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5話

レンシア魔術学院、大陸の僻地にあるどこの国家にも属さない学校。

教育レベルは高く、各国の魔法騎士のほとんどがここの卒業生、ということらしい。

ルーナもその一人だ。

5年制で、入学金さえ払えば何歳からでも入学ができる。

入学金は一人金貨5枚。

銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。

当然ながら俺のお小遣いでは到底足りない。

ルーナさんは冒険者稼業でお金を貯めたらしい。

(冒険者…か。やれるか…?)

聞けば試験に合格すれば誰でもなれるという、年齢制限もない。

あからさまに実力が無ければ門前払いだそうだが。

また、家族や師が冒険者であれば、その見習いとして登録し、パーティを組むことが出来るらしい。

原則的にパーティは登録者同士で組むことが推奨されている。

見習い登録は事情があり、自分の子供を連れて行く時などに、身元確認が出来るように行うのだろう。

「ルーナさん、私は試験に合格できるでしょうか?」

「出来ます。ただし、試験を受けさせてもらえればの話です。」

確かに自分みたいな子供だと相手にもされないだろう。

「助言をあげましょう。」

「お願いします、ルーナさん。」

「まずは夕方ぐらいにギルドに行きなさい。仕事から戻ってきた冒険者が沢山いますからね。そして受付で登録申請、当然断られます。

そうすれば柄の悪い冒険者が一人や二人、からかいに寄ってくるでしょう。そいつらをぶっ飛ばしてやりなさい。」

唖然としてルーナさんを見つめる。

「私はそれで冒険者になりました。」

そう言ってルーナさんは悪戯っぽく笑った。

「貴方も魔術学院を目指すのですね、アリス。」

「はい、姉と一緒に行こうと思います。時間は掛かりますが。」

「フフフ、全く貴方は面白いわ。そうね…、私も手伝いましょう。」

「いえ、でもそんな…。」

「話は最後まで聞きなさい。貴方、これを売りに出す気は無いかしら?」

そう言って、ルーナさんは俺の作った剣を抜く。

「それ…土で作ったやつですよ…?」

言うなれば、ただの土の塊である。

「ええ、それでも欲しい人は大金を出すわ。二人分の入学金を払ってもお釣りが来るぐらいのね。」

「それは嬉しいのですが、私の事はあまり…。」

「勿論、製作者の事は秘密にしておくわ。どうしますか、アリス?」

確かにお金は欲しい、それに元手はタダ、失敗したとしても在庫は土に戻せばいいだけで、痛手は無い。

「…何本作ればいいですか?」

「そうね、20もあれば足りるでしょう。」

どんだけボる気なんだこの人…。

「10本は貴方達が使っているもの、5本は私のと同じもの、あと5本は貴方がこっそり作っていたようなのがいいわ。」

確かに実用性無視の中二病全開のをたまに隠れて作っている。

使った後は土に戻していたのだが…。

(ぉぉぅ…見られてたのか…。)

それから剣を作る作業に入った。

ルーナさんに乗せられ、形の違う中二病全開の剣を20本、総計35本も作ってしまった。

「あとは…そうね、貴方達の入学金を除いて、余った分から旅費を戴くわ。弟子から旅行の贈り物なんて嬉しいわね。」

「そ、それは構いませんが…こんなので本当にお金が…?」

「フフ、これでも顔は広いのよ、任せておきなさい。」

ここまで言うのだ、信じてみようか。

「えっと…、そんなに大金になるなら一つお願いがあります。」

「あら、何かしら?」

「入学金にはニーナさんの分も含めてください。」

一瞬固まった後ルーナさんがガバっと抱きついてくる。

「ちょっ、ルーナさん!?」

「貴方という子は…。より一層頑張らないといけないようですね…。」

それからしばらくの間、ルーナさんは解放してくれなかった。


数日後、ルーナさんは剣を売るため、荷車を馬で引いて旅立って行った。



「ダメだ。」

エルクに冒険者見習いとして登録してもらうように頼んだ結果だ。

「どうしてですか、お父さん。」

「あのな、アリス。」

エルクは俺の目線に合わせてしゃがみ、頭にポンと手を乗せる。

「切羽詰った事情もないのに、自分の可愛い娘を危険な場所に連れて行ける訳ないだろ。」

(…そりゃそうだよな。)

