18話
冬休みが終わり、あっという間に時が過ぎ、短い春休みを迎えた。
春休みは冬休みよりも短いため、帰省や旅行する人も少なく、
長期休みとは逆に街の中に活気が溢れる。
更には先入りしている新入生達も混じり、一年で一番賑やかな時期だろう。
俺達もそれに倣い、街で買い物したり、食べ歩きをしたりと言った日々を過ごした。
時間の掛かるギルドの仕事をしても良かったのだが、
折角の休みなのでそっちも休もうという結論に至ったのである。
とは言っても既に一年を過ごした街だ。新しい発見はそうそう無い。
要は皆飽きてきたのだ。
最初は皆で店を見て回っていたりしたのだが、
3日ほど経った今ではバラバラに好き勝手に動いている。
俺は寮で寝ていても暇なので街へと繰り出してきた。
…それでも何も無いのだが。
ぶらぶらと歩いていると一つの路地が目に入る。
あそこはまだ入った事のない場所だ。
位置的に考えるとあまり治安のよろしくない地域に繋がっているようだ。
構わず俺は足を踏み入れた。
好奇心は猫を殺すと言うが、まぁ、例え絡まれても何とか出来る。
基本的にこういう所でたむろしているような連中は冒険者になる実力が無いからなのだ。
体は子供だとはいえ、強化魔法で身体強化もできるので普通の人間相手なら問題ない。
ニンジャにアンブッシュされたりしない限りは大丈夫だろう。
建物の間の薄暗くて狭い道を抜けると、薄暗くて少し広い道に出た。
昼間だというのに、道端には所々娼婦が立っている。
そして似つかわしいチンピラの姿も。
ヒノカやリーフよりも少し年上に見える少女が俺に声を掛けてきた。
「お譲ちゃん、どうした?迷子?」
際どい恰好をしていて一目で娼婦と分かるが、周りと比べると若干薄汚い恰好をしている。
それでもその可愛い顔と肢体を貶めるには役不足だ。
しかし、隠されていない手首と足首には奴隷の証である呪印。
「こんなところに居ちゃダメだよ。来た道を戻って帰りな。」
「いえ、私は…」
答えようとしたところにチンピラ達が取り囲んでくる。
「おい、ケイティ!遂にガキを産んじまったのか!?ギャハハ!」
「ア、アンタらには関係ないだろ!」
「いやいや、オレのガキかも知れねえだろ?なぁ、またヤらせろよ、ケイティ~!」
チンピラ集団のリーダー格っぽいハゲが少女の肩を抱いて耳元で声を上げた。
「うるせぇよ!金払わねえだろ、アンタら!」
「あぁん?こっちはお目溢ししてやってんだぜぇ?それとも別の場所に行くか?」
…お目溢し、ねぇ。
「くっ…!」
「このガキ、あの学院の服着てるぜ?」
「どっかの貴族のガキじゃねえの?攫ったら金になるんじゃねぇか?」
チンピラの一部がこちらに目をつける。…金にはならないだろうな。
「その子は関係ねぇだろ!」
少女が気勢を張るが、チンピラ相手には全く効果が無い。
「へぇ…じゃぁテメェがあのガキの代わりに相手してくれんだよな?」
これってひょっとして…人質ですか俺?
「な…っ!」
「ガキを高く買ってくれる奴も知ってるんだぜ?」
「…………っす、スキにしたらいいだろ。」
少女が抵抗する手を緩めた。
「ケイティ様のお許しが出たぞ!」
「ここで剥いちまおうぜ!」
チンピラ達は俺の事など忘れて少女に群がり――
「や…やめろっ!こんなとこで!」
「ギャハハ!良いなそれ!」
薄汚れてボロボロになっていた少女の服が破かれる。
「服を引っ張るんじゃねぇ!」
「手ぇ押さえろ!」
少女は抑えこまれ、固い地面に組み敷かれた。触手を構える。
「やだっ…やめろ!いやっ……!やめろっ…よぉ…!」
「ハハ!泣き出しやがった!」
「下の方も泣かせて……おぐっ…!」
「あ?どうした?……ガハッ!」
とりあえず一番偉そうなハゲを残し、他の連中を触手でぶん殴って黙らせた。
まだ殺してはいないが、当分は寝たままだろう。
「あ…?なんだ…?何しやがった!?……ぐえっ!」
ハゲの首を触手で締め上げると頭が真っ赤に染まっていく。
地面に引きずり倒し、そのツルツルの頭を踏みつけてやる。
