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4話

昨日、俺は1歳を迎えた。1年、ようやく1年である。

食事は離乳食に変わり、おしめも外れている。

歩けることがバレてしまったため、普通に家の中を歩きまわり、ついでにトイレも使うようにしたのである。

フィーの事(あんな事)の後ではそれほどショッキングな事でもないのか、

サレニアは「手が掛からなくて楽でいいわ~」と言っている。

当のフィーはあの日からサレニアに魔法を習うようになった。

すぐにコツを覚えたのか、数日もしないうちに楽しそうに魔法で家の掃除をするようになった。

掃除できる範囲は最初に比べて格段に広がっている、魔法を使える回数も増えているようだ。

俺も負けじと魔法の特訓を続けている。

魔力で人形(ヒトガタ)を創り、視認できる範囲ではあるが遠隔操作出来るまでになった。

歩けるようになったので外に出て魔力の変質の特訓も行っている。

最初のうちは外に出ていると心配されて叱られたりもしたが、家の傍から離れず、呼ばれれば必ず戻るようにしていたため、何度も繰り返しているうちに心配すらされなくなった。

特訓の方も上々。

火、水、風、土、雷、光、闇、思いつくものを色々と試してみた結果、全て変質させることができた。

想像力(妄想力)が大事なのである。

変質させたものは1分も掛からないうちに魔力に戻るが、周りに与えた影響は戻らない。

焚き火をする時に火種として魔力の火を使った場合、

魔力の火種自体は消えてしまうが、消える前に薪などに火が燃え移っていれば焚き火は燃え続ける。

といった具合だ。

「フィー!アリス!お昼よー!」

気が付けばもう昼である。

(昼飯の後は家にある図鑑でも見てみるか。前から気になってたしな。)

字もフィーの絵本を読めるくらいにはなっている。図鑑も一部くらいは理解できるだろう。


昼からは考えていたとおりに家にある図鑑を眺めている。

特に魔物図鑑、これは心が踊る。

だが図鑑と言っても30ページもない。数体の魔物の絵と説明が書かれているようだが殆どがまだ理解できない。

他の図鑑も同様だ。

全部合わせても10冊も無かったためすぐに読み終わる。眺めていただけだが。

(また魔法の練習でもするかな…。)

玄関から出て家の裏へまわる。

地面から小さい土のゴーレムを2体作り出し、同時操作で戦わせる。

人形劇のような感覚だが、同時に操作するのは意外と難しかった。

自動操縦が今後の課題かなと心のメモに書き留め、夕方まで練習を続けたのだった。


「お姉ちゃん、こっちこっち!」

月日が立つのは早いもので、俺は3歳になっている。

フィーの一件からは特に事件も起きず、平和な日々を過ごしていた。

勿論、魔法の練習や文字の勉強は欠かしていない。

(確かに退屈だけど、あんな事がそう何度も起きてもな…。平和が一番だ。)

そんなことを考えながら、フィーの手を引いて家の裏へやって来た。

「どうしたの?アリス。」

はてな顔で問うフィーに土を材料に魔法で創ったおもちゃの剣を渡す。

おもちゃと言っても結構堅く、丈夫になっている。

重量も中抜きを行って軽くし、刃もちゃんと潰している。

大人の力で岩なんかに思いっきり叩きつければ流石に折れそうだが、子供がチャンバラで遊ぶぐらいなら問題ない。

フィーは手渡された剣をマジマジと眺めている。

「ど、どうしたの…これ?」

「ん?作ったんだよー。…よし、それで打ち込んで来て。こっちからは攻撃しないから安心していいよ。」

フィーの正面に立って構える。心得なんてないので適当だが。

「ええええ!?だ、だめだよそんなの!けがしちゃう!」

「大丈夫、私は受けるだけだから。お姉ちゃんに怪我はさせないよ。」

「アリスがけがするでしょ!」

(まぁ、3歳の妹に剣で殴りかかるのは抵抗あるか…。)

「大丈夫、お姉ちゃんの力じゃ怪我なんてしないよ…っと。」

言いながら頭ぐらいの大きさの石を探して持ち上げる。

「…アリス?」

「見ててね。……うりゃっ!」

魔力で全身を強化し、頭を振り下ろす。

バゴッ!!

