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7.6話

「勝者、クロキ村のヒノカ!!」

ワアァァッ!と歓声が上がる。

毎年、各地から成人前(12歳)の者を集めて開かれる闘術大会。

その優勝者が決まったところだ。

私は試合開始位置へと戻り、相手に礼をする。

またも歓声が上がり、私達は互いに背を向けて控え室へと戻った。

この後は準備が整い次第、表彰式になる手筈だ。

「残念でしたね、ヒノカ。」

「ありがとうございます、師匠。」

控え室へ戻った私を迎えてくれたのは私の師匠だった。

「…からかい甲斐がありませんねぇ、貴方は。」

彼女は飄々とした態度で肩を竦める。

「師匠の事ですから、私を倒せるほどの者が居なくて残念だった、と言う事でしょう?」

「フフフ、正解です。まぁ、とりあえずおめでとうございます、ヒノカ。」

「ありがとうございます、師匠。」

「でもすぐに表彰式が始まるでしょうから、ゆっくりしている暇はありませんねぇ…もぐもぐ。」

そう言いながらどこからか取り出した団子を頬張る。

「また買い食いですか…。晩御飯が食べられなくなりますよ。」

「いやぁ、美味しそうな匂いに釣られちゃいました。どうですか、ヒノカも一つ。」

「私には串だけしか見えませんが。」

「はっはっは、いやぁすみませんね、目が見えないもので。」

そう言いながら師匠はポイと串を投げ捨てた。

串は放物線を描き、小さなゴミ箱の中へストンと落ちる。

「はぁ…、表彰式が終わったら宿に戻りますので、此処に居てくださいね。居なかったら置いて行きますので。」

「えぇー、冷たいなぁー。迷子になったらどうするんですかー。」

「野宿してください。」

まぁ、普通に宿に戻ってくるだろうが…。

「弟子の冷たさが骨身に凍みるわー。」

銅鑼の音が響き、表彰式の準備が整った事を報せる。

「…と、そろそろ始まるようですので行ってきます。」

「はいはい、頑張ってくださいねー。」


長く退屈な表彰式が終わり、控え室へ戻ってくる。

扉を開けて中を確認するが師匠は居ないようだ。

「よし。」

そのまま扉を閉めて会場を後にする。

「ちょっと待て何が「よし。」だコラー!」

「師匠、おられたのですか。」

「おったわ!天井裏に!」

「そうですか、まだまだ精進が足りないようです。」

突っかかる師匠を適当にあしらってスタスタと歩を進める。

「ん?こっちは宿じゃないですよ、ヒノカ。」

「今日の晩御飯を買いに行こうかと思いまして。」

「おー、今日は何にするのですか?」

「団子です。」

「へ?」

「師匠が先程食べていた団子が美味しそうだったので団子にします。」

「し、師匠ちょ~~っとお団子飽きちゃった…かなっ☆」

「私は飽きていませんので、今日は団子づくしでいきましょう。」

「ご、後生じゃあ~!団子は、団子はやめよう!ねっ!?」

「冗談です。」

「へ?」

「冗談です。」

「も、もう~!ヒノカの冗談は分かり辛いんでもうちょっと分かり易くしてくださいね!」

「そうですか、精進が足りていないようですね。」

「むきー!……んー、じゃあどこに向かっているのですか?」

「両親に手紙を出しておこうかと思いまして。」

「あー、ここからだと手紙のほうが早いですからね。」

「そういう事です。」

「どうするかは決めているのですか、ヒノカ。」

「はい、学院へ行こうかと。」

「そうですか…、たった一人の弟子がいなくなってしまっては、私の道場も寂しくなってしまいますねぇ。」

「師匠、あれは”空き地”というのですよ?」

「”青空道場”です。それより…これからの私のご飯はどうなるのでしょう?」

「働いて下さい。」

「良いですか、ヒノカ。」

「は、はい。」

「師匠が私に残した言葉の中にこんなものがあります。」

「師匠の…師匠が?」

