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13話

赤々と染まっていた木の葉が枯れ落ち、白い絨毯に覆い隠される季節。

寮の窓から見える足跡一つない雪景色は瞳を焼かんと輝いている。

無慈悲にも引き剥がされた愛しい彼女は、もう身を刺すような寒さから守ってはくれない。

俺は慌てて別の彼女の元へと逃げ込んだ。

「”こたつちゃん起動”。」

俺の言葉に反応し、魔力を吸って彼女は熱を持ち始める。

「はぁ……こたつちゃんのなか、あったかいナリぃ…。」

「もう、だらしがないわよ、アリス。」

まだ俺の温もりが残った元彼女はリーフに折り畳まれ、押入れへと幽閉された。

また夜に逢おう。

「だって…さむいし…。」

「そうだにゃ!寒いにゃ!……ふにゃ~~。」

いつの間にかこたつちゃんに捕らわれていたサーニャは蹂躙されるがままだ。

「まぁ、確かにこちらの冬は厳しいわね…。」

そう言いながらリーフもサーニャの向かい側に座る。

この炬燵、作ったは良いが魔力を吸い続けるので実質俺が居なければ機能しないのだ。

もし使ったとしても運が悪ければ炬燵に入ったまま気絶してそのまま…、と言った事になる危険物だったりする。

転生者の魔力量であれば寝てようが特に問題はないが。

魔力を吸収するのは俺の位置からだけなので、他の場所は一応安全になっている。

リーフは中央に鎮座する橙色の楕円形に手を伸ばして剥き始めた。

蜜柑である。

が、正確には違う。

似た果実を長年品種改良し、魔女たちが作りだしたものだ。

当然出荷数は少なく、スーパーの本店があるこの街でしか買えない。そして高い。

何気ない顔でパクついているが5個で銀貨1枚、日本円で1個約2000円である。

だがその価値はある…と思う。こちらの人間にはないだろうが。

「りーふ!りーふ!あーん!」

サーニャが雛鳥のように口を大きく開く。

「もう、しょうがないわね。」

一粒つまんでサーニャに食べさせる。

「んにゃ~、すっぱいにゃ!」

「ふふ…ほら、アリスも。あ~ん。」

「あーん。」

口の中に甘酸っぱい故郷の味が広がる。

(そういえば、蜜柑なんて久しく食べてなかったな…。最後に食ったのはいつぐらいだろ…。)

自分の住んでいた街、実家、そして住んでいたマンションの部屋の惨状が脳裏に蘇る。

散乱するコンビニ弁当やペットボトルのゴミ。

流し台に積み上がったカップ麺の空容器。

大型テレビの前に並ぶゲーム機のビル群。

付けっぱなしのPC。

(…散らかってんなー、俺の部屋……。思い出すのはやめとこ…。)

