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第十一話 災いを呼ぶ者達

 ミドン郊外、他より一段高くなっている台地に、古びた砦がひっそりと存在していた。

 時刻は既に真夜中だと言うのに、砦の中では篝火の明かりに照らされて、何人もの男達が忙しなく動き回っている。

 かつては帝国軍が駐留していた砦だが、抵抗組織レジスタンスによって先日制圧され、今はミドン市街へ攻め込む為の前線基地となっていた。

 

 その正門が、激しい爆発音と共に一瞬で崩れ去った。

 何事かと駆けつけた男達が、次々と巻き起こる炎の竜巻にあえなく絡め取られ、無残な屍を晒していく。

 

「僕は帝国護将が一人、魔弾のコースト」


 その光景を目にしながら、つまらなそうな表情で名乗る小柄な男。

 青い外套を身に纏い、両手には長い魔術杖を装備、それだけではなく、頭上にも三本の魔術杖を滞空させ操っていた。

 その五本の杖から次々と繰り出される魔術によって、砦の抵抗組織レジスタンスは為す術も無く壊滅していく。

 一つ一つでも致命傷の魔弾が、五連続で途切れなく繰り出されるのだ、常人なら数秒もせずにその身を塵芥に変えているだろう。

 勇気のある者が背後から襲い掛かるも、浮遊していた杖の一本が目ざとく反応し、あえなく男は一瞬で灰燼と化した。

  

「このくらいなら、一人で十分だったと思うけどね」


 最早自身は動くのを止め、攻撃の全てを浮遊する杖に任せたまま、コーストはため息を付いて崩れ去る砦を見つめていた。

 砦が焼け落ち完全に消滅したのは、最初の攻撃から僅か数分後の事であった。 

 

 同時刻、別の抵抗組織レジスタンス拠点でも、同様の事態が起こっていた。

 砦とミドンを挟んで丁度対角線上に位置する廃墟では、帝国軍の目を盗んで抵抗組織レジスタンスグループが密かに蜂起の準備を進めており、来るべき日に備えた物資が貯蔵されていた。

 その廃墟が、突如口を開けた地割れによって跡形も無く消え去っていたのだ。

 同様に廃墟を守っていた抵抗組織レジスタンスメンバー達も、前触れも無く現れた地割れに飲み込まれ、大半が命を落としていた。

 だが地割れで落命した者はまだ幸運だったかもしれない、辛うじて生き残った者達は、更なる絶望を味わう事になったからだ。

 

「帝国護将、地烈のワードスだ! 参る!」


 辺り一面に響き渡る大声を発したのは、鈍い灰色の鎧に身を包んだ巨漢であった。

 かなり大柄なその体が小さく見える程の巨大な斧を片手で持っており、凄まじい膂力を持っていることを伺わせる。

 ワードスは軽々と巨斧を振るい、次々と生き残った者達の命を絶っていく。

 後に残されたのは、地面に大きく刻まれた破壊の爪後のみ。 


「働いた後は小腹が空くなぁ」


 一人腰を下ろしたワードスは、何処から取り出したのか、斧とは逆の手に持った七面鳥の丸焼きを口一杯に頬張っていた。


                          ※


 それは、皇帝直々の命を受けた帝国護将軍による襲撃の始まりであった。

 護将軍の手は、カムロやエリスが居る抵抗組織レジスタンス本拠地にも迫ろうとしていた。

 抵抗組織レジスタンス本拠地に続く道は入り組んだ迷路のようになっており、偶然地下への入り口を見つけたとしても、そこから更に何本もの分岐を通過しなければ地下都市へは辿り着けない仕組みになっていた。

 その結果今まで帝国軍に地上部分を攻められる事はあれど、地下都市への進入を許した事は一度として無かったのだ。

 しかし……


 最初に異変に気付いたのは、地下都市入り口を守る見張り達だった。

 目の前の景色が急に歪み始め、自身の平衡感覚が失われ始めたのだ。

 一人だけではなく、周囲の見張り全員が明らかにおかしな行動を取り始めていた。

 居ないはずの人物に話しかける者、口から泡を吹いて倒れる者、蹲って泣き出す者。

 次第にそれは、地下都市の中へ広がっていく。


                          ※


 不意に、病室のベッドで目が覚める。

 時計を確認したが、まだ時刻は丑三つ時だった。

 両脇ですやすや眠っている相棒とイェンが何かの拍子にぶつかったのかと思ったが、どうやら違うようだ。


 病室の外から、異様な物音が響き渡っていた。

 何かを壊す音や、誰かと誰かが殴りあう音が、怒号と悲鳴に混じって聞こえてくる。

 只ならぬ気配を感じて、病室の外を慎重に伺う。

 そこに見えたのは、悪夢の様な光景。


 滅茶苦茶に破壊された机や椅子が散乱したロビーで、人々が常軌を逸した行動を取っている。

 暴れる人々の目は血走って焦点も合っておらず、明らかに通常のそれとは異なっていた。

 

