第十五話 未知なる深淵へ
休日の朝、庭で日課の素振りをしていると、レラが大荷物を背負って出掛けようとしていた。
「出掛けるの?」
「う、うん! ちょっとね」
少し気まずそうなレラは、これから例の遺跡を調査に行くと告げる。
「俺も着いてって良いかな?」
こちらの興味本位での軽い提案に、レラは難しそうな顔をして考えこんでしまう。
「もしかして迷惑だった……?」
素人が同行して、足手纏いになってしまうのを心配したのだろうか。
確かに考古学の心得なんて無いし、あまり体力の有る方では無いけど……
「ううん……そうじゃなくて、退屈じゃないかなって」
「そんな事無いよ、っていうか、むしろ面白そうだし」
歴史の授業なら苦手だが、実際に遺跡に行って探索するなんて想像しただけで好奇心がそそられる。
この前エリスと一緒に行った時はのんびり探索って状況じゃなかったから、この機会に目一杯見知らぬ古代の文明に思いを馳せてみたいものだ。
「ほ、本当!?」
その返答を全く予想していなかったのか、レラはさっき迄とは打って変わって満面の笑みを浮かべる。
それだけなら良かったのだが、感極まったのかレラは行き成り体を抱きしめてきたのだ。
余りに急な行動に、全く反応出来ずにそのまま為すがままになる。
丁度レラの柔らかな胸部が顔に当たって、夢の様な弾力を味わうと共に呼吸困難に陥った。
「……そんな風に言ってくれたの、キミが初めてだよ」
鼓膜に直接届けられたかのような温かい吐息と、心から感情の篭った言葉に、恥ずかしいやら嬉しいやら。
酸素が届かなくなった脳は、既に思考を放棄していた。
「よし! じゃあ二人で行こう!」
時間にすればほんの数分、だが永遠にも感じられる時の後。
ようやく俺を開放したレラは、スッキリとした顔で宣言する。
その目元には、うっすらと涙の後が滲んでいた。
相棒は連れて行かないのか、と聞きたかったが、それを言うと何だか怒られそうな気がしたので止めておいた。
悪いけど、今日はお留守番だな。
※
イルグスク郊外の丘陵地帯を進んでいくと、古びた廃墟が立ち並ぶゴーストタウンへ辿り着く。
かつて鉄鉱石の採掘が盛んで、最盛期には港湾地区より住人が多かったというこの町だが、それの枯渇と共に一瞬で衰退したらしい。
全く生気を感じない町並みを抜けると、ぽっかりと口を開けた大穴が、異世界への入り口のように不気味に開いているのが見えた。
その中へ錆びついたレールが進んでいるのが確認でき、周りにはツルハシやトロッコの残骸が無造作に放置されていた。
「ここがその遺跡……?」
「まだまだ、入り口にも来てないよ」
この廃鉱を深く進んだその先に、目的の遺跡らしき物があるという。
「足元悪いから、注意してね」
天井に吊り下げられている古びたカンテラ達には既に火も灯っておらず、レラが持つ頼りないランタンの灯りだけが、ぼうっと周囲を照らしていた。
「わ、わわっ!?」
「危ない!」
と、足元の段差につまずいたのか、レラが勢い良く地面に倒れこんだ。
咄嗟に滑り込んでランタンを両手で受け止めたのは良かったのだが……
「良かったー……」
安堵したレラの声が足元から聞こえてくる。
どこがどう引っかかったのか、丁度互い違いの体勢になって俺達は重なりあっていたのだ。
一刻も早くこの体勢を脱したいが、両手にランタンを抱えた上にレラに伸し掛かられていてはどうしようもない。
「ご、ごめん!」
やっとこの状況に気付いたのか、慌ててレラが退いてくれた。
「……両方怪我もなかったみたいだし、気を取り直して先に進もうか」
顔を真赤にしたレラの言葉に、こちらも無言で頷き返すしかなかった。
その後は特にイベントもなく、順調に廃坑内を進んでいった。
と、整えられた道が途切れ、手掘りで掘られたのだろうか、不格好な洞穴が進路に現れた。
等間隔で並べられていたランタンもなく、かろうじて崩落防止用の心許ない木組みがあるのみ。
恐らく、ここからはレラの父が掘り進んだ道だろう。
蛇行や高低差のある不規則な道を慎重に歩くと、前方から不意に光が差し込んでくる。
その光を辿るように進んでいったそこには、こちらの想像もしていなかった光景が広がっていた。
「凄い……」
高さは三四十m程、幅はそのおよそ1.5倍、あえて表現するならばあちらの世界のギリシャ建築だろうか、精巧な彫刻が掘られた巨大な扉が、そこに悠然とそびえ立っていた。
扉はそれ自体がぼうっとした幻想的な光を自然に放っており、まるで別の次元へ誘われるような感覚に陥る。
紛れも無く、それは超古代文明の異物だった。
「感動してるところ悪いけど、ここで行き止まりなんだ」
圧倒される俺に向け、申し訳無さそうに告げるレラ。
「そうなの?」
「いろいろ調べたけど、この扉がどうしても開かなくてさ」
謎の多い文献に残された僅かな記述から古代文明の存在へ至ったレラの父は、数十年掛けてイルグスクにそれが存在することを推測した。
しかし、元々その文献は信憑性の低いものとして扱われていたらしく、レラの父に賛同するものが現れなかったばかりか、異端扱いをされ学会から追い出されてしまったらしい。
たった一人でこの付近を探索していたレラの父は、苦心の末にようやくこの扉を発見するところまで辿り着いたものの、そこまでの無理がたたって程なく亡くなってしまったそうだ。
「もしこれが開けば、お父さんも……」
扉を愛おしそうに撫でながら、レラはゆっくりと呟く。
この扉の奥、未知なる古代の遺産を発見し、父の汚名を削ぐ。
それがレラの悲願なのだろう。
窺い知れないレラの思いを感じ、どう言葉を掛けて良いのか分からなくなってしまう。
無言で、レラと同じように扉に手を掛けることしか出来なかった。
と、その瞬間、目の前の扉が眩く光り始めたではないか。
光は次第に強さを増し、程なくして央部にある円形のレリーフが赤く点滅し始めた。
『コード確認……エネルギーレベル6 支配者クラス ゲート開放します』
命を感じない、人工的に合成されたような音声が辺りに響き渡る。
こちらが驚く暇も無く、激しい振動を伴いながら重厚な扉がゆっくりと開き始める。
「あ、開いた!? 嘘……なんで!?」
レラの戸惑いを他所に、完全に左右に開かれた扉。
その奥に待つものとは――