第十二話 決着
今回から視点切り替えに記号を使用してみましたが、少しは分かり易くなったでしょうか。
意見などあればお気軽に感想で。
ミドン中央に位置するマーム城、標準的なな西洋建築の古城と言った風体のそこは、建国から安定した治世を行っていたマーム王族の住処となっていた。
しかし、今のそこは帝国による秩序と圧政の中心となり、国民にとって恐怖の象徴と化していた。
城の地下室では、本来この城の主になっていた筈の少女、エアリアス・キルト・マームが柱に縛り付けられ、自由を奪われて拘束されている。
その表情は暗く、瞳には生気も感じられない。
と、重たい錆びついた扉が開かれ、部屋に軽装の男が現れた。
男は見張りの兵士に軽く手で挨拶をしてから、エリスの前に椅子を引き、無造作に腰を下ろす。
「貴方は、帝国護将の……!」
「知っていて貰えたとは光栄だな」
激しい敵意を向けるエリスの視線を涼しい顔で受け流し、ガルヴェインは飄々とした笑みを浮かべた。
「あれ程の力を持つのなら、何故卑怯な手を使ったのです」
拠点を一瞬で壊滅させ、本拠地奥深くにいた自分も軽々と攫ってみせる。
圧倒的な力を持ちながら、わざわざ偽王女を用意したことがエリスは解せないでいた。
「ああ、ありゃ嘘だ」
余りにあっさり答えられた真相に、呆気に取られた顔になるエリス。
ガルヴェインは皮肉そうに頬を緩めると、懐から美しい装飾が施された指輪を取り出す。
「大将がこいつを欲しがっててね」
指輪を見て苦渋に満ちた表情をするエリス、それはあの遺跡で手に入れた、正当なるマーム国王の証。
「私にそれを取りに行かせる為に……!」
偽王女の情報を流せば、焦ったエリスが証拠を探しに行くと予想していたのだ。
エリスが指輪を手に入れた所で横からそれを奪えば、マーム王家であろうとなかろうと関係ない。
しかし……
「情報が伝わるのが早すぎるって顔をしてるな」
自身の考えを言い当てられ、目を見開いて動揺するエリスに、更にガルヴェインは続けた。
「まさか、内通者……!?」
考えたくはなかった事を、否応なく意識させられてしまうエリス。
「どこの場所にも、金で魂を売る奴ってのはいるもんさ」
その様子を楽しげに眺めながら、ガルヴェインは薄笑いを浮かべていた。
「うちの大将みたいに、疑わしきは全て……こうするなら別だけどな」
そう言って、手で首を掻っ切るジェスチャーをするガルヴェイン。
帝国が厳密な管理社会の中にあり、例え地位のある者でさえも密告によって容赦なく処刑される状態であることは、誰にとっても周知の事実であった。
「例え裏切られたとしても、修羅に落ちるつもりはありません!」
「はっ、青いねぇ」
憔悴しきった顔で精一杯の強がりを見せるエリス。
だがそれも、この状況では只の戯言でしかない。
とその時、急に城内が慌ただしくなり、地下室に伝令の兵士が駆け込んだ。
その兵士から早口で告げられた内容を聞き、心底楽しそうな表情に変わるガルヴェイン。
「どうやら、奴さんのご到着のようだ」
エリスはこの状況で助けが来ると思っていなかった、ここは帝国の本拠地、数えきれない程の帝国兵と人造召喚獣の群れが蠢いている。
更に一人でも一国に匹敵すると言われる名高き帝国護将が、ここには五人全て揃っているのだ。
そんな場所に攻めこむなど、自殺行為でしかない。
しかしエリスは心の何処かで期待していた、あの人なら、圧倒的不利な状況でも決して諦めなかったあの人ならば……と。
「あんたの騎士がどれだけの者か、楽しませて貰おうじゃねぇか」
そう言い残して、ガルヴェインは地下室から去っていった。
※
マーム城最上階の展望テラスでは、シルフィリとジストリオ、二人の帝国護将が始まった戦いを見下ろしていた。
「たった一人で来るとは、余程腕に自信が有ると見える」
「もしくは、只の馬鹿ね」
城外に居並んだ帝国兵と人造召喚獣が、巨大な怪鳥に次々と撃破されていく。
その背に乗るのは、金と黒の髪をしたあの召喚士。
エリス奪還に現れた唯一人の者、カムロ・アマチの姿だった。
※
城の正門前では、二人の男が薙ぎ倒される兵士達を眺めている。
「やっぱり雑兵じゃ駄目か……面倒だな」
青の外套を羽織り、つまらなそうな表情をしている小柄な男は、帝国護将が一人、魔弾のコースト。
