第百六話 せめて安らかに
一夜明け、俺達は日記を囲むように座っていた。
「それでは、開けるで御座る……!」
気合を入れたキカコが、慎重に表紙を捲っていく。
長い年月によって、日記帳の紙自体が劣化しているらしく、判読出来そうな部分はかなり少なかった。
その中から、全体として意味の通っている部分を、翻訳したキカコが読み上げる。
――新しい を買って来た、本来私は日記など付ける では無いのだが、ここ最近の不穏 空気がそう せたのかもしれない。
もし私がいな なっても、この日記があ ば、私がここにいた証を残 るような気がしたのだ。
との戦いは、どうやら我 不利に進ん いるようだった。 奴らの戦 は圧倒的で、主だった戦場では連戦連敗。
政府の発 では互 の戦いを繰り広げ るらしいが、誰の目から見ても 悪い事は分かりきっていた。 この では奴らがこの町まで攻め でくるのも時間の問題だろう。
「結構読めない部分が多いっすね」
「でも、これくらいだったらなんとなく分かるよ」
こちらの会話を他所に、キカコは淡々と読み続ける。
――遂に奴らが すぐ傍ま 攻め込んできた。 私はもう える歳で いが、若い者達は続々 戦場へ送られ ようだ。
人類の間から戦 が無く て数百年が発ったこの時代に、まさ 自分が生み出したもの って人類が滅ぼされよう ているとは。
これは、思い がった人類に下された、神か の罰なのだ うか。 の領域 土足で踏み込んだ人類に、 からの裁きが下されようとしているのだろうか。
どう も悲観的な事ばかり考えてし う。 愚痴は日記だ にして、皆の間ではもっ 明るい顔をしなければ。
「ん……?」
「どうかしたんすか?」
今の文章、何か引っかかる所があったような。
不意に声を出した俺を、三人が不思議そうに見つめる。
「いや、なんでもない」
少し考えても、違和感の正体が何なのか掴めなかった。
「続きを読むで御座るよ」
――例の に、まさか私が選ばれるとは。 もし が成功すれば、我々はまだ生き 事が出来る もしれない。
既に の は進んでいるらしい。 情勢は逼迫し、時は一刻を争っている。
出来るだけ早く、 が する事を祈るばかりだ。
「この辺りは結構読み難いっすね」
「正確には分からないけど、かなりの時間が経ってるだろうしな」
――遂に終 の時が来た だ、 料も底を尽 、 の外は らで完全 包 されて る。
我々の た意 は一 だっ の うか、 体 が、我らを まで追い詰 た ろう。
めて、これを だ が、私の きた を……
「これで、終わりで御座る」
そう告げ、キカコは再びゆっくりと日記を閉じた。
「ここ以外は、読めないの?」
「残念で御座るが、損傷が激しすぎて……」
顔を俯かせるキカコの頭を、相棒が慰めるように撫でる。
「結局、あんまり分からなかったっすね」
「いや、そうでもないさ」
まったく何もなかった暗闇に、少しずつとはいえ光が差してきた。
少しずつでも、前には進んでいる。
「よし、行くか!」
立ち上がり、気合を入れるように両手で頬を軽く叩く。
「行くって、どこに?」
「この日記があった場所だよ」
問いかけるアメリアに、軽く笑いつつ返す。
日記の内容を聞き、ある目的が生まれていたのだ。
「キカコも一緒に来てくれ、アメリアはまた……」
「嫌っすよ!」
残ってもらう、問い言いかけた所で、アメリアがはっきりと拒絶の意思を示していた。
「船で待ってるのはもう嫌っす!」
続けざまに宣言し、こちらに詰め寄るアメリア。
「辞めといた方が良いと思うけど……」
「あ、アタシだって、自分の身くらい自分で守れるっす!」
心配そうな相棒の言葉も、熱くなったアメリアの耳には入っていないようだ。
「……キカコ、留守番頼めるか?」
「承知したで御座る」
キカコ一人を残しておくのは多少心配だが、戦闘力に関しては安心できる。
「いいんすか!」
「あそこまで言われたら、断れないって」
風向きが自分に変わったとを察し、打って変わって顔を綻ばせるアメリア。
「付いてくるって言ったんだから、文句言わないでよ」
「分かってるっす!」
少し嫌味な相棒の言葉にも、明るい笑顔で答えるアメリア。
だがその笑顔は、ほんの少ししか続かなかった。
※
「も、もう疲れたっす……」