ダメだと言われるのは分かりきっていた事だ。

「それじゃあ私の剣の腕を見て、それで決めて!」

「い、いや…そうは言ってもな…。」

「うふふ、エルク。アリスはあなたに構って欲しいのよ。」

少し違うが、サレニアの援護射撃が届く。

「お願い、お父さん。」

上目遣いでエルクを見つめる。これで落ちない父親はいないだろう。

俺だって落ちる。多分。

「はぁ…、分かったよ…。」

ほらな。


家族揃っていつもの河原へとやってきた。

最初はエルクと二人で来るつもりだったのだが、折角だからとサレニアがお弁当を用意し、フィーも連れてピクニック状態である。

「こんな場所があったんだな。ここなら剣で打ち合うには十分だ。」

そう言ってエルクは腰の長剣を抜いて構える。

「よし、かかって来い、アリス。」

「がんばれー!」

手を振って応援しているのはサレニアだ。

対してフィーは真剣な眼差しを向けている。

自分たち以外の戦い方を見る事は無いからだ。

(いつのまにか武闘派になってるな、フィー…。)

朱に交わらばというやつか。

エルクの方を見やると、両手で握った剣を下げ、だらりと力を抜いている。

相手の行動に即座に反応するためであろう。

まずは小手調べと剣を打ち合わせ、徐々にスピードを上げていく。

エルクが俺の放った攻撃を弾き、打ち払う。

打ち合った数が30を越えようとした時――


――パキンッ!


エルクの剣がポッキリと折れたのだった。

「うおおお!俺の剣がぁぁ!」

がっくりと膝と手を付くエルク。

何事かとサレニアとフィーもやってくる。

「あらあら、見事に折れちゃったわねぇ…。」

しげしげと折れた剣を眺めるサレニア。

「ご、ごめんなさい、お父さん…。」

「あぁ、いいんだアリス。元々寿命だったのは分かってた事だしな。むしろ折れたのが仕事中じゃなくて良かった。結果的に俺はお前に命を救われたのかもな。」

「でも…、困ったわねぇ…。新しい剣は買えないわよ?」

「うーん、昔使ってたナイフがまだあったよな?しばらくはあれでやるしかねぇか。」

(うちの経済事情逼迫してんなー。…土の剣でも渡しとくか?)