「とりあえず、てめぇらの頭のとこ連れてって貰おうか。
髪は無くても首はあった方がお洒落だと思うぜ?」
「…は……、ひゃい…。」
俺はハゲを捨て置いて少女に手を差し出す。
「大丈夫ですか?えと…ケイティさん。」
「あはは…、アタシみたいのに『さん』付けなんて、行儀の良いお嬢さんなんだね。
アタシの事はケイティって呼んで。勿論、敬語なんてのもいらないよ。
…アタシ、難しいの分かんなくてさ。」
「分かったよ、ケイティ。とりあえずこれを着てくれる?」
地面から鎧を作り出す。ビキニアーマーよりは露出控え目だ。
「…鎧?」
チンピラ達に裂かれた服は既に着るとかいうレベルではなくなり、
ケイティはあられもない姿になっていた。
「こんなのしか作れないけど、その格好よりはマシでしょ。後、これも。」
ガントレットとサバトンもついでに作る。手首と足首を隠すには十分だろう。
「ううん…、ありがとう!」
ケイティに抱きつかれ、胸がドキリと跳ねた。
同じ年頃だろうレーゼに抱きつかれてもそんな事はなかったのだが…。
何となくケイティには妙な妖艶さを感じる。
「立て。案内しろ。」
「ぎぅっ…!」
寝ているハゲを強化した足で蹴り、立ち上がらせた。
「じゃ、ケイティも付いて来て。」
「…ぇ?アタシも?」
首を突っ込んだからには…最後まで面倒見ないとな。
「ぐえぇっ!!」
触手で殴り飛ばしたチンピラが転がっていき、
倒れている他のチンピラにぶつかって止まった。
周囲には何人いるか分からないが、ボコボコにしたチンピラ達が呻いている。
ここはチンピラ達のボスが居たアジトの近くにある広場だ。
集会をする時なんかはここに全員集めるらしい。
アジトに乗り込んでボスを捕縛し、そのボスを餌にチンピラ達を集め、
やってきた奴らを片っ端からボコボコにしてやったという訳だ。
近くに転がしてあったハゲを蹴る。
「おい、これで全部か?」
「ひっ…!せ、正確には分かりやせんが、ほぼ全員いると思いやす!」
「そうか。じゃあお前らのとこの娼婦もすぐに此処へ集めさせろ。」
「わ、分かりやした!足の速いヤツぁ女共を集めてこい!!今すぐにだ、急げ!!」
「「「へ、へい!」」」
倒れていた何人かが身体を引き摺りながら駆けて行った。
「さてと…。」
ボスを広場の中央へ連れ出し、拘束を解く。
「き、貴様!な、な何のつもりだ!」
「お前の番だよ。」
「ひぃぃ…っ!なな何が目的なんだ?か、金か女か?いい言ってくれよ?な?い、命だけはおぅぐっ!」
殴って倒れそうになったボスを触手で吊り上げる。
「安心しろ。死なない程度に血祭りに上げてやる。」
「た、助け…あぐっ!」
「おい、ハゲ。娼婦も含めて全員が集まったら教えろ。それまでコイツをボコる。」
「は、走れるヤツは女共を探して来い!か、頭が殺されちまう!!」
「「「へ、へい!!」」」
殺さないと言ってるだろうが。
後で働いて貰わないといけないしな。
「ぜ、全員揃いやした!」
ボスはもうボロ雑巾のようになっているが、命に別状はない筈だ。
大怪我はさせないように優しく殴ってやったからな。
骨を折ったりすると後が面倒くさい。
「よし、両手と両膝を地に着けて台になれ。」
「ひゃ…ひゃい…。」
ボスは大人しく従い、地に伏した。
俺はその背に立つ。
「これからお前らの頭目になるアリューシャだ!覚えておけ!」
広場が静まり返る。
「おい、反応がないぞ?どうなってんだ、お前の手下は。」
台になっているボスの頭を足で小突くと、台になったままの姿勢でボスが叫ぶ。
「アリューシャ様万歳!!!アリューシャ様万歳!!!アリューシャ様万歳!!!」
少し遅れて手下達も叫び出した。
「「「……アリューシャ様万歳!!!アリューシャ様万歳!!!アリューシャ様万歳!!!」」」
これで晴れて俺がボスってことだな。
「今日でお前らのクソダサいなんとか団は終わりだ!
今からは~……えーと……【猫耳自警団】だ!」
小さなどよめきが起こる。
(猫耳…?)(ネコミミって何だ…?)(猫の耳ってことだろ…?)(何かの意味が?)