さっきまで握っていたスコップを地面に置き、がっくりと肩を落とすアメリア。
そのまま座り込んだアメリアの顔には、疲労がありありと浮かんでいた。
「だから言ったのに」
同様にスコップを持った相棒が、呆れ顔でその光景を眺めていた。
「これ、全部で何体あるんすか?」
どっさりと積み上がった白骨死体を前に、アメリアは途方に暮れた様子だった。
「多分、後百体くらいかな」
子一時間掛けて数十体埋葬し終えたのだが、白骨死体の山は減る気配も無く、まだ全体の半分も終わっていないように見える。
「うぇぇ……」
作業量の多さを自然と察し、思わず言葉にならない苦悶を吐き出すアメリア。
再びこの場所に戻ってきた俺達が始めたのは、放置されるがままになっていた白骨死体を埋葬する事だった。
船に積んであった採掘道具を持ち寄り、穴を彫っては死体を運んで埋める。
言葉にすれば単純だが、実際やってみると想像以上に手間と体力の掛かるものだった。
「顔も知らない人達の為に、わざわざお墓を作ってあげるなんて。 いや、まあ別に悪い事ではないんすけどね」
「あの日記を見てたら、なんか他人に思えなくなっちゃってさ」
日記を読み、ここで死んだ人の思いに触れた事で、俺は横たわる人達をただの死体として見れなくなってしまっていた。
「まあ、野ざらしってのも可哀想っすけどね」
不平不満を途切れなく口に出しながらも、何だかんだアメリアも頑張って働いているように見えた。
多分、あの日記を読んでアメリアも何かを感じたんだろう。
「それに……俺も一回死んだからな」
「えっ?」
不思議そうに聞き返すアメリアを見て、自分の失言に気付く。
「あ!? いや、その……死んだようなものっていうか、半分死に掛けたみたいな……」
きょとんとした顔のアメリアを前に、慌てて取り繕う。 嘘は言っていない、実際今までの戦いで何度か死に掛けてるし。
「ふーん、カムロっちも意外と苦労してるんすね」
「ま、まあな……」
呑気なアメリアの答えに、思わず苦笑してしまう。
流石に一回死んで生まれ変わった、なんて荒唐無稽な話を信じて貰えるとは思えない。
自分でもまだ消化出来ていないのだ、何故別の世界で生まれ変わり、前世の記憶を持っていたかなんて。
恐らく、その経験もあって今は死に対して敏感になっているのだろう。 そういえば、あっちで俺の死体はどういう扱いになったのだろうか。 出来れば、ちゃんとした墓に葬っていて欲しいものだけど。
※
「やっと終わったぁ……っす」
安堵の声を出すアメリアの前には、盛り上がった土の塊が、見渡す限り規則的に並んでいた。
作業開始から数時間後、途中何回か休憩を挟んで、ようやく埋葬作業が終了していた。
「綺麗なお墓は建てられなかったけど、これで満足してもらえたかな」
「きっと大丈夫さ」
死んだ人が何かを感じる訳でも、お礼を言ってくれる訳でも無い。
それでも、こうして弔ったことには何かの意味があると思いたい。
生きている人間が死んだ人間に出来る事は、これくらいしかないのだから。
「んで、これからどうするんすか?」
「これだけの環境を自然に維持出来るとは思えない、多分何処かに部屋を管理している場所がある筈だ」
人工太陽を含め、ここの設備はかなり大規模で精巧なものだ。
ある程度は自然に任せても上手く行く仕組みが作られているだろうが、全て為すがままで途方もない時間維持し続けられたとは思えない。
「生きてる人が居るって事っすか!?」
「それはまだ分からないけど……」
言葉の中に含みを残しつつも、その可能性は低いと考えていた。
もし人間が居るのなら、ここに俺達が侵入した時点で何らかの接触があった筈だ。
友好的にしろ敵対的にせよ、今まで全くそれが無いと言う事は、恐らく……
「ご主人!」
と、相棒の大声で思索が中断した。 驚愕した表情で一点を見つめる視線の先には、大きな黒い影が。
「あれは……!?」
前後に細長い体の全長はおおよそ20m、長く力強い前肢と後脚を持ち、胴体部分からは団扇のような数m程の帆が生えている。
何より目立つのは、鋭い刃のような歯がズラリと並んだ顎と、凶悪にこちらを睨みつける三白眼だろう。
鰐のような凶相を浮かべた生き物は、動物と触れ合う機会の多かった前世でも、図鑑の中でしか見たことのないものだった。
こちらへ悠然と迫るそれは、巨大な肉食恐竜だった。