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第百十八話 最後の別れ

 相棒の一撃を受けたにもかかわらず、相手の天照は健在だった。 それどころか、損害を受けた様子もまるでない。


天照坐皇大御神あまてらしますすめおおみかみは相手の効果を受けず、戦闘によっても破壊されない。 最も、攻撃力パワーは0だけどね」


 M&Mのルールでは、攻撃した魔物モンスターの攻撃力が、防御する魔物の攻撃力を上回っている場合、超過分の値生命力が減る。

 今攻撃した相棒の攻撃力は一万。 普通であれば、既に相手の生命力ライフは無くなっていなければおかしい。


「確かに今の攻撃によって、私の生命力は0になった」

「だったら、何で貴方はまだ」


 こちらの戸惑いを予想していたように、不敵な笑顔を浮かべる神威。


「天照の更なる効果、この魔物が自分のフィールドにいる限り、私は生命力が0になっても敗北しない」

「……なっ!?」


 そんな効果、見たことも聞いたことも無い。 まさか、ルールそのものを捻じ曲げてしまうとは。


「俺はターン終了」


 この状況では、他にどうする事も出来ない。 


「私のターン、ドロー」


「私は手札から、クラス10の月詠つくよみと、クラス10の須佐之男すさのお召喚コール!  


 天照の周囲に、それぞれ神御衣を纒った男神と女神が現れる。


「自分よりクラスの高い魔物が存在する場合、この魔物達はそれぞれ手札を一枚捨てる事で召喚出来る!」


 ここで一気に二体の魔物を召喚してくるとは、もう一気に勝負を決めるつもりなのか。

 

「月詠の効果発……」

魔法マジック発動、絶望への足掻き! 墓地のこの札をゲームから取り除き、次のドローを放棄することで、このターンを強制的に終了させる!」


 相手が効果を発動する前に、こちらの効果によってターンを終わらせた。 どうせ次のターンはドロー出来ないのだ、デメリットを気にする必要もない。


「随分粘るね、もう君の負けは決しているというのに」


 神威の言う通り、俺は絶望的な状況に追い込まれていた。 残されているのは、目の前にいる相棒のみ。 


「まだだ……まだ、終われない! 俺のターン!」

「そうだよ、ボクはまだ、終わってない!」

 

 初めてだった、戦っている間に相棒の声が聞こえたのは。 今まで、龍の体になった相棒の意思は分からなかった。 なんとなく把握していたけれど、はっきりとその言葉を聞いたことはなかったのだ。


「一緒に行こう、ご主人マスター!」


 心の奥から、相棒の声が響く。


「ああ!」


 何の根拠も無かったけど、確信だけはあった。 相棒と俺なら、どんな困難も乗り越えられると。


「真に心通わせし二つの魂よ、全ての想いを一つに重ね、新たな道を見出さん!」


 自然に発せられた祝詞を唱えれば、俺と相棒の体が輝き、眩い光の中で一つに解け合っていく。


重想召喚コネクティブ・コール! クラスEXエクストラ目覚めし極魂龍アルティメットソウルドラゴン!」


 それは、不思議な感覚だった。 自分の体なのに自分でないような、何かが自分の中に入っているような。 それでいて違和感が全く無く、むしろ心地良い。

 外から見れば、燃えるような真紅の長髪を振り翳し、灼熱をそのまま現出させた朱の体を持った男の姿がそこにはあっただろう。 手には武器の類を持ち合わせていないが、そんなものは必要無かった。 溢れ出しそうな二人の想いが、それだけで強い力になっていた。


「この魔物の召喚に成功した時、相手の山札デッキを上から五枚墓地セメタリーに送る!」


 片手を神威の場に翳せば、神威の山札から札が消滅していく。 


「まさか、この効果は!」

 

 M&Mの山札枚数は、四十~六十の間で自由に決められる。 神威の山札は、確か四十枚だった筈。 既に引いた札の数と、今の効果で墓地に送られた数を合わせた数は十九枚。 つまり、残る札の数は、後二十一枚。