砕けた石が足元に転がる。

「あ…アリス!?だいじょうぶ!?」

「平気平気。でも、みんなには内緒にしてね♪」

呆然としたフィーに続ける。

「というわけで怪我は大丈夫。それにこんな事頼めるのお姉ちゃんしかいないの、お願いっ!」

フィーが呆気にとられている間に畳み掛ける。

「う…うん……。」

よし、成功だ。フィーの正面に立ち、サッと構える。

「じゃあお願い、お姉ちゃん。」

「い、いくよ……えいっ。」

大きく振りかぶって剣を振り下ろしてくるフィー。

避けるのも簡単そうだが、とりあえず剣で受けてみる。

カッ!

剣同士がぶつかり合い、小気味の良い音が響く。

すぐに次の攻撃を受ける体勢に移るが、次の攻撃が来ない。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

「……し、しびれた…。」

元々おとなしい性格のフィー。体を動かすより本を読んでいる方が好きな子なのだ。

仕方のない事だろう。

家の壁を背もたれにして休ませる。

「ごめんね、アリス…。」

「気にしないで、お姉ちゃん。無理を言ったのは私なんだし。」

「でも………。」

落ち込むフィー。その顔にはどうも弱い。

何かいい方法は無いだろうか。

「うーん………。あ、そうだ。お姉ちゃん、ちょっと手を貸して。」

「…?」

フィーを立たせ、正面からフィーの両手を片方ずつの手で握る。

「あとはおでこも。」

フィーが少し屈んで額を合わせる。

「じゃあ目を閉じてじっとしててね。」

俺も目を閉じて集中し、ゆっくりとフィーに魔力を流し込み、循環させ、フィーの身体を少しだけ強化し、体を離す。

「わ……なにこれ?」

「それでちょっと走ってみて。」

言われた通りに駆け出し、転ぶフィー。

「はうっ……、いたく…ない…?」

身体能力の上がった感覚に思考が追いついていないのだろう。

「大丈夫、お姉ちゃん?まずはゆっくり身体を慣らしていこうか。」

手を取ってフィーを起こす。

「どうなってるの…これ?」

「ちょっとした魔法だよ。じゃあ最初はランニングから。」

「らんにんぐ?」

「走るってことだよ。よーいドン!」

「あ、まって!」

その後、夕方までランニングや素振りをして過ごした。

1時間くらいで強化が切れたのでその都度掛け直しながら。

最初は戸惑っていたフィーだが、慣れてくると楽しそうに身体を動かしていた。

翌日は筋肉痛で動けなくなっていたが…。

それからはたまにフィーと一緒に訓練するようになった。

そんな中、フィーに変化があった。

フィーが強化魔法を使えるようになったのである。

何度も掛けている内に体内での魔力の循環のさせ方を覚えたようだ。

俺の使うものよりは劣るが、それも慣れの問題だろう。

それに魔力効率は既にフィーの方が上回っている。

見習う必要がありそうだ。


―今日は一人で訓練している。

魔法の練習が終わり、今は剣道の真似事で素振り中である。

剣は土から作ったおもちゃの剣Ver3。魔法の練習がてら改良し、最初のより強度が上がり、軽くなっている。

「アリス…いる?」

ひょこりと顔を覗かせるフィー。うん、可愛い。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「え、えっと…ね……その…。」