「お父さん、その剣少し見せて?」

「ああ、気をつけろよ。」

受け取った柄と折れた刃をくっつけて地面に置く。

その剣を見本としながら地面に魔力を流していく。

今回は訓練用じゃない、殺すための剣。

堅く、しなやかに、そして――鋭く。

そうして造り上げた剣をゆっくりと引き抜いていく。

「お父さん、これは使える?」

渡された剣を手に取り、まじまじと眺める。

「これは…?」

「私が使ってるのと似たやつだよ。」

そう言って俺の使っている訓練用の剣を見せる。

ひとしきり眺めた後、フラフラと近くの木に近づき、剣で枝を切り落とした。

「…凄いなこれ。俺が持ってた剣の新品の頃より切れ味があるぞ。俺には勿体無いくらいだ。」

「それはお父さんのために造った剣だよ?」

「…ああ、そうだな。ありがとうな、アリス。」

「あ、それとね。まだ訓練でのデータしか取れてないから、さっきのナイフも一緒に持っていってね?」

実戦投入でいきなりポッキリ、とか万が一あるかもしれないからな。

「ん?でーた?どういう意味だ?」

「えっと…その剣が実戦で使えるか分からないから、ナイフもちゃんと用意してね?」

「俺がこいつを実戦で使える事を証明すりゃいいわけだな?任せとけ!」

「あぁ…うん、それでいいや…。」

まぁ、エルクなら大丈夫だろ…。


早朝から馬車に揺られること半日。

俺とエルクは街へと辿り着いた。時間はもう夕方になっている。

「ここがセイランの街、俺達の村から一番近い冒険者ギルドのある街だ。」

「賑やかだね、お父さん。」

都心部の駅周辺、とまではいかないが、村と比べれば目眩がしそうなほどだ。

「そうだろ?とりあえずさっさとギルドに顔出すぜ。迷子になるなよ?」

「うん!」

先を歩くエルクを追いかけて行くと、大きな建物の前に出た。

「ここがギルド?」

「そうだ、…盛り上がってるようだな。」

扉からは宴会のような騒がしい声が聞こえてくる。

「じゃ、入るぞ。」

エルクが大きな両開きの扉を開けて中に入っていく。

俺もそれに続き、中へと入る。

「おいおい、エルク!てめえ何誘拐なんざしてんだ!?そこまで落ちぶれちまうとは…、情けねえよ俺は!」

酒が入っているのか、顔を赤らめた大男が絡んでくる。

「羨ましいだろ?俺の娘だ。触れるんじゃねえぞ、デック?」

「嘘つくんじゃねー!全然似てねえじゃねえか!」

「ああ、素晴らしい程にな!」

デックと呼ばれた男と拳をぶつけ合い、奥のカウンターへと進む。

俺はその後ろを言われた通りオドオドとして着いて行く。

(しかし、弱そうなフリしてろって…何させる気だ?)

カウンターへ着くなり

「おう、冒険者の登録だ。こいつを頼む。」

「おう、エルクてめえの娘か?こいつに必要事項を書きな。」

そう言ってカウンターの男が書類を手渡す。

「いや、見習いじゃねえ、本登録だ。」

エルクの言葉にギルド内が一瞬静まり返る。

そして大爆笑の渦に飲まれた。

「ガッハハハハハ!!!エルクのやつ頭がおかしくなっちまったぞ!」

「毒だ!魔物の毒にやられたに違いねえ!」

「ハハハハハ!!誰か毒消し恵んでやれよ!」

うむ、想像通りの場所だ。こうでなくてはな。

「よーし!だったらてめえら賭けだ!俺の娘が勝つか、こいつが勝つかな!」

そう言ってエルクはカウンターの男を指差す。

「おいおい、グリンドとかよ!」

「あいつこのギルドの試験官の中でも5本の指に入る奴だぜ!」

「5人もいねーけどなぁ!ギャハハハハ!!」

エルクはつかつかと近くのテーブルに歩み寄り、ブーツの底から一枚の金貨を取り出し、テーブルに置く。

「虎の子の金貨だ。勝負する奴はどいつだ?」

置かれた金貨を見てまたも静まり返る。

「いいだろう。」

デックがテーブルに銀貨と銅貨を数枚ずつ積み上げる。

それを皮切りに各々が掛け金をジャラジャラとテーブルに積んでいく。

銀貨数枚だったり、銅貨1枚だったり、金額は様々だ。適当に投げ入れるものまでいる。

(誰がいくら掛けたとか分からんだろあれじゃ…。)