「とっとと終わらせて、昼飯にしたいんだけど」
片手に大斧、片手に巨大な綿菓子を持っているのは、同じく護将、地烈のワードス。
その二人の目前にカムロが前触れもなく現れる、上空を浮遊する怪鳥から舞い降りたのだ。
一瞬の登場に少し驚いた様子の二人だったが、そこは歴戦の帝国護将、すぐに冷静さを取り戻し戦闘態勢に入る。
「僕は帝国護将、魔弾の――」
一歩前に進み出て、名乗りを上げ始めたコースト、だが。
「魔法発動、浄化の殲光」
カムロが翳したカードから放たれた眩い閃光によって、コーストの小さな体は跡形もなく消滅していた。
「な、何が……」
「効果は、相手の魔物一体を破壊」
感慨も無く告げられるカムロの言葉だけが、呆然とするワードスの耳に届く。
コーストを一瞬で葬った召喚士は、次はどいつだと言わんばかりに辺りを見回す。
その冷徹な瞳の中で、静かな怒りが炎の如く蠢いているのに、帝国の兵達は気付いただろうか。
前の世界の記憶を取り戻してから、カムロは一度として本気で戦ったことはなかった。
そもそも全力を出す必要も無かった事もあるが、あちらの世界での平和な記憶が、無意識の内に手加減をさせていたのだ。
しかし、今のカムロにその心理的な枷は無い。
目の前の敵を倒しエリスを助ける、その単純な目的しか頭にはなかった。
「コーストの仇!」
大斧を抱えたワードスが、無防備になったカムロに襲いかかる。
「召喚、黒鉄の護盾」
ワードスとカムロの間隙を縫って空中に黒い大盾が呼び出される。
「無駄だ!」
その盾が大斧の一撃で粉砕されるも、カムロに反応はない。
勢いを多少殺されていたとしても、喰らえば致命傷であろう斬撃がカムロに迫ろうとした、その時。
「自分のモンスターが、戦闘または効果によって破壊された時、ライフ半分を代償にこのモンスターは召喚出来る」
手に持った札の一枚を翳し、カムロは静かに言葉を紡ぐ。
「轟火! 招来! 裁きの炎を纏い、怒濤と成りて大地を奔れ!」
祝詞が告げられ、カードから眩い光が放たれ始める。
その光は物理的な障壁となって、突進するワードスを静止させた。
「召喚! クラス8、北聖神炎馬!」
光が集まったそこに、白い炎に包まれた神々しい馬が現れる。
大きさは普通の馬と然程変わらないが、普通のそれとは違い、前後それぞれ四本、合計八本の足を備えていた。
「北聖神炎馬の召喚時効果は、手札を三枚になるまでドロー出来る」
その言葉と共に、カムロの右手には更なる札が握られていた。
「魔法発動、浄化の殲光」
「へ……!?」
「効果は……さっき言ったよな」
無表情でカードが翳され、呆然としたままのワードスが眩い光りに包まれた。
※
「ワードスまでも……!?」
その余りに一方的な光景を見て、高みの見物を決め込んでいた三人の表情からも余裕が消える。
既に城を護衛していた兵や人造召喚獣は全滅し、護将も二人が葬られたのだ。
「最早形振り構ってはおれん、我ら三人で!」
「仕方ねぇ、行くぞシルフィリ!」
慌ただしく城内を駆け下り、正門へ向かう三人。
だがその到着を待たずに、白馬に乗ったカムロが凄まじい速度で中庭を駆け抜けていた。
「帝国が誇る護将軍、三人同時に相手取るなど不可能!」
馬から降り、無防備になったカムロの姿を見つけ、全員で一斉に襲いかかる三将軍。
だが。
「自分の場、手札に他のカードが無く、相手の場に三対以上魔物が存在する時、このカードは無条件で場に召喚出来る!」
カムロの手には、既にあの札が握られていたのだ。
「破壊と暴虐を司る紅き龍よ、忌わしき戒めを解き放ち、この世の全てを焼き尽くせ!」
祝詞と共に、カムロの持つ札から圧倒的な威圧感が放たれていく。
「召喚! クラス10、暴君の大災害龍!」
天地を揺らす律動を伴って現れたのは、真紅の輝きに包まれた紅き龍。
龍が咆哮を挙げると、衝撃波が土煙を巻き起こしていく。
「なに……これ……」
「はは、笑うしかねぇな、こりゃ」
味方する者にとっては勝利の化身、敵対する者にとっては絶望の使者。
一体で戦場を支配する、絶対的な力がそこにあった。
「殲滅の虐殺獄炎砲撃!」
放たれた獄炎が、知覚する間もなく三人を絶命させる。
全てが終わった後に残されたのは、たった一人の勝者の姿だった。