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第百十二話 砂漠の蜉蝣

「あだ名を付けよう」


 相棒が妙な事を言い出したのは、丁度歩き始めてから二日目の夜だった。


「いきなり何の話?」


 俺達の目の前には、煌々と周囲を照らす金色の猛虎が。

 周辺に何も燃やすものが無かったので、明かりは呼び出した魔物モンスターに協力してもらっていた。

 今の所は、歩けど歩けど荒涼とした赤土の荒野が広がるのみ。 滅びた街どころか、草木一本、動物一匹すら見当たらなかった。 


「だって、瑞勾陳ずいこうじんのままだったら呼びにくいじゃん」


 缶詰に入った白身魚の煮付けを掻き込みながら、少し離れて座る の方を向く相棒。

 船から持ってきた缶詰は、特に手を加えずとも半年程は元の品質が保てるという優れものだ。

 元々あちらの世界でも中世には缶詰の原型が出来ていたらしいから、こちらにあっても不思議は無い。 それに、こちらのものは魔法の技術を使って保存力を高めているらしく、ひょっとするとあちらの物よりも性能が良いかも。


「我は今のままでも構わんが? 特に困る事も無かろう」


 鷹揚な態度で答える瑞勾陳は、ただの岩に座っているだけなのに変な色気があった。 まるで、一流の女優が上等の椅子に腰掛けているような。

 そういえば瑞勾陳は何も食べてないけど、お腹は減らないのだろうか? なんとなく、瑞勾陳が食事している場面は想像し辛いけど…… 


「ボクが構うんだってば」


 自身の提案を無下に否定され、むっとした表情で反論する相棒。 最近分かってきたが、単に相棒が を嫌っているだけでなく、瑞勾陳の方も相棒を積極的に挑発しているようだ。


「あだ名って言われてもな」


 確かに瑞勾陳のままでは呼びにくいと前々から感じていた。 けど、いきなり言われて丁度言いあだ名が思い付くかな。


「ずっちーとかずいずいとかさー」

 

 流石にそれは可愛い過ぎないか……? 

 この後も俺達は寝床に着くまで喧々諤々けんけんがくがくの議論を続けたが、結局結論は出ないままで。 そんな俺達の会話を見て、瑞勾陳は口の端に笑みを浮かべていた。


                   ※


「……暑い」


 雲一つ無い晴天の中で、容赦ない日差しが絶え間なく体を熱している。 まるで自分が鉄板の上で焼かれているかのような暑さが、朝から一時も柔らがずに続いていた。

 サモニスだともう中秋の季節で、そろそろ長袖が必要になってくる位なのに。 ここは気候が違うのか、単にこの場所が暑さを際立たせているのか。 


「にしても、何にも無いよね」


 足元の赤土は、段々と白い砂に変わっていた。 草木一本生えていないところは相変わらずだが、時折足を砂に取られて、結構歩きにくい。

 周囲に目立った建造物は無く、遠方に山等も見えない。 一応包囲磁石を持ってきていたのだが、不良品だったのか終始出鱈目な方向を示すのみ。

 それでも迷わず進んでいけるのは。


「どうした、もう限界か?」


 常に先頭を歩く瑞勾陳のお陰だった。 

 どうやって方角を見極めているのかは分からないが、迷い無くずんずん先へ進んで行く。

 この暑さも意に介していないようで、散々歩いても疲れた様子を微塵も見せなかった。


「まだいけるさ」


 触発された訳ではないが、ここで弱音を吐くのはみっともない。 休憩も大切だが、もう少し頑張って……


 そう気合を入れなおした瞬間、足元の砂が勢いよく崩れ去っていた。


「流砂か!? いや……!」


 流れる砂に足を取られながら、素早く考えを纏める。

 砂の崩落は、丁度俺が足を踏み入れた地点から発生していた。 辺りを見回せば、同様の崩落が真円状に広がっている。

 しかも、崩れた砂はまるで竜巻のように、一点を中心に渦を巻き始めたではないか。 自然現象でこんな事が起こるとは考え難い、恐らくこの砂の流れは俺達を狙ったものだ。


「あれは!」


 両足で踏ん張りどうにか安定を保っている中で、流れる砂の中心にいるものが目に入った。

 見た目はあっちの世界で見た蟻地獄に似ているだろうか、ここから見える部分の大きさはおよそ5、60m程、体の大半は砂中に埋まっているので、全体はもっと大きいだろう。 体色は錆付いたような赤銅色で、顔からは二本の長い牙が凶悪な存在感を放っている。

