第百十七話 死線
次のターンはドロー出来ない上に、俺の生命力は僅か一。 更に、相手には俺の手札が知られている。 考えれば考えるほど不利な状況だが、ここで負ける訳にはいかない。 ここで負ければ、M&Mそのものが無くなってしまうのだ。
「魔法発動、至高天!」
決意を込めた宣言の後、虹色の光が競技台に置かれた山札に伸びる。
「山札からクラス8以上の名前の異なる魔物を三体無造作に手札に加える! 但し、このターン終了時に、俺は手札を全て墓地に送らなければならない」
鮮やかな光を纏って現れた三枚の札を握り、一気に魔物を召喚する。 ここから勝負に勝つには、手の内を知っていようがいまいが関係ない程の連続攻撃を仕掛け、一気に倒すしかない。
「相手の場にのみ魔物が存在する時、この魔物モンスターは手札を一枚墓地セメタリーに捨てて召喚コール出来る!」
宣言が行われると、手札の札カード一枚が粒子となって掻き消える。
「其は我が意思の体現者! 我らが切望を束ね、俗界の晦冥を打ち払わん!」
「召喚コール! クラス7、天翅の贈答者!」
祝詞と共に現れたのは、左右色違いの羽を背中に付けた、機械仕掛けの天使。
大きさは20m程度だろうか、鮮黄に輝く無骨な体と、朱碧に彩られた羽を持つ神々しい姿を持っている。
「このモンスターの効果エフェクトによって、手札のクラス7以上の魔物モンスターを一体、自分の場フィールドに呼び出せる!」
天使の羽が眩く光り出し、俺の眼前に輝く光の輪が展開される。
「古の闇に眠りし旧王よ、堅き棺の中から甦れ! クラス8、砂塵不死皇アテン!」
その光の輪の中から姿を表すのは、黄金に輝く荘厳なマスクを被り、同じく金の儀仗を構える太古の王。
全身はほぼ全てが包帯に包まれており、所々ミイラ化したグロテスクな体が覗いている。
この時点で既に二体魔物を召喚したが、まだ出せる魔物は残っている。
ならば……
「更にもう一体!」
余力を残している場合ではない、自分の力をすべて出し切って、この戦いに勝つ。
「自分の生命力が相手の半分以下の場合、この魔物は生命力を半分支払って召喚出来る!」
通常なら生命力が半分になる所だが、既に一になっている俺には意味が無い。 ルール上、小数点以下は無いものとして処理されるため、この場合生命力は一のままで召喚出来る。
翳した札が輝き、発せられた光が新たな魔物の体を形成していく。
「その鋭き鋒で、絶望の満ちる世界に活路を拓け!」
「召喚、クラス8、希望を導く三連星」
黄色い閃光が集まって現れたのは、全長40m程の巨大な魔導生物。 通常の生物で例えれば、蛾が鎧を纏ったような格好だろうか。 羽に当たる部分と頭に鋭角状の突起が存在しており、体全体が三叉槍の形を模している。
「希望を導く三連星の効果発動、自分の場の魔物一体を代償に、山札から魔物を一体手札に加えられる」
魔導生物から放たれた光が天翅の贈答者を包み、その体を消滅させていく。 光は収束して山札に降り注ぎ、手札に一枚の札が加わった。
「クラス8の魔物二体を素材に、重想召喚発動!」
砂塵不死皇アテンと、希望を導く三連星、二体の魔物が溶け合わさり初め、更に大きな光を形成していく。
「天よ!大地よ!海よ! この世の全てを統べる絶対の理を紡ぎ、事象の果てより顕現せよ!」
周囲に迫った魔物の群れを数m吹き飛ばす程の衝撃が奔り、収束した光が弾けた。
「クラス10! 究哭龍ドラグエドルガン!」
天空を割いて現れたのは、九つの首を持つ巨大で昂然たる神龍。
色は神々しい純白、全長はゆうに50mを超え、放射状に広がった首の一つ一つには、それぞれ凶相を浮かべた龍が気炎を放っている。
