか、照明器具も無いのにそれまでのランタンとは比べ物にならない程の確かな明かりを放っていた。
「こんなの見たこと無いよ!」
「あ、ああ」
そんな異様な光景を目にして、レラは目を輝かせて周囲を見回している。
感嘆した様子のレラとは対照的に、こちらは内心かなり動揺していた。
想像していた遺跡とは全く違う、まるでSF映画の世界じゃないか。
この前エリスと潜った遺跡は、積み重ねられた歴史を感じさせる古びた景色が広がっていたのに、これは一体……
「もっと奥に進んでみよう!」
言うが早いか、レラはこちらの返答を待たずにどんどん先へ進んでいく。
「何があるか分からないんだし、用心した方が……」
その背を見失わないように、早足で歩き出す。
それから二人で暫く中を探索してみたが、特に意味のあるものは見つけられないまま時間が過ぎていった。
全体の広さは小さな体育館くらいだろうか、中央のホールのような部屋から十字型に通路が伸びており、その先に小部屋が幾つか点在していた。
部屋の中には何に使うのか全く分からない機械のようなものが無造作に放置されていたが、既に壊れているのかどれを触ってみても全くの無反応だったのだ。
「うーん……ここには何も残ってないのかなぁ」
中央の部屋に置いてあったテーブルらしき物に備え付けられた椅子に腰掛け、レラは残念そうに呟く。
「もう遅くなっちゃうし、そろそろ帰らない?」
そもそもここに来るまでに相当時間を使っているのだ。
正確な時間は分からないが、もう外は夕刻になっていてもおかしくない筈。
山道を歩くこともあるし、早めに帰ったほうが良いだろう。
「でも……」
「もう来れないって訳じゃ無いんだし、また来ればいいんだから」
「……そっか、そうだね」
渋々承諾したレラと共に帰路へ着こうとした、その時。
『支配者クラスのエントリー確認、システムをスリープモードから起動』
なんとはなしに触れたテーブルの中央部、その円形の窪みが、けたたましいアラート音を放ちながら真っ赤に輝きだしたのだ。
『システムをチェック中……実行中にエラーが発生しました エラー確認……』
アラート音は鳴り止まず、それ同時に扉で聞いた物と同様の電子音声が何かを素早く喋っている。
『確認確認確認確認確認確認……』
と、部屋全体が不安定に点滅し始め。
「きゃっ!?」
あちこちから電流と火花が散り始めた。
何かよく分からないが、不味い事が起こっているような……
『深刻なエラーを確認しました、システムをシャットダウンします』
電子音声が最後にそう告げるとほぼ同時に、中央のテーブルが一際大きな火花を発生させショートし、全ての場所の照明が一瞬で消えた。
「こ、壊れたのか……?」
レラを庇いながら、音の消えた室内を見渡す。
辺りには何の気配もなく、ただ静寂だけが横たわっていた。
「開いてる……?」
不意に、レラが何かに気付いた様子で呟いた。
その視線の先には、先程まではただの壁だった場所に現れた、新しい部屋。
「レラ、危ないぞ!」
駈け出したレラを追って、一緒に部屋の中へ。
先程までと同様に、そこは何かの残骸が転がる無秩序な空間だったが、一つだけ違う点があった。
部屋の中央部に、無傷のまま残された大きなカプセルのような物があったのだ。
無機質な部屋に放置されたそれは棺のようであったが、微かに頼りなく光が点滅しており、さしずめ僅かに残された命の鼓動のようだった。
「これ……何?」
ファンタジー世界の住人のレラにはこれが何か全く検討も付かないようで、不思議そうに見つめるのみ。
「もしかして、この中に……」
よくある展開だと、中に眠っている人が入ってる場合が多いんだよな。
でも、それが危ない人だったり、そもそも人じゃなくて未知のエイリアンだったら……
等と不穏な想像が次々浮かんでしまい、カプセルにどうしても近づけない。
「そんなに遠巻きに見てないで、もっと寄ってみたら?」
と、不意にレラに背中を押されてしまった。
「ちょ、ちょっと待っ!?」
考え中だったのでバランスが上手く取れずに、そのまま体はカプセルへと――
『支配者クラスのコード確認、ロック解除』
手をカプセルに触れた瞬間、電子音声と共にカプセルの蓋がゆっくりと開き始めてしまった。
「下がって!」
レラを庇うようにカプセルとの間に立ち、開いた中から沸き出した夥しい量の白い煙を見つめる。
煙が消えた、その中に入っていたのは。
「女……の子?」
可愛らしい寝姿を見て、レラが疑問符を浮かべながら呟く。
それは紛れも無く人間の少女であった、淡い桜色の髪を両脇で結んだ所謂ツインテールの髪型が、あどけない顔によく似合っている。
身長は相棒より少し高いぐらいだろうか、その割にレラより五割増し程で大きな双丘が、アンバランスな危うい魅力を放っていた。
だがそんな事よりも、少女の格好が問題であった。
「何で……」
可愛らしいフリルの付いた白いヘッドドレスを装着し、同様の装飾に包まれたホワイトブリムを着用。
靴下は白いニーソックスで、隙間から見える肌色が目に眩しい。
「何でメイド服なんだ!?」
それはまさにメイド服。
謎の古代遺跡に突如展開されたSF空間の中に眠っていたのは、周囲の光景にも、こちらの予想にも全く反した、完璧なメイド服を着用したメイドさんだったのだ。