最初は綺麗に積み上げていたが今はもうグチャグチャだ…が、誰も気に留めていない。

落ち着いた頃にグリンドが摸造刀を掴んでカウンターから出てくると、テーブルに銀貨を1枚置く。

「楽しめるんだろうな、エルク?」

「楽しくはならないぞ、グリンド。明日からお前は『幼女に負けた』グリンドになるんだからな!」

またもやギルドに歓声が上がる。

「そりゃ楽しくならねえな~、なぁ?『幼女に負けた』グリンドぉ~?ギャハハハハハ!!」

「うるせえぞてめえら!俺がガキなんぞに負けるわけねえだろうが!」

「場所は訓練場でいいのか、グリンド?」

「あ?此処で構わねえよ、移動するのも面倒だろうが。」

グリンドがそう言うと冒険者達が騒ぎながら並んでいるテーブルを端に移動させていく。

妙に手際とチームワークがいいな、こいつら…。

その間にエルクが小声で伝えてくる。

「いいか、遠慮せずにぶっ飛ばしてやれ!」

俺はそれに苦笑いで答えた。

あっという間に場所が出来上がり、グリンドが中央に出て摸造刀を構える。

「いつでもかかってきな、嬢ちゃん。」

「お願いします。」

俺はグリンドの正面に立ち、礼をしてから構える。

先ほどの喧騒は嘘のように静まり返っている。

腰の鞘からほんの少しだけ剣を抜き、少し強めに鞘に納め、カチリと音を鳴らす。

同時に触手でグリンドをぶん殴る。

「あぐッ…!」

顎の部分を思いっきりいったためグリンドは白目を剥き、崩れ去った。

シーーーーーンと静寂が続く。

「…またつまらぬものを斬ってしまった。」

静寂に耐えられなかったのでとりあえず決め台詞を言ってみる。

次の瞬間、ウオオオォォォォ!!!と歓声が上がった。

「うおおおお!!すげえやりやがった!!」

「あのグリンドが一瞬だと!?」

「全く剣筋が見えなかった…何なんだありゃあ!」

「抜いた瞬間さえ分からなかった…どうなってんだ!?」

…抜いてないからな。

「お、おい!グリンドのやつ生きてるぞ!」

「なんだ?顎のところが腫れてやがる。」

「倒れた時にぶつけたんだろ。」

…そこを殴ったからな。

「見てみろよ、何処も斬られた後がねぇ。傷一つついてねえぞ!」

…顎以外殴ってないからな。

「…どうなってんだ、サッパリ分かんねえ!」

「なぁ、嬢ちゃん、一体あいつの何処を斬ったんだ!?」

騒いでいる冒険者の一人が聞いてきたので適当に答えておく。

「私が斬ったのは、彼の心です。」

「「「ウオオォォォ!!かっけええええ!!」」」


それからしばらく後、テーブルも元に戻され、皆思い思いに騒いで過ごしている。

エルクもその中に混ざって騒いでいる。…あの親父は。

気を取り戻したグリンドは氷嚢を顎に当て、受付の仕事をしている。

「ってて…畜生、ほらよ。これがギルド証だ。」

そう言って丸い水晶のついたペンダントを渡される。

「仕事を受ける時なんかに登録証を見せろって言われたらこの受付にあるでっかい水晶に触れさせるんだ。試しにやってみな。」

言われた通りにペンダントで受付の水晶に触れると青く光った。

「お前のペンダントを他人が使うと赤く光る。貸してみな。」

グリンドがひょいと私のペンダントを掴んで水晶に当てると水晶が赤く光った。

「仕組みは知らんが、まぁ、他人のギルド証は使うなってことだ。酒の席で取り違えたりする奴は絶えねえけどな、ガハハ!」

「ありがとうございます、グリンドさん。」

「おいおい、俺を伸したおめえに敬語なんぞ使われたらバカみてえじゃねえか、止めろ。あのクソバカ共にもな。」

「分かった、グリンド。」

「へへ、それでいいんだよ。おい、お前らァ!!!」

グリンドの声に喧騒はピタリと止み、注目する。

「新しい仲間だ!アリューシャ!5歳だ!史上最年少じゃねえか!?知らねえけどな!!ちょっかい出すな、なんて言わねえ!!ちょっかい出して返り討ちに会っちまえ、クソバカ共!!」