これで十分かは分からないが、今出来ることは全部やり尽くした。
「究哭龍ドラグエドルガンの効果発動! 通常の攻撃に加えて、このターン召喚した魔物の数だけ、相手魔物に攻撃出来る!」
このターン召喚した魔物は、天翅の贈答者、砂塵不死皇アテン、希望を導く三連星、そして究哭龍ドラグエドルガンの合計四体。
「召喚した魔物は四体、よって五回の連続攻撃が可能!」
宣言が終わるのを待たず、神竜の顎門五つそれぞれに魔力が満ちていく。
「そう来る事は分かってたよ」
攻撃を放とうとした瞬間、神威は不敵な笑みを浮かべた。
「神霊・和御魂の効果発動! この魔物を代償に捧げ、場上の魔物を全て破壊する! 」
緑色の人魂が弾け、淡い深緑の煙が周囲すべてを包み込む。 その煙に包まれた魔物達は、次々と光の粒子になって消えていった。
「ドラグエドルガンの更なる効果発動、この魔物は相手の破壊効果を受けない!」
これで破壊は間逃れたが、この効果を使ったドラグエドルガンはこのターン攻撃出来ない。 このターンで仕留め切れなかった悔いを残しつつ、俺はターンを終えた。
「私のターン、ドロー!」
札を引いた神威は、心底この状況を楽しんでいるような態度で話し掛ける。
「流石にここまで戦ってきただけはあるようだね。 なら、これはどうかな」
試すような言葉で、神威が一枚の札を翳す。
「自分の手札を三枚捨てることで、この魔物は召喚できる。 召喚、クラス7、原初の混! 原初の混の召喚時効果発動! 相手場の魔物一体を吸収する!」
目の前に現れたのは、漆黒に染まる不定形の塊。 泥のようなそれが、幾つにも分裂してドラグエドルガンの体に絡みついていく。
苦悶の声を上げながら、龍は黒い泥に飲まれていった。
「ドラグエドルガンを吸収したことにより、混はドラグエドルガンの効果と攻撃力を得る」
漆黒に色を変えた龍が、殺意の篭った十八の目でこちらを睨みつける。
「君との戦い、そこそこは楽しかった。 けど、これで終わりだよ!」
一つの首に黒い光が収束し、今にも放たれようとしている。
俺の生命力はたったの一。 この攻撃を受ければ、間違いなく終わりだ。
「相手に攻撃された時、墓地の魔法見えざる壁をゲームから取り除き、山札の上から札を五枚墓地に送ることで、相手ターンを強制的に終わらせる!」
だが、俺にはここを凌げる策があった。 この魔法は、天翅の贈答者の効果で捨てていた札だ。
「なるほど、さっき引いた札か!」
この札だけは、神威も把握していなかった。 奇御魂の効果はその時持っていた手札にのみ作用する為、ドローで引いたこれは対象外だったのだ。
「面白い、面白いよ君は」
喜色を隠そうともしないようすの神威は、そのままターンを終わらせる。
「俺のターン」
いつものように山札に伸ばしかけた手を途中で止める。 このターンは、和御魂の効果によってドロー出来なくなっているのだ。
手札も場も何も無い状況で、一体どう耐え凌げば。 状況を打開する策を模索していたとき、墓地に置かれた札の一枚が目に入った。
「墓地にある黒鉄の護盾の効果発動! 自分の場、手札に何も存在していない時、この魔物を墓地から召喚出来る! 召喚、クラス4黒鉄の護盾!」
黒鉄の護盾は、先程の見えざる壁の効果で、墓地に送られた札の一枚。 このターンドロー出来なかったことが、逆にこいつの召喚条件を満たしてくれたらしい。
更にこの魔物は、相手の攻撃を一回まで無効に出来る効果を持っている。 十分とは言えないが、これでなんとか持ち堪えられるか。
「はは、中々しぶとい」
しかし、神威は余裕を崩していない。