フィーの言葉が終わる前にフィーの後ろから活発そうな女の子が声を掛けてくる。

「この子がアリスちゃん?かわいいね!」

歳はフィーと同じくらい。

ショートの青髪でくりくりとした瞳も透き通った青色だ。

肌は少し焼けていておてんばで元気な女の子と言った感じである。

フィーの友達っぽいのできちんと挨拶をしておく。

「こんにちは、アリューシャです。」

ぺこりと頭を下げる。

「お、…おお?こ、こんにちは、ニーノリアです。」

釣られて頭を下げる。

「さすがフィーの妹、しっかりしてるねー。えーっと、ボクのことはニーナでいいよ。」

太陽のような笑顔。うん、可愛い。

「はい、よろしくお願いします。ニーナさん。」

お互いの自己紹介が終わったところでフィーの方を向く。

「えっと…お姉ちゃん?」

「あ、あのね、この子はわたしのともだちでニーナちゃん。」

「あははっ、それはもうすんだよ、フィー。」

カラカラと笑うニーナ。

「そ、それでね。ニーナちゃんがけんじゅつを習ってて、おしえてくれるって。」

「え、ほんと!?」

渡りに船、というやつだ。

「うん、ボクでよければね。」

「よろしくお願いします、ニーナさん!」

「あはは、そんな頭下げなくていいってばー。」

ニーナは照れくさそうに頬を掻いている。

「良かったね、アリス。」

フィーも嬉しそうさだ。

「何言ってるの、フィー。アンタもやるんだよ!」

「え、ええ~~!?」

「えー、じゃない!フィーもいつのまにか動けるようになってるんだから、ちゃんとやるの!」

(確かに、少し前までは運動苦手だったからなぁ…。)

