3話
更に2ヶ月が過ぎた。
魔力の扱い自体は慣れてきたが、まだ視えてはいない。
(全然視えねえな…。)
そもそも魔力を視るって出来るのか?幽霊も見たことない俺が?
(うーむ、やっぱり無理か…?)
手に集めた魔力を捏ねながら考える。
最近は魔力を視る特訓だけでなく、操る特訓も行っている。
視る方が詰まっているので気晴らしに、だ。
だがこちらの方が成果が上がっていた。強化魔法らしきものが使えるようになったのだ。
体内に魔力を巡らせ身体能力を強化するのである。
魔力を感知出来るようになっていたためか、比較的楽に習得できた。
試しに腕力を強化してベビーベッドの柵を殴ってみるとボキリと折れた。
折れた柵はエルクが修繕済みである。
(強化魔法か…。)
真新しくなった柵を眺めながらふと思いつく。
(魔力が視えるように眼を強化できないか…?)
ゆっくり、慎重に体内の魔力を巡らせ、強化する。
(遠くは良く見えるようになった…が。)
視えない。
(ダメか…、視力を上げたところでそもそもが視えないものだしな…。)
(漫画みたいにエフェクトでも付いてれば……そうか!)
眼の強化に条件を加えていく。
魔力を視るのではなくて魔力をどう視たいかイメージを与える。
(おお…、視えた。しかしこれは…。)
イメージの元にした所為だろう、手に集めた魔力の塊は某龍球のエネルギー弾そのものだった。
身体から洩れているであろう魔力も心なしかシュワシュワと鳴っている。
カメ○メ波も撃てそうだ。
(何だか随分と武闘派になってるな…。)
強化魔法で肉体を強化して素手で戦えば、あの漫画も再現出来そうである。
(まぁ無手で戦うというのも考えておいていいかもな。)
まだ見た事はないが、ここは魔物のいる世界なのだ、戦う手段は多いに越したことは無い。
(…とりあえずイメージをもうちょっと別の感じにするか。)
その日は魔力のイメージを固めることに費やした。見た目は大事なのである。
あまり変化は無かったが…。
そして翌日。
(今日からは魔力の形状変化に挑戦だな。)
手に魔力を集めると、少し歪な球状の塊が出来上がる。
(まずは四角にしてみるか。)
集めた魔力に四角になるようにイメージを送る。
すると手のひらの球体は正方形に形を変えた。
(よし!いけた!)
これまでとは比べ物にならないほど順調な出だしだ。
次に、棒状の形に変化させる。
これも成功。
(じゃあ次は…と。)
魔力の棒がぎこちなくはあるがクネクネと動き出す。
そう、これは触手だ。
(おぉ…遂に…。)
感慨深いがまだまだ先は長い。
気持ちを切り替え、触手を操作する。
(まずは俺に掛かってるシーツを持ち上げてみるか。)
触手をシーツに潜り込ませてグイっと引き上げてみる…が。
少し引っかかった感じはあったものの、すり抜けてしまった。
(すり抜けた…、魔力の密度が薄いからか?)
魔力を更に触手に流し込み、もう一度シーツを持ち上げる。
今度は成功だ。
(おお、やった!…しかし、結構疲れるな。)
魔力の使いすぎ…なのだろうか。
(もう少しだけやって今日は終わりにしよう。)
無理は禁物。身体はまだ赤ん坊なのだから。
それから更に一ヶ月後。
触手も上手く扱えるようになってきた。
魔力の視覚化も今では身体の中に流れる魔力まで視ることができる。
今日も特訓を頑張ろうと思っていたが、今日はフィーが傍にずっといそうだ。
サレニアに俺の面倒を見るように言われたためか傍を離れようとはしない。
そのサレニアはエルクと共に、村の近くで見つかった魔物の群れの討伐に早朝から駆り出されている。
とは言っても二人とも、
「フフ、二人でパーティを組むなんて久しぶりね。」
「ああ、たまには悪くねえな、こういうのも。」
などとイチャイチャしながらルンルンと出かけて行った。
夜には戻る予定なので一日デート気分なのだろう。
家に訪れた村の偉そうな人はかなり焦ったような声だったが…。
(それだけ余裕ってことなのか…?)