ウオオオォォォォ!!と、またも歓声が上がり、酒のペースも上がるのだった。

「ところでおめえ、宿は取ってんのか?」

「うーん、街に着いてから真っ直ぐ此処に来たから取ってないと思う。」

「…ハァ、あのバカは何やってんだ。おい、シャーリー!!」

グリンドが奥に呼びかけると、奥から15歳くらいの少女が出てきた。

肩より少し長い癖毛の栗色の髪。キリッとしたブラウンの瞳でジロリとグリンドを睨む。

「何?『幼女に負けた』お父さん?」

「…ぐっ、てめえ…。」

「バカばっかりやってるからよ。それで、何?」

「その幼女ちゃんを部屋に案内してやりな。」

グリンドが俺に指をさし、それに沿って視線をこちらに向けたシャーリーと目が合う。

「あら、あらあらあら!すごく可愛いのね!こんな子がうちのバカ親父をやっつけちゃうなんて!ステキだわ!」

瞳をキラキラとさせたシャーリーにぎゅむっと抱きつかれる。うむ、すばらしく育っている。

「ああ、お前よか数段可愛いよ。」

ボソリとグリンドが呟いたのを聞き逃さなかったのか、シャーリーがグリンドの脛を蹴りあげた。…痛そう。


次の日の朝。

目覚めた俺を待っていたのは、宴会という名の会議で決められた『心斬の』アリューシャという二つ名だった。昨日をやり直したい……。

それはともかく、俺と二日酔い気味のエルクは宿をとった後に買い物のため街に出ていた。

既に日は登っていて、街には活気が溢れている。

「それれよりもお父さん。」

「んあ?なんだー?」

「あんな賭けなんかして、私が負けちゃったらどうするの?」

「ああ、そんな事か…。」

「そんな事って…。」

「あのテーブルの金はアリスが買っても負けても俺の物になってただろうよ。まぁ、負けたら冒険者にはなれてなかっただろうけどな。」

「…?どういう意味?」

エルクが説明を続ける。

「金に困ってる時に『お前らを余興で楽しませてやるから金を寄越せ』、虎の子の金貨ってのはそういう意味だ。」

ああ、だから掛け金を張る時あんなに適当だったのか。

「…つまり、私の試験を余興にしたの?」

「ああ、どっちにしろ試験を受ける必要はあるし…それに、お前の装備を揃える金も無かったからな。」

「でもお父さん金貨持ってたよね?」

「稼ぎの最初の金貨一枚は、一人前の証としてお守りにして、ブーツに忍ばせるのが冒険者の仕来りなんだ。使い込んじまうやつもいるけどな、大抵そういうやつは信用されねえ。」

「どうしてそんな事を…?」

「……例えばどこか遠くで俺が死ぬだろ?その死体を他の冒険者が見つけた時、ギルド証やら遺品やらをギルドに届けてもらう代金だ。だから隠し場所も決まってる。」

「……。」

「そんな顔すんな、折角冒険者になれたんだ。もっと気楽に行こうぜ?」

「…うん。」

しばらく無言で歩き、ひっそりとした路地裏にある店の前で足を止める。服屋のようだ。

「おお、ここだ。いつも分かり難いんだよなー。」

一人ごちりながら店の扉を開けて中に入っていく。

「バーさん、いるか?」

「エルクの小僧かい、何の用だね?」

「こいつに冒険者用の服と靴を見繕ってくれ。」

マジマジと俺を見るお婆さん。

「どこから攫って来たんだい?早く元の場所に戻しといで。」

「またそれかよ!俺の娘だよ!」

「フン!見りゃ分かるよ!」

「こんにちは、お婆さん。アリューシャと申します。」

「ああ、こんにちはお嬢さん。…随分と礼儀正しいじゃないか、どこの貴族の子だい?」

「見りゃ分かるんじゃねえのかよ!」

そんなやりとりを交わし、服と靴を仕立ててもらう事になった。

「しかしこんな子が冒険者とはねぇ…、世の中分からんもんじゃの。…よし、仕立てておくから2日後に取りに来なさい。」

「はい、よろしくお願いします、お婆さん。」

ペコリと頭を下げる。

「ああ、エルクのより良いのを私立ててやるからね。楽しみにしておきな。」


服屋を出て、また別の場所に向かう。

路地裏を縫って行くと、少し開けた場所に出て、煙突から煙がもくもくと出ている建物に着いた。

エルクはその建物の扉を開け、ズカズカと中に入っていく。

「おう、オヤジいるか?」

「おー、エルクの旦那。久しぶり。ちょっと呼んでくるから待ってな。」

エルクの言葉に答えたのはカウンターの上にいた小さな妖精だ。

妖精は店の奥へピューと飛んで行った。

(人間以外の種族もいるんだな…。)

しばらく待つと、店の奥からは禿頭で髭を生やしたゴツいオヤジが出てきた。

背はエルクの胸に届くくらいしかないが、腕や足は太く、頑丈そうだ。

(ドワーフキタコレ!)

「おう、エルク。そいつが『心斬の』か?」

「そうだ、耳が早いな、オヤジ。こいつの装備を頼む。」

オヤジが俺を睨む様に見る。

「無理だな。」

「あ?そいつはどういう了見だ?」

「いくらサイズを合わせても鉄の鎧なんざクソ重いぞ?それをこんなガキに持たせるのか?」

「…あ”。そういやこいつはガキだったんだ…。」

どうやら自分基準で装備を用意しようとしていたらしい。

オヤジは店の棚から篭手を掴み取り、俺に渡してくる。

「持ってみな、『心斬の』。」

手に持つとズッシリと腕に重さが伝わってくる。

強化すれば問題無さそうだが、常時強化はさすがに疲れる。

(常時強化出来る様にしておいたほうが良さそうだな…。)