強化魔法を使えるようになったフィーは身体を動かすのが楽しくなったらしく、訓練への参加頻度も上がっていたのだ。

そのおかげで元の身体能力も前に比べて格段に上がっている。

それでも本が好きなのは変わっていないようだが。

「それじゃあここだと少しせまいし、もう少し広いところに行こう!」

確かに3人だと少し手狭な感じもする。

サレニアに了解を取り、ニーナの案内で移動する。

村の外に出て森の中を進み、広い河原へと出た。

「ここだよー。いいところでしょ?」

「こ、こんなところに来てだいじょうぶなの…?」

フィーは不安そうにしている。

「へーきへーき、いつも剣の稽古をするときはここなんだー。」

「よし、じゃあはじめよっか!」

そう言って訓練用の摸造刀を構えるニーナ。結構様になっている。

ともかく、その日から時間があればニーナも混ざり、3人で訓練することになった。


―とある日の朝。

「お母さん。」

「どうしたの、アリス?」

「本は他にはないの?」

家にある本は全部読み尽してしまった。といっても図鑑(薬草図鑑や魔物図鑑)が数冊程度だが、今では八割方理解できる。

「うーん、本は高いからねぇ、アリスはどんなお話が読みたいの?」

やはり本は高価らしい。少し困った顔でサレニアは尋ねてくる。

「えーっと…他の図鑑とか、この辺りの地図。あとは魔法の本。」

サレニアの顔が引き攣る。アリスは知らないが、それらの本は絵本などより数段値が張るのだ。

ふぅ、とサレニアはため息を吐く。

「…ごめんね、アリス。そういうのは高くて買えないわ。」

俺の頭を撫でながら謝るサレニア。

「気にしないで、お母さん。無理を言ってごめんなさい。」

そこまで落ち込んだような顔をしないで欲しい。

あればラッキーくらいで聞いたのだ、無理に買う必要も無い。

「…ババ様ならそういう本を持っているかもしれないわ。一緒に行って頼んでみましょう?」

確かにババ様なら色々持っていそうだ。

「うん!」

俺は大きく頷いた。


我が家から歩いて大体10分ほど。

もっと魔女っぽい家を想像していたが、少し古い普通の家だった。

ただし、我が家の2倍くらいある。

そんな家の門の前にサレニアと二人で並んでいる。

フィーも誘ってみたのだが、壁に隠れてブンブンと首を横に振った。今は留守番だ。

怖がられてんなー…ババ様。

サレニアは門を開けて中に入り、扉をノックする。

「ババ様、いらっしゃいますか。」

しばらく待つと扉が開いて杖をついたババ様が出てくる。

「サレニアかどういたんだい?おや、アリスも一緒かい。」

「こんにちは、ババ様。」

挨拶をしておく。

「カカカ、ちゃんと礼儀が出来とるじゃないか。デールとこのクソ坊主とは偉い違いだね。」

俺の頭を撫でながらババ様は豪快に笑っている。

「実は…、お願いがありまして…。」

「なんだい、言ってみな。」

俺の肩に手を置いてサレニアは頭を下げる。

「この子に本を読ませてあげて欲しいのです。」

「お願いします。」

俺もそれに倣う。

「頭を上げんかい馬鹿者。」

ババ様は手に持った杖で俺達の頭を小突く。

「婆の家に遊びに来た孫が婆の本を読むだけの話、別に頭を下げるようなことじゃないわ。ホレ、入りな、アリス。」

ババ様は俺を家の中に招き入れる。

「お前さんは家でフィーが待っとるんじゃろ?早う帰ってやれ。」

「はい、ありがとうございました。宜しくお願いします。」

サレニアは頭を下げる。

「頭を下げるなと言うとるのに…おお、そうじゃアリス。晩飯はうちで食ってくかいの?」

「バ、ババ様そんな、悪いです…。」

恐縮するサレニア。

「んー、泊まってくー。」

折角の申し出なので更にプッシュする。どうせ本も読み切れないだろうしな。

「こ、こらアリス!」

「カッカッカ、随分と図々しいやつに育ったの、構わんよ、泊まってくとええ。」

「すみません。すみません。」

サレニアは平謝りだ。

ひとしきり笑った後、ババ様はサレニアを送り出す。

「気をつけて帰りな。」

「…はい、宜しくお願いします。アリス、ちゃんとババ様の言う事を聞くのよ。」

「うん!」

「それでは失礼します。」

挨拶を交わし、サレニアは帰って行った。

そしてババ様の家の一室に通される。

その部屋は小さい本屋のように本が所狭しと並んでいた。

とても数日では読みきれそうにない量だ。

「ところでお前さんはどんな本が読みたいんだい?」

ババ様の質問に答える。

「図鑑と地図と魔法の本。」

「ククク、お前さんの将来が楽しみじゃのう。図鑑はあの辺り一帯、地図はそこの本棚の一番上、魔道書は一番奥じゃ。」

指で指し示しながら本の場所を教えてくれる。

「梯子が少し短いかのう。」

確かに備えてある梯子や踏み台だと一番上どころか二段目も怪しい。

「大丈夫だよ、ババ様。」

そう言って俺は触手を使ってすぐ近くの本棚の一番上の位置まで身体を持ち上げ、本を一冊抜き取り、ゆっくりと下りる。

「そうか、お前さんは飛べるんだったね。それなら大丈夫そうじゃのう。」

「うん!」

「それじゃあワシは仕事を片付けるわい、ゆっくりしておいき。」

「仕事?何するの?」

確かにこんな世界だ、年金生活なんてものは無いのが当たり前か。

「薬の調合じゃよ。」

調合か…、錬金術なんかもあるんだろうか?

ともかく、これも覚えれば役に立ちそうそうだ。本は後回しにするとしよう。

「調合?見たい!教えて!」

「カッカッカ、お前さんは貪欲じゃのう、アリス。構わんよ、ワシの術を叩き込んでやるわい。」

図書室を後にして工房へと向かう。

「しかしアリスよ。そんなに勉強してどうするつもりじゃ?」

「うーん、冒険者になるため?」

「…なんでワシに聞くんじゃ。」

とは言ってもそこまで深く考えていなかったな、そういえば。

強いて言えば憧れのファンタジー生活なので、面白そうな事には手を出してみようってところか。

まぁ、当面の目標は冒険者になることなので間違ってもいない。

「ふむ、冒険者になりたいと言う子供たちはみんな外でおもちゃの剣を振り回しとるぞ?」

まぁ、それは俺もやっている。

「知識も武器だよ、ババ様。」

「面白い事を言う、ほんに子供とは思えんのう…。」

ジロリとこちらを見る。内心ドキリとはするが顔には出さない。

「じゃあもう立派な大人かな?ババ様!」

一瞬キョトンとした顔になり、吹き出すババ様。

「カッカッカ、まだまだじゃわい!」

そうこうしているうちに目的の工房まで辿り着く。

「ほれ、ここじゃ」

扉をゆっくりと開いて中に入るババ様に着いて行く。

工房の真ん中には大きな鍋が、周りには大小様々なガラス器具、材料と思われるものがギッシリと詰まった棚など、色々なものがある。

「簡単に言えば決められた材料を決められた分量で、決められた手順で混ぜ合わせるだけじゃ。」

「例えばこのレーゲ草、リクブの花、クロリ草、こいつらを一株ずつ水を足しながら磨り潰して混ぜる、粘土くらいの固さになるまでな。

そしたら小さく千切って丸める。あとはそいつを乾燥させれば胃腸薬の出来上がりじゃ。」

「ここにあるのが出来上がったやつじゃ。」

そう言って棚から壷を取り出して蓋を取り、中から一粒つまみ出して手渡される。

「食ってみい。」

パクリと緑の粒を口に入れる。

(まっっっっっっっっっっっっず!!!!!!!!!!!)