二人の実力は分からないが、問題はなさそうだった。
(さて、今日はどう過ごすか。)
すぐ傍でフィーが本を読んでくれているため、魔法の練習は出来ない。
「こうしてぎんのゆうしゃのかつやくで、せかいはへいわになりました。おしまい。」
何度も聞いた物語が終わる。
この家には他にフィーが読める本は無い様なのだ。
エルクが薬草図鑑みたいなものを見ている事はあったが、フィーにはつまらないようで、
いつもこの本を読んでいる。
多分、本自体が高価でそうそう買えるものではないのだろう。
そんな事を思っていると玄関から声が聞こえる。
「こんちわー、フィーいるー?」
女性の声だ。
「はーい!」
トテトテとフィーが駆けて行く。
「ラスおねえちゃん!」
階下からフィーの嬉しそうな声が聞こえる。
「おーおー、昨日ぶりだね、フィー。
サレニアさんに仕事の合間にアンタらの面倒を頼まれたんでね、ちょっと様子を見に来たよ。」
「じゃあこっち!」
フィーとラスが階段を上がってくる音が聞こえる。
フィーと共に部屋に入ってきたラス。
20歳は越えていないだろう。赤毛のショートヘアでキリっとした顔立ちをしている。
プロポーションもなかなかのもので、引き締まった身体が色っぽい。
「姉御」と呼びたくなる感じだ。
「おー、この子がアリス?まだ小さいねー。」
頭をよしよしと撫でられる。
「でも私赤ん坊の世話なんかしたことないんだよねー、どうしよう?」
笑顔でそんなこと言われても困る。
「わたし、できるよ!」
フィーが答える。
「おー、さすがお姉ちゃんだね。えらいえらい。」
ラスは微笑みながらフィーの頭を撫でる。
「よし、じゃあアリスのことはフィーに任せよう。フィーのことは私が面倒見るからねー。」
「うん!」
フィーは嬉しそうに頷く。
「とりあえずミルクとか作るんだろ?手伝うよ。」
「じゃあこっち!」
フィーはラスの手を引いて一階へ下りていった。
昼を少し過ぎた頃――。
昼食をフィーと一緒に取ったラスは仕事へと戻り、フィーは一階でミルクを作っている。
(ぉぉぅ…。やってもうた…。)
さすがに夜までは持たないとは思っていたが…早すぎる。
漂う香りに赤ん坊の我が身を呪う。
夜までこのままかと考えると泣き出したくなってくる。
どうしようかと思案しているとフィーが部屋に入ってくる。
「…あっ、ど、どうしよう!」
フィーは俺の状態に気付き慌て始める。
さすがにこんな幼子におしめの世話など酷というものだろう。
「アダァ(フィー姉さん)」
オロオロとするフィーに声をかける。
きっと姉パワーで理解してくれるだろう。
「ダァダダアダダァ(俺の事はここに封印して、下の階に避難するんだ。)」
「だ、だめだよ!そんなの!」
なんで分かるんだろうか。適当に声出してるだけなんだが…。
そうこうしているうちにフィーがおしめを外しにかかる。
「ダァ(それ以上、いけない)」
抵抗虚しく、俺のおしめはパージされてしまった。
封印されし香りが部屋に解き放たれる。
(これはひどい…。)
フィーは何やらブツブツと言っている。
(いや、これは…呪文か?)
何やら聞き覚えがあるフレーズ。そう、"洗浄"の魔法だ。
(使えるのか…?)
「―――かのものをきよめたまえ、クリン!」
サレニアが使う時はうっすらと光る程度だったそれが、強烈な光を放った。
光が収まった時、おしめは綺麗になっていた。
部屋に漂っていた臭いも消えている。
(す、すごいな…。)
フィーの魔法に感心していると、
トサッ
と音が聞こえた。
(フィー?)
フィーの姿が見えない。
フィーの居た方まで這いより、ベッドの柵に掴まって立ち上がる。
身体能力を強化しているため、思ったよりもしっかりと立てる。
柵から身を乗り出して覗き込むとフィーが倒れていた。
「アダァ!(フィー!)」
(くそっ…どうする!)
十中八九、今の魔法が原因だろう。しかしどう対処すれば…。
(とりあえず誰か呼ばないと…!)
だがこの赤ん坊の身では出来ることも限られる。
(よし、一か八か!)
手に魔力を集め、窓に投げつける。
パリィーン!
