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6話

朝、ギルド内は冒険者達でごった返している。

「ちょうど良い依頼があるな。こいつにするか。」

エルクが一枚の依頼書を掲示板から引き剥がし、俺に手渡す。

「街の近くにある洞窟の調査?」

「ああ、この街から馬で1時間くらいの所に洞窟があってな。そこに住み着く魔物を定期的に掃除してるんだ。これはその調査だな。」

(おお、初の魔物だ。)

「こいつも駆け出し用の依頼だ。気楽に行こうぜ。」

背中をポンと押される。

渡された依頼書を持って受付へ向かい、グリンドに依頼書を見せる。

「おはよう、グリンド。」

「おう、…その依頼か。お前らなら問題ないな。洞窟の魔物を殲滅すりゃ追加報酬だ、精々頑張れ。」

依頼の登録を済ませ、エルクの元へ戻る。

「よし、依頼は受けたな。宿に戻って準備するぞ。」

「うん、お父さん。」

宿へと戻り、準備を始める。

「食料は一日分で行けるな…。スタングレネードも一応持っておくか。アリス、お前も一つ持っとけ。」

(スタングレネード…こんなもんまであんのか…。)

球体から紐が伸び、その先が輪っかになっている。手に持ってみると意外と軽い。

「魔物に囲まれた時なんかに役に立つぞ、その紐を引き抜いたら数秒後に爆発してすげえ光と音が出る、自分がやられないようにな。」

エルクに習い、スタングレネードを腰に吊るす。

「荷物はこんなもんでいいか、じゃあ行くぜ。」

宿から出て街の門へ向かって歩く。同じ様に旅の荷物を持った冒険者達が街の門へと歩いている。

「おう、エルクに『心斬の』、お前らも仕事か。」

声を掛けてきたのはデックだ。

「ああ、あの洞窟の調査だ。」

「あの依頼が出てたのか、なら近いうちに掃討作戦がありそうだな。」

「デック、お前は?」

「イーテン村で魔物の群れが出たらしくてよ、そいつらの退治だ。」

「規模は?」

「さぁな、100は越えてるらしいが…。ま、斥候はもう出してるだろうから、向こうに着けば分かるだろ。」

「そうだな、精々死ぬなよ。」

「お前らもな、んじゃ、俺は馬車で行くからよ。」

「おう。」

「またねー、デック。」

手を挙げて別れ、俺たちは門を出てから街道を進んでいく。

最初は人や馬車も多かったが、今は疎らだ。

2時間ほど歩き、いくつ目かの街道から細い道が分かれている場所で止まる。

「こっちだな。」

エルクは細い道の方を見やり、呟いた。

「とりあえず、一旦休憩だな。」

木陰へと歩き腰を落とす。俺もそれに倣う。

「飯食っておくか…。お前もちゃんと食っとけよ、アリス。」

エルクはリュックからゴソゴソと携帯食を取り出し、噛り付く。

俺も自分のリュックから携帯食の袋を取り出す。

袋には『カロリー棒』と書かれている。

中を覗くと10cmほどの四角い棒状の固形物が入っていた。

「新製品っていうから買ってみたが、なかなかいけるな、コレ。」

取り出して齧ってみる。もそもそするが食べられなくは無い。

(この食感まで再現してるのか…。)

革の水筒から水を飲み、喉の奥へと流し込む。

(うわ…ぬるい…。魔法瓶がほしいなぁ…。あ、そうだ。)

水筒の中へ魔力を流して水を冷やす、ついでに小さい氷をいくつか発生させて一緒に飲む。

(くぅーっ、冷てーーっ!)

