第百四話 深淵に眠るもの
予期せぬ崩落によって辿り着いた地下空洞。 警備機械を撃退した後、俺達はそのままここを探索していた。
全く照明が無く、崩落地点から少し進んだだけで何も見えなくなってしまう地下の暗闇。
しかしキカコの能力、というか機能によって、どうにか進む事が出来ていた。
「拙者、お役に立てているで御座るか?」
俺達の先頭に立つキカコは、両眼から二本の光柱を発して誇らしげな様子だ。
「勿論、凄く助かってるよ」
「そうで御座ろう!」
前のスアレもそうだったけど、やっぱり目が光るんだな。
もしかして、古代文明の共通規格とか?
「ここは、一体何だったんだろうね」
無機質な壁が広がる通路を見渡し、相棒がぽつりと呟く。
「只の地下通路にしては広いし、車とかが通ってたのかもな」
線路の残骸が全く無いから地下鉄ではないし、商店があった形跡も無い。
残るは移動用の通路だろうが、人間が通るだけにしては広すぎるし、俺は車両用の道路だと予想していた。
そう考えれば、地面や壁に薄らと残っている線や記号にも説明が付く。
行けども行けども何も無い通路の中を歩き続け、子一時間ほど経った頃。
「せっかく海を越えたのに、見つかるのは瓦礫だらけで嫌になるよね」
少し疲れた様子の相棒が不満げに漏らす。
「まあそう言うなって」
「殿! 何か見えてきたで御座る」
と、前方を歩くキカコが何かを発見して声を上げた。
「行き止まり……か」
壁と同じ灰色の塊が、それ以上の通行を妨げるように視界を塞いでいた。
途中でぷつりと唐突に通路が途切れてしまっている事に違和感を覚える、もしかしてこれは、シャッターのようなものだろうか。
しかし、その塊は触ってみても、叩いてみても反応が無かった。 相棒かキカコの攻撃でこじ開けようかとも考えたけど、この通路が崩落してしまっては元も子もない。
「ここまで歩いてきて、無駄足だったのー!?」
散々歩かされたくせに何の収穫もなく、今までの鬱憤が爆発する相棒。
「取り合えず、この辺りを調べてみよう」
その気持ちも分かるが、ここで愚痴を言ってみても始まらない。
「しょうがないなぁ」
「拙者はどうすれば……でっ!?」
渋る相棒を宥め、周囲の探索を始める。 が、キカコが初っ端から何かに躓き、凄い勢いで頭から倒れ込んでいた。
「だ、大丈夫?」
「……伊達に鋼鉄の体をしてないで御座る」
そうは言っても、おでこを必死に擦っている姿はかなり痛々しい。
怪我、というか損傷は無いみたいだけど、痛みは別なんだろう。
「扉だよな、これ」
かがみ込み、地面から突き出たコの字型の金属部品を眺める。
恐らくキカコが引っ掛かったのは、この取っ手だ。 上開きの大きな扉が、地面に直接設置してあるようだった。
錆び付いているのか、取っ手を引いてみても全く反応がない。
「キカコ、手伝ってくれないか」
「承知!」
取っ手に両手を掛け、派手な駆動音を立てたキカコが、思いっ切り扉をこじ開ける。
「ぐぬぬ……そおぃっ!」
気合とともに、扉は凄まじい勢いで開き。
引く力が強すぎたのか、扉はそのまま吹き飛んで宙に舞い、最終的には通路の天井に突き刺さって静止していた。
……もう少し近づいていたら、あれが直撃していた所だったな。
「階段か」
扉の先にあったのは、更に地下深くへと降りる階段だった。
丁度人一人が通れるくらいの広さのそれは、螺旋を描きつつ真下へと伸びている。
「降りてみようよ!」
先の道筋が見えて元気になった相棒の言葉に背中を押され、多少の不安を感じつつも階段を下りてみる。
「ここも真っ暗だねー」
「恐らくは、大元の電源が切れてるので御座ろう」
相棒に服の裾を掴ませたまま、俺達は慎重に歩いていた。
階段は狭く、キカコの発する光だけでは照明が心もとない。
「……どこまで降りるんだろう」
それから、小一時間程ひたすら降り続けていた。 もう数十メートルは降りた筈なのに、未だに階段は先へ先へと続いている。
このまま歩いて行けば、地球の反対側に出てしまうのではないか。 等と不意に思ってしまった、まあ、流石にそれは有り得ないけど。
更に数十分程降り、そろそろ引き返した方が良いのではと思い始めた、その時。
「やっと着いたー!」
階段の先が途切れ、鈍色の床が見え始めた。 どうやら、ようやく目的地に辿り着いたらしい。
さっきのような行き止まりでもなく、壁には横開の扉も見えている。 床に降り、流石にまた長い通路って事は無いよな……なんて事を考えつつ、扉を開く。
「うわっ!」
「眩しっ……!?」
扉を少し開けた瞬間から、目の前には一気に光が溢れていた。 暗闇に慣れきった目には、普通の光でも眩しすぎる。
同時に、鼻に流れ込む懐かしい匂いを感じていた。 これは、風の……?
「ここって、地面の下だよね!?」
「あ、ああ……」
数秒経過し、ようやくまともに扉の中が見えるようになった俺達は、広がる景色に圧倒されていた。
呆然とした相棒の言葉も、まるで耳に入ってこない。 それ程までに、目の前の光景は荒唐無稽だったのだ。
「じゃあ、なんで太陽が」
上方に広がるのは、雲一つない晴天。 そして空の中心には、太陽が眩く光り輝いている。
地上を見れば、風に枝葉をさわさわと揺れさせる木々や、清涼な水が流れる小川が。 地面には背の低い雑草が生え、温かみのある茶色い土がどこまでも敷き詰められていた。
恐る恐る扉の中に入り確認してみても、それは記憶にあるものと全く同じ感覚をもたらした。 立体映像等ではなく、これらは全て現実に存在している。
ここにあったのは、紛れも無い大自然の風景。 だが今いる場所は、自然など一欠片も残っていない荒野に囲まれた鋼鉄の街で、更にここはその地下の筈。
一体全体、何故こんな光景が広がっているのか。
「恐らく、人工太陽かと」
こちらの驚きを他所に、キカコは淡々と返答する。
「全部作り物って事か?」
この風も、この空も、全てが人工的に創り出されたものなのか。
そうであれば確かに説明が付くが、そうであればこそ、この光景の不可解さが増す。 何故こんな深い場所にわざわざ作ったのだろう、この規模の自然を構成するなんて、労力も並のものではなかっただろうに。
「すっごーい、鹿とかもいるよー!」
「あんまり遠くに行くなよー」
長く荒廃した環境の中にいたせいか、相棒は自然の中でいつも以上にはしゃいでいた。
それは俺も同様で、言葉には出さないにせよ、張り詰めていた精神が安らいでいくのを確かに感じていた。
「殿、拙者はどうすれば」
「何があるか分からないからな、一応警戒しといてくれ」
とは言っても、ここが全く未知の場所であることに変わりはない。 この前のように、突然敵が現れる可能性も考慮しておかないと……
「ご主人!? あれ」
「どうした!」
不意に響いた相棒の言葉に、全速力で駆け寄る。
「あれ、あれは……」
怯えた様子ですぐ体を寄り掛からせた相棒が、指で森の中のある一点を指す。
半径数m程、周りと違って木が生えておらず、広場のような少し開けた場所。 そこに、白い何かが幾つも折り重なっていた。
その白い塊の中に、遠目に見てもはっきりと分かる一つの欠片があった。
――それは、人間の頭蓋骨だった。