(なにこれくそまずい!!!!!!!!!うごごごごご!!!!!!!!!)

声も出せずに悶絶していると、笑いながら水を入れたコップを手渡してくる。

「カッカッカ、不味いじゃろ!一応栄養価も高いから非常食として冒険者はみんな持ち歩いとる。そして何も知らん駆け出しは、今みたいに食わされるわけじゃ。カッカッカ!」

(正○丸の比じゃないなこれは…。)

水で口内をすすいで流し込む。

「この味は酷すぎるよ、ババ様。」

涙目で訴える。

「カッカッカ、これで冒険者に近づいたのう。…さて、それじゃあ仕事を終わらせるかねぇ。」

その後、夕食の時間まで調合を習い、夕食後は眠くなるまで本を読んで過ごした。

結局、ババ様のところに3日間入り浸り、4日目に戻ってこない俺を心配してフィーが泣きながら迎えに来たのだった。


3人で河原で剣の稽古をしていたある日。

「ニーナ!!!」

「は、はいぃぃっ!!」

突如として響き渡る誰かの声に反応するニーナ。

声のした方に目線を向けると、そこには腰に剣を携えたお婆さん。

肩で切りそろえられた白髪に質素ながらも高級感溢れる衣服を纏い、腕にはガントレットが付けられている。

老人とは思えない気迫と高貴な感じが滲み出ている。

ニーナは素早くお婆さんの前に立つ。

「貴方はこんなところで何をしているのです、ニーナ?」

「け、剣の稽古を…。」

「…そこの方々も一緒にですか?」

「は、はい…ボクが教えています。ご、ごめんなさい、まだ一人前じゃないのにかってに…」

お婆さんはふぅと溜息を付き、

「いいですか、ニーナ。誰かに教えるという事は貴方の糧となります、それは構いません。」

「は、はい…。」

「ではどうしてこの場所を使っているのですか?」

「さ、三人だと広いばしょがよかったので、いつも使っているここを…。」

ニーナが答える。

「別にこの場所を使ったことを咎めているのではありません。此処は村の外です、貴方一人ならまだしも友達を二人も連れて…。万が一魔物が現れた時、二人を守ることが出来ますか?」