ボリボリと氷を噛みながら、キンキンする頭を押さえる。

「お、おい!お前何食ってんだ!?」

バッと水筒を取り上げられる。弾みで水筒の中の氷がジャラジャラと鳴る。

「あん?中に何入ってんだ…?」

片目を閉じて中を覗き込んでいるが流石に見えないだろう。

意を決してエルクが水筒の水を口に含む。

(俺の水が…………いや、魔法で出せばいっか。)

「うおっ!冷てぇっ!!これは氷か…?お前何しやがった!」

「魔法で冷やしただけだよ。」

「魔法だと?んな魔法聞いたことねえぞ…。いや、どうでもいいかそんな事。俺のも頼む、アリス。」

そう言って差し出してきた水筒に手を触れて魔力を流す。

ついでに空気中の水分で水を補充してみた。

「終わったよ。」

自分の水筒の水を口に含むエルク。

「おお!すげぇ!!」

ガブガブと水を飲み始める。

(おいおい…、考えて飲めよ…。ふむ、魔法で水の補充をしても問題なさそうだ、実験は成功だな。)

美味そうに水を飲むエルクを見てそう思った。

「アリス…俺は今始めてお前が冒険者になって良かったと思ったよ。」

(現金なヤツだ…。)


休憩を終え、細い分かれ道を進んで行くと、一時間もしないうちに山の麓へ辿り着いた。

「この山だ。少し登るぞ。」

木々の生い茂る山へ踏み入っていくエルクに着いて歩く。

しばらく無言で進み、エルクが止まる。

「ここからはあまり音を立てるな。」

慎重に、音を立てないように進み、周りの木より少し大きめな木に身を潜める。

「向こうを見てみな。」

エルクの指差すほうを木の陰から窺う。

切り立った崖のようになった場所にぽっかりと穴が開いている。

その奥は闇に包まれていて見えない。

穴の両脇には緑色の小さい鬼のような魔物がいる、見張りのようだ。

(図鑑で見たのと特徴が合ってるな、アレがゴブリンか。)

二匹の見張りは暇そうにしている。

「見張りがいるか…こりゃ住み着いてるな。」

同じ様に窺っていたエルクが唸る。

「お父さん、威力偵察を出してもいい?」

「何だそりゃ?」

「敵の強さと規模を調べるための偵察だよ。」

「あー…、よく分からんがやってみろ。」

「うん、分かった。」

地面に魔力を流し、ドーベルマンの様な犬のゴーレムを造る。

「これ土人形の魔法か?俺が知ってるのとは全然違うな…。」

「そうなの?私はその魔法知らないから…。よし、いけ!」

ゴーレムを操り、洞窟の前へと走らせる。

「うお、速いな。」

飛び出してきたゴーレムに慌てて臨戦態勢に入る見張り達。

しばらく睨み合わせると二匹のゴブリンがギャーギャーとがなりたて始める。

(仲間を呼んでるのか…?)

予感は的中、ゾロゾロと洞窟内から武器を持ったゴブリンが現れ、ゴーレムを取り囲んでいく。

総勢15匹、錆びて折れた剣や斧、それぞれ思い思いの武器を使っているようだ。

奇声を上げて一斉にゴーレムに襲い掛かってくる。

ゴーレムを操り、適当に応戦する。

弱めに造っていたゴーレムは徐々にキズだらけになり、倒れた。

ゴブリン達は武器を掲げ歓喜の声を上げる。

「お、おい、やられちまったぞ?」

「あまり強くは作らなかったから。洞窟にいるゴブリンはあれで全部かな?」

「いや、何匹かは狩りに出ているはずだ、もう少し多いだろう。とりあえず今外にいる奴らを片付けよう。」

「分かった。じゃあもう一回ゴーレム出すね。」

地面に魔力を流し、先程と同じドーベルマンのゴーレムを造る。

倒されたものより堅く丈夫にしているので、奴らの武器では歯が立たないだろう。

「またそいつか?」

「さっきのより強くしてあるから大丈夫。」

「よし、ならそいつが奴らの気を逸らせたら攻撃だ。俺は左から、お前は右から行け。」

奇襲しやすい位置に着き、ゴーレムを突撃させる。

ゴブリン達は新たに現れたゴーレムに意気揚々と飛び掛った。

ゴブリン達の武器が弾かれた隙にゴーレムの爪がゴブリン達を切り裂く。

深々と切り裂かれた仲間を見て一瞬怯んだゴブリン達、その隙を逃さず一番近くにいたゴブリンに肉薄する。

刀を鞘から滑らせ、一息でゴブリン達の首を刎ねていく。

切断面から血を吹き出し、屍はゆっくりと倒れていく。

ゴブリンの集団から抜け出て振り返ると、エルクが最後のゴブリンに止めを刺していた。

向こうも問題なさそうだ。

刀に着いた血を払い、刃こぼれ等がないか確認する。

(結構な切れ味だな。折れ曲がったりもしてないし、これなら武器とか買わなくても良さそうだ。)

