プロローグ 始まりの終わり
煌々としたライトに照らされたステージ、俺の一挙手一投足に注目する観衆、耳障りな甲高い声の実況でさえも今は心地よく聞こえる。
ぴりぴりとした緊張感の中、世界一を決める大会の真っ只中にその身を置く。
目の前の相手は、カードゲームには不必要だと思わず突っ込みたくなる全身筋肉質の巨漢、スキンヘッドに刺青と、見るものに威圧感を与えるその姿は、B級映画の安っぽい悪役のようだった。
だが恐れは無い。
現在のターン数は3、場面は俺のターンが始まる直前、俺の場、手札、共にカードは0枚、体力を示すLPは残り僅か、徹底的に追い詰められた状況、普通なら負けを認めて潔く降参する所だが、今の俺はむしろこの局面を楽しんでいた。
自身の場一杯に魔物を並べ、勝ち誇る相手に、あえて微笑んでこう告げる。
「宣言しよう、このターンでお前を倒すと」
全く予想外の言葉に男は呆気に取られた様子で、大口をだらしなく開けていた、その顔が余りに間抜けで、思わず吹き出しそうになるのをどうにか堪えた。
勝負は一瞬、たった一枚のカードが勝負を決める。
折れそうな程の力を指に込め、山札のカードに手を伸ばす。
――モンスター&マジック
通称M&M、日本の無名の玩具会社が始めたそのカードゲームは、発売後間も無く若年層を中心に爆発的な広がりを見せ、数年後には世界中で大流行を果たした。
その特徴は、条件さえ揃えば一ターン目から強力なモンスターを呼び出せる速効性、複雑なルールを廃した単純性、そして何よりも、現実にそれが存在するかの如きリアルなモンスターイラスト。
只の学生だった俺、天地 冠もいつしかその世界に嵌り込んで行き、数年も経たない内に、日本でも有数のプレイヤーに数えられる程の実力を身に付けた。
そして今日、アメリカのラスベガスで行われる世界大会、その準決勝に臨んでいた。
「俺のターン! ドロー!」
渾身の気合を発し、思い切り右手を振り抜く。
その瞬間、周囲の空気が震え、一瞬時が止まった様に感じたのは、只の錯覚だったのだろうか。
「来たな、相棒!」
まるで最初からこの場面を待っていたかの如く、右手には必勝のカードが握られていた。
自信に満ち溢れた俺の様子に、俄かに相手の顔色が変わり始める。
だが遅い、勝負は既に決していた。
「自分の場、手札に他のカードが無く、相手の場に三対以上モンスターが存在する時、このカードは無条件で場に召喚出来る!」
言葉を紡ぐ度に、興奮で鼓動が高鳴るのを感じる。
「破壊と暴虐を司る紅き龍よ、忌わしき戒めを解き放ち、この世の全てを焼き尽くせ!」
「召喚! クラス10、暴君の大災害龍!」
高らかに宣言された祝詞と共に、真紅の輝きに包まれた龍が場にその姿を現す。
魔物の強さを表す十段階の位は最高の10、攻撃力は闇属性モンスター中最高の一万を誇る。
かつて全日本大会優勝商品として配布されたそれは、世界でたった一つ、俺のみが所有するカードだった。
「暴君の大災害龍の、効果発動!」
M&Mの魔物の多くは、それぞれ固有の能力を持っている、それは敵の行動を阻害する物であったり、自身の戦いを有利に進める物であったりするのだが。
「相手の場、手札のカード全てを、ゲームから取り除く!」
この暴君の大災害龍の効果は、その中でも飛び切り強力な、決まれば相手の行動を完全に封じる物だ。
「これで終わりだ! 俺は、暴君の大災害龍でプレイヤーに直接攻撃!」
M&Mのルールは、一万のLPを全て無くした者が敗北する。
つまり、暴君の大災害龍は、一撃で勝利を掴む事が出来る強力なカードなのだ。
勿論色々な制約があって、デッキに入れられる枚数は一枚のみであったり(そもそも一枚しか存在していないが)、他のカードが手札か場にあると召喚出来ないと言う欠点もあるのだが……
その制約を物ともせず、俺はこのカードで何度も勝利を収めてきた、まるでカードに自分の意思があるかの如く、最も必要な時にこのカードは現れてくれるのだ。
他に気に入ったカードは数あれど、このカードは特別な、まさに相棒と呼べる存在であった。
「殲滅の虐殺獄炎砲撃!」
そして、紅き暴龍から放たれた業火が、眼前の全てを焼き払い――
勝利の余韻に浸りながら、宿泊場所のホテルに向かい、異国の見知らぬ道を一人歩いていた。
明日はいよいよ決勝戦、勝利すれば、とうとう世界一の称号が手に入る。
その予感に、人生で感じた事の無い程の高揚感に浸っていた。
と、先程俺に敗北した大男が、待ち伏せる様に正面の路地に立っていた。
どこか落ち着かない様子で、チラチラとこちらを伺っている、何か言いたい事でもあるのだろうか?
不用意に近付いた俺を待っていたのは、突如放たれた閃光と、腹部に感じた鈍い衝撃だった。
思わず地面に倒れ込み、斜めになった視界に、投げ捨てられた鉄の塊と、背を見せて逃げ去る大男の姿が斜めに映りこむ。
自分が銃で撃たれたということを理解したのは、腹部から流れ出す滝の様な血を目にした時だった。
不思議と痛みは感じていなかった、人間一定以上の痛みは感じない物なのかもしれない。
自分でも疑問な程冷静さを保ちながら、次第に意識は薄れていく、瞼を開けるのも億劫な疲労感の中、最後に思い浮かんだのは。
――そういえば、今日は俺の誕生日だったっけ。
そんな、余りにも普通の事だった。