「”働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!”…と。」

「…………それは”働いたら負け”と言っていた方ですか……。」

「そうです、よく覚えていましたね。だから私は働く事が出来ないのです。」

「師匠ならきちんとした道場を開けば人が集まると思いますが…。」

「それだと働かないとダメじゃないですか。」

「…じゃあ何故私に剣を教えてくださるのですか?」

「ただの趣味です。」

「……はぁ、師匠のことは両親にお願いしておきます。」

「流石!ヒノカ先生!分かってるぅ!」

「…はぁ。」

「それにですね、私に習いたいという奇特な人なんて…、貴方ぐらいですよ、ヒノカ。」

「そうかも…、しれませんね。」

「ちょっ…何をしみじみ言ってるんですか!?そこは「そんなことはありません!」っていうところではありませんか!?酷くないですか!?あっ…ちょっと無視しないで!ヒノカ先生~!」



出発の日の朝。

「それでは行って参ります。父上、母上………師匠。」

「しっかりと学んでくるのだぞ。」

「身体に気をつけるんだよ。」

「ふぁ~~~~~~、がんばってきてくだひゃいね。」

昨日は遅くまで起きていたらしい、流石というか何というか。

「ふぁい、これせんべつ。」

そう言って師匠から手渡されたのは一本の短刀だ。

古いものではあるがきちんと手入れされており、鞘には文字のような装飾が施されている。

「いや~、これが中々見つからなくてですねぇ…ふぁ~~。」

手に持ってみると異様に軽い。

抜いてみるとそこには指先ほどの長さの刃がついているだけだった。

折られている訳ではなく、そういう造りになっている。

「私のししょーからもらった物でですね。”がっかり刀”っていうらしいです。これを使いこなせればいちにんまえだーってね。」

「使い…こなす…ですか。」

こんな物をどうしろというのだろうか…。

「あー…、まぁお手本を見せておきましょう。先に言っておくと、私の師匠はもっと凄かったです。」

私は刃を納めて短刀を返す。

師匠は短刀を受け取るとそれ以外の武器を外し、ポイポイと地面に転がしていく。

良いのか…それで…。父上も若干引き気味だ。

綺麗になった腰に短刀を挿し、準備は出来たようだ。

師匠は短刀に手を伸ばして構える。

「じゃあ行きますよー。がっかりしないで下さいね?」

そしてゆっくりと刀を抜―――――。

何が起こったのか分からなかった。

師匠が刀を抜こうとした瞬間に私は飛び退り、刀を抜いていた。

見れば父上と母上も同じ様に刀を抜き、父上は母上を庇うように構えている。

私の構える剣先はカタカタと震えて、定まらない。

師匠を見れば先程と構えは変わっておらず、短刀を抜いてもいなかった。

「まぁこんな感じですねー。」

いつもと変わらない師匠の声を聞くとフッと力が抜け、その場にへたり込んでしまった。

「あ、あわわ、大丈夫ですか、ヒノカ?」

慌てて駆け寄ってくる師匠を見て何とか立ち上がる。

「は、はい……大丈夫、です。」

ツーっと頬に冷たい感触。

「ぁれ…、涙…?」

「ほほほ、ホントに大丈夫!?ごめん、ごめんねヒノカ!」

「あ、いえ…だいじょう…むぐっ!」

ぎゅっと師匠に抱きつかれる。

「ご、ごめんね、怖かったね。」

師匠が震える手で私の頭を撫でる。

どうして師匠が震えているのだ、逆だと思うのだが…。

でもこんなに取り乱した師匠は始めてだ、もう少しだけこの感触を楽しませて貰おう。


「…では気を取り直して、行って参ります。」

「うむ、気をつけてな。」

「いってらっしゃい、ヒノカ。」

「……あんまり頑張り過ぎないようにするんですよ、ヒノカ。」

そこは頑張れと言う所じゃないのだろうか。

「はい、必ず使いこなして見せます。」

手に持った”がっかり刀”を見せる。

そう、さっき抱きつかれた時に腰から抜き取っておいたのだ。

「…あっ!も~!」



ガタンッ!!バキッ!!