「う…、それは…。」

うーむ、放置されて説教を進められるのも居心地が悪い。

助け舟を出してやるか…。

俺はニーナの隣に並び、お婆さんにお辞儀する。

「こんにちは、お婆様。私はアリューシャと申します。アリスとお呼び下さい。ニーナさんに剣を教えて頂いています。」

フィーが慌てて俺の隣に並び、同じ様にお辞儀する。

「こ、こんにちは、フィーティアです!フィーとよんでください。」

おや、とこちらを一瞥し、すぐに笑みを作ってスカートの裾をつまみ、優雅に礼をする。

「これはこれは、礼儀正しいお嬢様方。私はルーネリアと申します。ルーナとお呼びください。孫がご迷惑をお掛け致しました。」

挨拶が終わるとルーナさんは楽しそうにクスクスと笑う。

「フフ、小さなお嬢さんに助けられましたね、ニーナ。先ほどのことはよく考えるのですよ。」

どうやらお見通しのようだった。

「は、はい…。」

拍子抜けした顔で返事をするニーナ。

そんなニーナに一つ咳払いをしてルーナさんが告げる。

「コホン…、先ほどああは言いましたが、この体たらくでは人に教える以前の問題、今日からはこの二人と共に、一から修行のやり直しです。」

「そ、そんなぁ~!」

頭を抱えるニーナ。

「よろしくお願いします、ルーナさん。」

ルーナさんに頭を下げる俺を真似して、合点がいかない様子で頭を下げるフィー。

「よ、よろしくおねがいします…?」

この日から俺たち三人はルーナさんに剣を教えてもらう事になった。


「ではまず、剣の腕を見せてもらいましょうか。ニーナから来なさい。」

そう言って剣を構えるルーナ。

「ええっ、ボクも!?」

「一からと言いましたよ、ニーナ?」

「は~い…。」

渋々摸造刀を抜き、ルーナと対峙するニーナ。

「いきます!」

声と同時にルーナに駆け寄り、剣を振るう。

ルーナはニーナの振るう剣を躱し、弾き、受け流す、最後にはあっという間にニーナの剣を絡めとり、飛ばしてしまった。

「はぐぅ…。」

「まだまだですよ、ニーナ。次はフィー…その剣は…?」

「え、えっと…これは…。」

チラチラと俺の方を見るフィー。

「私達は摸造刀などを持っていないので、おもちゃの剣を使っています。」

フィーの代わりに答える。

「ふむ…、少し見せていただけますか?」

俺は手に持っている剣をルーナさんに渡す。

手に持った剣を数回振るルーナさん。

「これは…少々軽いですが、訓練に使うにはちょうど良いかもしれません。凄いですね、普通の摸造刀など比べ物にならない程丈夫…良く出来ています。何処で手に入れましたか?」

「私が作りました。」

「これを…貴方がですか?」

いつでも冷静そうなルーナさんも驚いた顔をする。

「私とニーナの分を作って頂くことは可能ですか?」

「はい、出来ます。少し待ってて下さい。」

地面に手を当て、魔力を流し込み、土を剣の形に固めて引き抜く。

改良を加えるわけでもないので作業はすぐに終わる。

「はい、ニーナさんの分。」

「あ、ありがとう…、わ…かるい。」

剣を振るって具合を確かめているニーナを尻目に、ルーナさんに声を掛ける。

「ルーナさんの剣、見せてもらってもいいですか?」

「ええ…、どうぞ。」

本物の剣。ズッシリと重みが伝わってくる。

その重さを確かめてから、剣が見えるように脇に置いて地面に手を当てる。

地面に魔力を流し込み、重さと意匠が同じになるように土を固めていく。

先程より時間を掛けた作業が終わり、剣を引き抜く。

材質が土なので重さは足りないがこんなものだろう。

意匠も大体同じコピー品といったところか。

両方の剣をルーナさんに手渡す。

ルーナさんは本物の剣を鞘に収め、出来立ての剣を振るって具合を確かめる。

「素晴らしいわ…、最近の子は器用なのですね。」

「おばあさま…、いっしょにしないでください…。」

フィーもコクコクと頷いている。

「ありがとう、アリス。お代は後で持って行きます。」

「いえ、剣を教えて頂くのですから、結構です。そんなもので代わりになるかは分かりませんが…。」

なにせ元は土である。原価0なのだ。

「フフ、それなら私は貴方達を必ず立派な剣士に仕立て上げないといけませんね。」

「それではフィー、かかって来なさい。」

「は、はい、いきます!」

強化魔法を使ってルーナさんに斬りかかっていくフィー。

ニーナと同様にフィーをいなし、剣を飛ばす。

「見た目に反して貴方の攻撃は重いですね、フィー。ニーナよりも重いのは驚きました、これからが楽しみですね。」

「はい!」

ルーナさんに認められたのが嬉しいのだろう、フィーの顔は生き生きとしている。

「では最後にアリス、貴方の番です。」

「はい、お願いします。」

フィーと同様に強化魔法を使って体重を載せない牽制攻撃を仕掛ける。

ニーナやフィーと同様に、俺の攻撃もいなされていく。

これが最後とルーナさんが剣を絡めてきた一瞬を見計らい、剣を手放す。

その瞬間に地面に魔力を流してナイフを引き抜き、斬りかかる。だが――。


カッ!


ルーナさんの返す刀で俺の作ったナイフは切断されていた。

「素晴らしいわ、アリス。貴方もこれからが楽しみね。」

「はい、ありがとうございました。」

その後、日が落ちる前までルーナさんの指導の下、訓練を続けるのだった。


そして夜、夕食時にサレニアとエルクにルーナさんに剣を教えてもらう事を報告した。

「お…おいおい、ルーナさんって言やあ…、元魔法騎士のあの人か…?」

「ええ、そうよエルク…。今度ご挨拶に行かないと…。」

「しかしフィーまでとは…大丈夫なのか?」

「最近は随分おてんばになってるわよ?フフ、やっぱり貴方の子なのね。」

「まぁ、怪我しないように頑張れよ、二人共!」

「「うん!」」

そして夜は更けていった。


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