「私のターン、ドロー!」
おもむろに引いた札を見つめた後、神威は滔々と語り出した。
「君の想いはここまでの戦いで十分に分かった。 けど、私にだって負けられない理由がある。 これは、私の贖罪なのさ。 世界を歪めてしまった私のね」
語られる神威の言葉は、目の前の俺に対してだけではなく、まるで世界の全てに語りかけるようなものだった。
「この魔物は、自分の墓地に存在する、神霊・荒御魂、神霊・幸御魂、神霊・奇御魂、神霊・和御魂をゲームから取り除く事により召喚出来る」
祝詞を唱える神威の声が一段低いものになり、放たれる気配が明らかに変わる。
「全ての祖にして全ての氏を統べる神よ、我の真なる願いに応え、今こそ救済を! クラスEX、天照坐皇大御神!」
後光を背にして現れたのは、純白の神御衣を纏った美しい女神。 太陽が直接現れたような、直視することを思わず避けてしまうような神々しい光を放つその姿は、まさしく神の中の神。
「天照坐皇大御神の効果発動! 相手の場の魔物を全てゲームから取り除く。 更に、この魔物よりもクラスの低い魔物を、山札から二体まで召喚出来る。 私は、荒御魂と和御魂を召喚する」
宣言が終わると、黒鉄の護盾が目の前から消え、天照坐皇大御神の隣に二体の人魂が現れた。 それぞれの効果によって神威は二枚ドローし、俺の次のドローが封じられる。
「天照坐皇大御神を召喚したターン、私は攻撃できない。 私はこのままターン終了」
声でそのまま攻撃せずにターンを終わらせたことは分かったが、凄まじい威光を放つ天照に隠れ、神威の姿は殆ど見えない。
何とか持ちこたえているが、まだ次のドローを封じられてしまった。 更に、目の前には圧倒的な威圧感を放つ相手の切り札が存在している。 今度こそ決めなければ、間違いなく終わる。
「俺のターン、ドロー!」
決意と共に引いた札を見て、絶望的な状況にもかかわらず笑みが浮かんでいた。
「自分の場、手札に他のカードが無く、相手の場に三対以上モンスターが存在する時、このカードは無条件で場に召喚出来る!」
何度も窮地を救われた、俺の最も信頼する相棒。
「破壊と暴虐を司る紅き龍よ、忌わしき戒めを解き放ち、この世の全てを焼き尽くせ!」
必要とする時には必ず現れ、必ず勝利への道を切り開いてくれた。
「召喚! クラス10、暴君の大災害龍!」
高らかに宣言された祝詞と共に、真紅の輝きに包まれた龍がその姿を現しす。
「行くぞ、相棒! 暴君の大災害龍の、効果発動! 相手の場、手札のカード全てを、ゲームから取り除く!」
相棒が翼をはためかせれば、巻き起こった炎の竜巻が相手の場を丸ごと包む。 相棒の効果に対して相手は効果を発動出来ない。 よって、和御魂の効果は使えない。
「これで終わりだ、殲滅の虐殺獄炎砲撃!」
存在そのものを灰燼に変える紅い業火が、燃え盛る炎の中へと放たれる。 相棒の攻撃力は、相手の生命力と同じ一万。 流石の神威嚆矢も、この一撃を食らえば…… と、勝利を確信しかけた瞬間。
「な……に……!?」
視界一杯に広がる紅い業火の海を、黄金色の眩い光が中心から切り開いていた。 まるで神話の一場面のような光景を見て、俺は思わず声を上げていた。
「実に素晴らしいものを見せてもらったよ。 けれど、私には届かない」
視界が眩むほどの光の後ろから、珍しい見世物を見た観客のような心からの感嘆と、それでも自分には届かないという絶対的な自信の入り混じった声が響く。
先程までと同じく、余裕に溢れた表情を浮かべ、神威嚆矢はそこに佇んでいた。 見るもの全てを平伏させるような、圧倒的な威圧感を持って。