「…む?」

荷車の方から嫌な音が聞こえたと同時に動かなくなってしまった。

道の端に引き摺って寄せる事も出来ないので、荷車の状態を確認する。

「これは…いかんな…。」

車軸が折れてしまっており、これではもう荷車を動かす事は出来ない。

「石にでも乗り上げたか、参ったな…。」

だが考えていても仕方がないだろう。

とりあえず荷車から荷物を降ろして荷車を除ける。

それから荷物を整理して持っていけるものだけ持って行く。

(よし、これで行こう。)

さっと方針を決めてしまい、荷車へ飛び乗って荷物を下ろし始める。

「どうかしましたか?」

声のした方へ振り向くと、老婦人が立っている。

その後ろには老婦人が乗ってきたと思われる馬車。

馬車には子供が二人見える。

これでは私の荷車が邪魔で通れないだろう。

「申し訳ない、荷車の車軸が折れてしまい、荷物を降ろしている最中です。すぐに片付ける故、今しばらく待ってもらえますか。」

「ええ、構いませんよ。アリス、ニーナ、手伝ってあげて頂戴。」

子供二人がぴょんと馬車から飛び降り、こちらへ駆けてくる。

「いえ、そんなお手を煩わせるわけには…。」

「その方が早いでしょう?二人とも頼みましたよ、私は馬の面倒を見ておきます。」

「分かりました。」「はーい。」

有無を言わせぬ老婦人。このような子供には危ない作業だと思うのだが…。

「とりあえず荷物をあそこにまとめればいいですか?」

小さい方の子が荷物を積んでいる一角を指差す。

正直猫の手も借りたいほどだ。猫の手よりはマシだろう。

「それで問題ありません、かたじけない。」

「それじゃあ私が荷車から荷物を降ろすからそれを運んでね。」

「ほいほーい。」

小さい方の子が荷車に飛び乗ったかと思うと、軽々と荷物を下ろしていく。

「す、すごい…こんな幼子が軽々と…。」

中には結構重いものもあるはずなのだが、どれも羽毛でも扱うかの様に運んでいる。

私の入る隙も無く、荷車はあっという間に空になってしまった。

「それで、この荷車はどうしますか?」

じっと荷車を見つめる、これは処分するしかないだろう。

「街道の外に押し出して処分するしかありませんね。」

三人で力を合わせて街道の外へと運び、炎の魔法で荷車を処分する。

「助かりました。」

幼子二人と老婦人に感謝を伝える。

「いえいえ。」「いいよいいよー、そんなの。」

「それで、貴方はどうするのかしら?」

老婦人に問われる。

「必要な物だけを持ってレンシアに向かいます。お礼といっては何ですが、好きな物をお持ち下さい。持てない分はここに打ち捨てる事になりますので。」

どうせ捨ててしまうのだ、この人達になら構わないだろう。

「あらあら、それならその荷物全部頂こうかしら。」

老婦人の示した荷物には私の物も含まれている。

「ぜ、全部!?そ、そんな…!」

流石に自分の荷物までは渡せない。

「ふふ、貴方もよ、お嬢さん。」

私も…?この人は人買いか何かだろうか。

「えっと…それはどういう…。」

「目的地は同じなんだし、一緒に行きましょう?可愛い子が増えるのは嬉しいわ。さぁ貴方達、荷物を載せて頂戴な。」

「はーい。」「分かりました。」

子供たちがテキパキと馬車に荷物を積んでいく。

漸く合点がいったころには荷物の殆どが積み終わっていた。

「何から何まで…、かたじけない。」

「ところで貴方、お名前は?」

そういえばそうだ、まだ名乗ってもいなかった。

私は老婦人に礼をする。

「申し遅れました、私の名はヒノカ・アズマと申します。」


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