窓の割れる音が響く。
(これに誰か気付いてくれれば…。)
5分もしないうちに玄関のドアが叩かれる。
「フィー!どうした!?大丈夫!?」
ラスの声だ。
「入るよ!?」
そう言ってラスが入ってくる。
「フィー!何処ー!?」
ラスは一階を見回ったあと、二階へと駆け上がってきた。
「うお!?立ってる!?」
ベッドの柵に掴まって立つ俺を見てラスが叫んだ。
「って、フィーは!?」
俺はベッドの柵の間から腕を出し、フィーを指し示す。
「フィー!?どうしたの!?」
ラスが肩を揺すって声をかけるが反応は無い。
「ど、どうなってんのよ!?」
「と、とりあえずババ様ね!ババ様を呼んでくるわ!」
俺にそう言うと、フィーをサレニアのベッドに寝かせ、文字通り飛び出していった。
フィーの様子を見てみるが、目を覚ます気配は無い。
(まずはババ様に容態を確認してもらおう。それまで出来ることは無さそうだ。)
ベッドに寝転がっておく。この下半身丸出しの状態を何とかしたいものだ。
しばらくするとババ様がやってきたようだ。
外から「ババ様!早く早く!」とラスの声が聞こえる。
「で、一体何があったんだい?」
部屋に来てババ様はラスに問う。
「分かんないよ、窓が割れる音がして駆けつけてみたらアリスのベッドの傍でフィーが倒れてたんだ。声かけても目を覚まさないし、私じゃどうも出来ないからババ様を呼んできたんだ。」
ラスの答えを聞きながらババ様は俺のベッドを覗き込む。
「おや、おしめが外れてるじゃないか、仕方ないねぇ。」
そう言いながらババ様は手際よくおしめを着けてくれる。
「…おしめが外れてるってことは、おしめの交換をしてたってことかい…?」
「それにしては臭いも何も……まさか、魔法を使ったのかい?コイツはまずいのう…。」
ブツブツとババ様は独り言を続ける。
やがて、考えが纏まったのか、ラスに指示を出す。
「ラス、ワシの家に青い薬の入ったビンがあるからそれを全部持っといで!」
「わ、分かったよババ様!」
ラスは返事と同時に部屋を飛び出して行った。
――夕刻。
フィーの容態は変わらない、いや、徐々にではあるが弱っているようだ。
ラスの持ってきた薬を少しずつ飲ませてはいるが効果は薄い。
ババ様が治療を続ける中、サレニアとエルクが帰ってきた。
「ババ様!フィーは…!フィーは…!」
ババ様はゆっくりと首を振る。
「"洗浄"の魔法を使おうとして魔力を暴走させてしまったようじゃ…。」
「そん…な…、まだ何も教えてないのに…。」
「お前さんの使う魔法を見て覚えたんじゃろうな、優秀な子じゃて…。」
サレニアはその場にへたりこんでしまう。エルクは拳を握り締め、俯いている。
「ごめんなさい!私が目を離していたばっかりに…!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
ラスは床に頭を擦り付けて謝っている。その目からは大粒の涙が今も溢れ出ている。
「止すんじゃラス、お前さんが悪い訳じゃない。サレニアもな…。」
薬を飲ませながらラスを諌める。
(大変なことになってしまった…。どうにか出来ないか…?)
ベッドの上から眼を強化してフィーを観察する。
するとフィーの身体から魔力が流れ出ているのが視える。
(魔力が漏れてる…?でも俺のとは大分違うな…。)
言うなれば俺のはバケツが満タンのところにさらに水を注いで漏れる感じ。
フィーのはバケツの底に穴が開いたような感じだ。
(あの漏れてる魔力を止めればなんとかなるか…?くそっ…もっと近づかないと…!)
この距離では細かいところまでは分からない…どうするか…。
(いや、迷うことなんてないな…、こんなところで幼女姉を失うわけにはいかない!)
俺はベッドの柵に掴まり、ゆっくりと立ち上がる。
「ア、アリス…?」
そんな俺を見たエルクは驚きの声を上げる。
「…え?立ってる…?」
サレニアも同様だ。
そんな二人は無視してゆっくりとフィーの方へ近づく。
(柵が邪魔だな…、よし。)
俺は両手足から触手を出し四足歩行で柵を乗り越え、そのままフィーのいるベッドへと向かう。
「「「「と…飛んでる…。」」」」
魔力が視えないものからすれば、空中をハイハイで移動してるように見えるのだろう。
フィーの隣へと座り、身体を観察する。
フィーの胸に手を当て、魔力を流し込んでみる。
すると、フィーから漏れる魔力が増える。
(やっぱり回復した分がそのまま漏れてるのか…。どこからだ?)
そのままの姿勢で魔力を流しつつ、触手でシーツを取り払う。
(右手か…)
魔法を使ったときに翳していた方の手だ。
手のひらからまるで煙のように魔力が漏れ出ている。
とりあえず触手で魔力が漏れている箇所を押さえてみる。
(押さえるだけじゃダメか…ここから魔力を流し込んでみるか?)
押さえた箇所から触手を通して魔力を流し込んでみる…が、これもダメ。
(やっぱりダメか、もっと大元からどうにかしないと…。)
眼をさらに強化し、フィーの身体の中の魔力の流れを視ようと試みる。
(…視えた!)
胸の中心にある魔力の塊から右腕を通って手のひらまで流れているのが視える。
(これは…、魔法を使った時の魔力の流れがそのまま固定されてるのか?だったら…。)
魔力濃度を薄くした触手をフィーの胸に挿し込み、魔力の塊に触れる。
そこから直接魔力を流し、強化魔法の要領で流れを整えていく。
徐々に右手に流れる魔力が減っていき、最後は綺麗に無くなった。
(これで大丈夫…多分。)
フィーに減った分の魔力を分け与え、触手を使って自分のベッドへ戻る。
(さすがに疲れたな、これは。)
サレニア達はまだ呆然としている。
一番に我に返ったのはババ様だった。
「お前達…この事は他言無用じゃ。」
サレニア達は合点がいかない様子でババ様を見る。
「こんな事が知れ渡ればこの子を手に入れようとする者が出てくるじゃろう。最悪、命を狙われる事もな。」
ゴクリ、と息を飲む音が聞こえた気がした。
「はい、分かりました。」
サレニアが代表して答える。
エルクとラスはコクコクと頷いている。
(面倒事にならないといいなぁ…。)
そう思いながら俺は眠りについた。
フィーは翌日無事に目を覚ました。