今後の課題を心に書き留め、篭手を返してオヤジに答える。

「少し重いです。」

「お前さん用に鎧を作ってももっと重くなっちまうからな。それなら革と布だけで動けるようにした方が良いだろう。武器は…剣を使ってるのか?」

「はい。でもこれは訓練用のですけど。」

「ちょっと見せてみろ。」

剣を鞘から抜いて手渡す。

オヤジは受け取った剣を眺め、手でコンコンと叩きはじめた。

「…ふむ。」

そう言うと今度はハンマーで徐々に強く叩いていく。

満足したのか、剣を返してくる。

「武器はこれでいいだろ。」

「おいおい、これは訓練用だって言っただろ?」

「このサイズ、重さ、強度でこれ以上のは作れねえよ。あんだけぶっ叩いてもキズ一つつかねえんだぞ?魔鉄以上ので作れば出来るかもしれんがな。そんな金あるか?」

「うぐ…ねぇよ。」

「だろうな、俺にだって仕入れる金すらねぇよ。」

「キャハハ、可哀想な貧乏達だねぇ。」

話を聞いていた妖精が宙でおなかを抱えて笑っている。

「うるせぇ!その貧乏に食わせて貰ってんのはどいつだ!」

「キャハハ、おっかな~~い!」

そう言って妖精は店の奥へと飛び去って行った。

「まぁそういうワケだ、『心斬の』に作ってやれる装備はねぇ。スマンな。」

「はぁ…、しゃあねえか。邪魔して悪かったな、また来るぜ。」

「ああ、『心斬の』デカくなったらまた来い、そん時はサービスしてやる。」

「はい、楽しみにしてます。」

別れの挨拶を済ませ、俺たちはオヤジの工房を後にした。


次に向かったのは大通りにある雑貨屋だ。

周辺に比べるとかなり大きい店で、客も多い。

看板には大きく「レンシアスーパーマーケット」と書いてある

「かの魔術学院の創設者が始めたっていう店だ、デカイ街になら大体あるらしい。。ここに来りゃ旅に必要なものは大体揃うぜ。覚えときな、アリス。」

「うん。」

エルクは店の入り口にあるカートを押して、必要なものをカートに入れていく。

(まんまスーパーのシステムだな…此処。レジまである。)

違いといえば生鮮食品は少なく、日持ちのする食料や旅に必要な道具を主に取り扱っている事くらいだ。

(その創設者さんは9割方転生者だな…。もう生きてはいないだろうが。)

魔術学院の創設は300年以上前だとルーナさんに聞いている。

流石に亡くなっているだろう。

もう一度店内を見渡してみる。

細部は違うものの、棚の配置や商品の並べ方を見ると日本にいた頃を思い出し、哀愁の念を感じてしまう。

そして、同郷の者がこの店を作ってくれたのだと思うと、こみ上げてくるものがあった。

「おい、何してんだ。置いてくぞ?」

エルクに声を掛けられ、ふと我に返る。

「あ、待ってよ、お父さん!」

(そうだな…、今はこの世界を楽しもう。)

