第百八話 語られる過去
「しゃ、喋ってる…!?」
言葉を発する青い球体を前にし、戸惑いを隠せない相棒。
「私は、第七世代スパイキングニューラルネットワークコンピュータ」
「すぱお? にゅー?」
全く聞き覚えのない言葉ばかりだったのだろう。 アメリアは目を白黒させ、頭から煙を吹きそうになっている。
俺にとってもさっぱり分からない単語の羅列だったが、この球体があちらの世界でいうところのパソコンであろうことはどうにか察せた。
「カムロさん、貴方の記憶を読み取らせて頂きました。 どうやら貴方は、私の知る人間達ではないようですね」
こちらの戸惑いとは裏腹に、球体は冷静な口調で話し続けた。
「まずは、私の事を説明させて頂きましょう、私の名前はノア、隔離区画の環境を管理する為に作られました」
自分の名前までを説明し、一旦言葉を切ったノア。 表情が見えないので分からないが、こちらの反応を伺っているのだろうか。
「貴方がここを訪れた理由も、ある程度把握しています。 知りたいのですね、この世界の歴史を」
そこまで分かっているのなら、躊躇する理由もない。
「教えてくれ、かつて何があったのかを」
この街に来てからずっと気になっていたことを、ようやく明らかに出来そうだ。
「第二次大規模戦闘の事でしょうか?」
二次って事は一次もあったのか? と疑問も浮かんだが、それは本題ではない。
話を混ぜっ返すのも悪いだろうと判断し、ここは黙って頷いておいた。
「私の記憶回路に書き込まれている事だけですが……」
そう前置きを付けてから、ノアは滔々と語り出す。
「かつての世界では、召喚獣を使うことにより、それまでとは段違いの発展を遂げていました。 しかし、自らの意思を持つ召喚獣が現れた事が契機となりました」
意思を持つ召喚獣という単語に、相棒がぴくり、と反応を見せる。 同時に俺の脳裏には、かつて戦った瑞勾陳の姿が浮かぶ。
あの瑞勾陳と同様に、人間に対して反旗を翻した召喚獣が多数現れたという。
「その数は爆発的に増加し、人間に使役される事を良しとしない召喚獣達は自らの自由を求め、人類への反抗を始めたのです」
「召喚獣と人間の、戦争……」
「数で勝る人類側でしたが、召喚獣の圧倒的な力の前に、次第に追い詰められていきました」
今までの戦いを思い返す、幾ら人間の数が多かろうと、一撃で何千もの軍勢を蹴散らせる召喚獣の前では、塵芥に等しいだろう。
「そして同時に、緑溢れる母なる大地も、度重なる闘いによって汚されていったのです」
滅びた街を覆う、生命の欠片も存在しない荒れ果てた大地。 あれと同じ荒野に世界の全てが覆われていく光景が浮かぶ。
「戦況が覆せない程召喚獣側に傾いた時、ある計画が発案されました」
その計画とは、滅びかけた人類が最後に残した希望。
「僅かに生き残った人類と、人工的に繁殖させた動植物達を、争いが終わるまで隔離しておく。 平和になった頃に、再び豊かな大地を取り戻す為に」
「それが、あの場所か」
地下深くに創られた、自然と動物が調和する場所。 かつては、その中に人間の姿もあったのだろうか。
「私は、人間や動植物が数十、数百年の時を経ても生存出来るようにとの使命を託され、現在まで住環境を整備してきたのです」
「でも、人間はもういなくなってたじゃないか!」
あくまで冷静に語るノアに、相棒が強い口調で反論していた。
そうだ、俺達が目にしたのは、大量の白骨死体。 生きている人間は、誰一人残っていない。
あの日記にも、次第に追い詰められていき、絶望しながら死んでいった誰かの記録が書かれていた。
「地下深いこの場所までは、既に地上の町を破壊した召喚獣達も、わざわざ破壊しに来ないだろうという予測がされていたのです。 が、それは甘かった」
ノアの言葉が途切れる、相変わらず顔は見えないが、俺には一瞬ノアが苦悩したように感じられた。
「ここでの生活が始まってから程なくでした、召喚獣の群れがこの場所を取り囲んだのは」
確かあの日記にも、それについて記述があった筈。
「強固な外壁に暫くは阻まれていましたが、召喚獣の力の前では突破されるのも時間の問題。 もしここが戦場になれば、ここで暮らす動植物達にも被害が出る、人間達はそう考えました」
大きな労力を掛けて作り上げた、最後の理想郷。 ここを無残に破壊されれば、それまでこの地球に暮らしてきたものが、その歴史ごと全て葬り去られてしまっていただろう。
「召喚獣の狙いは、生き残った人類の抹殺。 であれば……」
「まさか、自分から……!?」
「ええ、人間達は、自らその命を絶っていきました。 標的のいなくなった事を察した召喚獣はここから去り、再びこの地には平穏が戻ったのです」
あくまで淡々と語られるノアの言葉に、何も言えなくなってしまう。 自ら命を絶つなんて、一体どんな想いだったのだろうか。
確かに、争いを避けるにはそれしか方法がなかったのかもしれない。 だけど……
突き付けられた事実の重さに、暫く誰も口を開けなかった。
「ついでに聞きたいんだけど、第一次大規模戦闘ってのは?」
重苦しくなった空気を振り払おうと、話題を切り替えてみる。
「申し訳ありません、私の記憶回路にはその記述がありません」
が、帰ってきたのは素っ気無い言葉。
「何で恐竜までいたの? もう絶滅してたと思うんだけど」
少し落ち込んだ俺の代わりに、相棒が続けて質問をぶつける。
「いつか平和が戻ったとしても、その時の地球環境がどうなっているかは未確定です。 様々な生態の動植物を飼育しておく事で、環境の変化に対応しようとしていたのです」
という事は、あの恐竜以外にも色々な動物がいたのだろうか、探せばマンモスとかもいたかもしれないな。
「アタシ達の大陸について、何か知ってる事はあるっすか?」
最後に、アメリアが質問をぶつけた。
「申し訳ありません、それも私の記憶回路には……」
やはり、ここから遠く離れた場所までは把握していないのか。
「しかし、人間達の間で、ある噂が流れていた事なら記憶しています。 ここから離れた場所には、人間の味方になった召喚獣がいると。 やもすれば、その存在によって、貴方達の祖先は生き延びられたのかもしれません」
その話が正しいとすれば、仲間を裏切り、敢えて人間の味方になった召喚獣が存在したことになる。
一体何故その召喚獣達は人間の見方になったのだろう。 サモニスに召喚獣の技術が残ったのも、その辺りに源があるのだろうか。
纏まりのない思考を巡らせていた時、突如室内の照明が赤く点滅し、けたたましい警告音が響き渡った。
「な、なんすか!?」
「大規模な熱反応感知、地上で戦闘が行われているようです」
反射的に身を屈め、激しく狼狽えた様子のアメリアとは対照的に、ノアはあくまで冷静に返答する。
「戦闘って、誰が!?」
「地上の様子を投影します」
俺達の目の前に、実態の無い電子映像が映し出された。 あちらの世界で言えば、ホログラムやプロジェクションマッピングのような技術だろうか。
そこは、俺達が船を停泊させたあの海岸のようだった。 闇に包まれた砂浜で、巻き起こる爆炎の赤い光だけがその光景を照らしている。
「あれは……!」
何体もの召喚獣と、それを操る白い仮面の男達。 召喚獣達は、ある一点に向かって激しい攻撃を繰り返している。
もうもうと立ち込める白煙の中一人立っていたのは、乱れた銀髪を整える事も無く、ただ戦い続ける一人の少女だった。