RPGのようにお金を貯めて徐々に強い武器に替えていく、というのが出来ないのが残念に思う。

が、ここは紛れも無い現実、お金を使わないで済むならその方がいいだろうと納得する。

「アリス、こいつらの右耳を落としてこの袋に詰めるぞ。討伐証明になるからな。死体は集めて燃やす。」

「うん、分かった。」

ゴーレムに死体を集めさせながら、エルクと手分けして耳を集める。

「よし、集めたな。魔法で死体を燃やせるか?」

「できるよ。少し下がって、お父さん。」

エルクを下がらせた後、地面に穴を作り死体を作って落としていき、その中に火を放った。

少し強すぎたのか、死体は全て消し炭になってしまった。

最後に穴を埋めなおして始末は完了だ。

「…お前、便利だな。」

「うん、魔法は便利だね。」

「それじゃあギルドに戻るか。」

「洞窟の中は見ないの?」

「魔物が住み着いたかどうかだけ分かれば良かったからな。本来なら見張りを見つけた時点で依頼は完了済みだよ。…なんだ、入りたいのか?」

「うん!」

「だが他のゴブリンが戻ってくる可能性があるからなぁ。」

うーんとエルクが唸る。

「魔法で入り口を閉じて、外をゴーレムに守らせれば大丈夫だよ。」

「それなら大丈夫か。よし、軽く中を調査してから戻るとしよう。」


魔法で光を生み出すと、真っ暗だった洞窟の中が露わになる。

入り口は土で塞がれ、外にはゴーレムを待機させてある。

「ここは大昔に盗賊が根城にしてたって話だ。本当かどうかは知らんが、人の手が入ってるのは確かみたいだな。」

洞窟の奥へと進みながらエルクが呟く、エルクの言うとおり洞窟には補強されたような跡が残っている。

たまに一本道の脇に大小の部屋が作られている。

「しっかし、何にもねえな。」

部屋の中にはゴブリン達が食料にしたと思われる動物の骨に、手入れされていないボロボロの武器が転がっているだけだった。

突き当りには下へまっすぐ伸びる階段があった。

「降りるしかねえな。」

そう言うとエルクは一歩ずつ慎重に階段を降りていく。

階段の先には大部屋があった。もし盗賊が使っていたのならボス部屋兼宝物庫といった感じだ。

ここにも他の小部屋と同じ様に動物の骨が散乱している。

(これで一番奥か…、探索も何もあったもんじゃないな。)