 砂漠の狩人は、獲物を待ち構えるように牙を空中で何度も交差させていた。


「俺の先攻、俺のターン!」


 相棒と瑞勾陳を山札デッキに戻し、気合を入れてカードを引き抜いた。


「自分のカード三枚を墓地セメタリーに送る事で、このカードは条件を無視して召喚コール出来る!」


 カードを下に向け、発現する魔法陣を足場にした。 魔方陣を蹴って飛び上がり、ごうごうと流れる砂渦から逃れる。


「戦慄け、絶斬の鋒! 不道の悪鬼に滅びを齎せ! 召喚コール!」


 その間も、祝詞を読む声が止む事は無い。


「クラス8 導冥誘終刃コルヌー・オルクス!」


 祝詞を唱え終わった時、眩い光が弾け、俺の右手に禍々しい片刃剣が握られていた。 長さは丁度体の半分程で、反り返った分厚い刀身が凶悪に瞬いている。


「その効果エフェクトによって、自分の墓地セメタリーに存在する魔物モンスター攻撃力パワーを、自分の攻撃力パワーに加える!」


 天に掲げられた刃が、効果エフェクト宣言と共にその長さを増していく。

 今回は序盤の出番故にそこまで攻撃力は高く無いが、普通の魔物であれば十分過ぎる程の威力だ。


救世断撃サルース・レクタ・フィーニス!」


 その大きさに任せ、長大な剣を一気に蟻地獄へと振り下ろした。

 あまりの重量と速度に、轟音を伴いながら刀身は蟻地獄を直撃し、巻き起こった衝撃派が砂渦を打ち払っていく。


「これで!」


 機械仕掛けの蟻地獄が爆散し、目も眩むような閃光が周囲を包む。 が、赤々と燃える激しい爆炎の中から、黒い影が飛び出していた。


「まだ終わりじゃない、か!」


 影を追って上空を見上げれば、そこには新たな敵の姿が。

 全長はおそよ3、40m。 先程までの重厚な姿とは打って変わって、骨組みが剥き出しになった

 空中に躍り出た鋼鉄の羽虫は、薄く長い二対の羽を細かく振動させ、五月蝿い羽音を周囲に撒き散らしている。  


「なっ!?」


 と、羽虫が大きく羽を振るわせた瞬間、周囲の砂が巻き上がり、あっという間に視界が砂塵に覆われてしまった。

 

「ちぃっ!」


 驚く間も無く、砂塵の中を突っ切った羽虫の突進によって体を大きく吹き飛ばされていた。

 咄嗟に飛び退いて直撃こそ間逃れたれたものの、導冥誘終刃を取り落とし、思い切り背中から地面に叩き付けられた衝撃で一瞬呼吸が止まる。

 

「……っ!」


 全身に衝撃が奔り、正直泣き出しそうなほど痛いが、今は痛がっている場合ではない。 弱音を吐くのは、この戦いを切り抜けてからだ。


「俺のターン、ドロー!」


 素早く立ち上がり、砂嵐の中で札を勢いよく引き抜いた。

 

「手札の魔法マジック、物質合成・壊を発動! 自分の生命力ライフ半分を代償リスクに、墓地セメタリーの魔物を素材にして合成召喚が出来る!」


 手札にあるのは、風属性の魔物モンスターが三体、これを素材にして――


「勇壮なる意志を掲げ、吹き荒ぶは旋風の使者!」 


 祝詞が唱えられると、三枚の札が空中に浮き、眩く輝きながら神秘的な魔法陣を形作っていく。

 

召喚コール! クラス8、粋凶鳥ボルテクス!」


 三枚の札が合わさった瞬間、魔法陣から光が炸裂した。 現れたのは、右手に持つ大斧と背中に生えた対の白羽を備え、豪壮な鎧で身を包んだ鳥人戦士。 

 鳥人の体を中心に吹き荒れる凄まじい旋風が、周囲を包む砂嵐を打ち払う。


「粋凶鳥ボルテクスの、効果エフェクト発動!」

「次の相手ターンが終わるまで、全ての相手魔物モンスターの攻撃力は0になる!」

 

 鳥人が羽を何度も大きく揺らし、生じた穏やかな風が羽虫に向かっていく。 白い風に包まれた羽虫は、まどろんだように空中で動きを止めた。


「バシニングガスト!」


 大斧から連続で放たれた風の刃が、羽虫の体を幾重にも引き裂いた。 羽虫の残骸が炸裂し、空中で派手な火花を散らす。

 炸裂音が鳴り止んだ後、周囲には元の静寂が戻っていた。


「流石に、疲れた……」


 ボルテクスを札に戻し、一息つく。

 慣れない場所での戦いで体力を消耗したのか、あちこちの感覚が無い。 ふらつく足はとうとう限界を向かえ、膝を折るように倒れ込んでしまった。


「ん……?」


 だが、予想していた地面の硬い感触は伝わってこない。 代わりに感じたのは、羽毛布団のような柔らかいもの。


「全く、これくらいで音を上げるとは情けない」


 事態を飲み込むよりも速く、瑞勾陳の声が上方から響いていた。 唐突な事態に、考えるよりも速く目を開けて体を翻せば。

 

「な、なな何で!?」


 太陽を遮って、瑞勾陳の顔がこちらを覗き込んでいるではないか。 そう、俺は瑞勾陳に膝枕をされていたのだ。

 

「耳元で大声を出すな、五月蝿いぞ」

「あ、ああ……悪い」


 静かに嗜められ、思わず謝ってしまった。 瑞勾陳の表情は普段と全く変わっておらず、その内心はまるで読み取れない。

 体を傾ける度にふくよかな胸が顔にくっ付きそうになって、気が気でないこちらとは対照的だ。


「あーっ!? 戦いが終わったと思ったら、なにしてんのさ!」

「全く、お前達は常に騒いでいないと気が済まないのか?」


 激高する相棒に対し、瑞勾陳はあくまで冷静さを崩さない。


「なにをー! お前なんか、お前なんか……ずい子って呼んでやるからなー!」


 まだあだ名の話を引っ張ってたのか……

 瑞勾陳に食って掛かる相棒の声が響く中、暫し後頭部の心地よい感触に身を任せていた。  

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