かつての思いをしまい、俺は駆け出すのだった。


買い物が終わり、宿に戻って荷物を置いて宿の食堂で昼食を取った。

その後、依頼を受けるために冒険者ギルドへと来ている。

「ま、最初はアレだな。」

そう言ってエルクは受付へと進んでいく。

昼間である所為か昨日と違い、ギルド内は閑散としていた。

「おう、『幼女に負けた』グリンドじゃねえか。」

「こんにちは、グリンド。」

「…………チッ、何の用だ。」

グリンドがギロリとエルクを睨む。

「その幼女ちゃんに薬草の依頼だ。」

「…あ?アレは新人用のだぞ?」

「いや、コイツ新人だからな?」

「………そういやそうだったな。忘れてたぜ。」

そう言ってグリンドはカウンターの中から一枚の紙を取り出して俺に見せる。

「これが依頼書だ、読めるか?」

「フイカク草5株以上の納品。報酬は納品数に関係なく銅貨5枚。期限なし。」

依頼書に書かれた重要そうな事項を読み上げた。

「お前より頭良いんじゃね、エルク。」

「…言うな。」

「じゃあ、この依頼書を持ったままギルド証で水晶に触れな。」

言われた通りにすると、水晶が白く光り、その光がギルド証へと流れ込んだ。

「これでその依頼が登録されたワケだ。とっとと集めてきな。」

「うん、行ってくるね。」

「すぐに戻って来るぜ。じゃあな。」

挨拶をしてギルドを後にし、街の門へと向かう。

「お父さん、宿に道具とか食料置いたままだよ?」

「街のすぐ近くだから今は必要ねえ。万が一何かあっても、街に走った方が良いくらいの距離だ。その為には身軽な方が良いだろ?」

会話をしながら門に辿り着くと、門番をしている若い兵士にギルド証を見せる。

「やぁ、エルクさん。お仕事ですか?」

兵士が挨拶をしながら懐から水晶を取り出してギルド証に触れさせ、青く光るのを確認して頷いた。

「ああ、こいつの付き添いでな。」

エルクに習い、俺もギルド証を取り出して水晶に触れさせる。

青く光るのを見て兵士が驚く。

「見習いではなかったのですね…。驚きました、こんな子が…ハッ!まさか本当に『心斬の』…?」

「ああ、その『心斬の』だよ。」

ヤバい、どうやら二つ名(黒歴史)が広まりつつあるらしい。

「…正直法螺かと思ってました。」

(俺もそう思いたいよ…。)


門を抜けて街の外へ出て、街道を外れて近くの森へと向かう。

「フイカク草はあの森に腐るほど生えてる。だから普通に売るだけなら10株で銅貨1枚くらいにしかならんからな。あの依頼は特別だ。ま、新人への餞別ってとこだ。」

そんな事を話しながら森へと歩き、20分もしないうちに辿り着いた。

「よし、じゃあサクっと終わらせるか。」

「ちょっと待って、お父さん。」

張り切るエルクを呼び止める。

「ん、どうした、アリス?」

「回りに人いないし、今の内に武器作っておくよ。」

そう言ってしゃがみ、地面に手を当てる。

いつもより長めに魔力を操作し、作ったものを引き抜く。

「なんか変な形になってるぞ?失敗か?」

「ううん、これでいいんだよ、お父さん。」

反り返った片刃の剣、刀。

材料が土なので資料館なんかで見た美しい輝きはないが。

真剣を作ろうと思った時、真っ先に思い浮かんだのがこれだ。

(やっぱり、日本人なんだな…。)

新たに作った鞘に収めて腰に挿し、邪魔になるので訓練用の剣は土に還した。

ついでに防具も作る。

鍛冶屋で見た物を参考に小手や胸当てを作る。

「……お前、何でもできるな。」


それから森に入って10分ほど。

「あったぞ、アリス。」

エルクの指差す方に、図鑑で見た事のある草が群生していた。

「根と葉が必要だからな、こうやって根元を持って引っこ抜くといい。」

エルクの真似をしてフイカク草を抜く。小さいカブのようだ。

必要数の採取が終わると、エルクが懐から紐を取り出してフイカク草を束ねる。

「ほれ、あとは報告するだけだ。」

「ありがとう、お父さん。」

束を受け取り、街へ向けて歩き出した。

何事も無くギルドへ到着し、カウンターのグリンドにフイカク草を渡す。

「グリンド、持ってきたよ。」

「戻ったか……よし、確かに5株あるな。」

数え終わったグリンドが、カウンターから一枚の紙を取り出した。

「こいつが完了証だ、こいつを持ってギルド証を当てな。」

完了証を受け取り、ギルド証をカウンターの水晶に当てる。

ギルド証から白い光が水晶に移動した後、光が収まる。

「それで依頼完了だ。基本的に完了証は依頼主が持ってるからな、貰ってくるのを忘れるなよ。ギルドの依頼の場合は今みたいに受付に報告すりゃいい。……ほらよ、銅貨5枚だ。」

「ありがとう。」

はじめての報酬を受け取る。金貨までは遠そうだ。

「さて、今から受けるような依頼もねえし、宿に戻るか。お前は街を見たきゃ好きにしていいぞ、アリス。」

「ホント!?」

「ああ、宿の場所は分かるな?晩飯時には戻って来い。」

「うん!」

「ふふ、良い事聞いちゃった♪」

後ろからむにゅっと抱きつかれる。

この感触はシャーリーだ。

「私はアリスに街を案内してくるわ。後はよろしくね、お父さん♪あ、エルクさん、アリスは今日もここで泊まりだから♪」

「あ、おい!シャーリー!」

「ふぅ、分かったよ。楽しんでこい、アリス。」

シャーリーはグリンドを無視し、俺をズルズルと引っ張っり、街へと繰り出す。

「じゃ、街の隅々まで案内してあげるわ♪」

その後、夜までシャーリーお勧めの店等に案内してもらい、一日を終えた。


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