 何が何だか分からないが、とにかくここから出た方が良さそうだ。

 寝ていた相棒とイェンを起こし、相棒はカードの仲へ退避させ、イェンを両手で抱きかかえて、病院から全速力で逃げ出した。


 だが、病院の外も似たような様相が広がるのみ。

 どうやら異変はかなりの広範囲で起こっているらしい。

 こうなると、俄然エリスが心配だ。

 

 もしこれが帝国軍による何らかの攻撃ならば、真っ先に標的にされるのはリーダーのエリスだろうから。

 焦る気持ちのまま、エリスの部屋へ早足で向かう。

 

 道中見かけた人々も、病院と同じく異様な行動を取っていた。

 その中にはこちらに襲い掛かってくる者もおり、どうにかそれを回避して、十分程走ってエリスの部屋へ辿り着いた頃には、既に体はへとへとになっていた。 

 エリスの部屋に飛び込むと、そこには。


「へえ、この中で正気を保ってるなんて」


 軽薄そうな顔をした男が、皮肉めいた笑みを浮かべて立っている。

 男の肩には目を閉じてぐったりした様子のエリスが、荷物を抱えるかの如く無造作に担がれているではないか。


「エリス!」


 思わず呼びかけるが、エリスの返事は無い。


「無駄だ、俺様の毒をたっぷり吸い込んだからな、暫くはこのままだ」

「お前は……!?」

「俺は帝国護将、怨葬のガルヴェイン」


 帝国護将……!?

 エリスから話は聞いていたけど、こんなに早く攻めてくるなんて。

 

「目標は達したようだな」

 

 動揺を隠せない俺の背後から、続けざまに声が掛けられた。

 振り向いたそこには、棘の生えた重鎧に身を包んだ、白髭の老人が立っている。

 深く皺の刻まれた顔には、幾つも大きな傷が残されており、この老兵が歴戦の武人である事を示していた。

 まさかとは思うが、この老人も……


「我は帝国護将、哭壁のジストリオと申す」


 全く予想していなかった事態に返答すら出来ないでいるこちらを向き、ジストリオは毅然と名乗りを上げた。


「お初にお目に掛かる、サモニスの召喚士殿」


 素性を知っているのか……?

 だが疑問よりも今は、この二人の敵と戦わなければ。

 と反射的に腰の山札デッキに手が伸び掛けるが、イェンを抱えた状態では思うようにいかない。


「安心しろ、ここで戦り合う気はねぇ」


 そんな様子を見てか、ガルヴェインは飄々とした態度で告げる。

 

「お前と戦うのは、もっと相応しい舞台でだ」


 そう言い終えた直後、ガルヴェインは右手から何かを地面に叩きつけた。

 途端に視界が激しい閃光に包まれ、一瞬意識を失いかける。


「お姫様を取り返したければ、城まで来るんだな」 


 その中で、挑発的な口調で告げられた言葉が耳に響く。

 どうにか目を開けた時には、既に二人は跡形もなく消え去っており、エリスの姿もそこには残されていなかった。  

  

                           ※


 抵抗組織レジスタンス本拠地近くの地上出口では、内部から次々と逃げ出してくる構成員メンバー達で渋滞が起こっていた。

 帝国護将はこの人の流れを逆に辿って、地下都市まで難なく入り込む事が出来たのだ。

 

 その人混みを、廃墟の上から悠然と見渡す影があった。

 それはエリスを担いだままのガルヴェインとジストリオ、そしてもう一人。


「お前は会わないのかよ、シルフィリ」

「これから死ぬ者に会う意味が感じられないわ」


 シルフィリと呼ばれた女は、そう冷酷に答えてから音も無く姿を消す。


「へっ、面白くねぇことで」


 シルフィリが去った方向を見て、ガルヴェインは毒突く。 


「なあ爺さん、あいつはノコノコやってくるかね」


 廃墟の上に無造作に腰を下ろして、ガルヴェインは皮肉めいた笑みを浮かべている。


「怖気づいて逃げ出す者であれば、陛下がわざわざ我ら全員を遣わせるはずがない」

「違いねぇ」


 ジストリオとガルヴェインは、それから時を置かずに去っていった。

 彼ら護将が集まるのは、かつてここを治めた者達が住んだ場所、そして今は、帝国による支配の象徴となった場所。

 幾千年の積み重ねられたその城で、マームの運命を決める戦いが始まろうとしていた。

     

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