「ぼーっとして、どうしたの?具合でも悪い?」

「ううん、何でもない。まだちょっと眠くて。…お姉ちゃん達は?」

「フィー達なら三人で修行だって出かけて行ったわよ。本当に元気ね、あの子達…。」

「三人…?フラムは?」

「雪おろしの作業に連れていかれたわ…。確かにアレは便利と言えば便利だけれど…。」

「あぁ…またか。あんな芸当ができるのはフラムくらいだろうけど…自分の家にはやりたくないなぁ。」

まだ冬に入って間もない頃、仕事で森に入った時に魔法で試した事がある。

木に積もった雪を火の魔法で雪だけ解かせるか、をだ。

それをフラムが見事にやってのけた。

燃え盛る木からは確かに炎の熱を感じたのだが、現れたのは雪がなくなってさっぱりとした木だった。

ちなみに俺がやるとどちらも燃えるか、どっちも燃えないかだ。

温度の調節とかいうレベルではないらしい。本人もどうやってるかは分からないと言っているが。

リーフやヒノカも試したが、森からいくつかの木が焼失しただけだった。

それをどこから聞きつけたのか、寮長に見せるように言われて…という訳だ。

燃えないのは分かっているが…、燃え盛る自分の家なんてビジュアルだけでも心臓に悪い。

そんな話をしていると噂の人物が帰還する。

「た…ただい、ま……。」

かなり頑張ったようで、へとへとになっている。

「おかえりー。」

「おかえりなさい、頑張ったみたいね。お疲れ様。」

「ぅ、うん…!お、お菓子…もらったよ。」

両手いっぱいのお菓子を蜜柑の籠の隣に置いた。

「随分と多いわね。」

「きょ、今日は…いっぱいあったから。」

フラムが行っているのは所謂雪下ろしのボランティアで、街に住んでいる老人達の家の雪下ろしを手伝っている。

何というか、ファンタジーな異世界でも程度の差こそはあれ、平民はあんまり変わらんのだなと思う。

ま、俺はそんなのやった事ないが。雪なんて降っても積もる事なんて滅多になかったし。

最初の内は燃やされる自分の家を見て腰を抜かす老人が多かったらしいが、

今では「火の女神」としてガチな方の偶像(アイドル)として崇められているようだ。現人神、といえばいいか。

家が大きく、加減が難しくてクッションを焦がしてしまった家があるらしいのだが、

そのクッションには御利益があるとされ、立派な祭壇に奉られているという。

具体的には焦げた部分に触れると万病を焼き祓ってくれると言われている。

本人にとっては酷い仕打ちだろうが、本気で信奉している老人達には何も言えないようだ。

実際、元気になった人もいるらしいしな…。単なるプラシーボ効果とかいうやつだろうけど。

まぁそれは抜きにしても本人は楽しそうにやっているので良しとしている。

「ゎ…あったかい…。」

フラムが俺の向かい側に座って炬燵の中でかじかんだ手を擦り合わせる。

フラムならば自分の魔法で温める事が可能だが、見た目がえげつないのでリーフに緊急時以外は禁止とされた。

炎に包まれた人間を見るのは流石に心にクるものがある。

気が付けば窓の外にはひらひらと白い粒が舞っていた。

「あー…また降ってるよ…。」

「本当ね。折角の休みなのに、勿体無いわ。冬休みはずっとこんな天気でなければ良いけど。」

そう、流れるように秋の日は過ぎ去り、冬休みは目前だ。

だが学園モノの定番のあの恐ろしいイベントは無い。

血の色の服を着た白い髭のお爺さんが自宅に侵入してくる恐怖のイベントはないのだ。

まぁ、あれはあちらの世界の神様の事なのでぶっちゃけ関係ないし、

やるとしてもこの世界を創ったの中二病の神様の誕生日にするのが筋というものだろう。

こっちの神様の誕生日も同じ日だったら笑えないが。

年末年始も特に大きなイベントはない。

食堂で蕎麦と餅が出るくらいだ。盛況らしいが。

王都では新年を祝う式典もあるそうだが、地方では全くだ。

それに肖って商売人が精を出すくらいか。向こうと変わらないな。

故に、冬休みは平和(暇)なのである。

夏のように迷宮都市へ行くにも少し期間が短いし、

里帰りするにも転移魔法で主要都市までは送ってもらえるが、

雪で馬車の運行が不安定なのでそれ以降が厳しい。

距離がある場合は送り先の都市で冬休みを明かすのもやむなし、なんて事もあるようだ。

お金があればまぁ、それでも小旅行で笑って済ませられるが…。

そんなわけで寮でゴロゴロしてるのが一番ということだ。

食堂くらいは行っても良いかもしれない。

蕎麦も餅も大好物という訳でもないが、こっちの世界で食べられるのであれば少し食べてみたい。

そういえば向こうではどうやって過ごしてたんだっけ…?

何だかんだ言って大晦日は年越しカップ麺を食べて、ネトゲでカウントダウンイベントしてたな…。

その後はイベント限定モンスターを皆で狩って餅やらを集めてたっけ。

…それを言うならクリスマスも靴下やらプレゼント箱やらを落とすモンスターを狩ったな。

バレンタインデーやホワイトデーだってチョコを落とすモンスターを狩ってたし…。

俺のイベント日はかなり充実していた気がするな。

どうやら俺はリア(ルに感けている暇がないほど)充(実)な日々を過ごしていたらしい。

(こっちにもネットが欲しいな…。)

恋しくなる向こうでの生活。

そんな事でどうするんだとか言われそうだが、やはり慣れ親しんだものが無いのは寂しい。

ふと窓の外を見れば雪の勢いが増していた。

風こそ強くはないものの、舞い落ちる雪がレースのカーテンの様に視界を遮る。

「だんだん強くなってきてるわね…。ヒノカ達は大丈夫かしら?」

「こんな天気だし、流石に屋内闘技場辺りに居るんじゃないかな…多分。」

「そうだと良いけれど。…これじゃあ買い物にも行けないわ。」

「食材はまだ残ってたはずだから大丈夫だと思うけど…。いざとなったら携帯食も残ってるし。」

「それだと少し味気ないじゃない?」

「まぁ、確かにそうだね…。」

愚痴のような雑談をリーフとだらだらと続ける。

気付けば笊に積まれていた橙色の山は大きく削られていた。

フラムは疲れたのか、いつの間にかすぅすぅと寝息を立てている。

サーニャの耳がピクリと動く。

「あ、ヒノカたちが帰ってきたにゃ。」

その言葉から間もなく、部屋の扉が開いて廊下の冷えた空気が流れ込んできた。

「お帰りなさい。」

「あぁ、ただいま。雪が強くなる前に切り上げてきた。」

ヒノカ達は外套に纏わりついた雪を払って吊るす。

「正解だと思うわ。まだまだ降りそうだもの。」

さっきまで真っ白に輝いていた雪は、すっかり鈍い灰色へと姿を変えていた。

風も少し出て来たのか、窓にぶつかった雪の粒が小さく音を立てている。

「へへっ、いいもの持って来たよ!」

ニーナが取り出したものを炬燵の上に扇状に広げる。

旅行のパンフレットのようだ。

「何かしら?」

リーフが一つを手に取ってパラパラと眺めはじめた。

「旅行案内だ。夏には迷宮都市へ行っただろう?冬休みもどこかに行ければと休憩中に話していてな。

戻ってくるついでにそれらを頂いてきた。」

雪景色などが描かれたパンフレットの中に一つだけ異彩を放つものがあった。

俺はそれに吸い寄せられるように手を伸ばす。

青い空、白い雲、真っ赤な太陽、波打ちよせる砂浜、水着。……水着?