ここに来るまで30分もかかっていない。

まぁ、複雑な迷路なんかにしたらさぞかし住み難いだろうし。

「お、何かあるぞ。」

エルクの見ている先を確認すると、銅貨、銀貨の入った小袋や銀の食器などが入った木箱なんかが無造作に置かれている。

「襲った行商人の荷物をここまで運んでたみたいだな。金になりそうなのは持って行くか。」

「…良いのかな?」

「置いて行っても別の誰かが持ってくから問題ないさ、持ち主が死んでようが生きてようがな。ゴブリンなんかに盗られるってことは護衛も付けなかった


んだろ、自業自得だ。」

そう言って物色を始めるエルク。

そっと手を合わせて俺も置かれた荷物を漁る。

お金、銀製品、小さな宝石、本、装飾のついた短剣なんかを袋に詰めていく。

「さすがに量が多いな…。少し減らすか…?」

持てない程では無いが、持って歩くのは大変そうだ。

「これを使って、お父さん。」

地面に魔力を流し、台車を作る。

持って歩くよりはマシだろう。

「おお、気が利くじゃねえか、これなら持って帰れるな。」

めぼしい物を積み込み、入り口へと向かう。

「…そういや階段があったんだった。持って登るしかねえな…。」


荷物を小分けして階段の上へ運び、再び台車に乗せて入り口へ向かう。

一本道なので迷う事はなく、魔法で作った壁を消し、外へ出る。

外には新たに出来たゴブリンの死体の山と、その傍らに分けられた右耳が置かれていた。

ゴーレムが狩りから戻ったゴブリンを倒し、分別してくれたようだ。

それをエルクが数えながら耳を袋に詰め始める。

「10…11…12匹か、結構残ってたんだな。これで全部かは分からんが、こんだけ倒せば十分だろう。」

「洞窟の入口は閉じておいた方がいい?」

「いや、ここを潰しても別の所を住処にするだけだからな、住み着き始めたら掃除するほうが効率が良いんだ。」

「そっか、それもそうだね。」

「それじゃ死体を焼いてくれ、それから山を降りよう。」

「うん、任せて。」

死体の処分を終え、山を降りる。

街道への合流地点に戻った頃にはすでに日が落ちかけていた。

「もうこんな時間か…、仕方ねえな、今日は野宿だ。」

「うん、分かった。」

「帰る方向とは逆になるが向こうへ少し進めば休憩所がある、そこで夜を明かすぞ。」

街道を帰る方向とは逆に20分ほど進むと、焚き火の光が見えた。

「あそこだ、先客がいるようだな。」

休憩所は地面が均された広場になっており各々が好きな場所に陣取っているようだ。

空いている場所に台車を置き、焚き火の元へ向かう。

「こんばんは、冒険者さんと…見習いさんかな?クラーヴィルと申します。」

笑顔で挨拶をしてきたのは緑色の髪をした身なりの良い青年だった。

その向かいには冒険者と思われる革の鎧を着けた青髪の剣士が座っている。

「俺はエルザーク。あんたの言うとおり冒険者だ。そっちは…行商人と護衛か?」

「その通り僕は行商人ですが、こちらの方はたまたまここで一緒になった冒険者の方です。」

「ケイナードだ。」

「私はアリューシャと申します、よろしくお願いします。」

見習いの部分は訂正しない。面倒だからだ。

それぞれ挨拶を終え、エルクと共に焚き火の傍に腰を下ろす。

それを待って口火を切ったのはクラーヴィルだ。

「エルザークさん達はどちらへ向かわれるのですか?」

「仕事が終わってセイランに戻る途中でな、日が落ちてきたから休憩所のあるこっちまで来たんだ。」

「それなら皆目的地は同じですね。僕もセイランへ向かっています。」

「まぁ、ここで休むやつは皆そうだろうな。」

話ながらエルクは鞄から携帯食料を取り出して齧る。

(そういや晩飯食ってないな、俺も食おう。)