うん、自分でも凄い適当過ぎだと思う。
だって思いつかなかったんだもん。
「ネ…、ネコミミ万歳!!!ネコミミ万歳!!!ネコミミ万歳!!!」
どよめきをかき消すように元ボスが叫ぶ。
「「「……ネコミミ万歳!!!ネコミミ万歳!!!ネコミミ万歳!!!」」」
半ばヤケクソに部下達も叫んだ。
ま、第一段階くらいは完了か。
今日中にもう少し詰めたいところだな。
「端から10人、前へ出てこい!走れ!」
10人が広場の中央に並んで立つ。
「とりあえず一人になるまで闘え、お前ら。」
「…へ?どういう意味ですか…?」
「そのままの意味だ。一人が勝ち残るまで殴り合って闘え。ただし殺すな。」
「そ、そんな…アッシはもうボロボロで無理……ぇ?」
鈍い音を立てて首が地面を転がり、赤い軌跡が描かれた。
周りからは突然地面から生えた剣が宙を舞って首を切り落とした様に見えただろう。
「…ぃ…いやあぁぁぁ!!!!」
広場にキャーだのヒィーだの娼婦達の悲鳴が響き、部下達にもざわめきが起きる。
「静まれ!!」
俺の一声で騒ぎがピタリと止まった。
「闘いたくない奴は前へ出ろ。楽にしてやるぞ。」
静まりかえる中、赤い染みが地面に広がっていく。
「居ないみたいだな。そいつを片付けて一人補充しろ。」
抜けた一人を補完して再度10人揃い、俺の合図で闘い始めた。
「よし、ハゲ。後はお前が仕切れ。25人くらいを選抜しろ。」
「わ、分かりやした!てめえら気合い入れろ!姐さんに良いとこ見せてみろ!!」
俺は元ボスの背を降り、元ボスを立たせる。
「お前に聞きたい事がある。」
「はっ、何で御座いましょう、団長。」
随分と態度が変わったな…。
まぁ、今までこれだけの人数を束ね、渡り合ってきたんだ。
弁えるところは弁える事が出来る人物なのだろう。
「こいつら、日々の食糧はどうしてる。」
「個人の稼ぎで賄わせております。」
まぁ、そうだろうな。娼婦には栄養状態が特によろしくない者もいる。
「そうか、部下の人数は何人ぐらいだ。娼婦も併せてだ。」
「300名ほどです。」
「団の一日の稼ぎはどれだけある。最大、最小、月平均だ。」
「多い時で銀貨90枚、少ない時で20枚、平均ですと30~40枚ほどです。」
スラスラ出てくるな。こいつはもしかしたら使える奴なのかも知れない。
一人一食銅貨5枚、一日二回配給、300人分で銀貨30枚ってとこか。
ギリギリだが回せなくはないな。
上手くやりくりすれば一日三回配給も可能かもしれない。
「今すぐ動かせる金はどれくらいある。」
「銀貨100枚ほどです。」
「20枚用意しろ。」
「承知しました。」
元ボスがアジトへとお金を取りに走る。
その間に娼婦達を広場の隅に集めた。
「お前らの中に料理が出来る者はいるか?手を上げろ。」
数人の手が上がり、その者達を前に出させた。
「この中で一番料理が上手いのは?」
一人の娼婦に視線が集まる。
「じゃあお前が料理長だ。今からここに居る全員分の料理を作れ。」
「そ、そんな…!」
「別にお前一人に作れと言ってる訳じゃない。空いている娼婦は好きに使っていい。出来るな?」
「で、でも食材が…。」
「必要な食材と量を全部紙に書き出せ。道具もだ。紙は…アイツに取ってこさせるか。」
先ほど走っていった元ボスが、小袋を抱えて戻ってくるのが見えた。もう一度走らせる。
「す、すみません…私、文字が…。」
「はぁ…、読み書きと金勘定が出来る奴は?」
今度は別の娼婦に視線が注がれた。
ケイティよりも少し幼く見える少女で、他の娼婦と違って長いロングスカートを履いている。
その少女をもう少し小さくした感じの少女の肩に掴まり、やっと立っているといった感じだ。
ヨロヨロとこちらへ向かって歩み出てくる。
「…足が悪いのか?」
「お、おねえちゃんをころさないでください…!おねがいします…!」
「ご、ごめんなさい、い、妹だけは…。」
小さい方の少女が大きい方の少女に涙を流してしがみつく。
「見せてみろ。」
しゃがんで少女のスカートを捲る。
右膝から先が無い。
どういう経緯で失ったかは知らないが、これでは男に売れる事は滅多に無い。
娼婦たちの代わりに、読み書きと金の計算をして食い扶持を稼いでいたようだ。
「さっき言った仕事をやれ。あと、これを使え。これで妹の手が空くだろ?」
地面から松葉杖を抜いて少女に手渡す。義足?そんなもんは作れん。
「あの…これは…?」
「主に足を怪我した時に使う杖だ。脇の下に挟んでそこを手で掴め。」
松葉杖を使って拙いながらも少女が一人で歩く。
「おねえちゃんが…あるいてる…。ありがとうございます…うっ…うっ…。ひめきしさま、ありがとうございます。」
小さい方の少女が両の手を組んで俺に向かって平伏した。
姉の方も妹の隣で同じ様に平伏す。
「ありがとうございます、姫騎士様。このご恩は忘れません。」
「姫騎士って…なに…?」
「凛々しい戦いぶりと慈悲深い心が、まるでお伽噺の姫騎士様のようだと…。」
他の娼婦たちも次々と平伏していく。
…姫騎士とか悲惨な末路を迎えそうなんですケド。