「それは夏のじゃない?」

横から覗き込んでいるリーフが指摘する。

「いや…、事務の人によると一年中暖かい島という話だ。」

「お姉さんがお勧めだって言ってたよ!」

「季節が違う場所なんて…ありえないわ。」

地球では常識だが、この世界に於いてはリーフの認識が正しい。

俺達の住む大陸東部、そしてその東の果ての海を越えた先にあるアズマの国。

その場所以外は前人未踏なのだ。

西側は魔力が濃く、人が住めるような環境ではないため、

その全貌すら把握されていない。

便宜上大陸東部と呼んでいるが、北にも南にもそのような未開の地は残っている。

寒暖の差はあれど、季節が変わるような場所には人が踏み込めないのだ。

だが可能性がない訳ではない。

神の造った魔道具。おそらくはそれだろう。

迷宮都市にある『千の迷宮』だって魔道具なのだ。

俺はその考えをリーフに説明する。

「確かに…そうね。神の遺跡があるなら…。」

「もー、そんな事はどうでもいいじゃん!ここ行こうよー!」

「で、でも…。」

リーフがちらりとヒノカに視線を向ける。

「里帰りをしない学生はほとんどが行くらしい。

資金が無い者も日帰りで楽しめるそうだ。」

パンフレットを見る限りでは並の宿くらいなら冬休み中過ごしても問題なさそうだ。

高級宿はちょっとアレだが。

「そうだね、これならしばらく向こうで過ごしても大丈夫だと思う。」

「え…、結構高いわよ…?」

「ギルドの仕事で稼いだお金もあるからね。」

「ちょ、ちょっと、そのお金は…!」

「…また稼げばいいよ?」

「もう、フィーまで…!」

「リーフは別の所が良い?」

「そ、そういう訳じゃ…ない、けど…。やっぱり、少し高いと思うわ。」

「ふむ……、確かに少々普通の宿よりは値が張るが。」

「でしょう?それに、日帰りといってもどれだけ掛かるか分からないし…。」

「大丈夫、最悪これだけあれば何とかなると思うし。」

俺は炬燵の上に金貨を三枚積み上げる。

「だから、それはあなたの…。」

「皆と楽しく過ごせるなら全然構わないよ。それに、あくまでも緊急用だから、ね?」

「もう…………分かったわよ。私一人だけ我が儘言っているみたいじゃない…。」

「そんな事は思ってないよ。皆の為を想って言ってくれているんだし。」

「…そうだよ。リーフ………ぉ、お姉ちゃん。」

「ぁぅ……………こ、この話はもういいわ!終わりにしましょう!

け、計画!計画を立てましょう!もう冬休みまで時間も無いのだし!」

「うん、そうだね。どうするか皆で決めよう。」

退院してから、フィーがリーフに甘える事が多くなった。

それを茶化したり、からかったりする者はここには居ない。

フィーの受けた仕打ちを皆知っているからだ。

身体の傷は傷跡一つなく綺麗になったが、心に受けた傷は深く、

結局のところ、フラッシュバックの症状はまだ治まっていない。

今でこそ回数は減っているものの、当初は毎日のように夜になると発作が起きていた。

リーフにしばらく抱き締められると落ち着くようで、早々に一緒の布団で眠るようになり、

今もそれは続いている。

フィーだって何もしていない訳ではない。

退院した翌週からはギルドの仕事にも復帰しているのだ。

流石に反対したが、ヒノカだけはフィーを支持した。

確かに、ヒノカは正しい。

この世界で生きるということは、魔物との付き合いを避けて通る事など出来ないのだ。

例えギルドの仕事をしないにしても、魔物と向き合う場面なんていくらでもある。

家に引き篭もっていようが、町や村が襲撃されるなんて日常茶飯事だ。

そんな時に何も出来なくなってしまえば今度こそ…、その生命を落とすことになる。

フィーを診てくれた先生の許可もあり、四人以上のパーティでなら、

という条件でフィーの復帰をさせることにした。

とは言っても、余程の事情が無い限り全員で行くのだが…。

俺は一つ息を吐いて思考を吹き飛ばす。

今はフィーに楽しんでもらう事を考えよう。

その方が生産的だ。

俺は炬燵の上を片付け、皆に見えるようにパンフレットを広げた。

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