自分の鞄から『カロリー棒』を取り出して食べ始める。

「…それは見た事がないな、新製品か?」

冒険者としては気になるのだろうか、ケイナードが疑問を口にする。

「ああ、新製品だ。なかなかいけるぜ?」

そう言ってエルクはクラーヴィルとケイナードに『カロリー棒』を投げ渡す。

レンシアスーパーマーケットの、という主語が抜けているが、冒険者同士だと定番なんだろうか。

「頂こう。」「ありがとうございます。」

それぞれ礼を言って『カロリー棒』を齧る。

「おお、これは…。他の携帯食と比べると雲泥の差ですね…。」

「うむ…、戻ったらこいつを買い込む事にしよう。」

味わった感想を言い合いながら食べきった二人。

「ご相伴に預かってばかりではダメですね、どうですか一杯?」

クラーヴィルが酒瓶を取り出す。

「肴も必要だろう。」

ケイナードが干し肉の塊を取り出す。

三人が揃ってニヤリとしたところでプチ宴会が開始されたのだった。

俺はもちろん不参加だ。



「おう、遅かったじゃねえか。」

昼ごろに街に戻り、宿に荷物を置いてギルドに報告に来ている。

「ああ、洞窟の中も調査してきたんでな。」

「中まで見てきたのか、何も住み着いてなかったのか?」

「ゴブリンがいたぞ。」

エルクはゴブリンの耳を詰めた袋を渡す。

「…結構な数じゃねえか。全部殺ったのか?」

「いや、全部かは分からん。洞窟探索中に狩りから戻った奴らも含めてその数だ。」

「二人だけでよく無事だったな。」

「ああ、俺の自信は無事じゃねえけどな。」

エルクが肩を竦めてこちらを見る。

「俺よりはマシだろ…。ふむ…、まぁこんだけやりゃ十分だ。報酬は全部込みで銀貨5枚ってところだな。」

依頼を完了させて報酬を受け取り、エルクに渡す。

「あとはお前のだ。」

俺の手から銀貨を2枚取り、ギルドの外へと向かうエルク。

「頼んでた服が出来てるかもしれんな、行ってみるぞ。」

「うん!」

街に出て裏通りを進み、先日の服屋に辿り着く。

中に入ると、お婆さんがこちらを確認し、声を掛けてくる。

「遅かったね、頼まれた物は出来てるよ。」

お婆さんがカウンターのすぐ後ろの棚から服を取り出し、こちらに手渡してくる。

「悪いな、仕事でな。」

受け取った丈夫そうな服と靴を試着してみる、どちらもブカブカだ。

「アンタぐらいの子はすぐ成長するからね、少し大きめに作ってあるよ。靴は靴下を重ねてから履きな。」

お婆さんに新しい靴下を手渡される。

靴下を重ねてから靴を履いてみるとちょうど良い塩梅だった。

「ピッタリです。ありがとうございました、お婆さん」

「フン、ならとっとと帰りなアタシゃ忙しいんだ。」

手をひらひらと追い返される。

「おう、また来るぜ。」

エルクも手を挙げて挨拶を返し、店を出る。

「さて、今日は休んで明日一回村に帰るか。サレニアが心配してるだろうしな。」

「お父さん、いつもはもっと長くない?」

「お前がいるし、あんまり無茶してもな。それに洞窟で手に入れた物を売ればかなりの稼ぎになると思う、しばらくは安泰だろう。

というわけで俺は戦利品を売りに行く。お前は自由にしてな。」

「うん、分かった。」

「よし、とりあえずは一旦宿に戻るぞ。」


エルクと共に宿に戻り売るものを分別する。

「欲しいものはあるか、アリス?」

広げた荷物を見渡してみるが、本以外に特にめぼしいものは無い。

「本が欲しい。」

「なら本は全部お前の物だ。」

広げてあった三冊の本を渡される。

「他にはあるか?」

「ううん、後は別にいいよ。」

「本当に本だけでいいのか?」

「うん、あとは全部お金にしちゃおう、お父さん。」

「…サレニアでも宝石なんか見りゃ目の色変えるのになぁ。全く変わったやつだな…。ま、全部金に変えて美味いもん買って帰ろう。」

「それがいいよ。」

「じゃ、売りに行ってくる。お前は出かけるなら夕飯には帰って来い。」

「行ってらっしゃい、お父さん。」

出かけるエルクを見送る。

特に外に出る用事もないので、手に入れた本を読むことにした。

パラパラと見た感じ三冊とも小説で、二冊が冒険活劇、一冊が恋愛もの、魔術書とかを期待していたが外れのようだ。

(うーん、フィーなら好きそうだな、お土産にしよう。)

本を鞄の中へしまい、ベッドの上へ寝転び、昨日のことを思い返す。

(そういえば初めて魔物を見て、戦ったんだよな…。)

落ち着いた今になって手が震えてくる。

あの時は初めての実践で興奮状態だった所為もあるだろう。

その震えた手を眺めていると魔物を斬った時の感触が蘇る。

(やっぱり現実なんだよな…ゲームとは違うよな…。)

一歩間違えれば俺が死んでいた可能性だってある。

そんな事を考えてしまう。身体の中を恐怖がのたうち回る。

(そう、ゲームじゃないから途中で止める事だって出来ない…。)

命を賭けた戦い。日本で暮らしている時にはそんな事は他所の出来事だった。

それが今は日常の隣にある。

(だからと言って戦える力があるのに、逃げて魔物に怯えて暮らすなんて馬鹿だよな…。)

いつ魔物に襲われるか分からない世界。ここはそういう世界なのだ。

村ででも魔物の討伐隊を出すこともある。

(何にしても慣れるしかない…か。)

緊張が解けたせいか、疲れがどっと押し寄せてくる。

(少し、休もう…。)

ベッドに寝転んだまま目を閉じる。

結局、そのまま翌日まで寝過ごしてしまった。

そして俺達はセイランの街を後にし、村へと帰ったのだった。


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