「更に、この魔物は相手の魔物の数だけ攻撃でき、攻撃する度に相手の山札を上から十枚ずつ墓地に送る!」


「相手場に存在する魔物は三体、よって三回の攻撃が可能!」


 業火を纏った拳が、蹴りが、天照以外の二神を一気に打ち砕く。 連動して、神威の山札が凄まじい勢いで減少していく。


「希望の最終到達点ファイナルディスティネーション


 裂帛の気合と共に繰り出された渾身の一撃が、天照の体へと迫る。 空中で赤と黄の光がぶつかり合い、周囲全てを吹き飛ばす衝撃が巻き起こっていく。

 力の均衡が臨海を迎えたとき、激しい爆炎が発生し、俺達は後方へと吹き飛ばされていた。 もうもうと立ち込める煙が晴れたそこに、天照の姿は今だ健在であった。 


「これで、貴方の山札は無くなりました」


 しかし、神威の山札は、全く存在していなかった。 


 M&Mには、相手の生命力を0にする以外にも、幾つか勝利条件がある。 


「山札から札を引けなくなったとき、その競技者プレイヤーは強制的に敗北する」


 次の札を引けなくなった時点で、ゲーム続行不可能と判断される。 ルールとしては知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。

 M&Mはゲームの速度が非常に速く、遅くても十ターンまでには勝負が付くのが普通だったからだ。


「貴方の……負けです」  

 

 俺がターンを終わらせると同時に、神威の敗北は自動的に確定したのだ。


「ふ、はは、ははははは!」


 戦闘が終わり、静寂を取り戻した部屋で、やけになったように笑い続ける神威の声が響く。


「私は……一体何をやっていたのだろうな」


 憔悴し尽し、生気の欠片も感じられない表情になった神威に、相棒と分離した俺はゆっくりと話し掛けた。


「俺は、M&Mが好きです。 他にどんな苦しい事があった日も、M&Mがあれば幸せだった。 M&Mを通じて、顔も知らなかった人とも友達になれた。 M&Mは、俺にとってただの遊び以上のものだったんです。 貴方だってそうでしょう? だって今の貴方は、あんなにも楽しそうだった」


 一日一時間でも、たった十分足らずでも、M&Mの時間は何より充実していた。 言葉が通じなくても、M&Mがあれば誰だって仲間になれた。


「私は……楽しんでいたのか。 無意識のうちに、私はM&Mを消したくないと思っていたのかもしれないね」


 そう思うのも当然だろう、だって神威は、世界で一番M&Mを愛していたに違いないから。 


「貴方がやったことは許せません。 けれど、貴方が存在しなければ、そもそもM&Mすら生まれていなかった。 だから俺は、貴方に感謝しています」


 神威によって、俺の人生は大きく変わった。 けどそれは、悪いほうにばかりじゃないと思う。


「もっと早く、君に出会えていればよかった」

「体が!?」


 神威の異常に気付いた相棒が、思わず声を上げていた。 神威の体は、全身が水晶のように透き通っていたのだ。

 ぼうっと淡く点滅する体からは、いくつもの光の粒子が抜け出ている。


「常人を超えた存在になったとはいえ、魂そのものの劣化は防ぎようが無かった。 今までの私は、自分のした事に対して責任を取らなければならないという想いだけで生き延びていたのさ」

「痴れ者が……」


 いつの間にか現れていたずい子の声は、怒りとも哀れみとも取れるもので。


瑞勾陳ずいこうじん、君にも迷惑を掛けたね。 済まなかった」


 最早体を満足に動かせないのだろう、瞑目で謝意を示す神威を、ずい子は何も言わずに見つめていた。


「カムロ君、君にこの世界を託すよ。 まあ、今更偉そうな事を言える立場ではないけどね」


 最後まで軽快な態度のまま、神威の体は光の粒となって宙に消えていった。

 さようなら、神威嚆矢。 せめてこれからは、何に囚われる事も無く。


 神威の体が完全に消滅した、次の瞬間。


「な、何だ!?」


 辺り一帯に、何かが動くような重低音が響き渡った。


「崩れてる!」


 周囲を見渡せば、天井から壁まで、全てのものが砂のように崩れ去っていた。

 元々この建物は、神威の精神力によって構成されたものだった。 神威がいなくなった今、それが崩壊するのは自然の流れだろう。


「最後までこれかよ……!」


 世界の命運を分ける戦いを終わらたってのに、またドタバタとは。 まあ、しんみりするよりはこっちのほうがらしいか。

 一刻も早く脱出せねばという焦燥感の中に、僅かな安堵感を覚えながら、全速力で走り続けていた。  

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