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7.5話

「サーニャ、お前はもう一人で狩りをし、生き抜く事が出来るじゃろう。

ワシから教えられる事ももう無い。」

里長さまに呼び出された理由はもう分かっていた。

いつか来ると思っていた日。

遂にその日が来てしまった。

「…はいにゃ。」

巨躯にびっしりと生えた青い毛並み。

鋭く威厳のある金色の眼光は私を瞳を貫く事は無い。

私の色違いの瞳には悪魔が宿っており、見た者を不幸にするからだ。

「お前には里を出て行ってもらう。」

「……………はいにゃ。」

悪魔の宿った私が居ればいつか里に不幸をもたらしてしまう。

私が出て行くのは当然の事だ。

そう思っていたし、そう教えられてきた。

間引かれる事無く今まで生きてこれたのも、

これから一人で生き抜いていく事が出来るのも里長さまのおかげだし、

特に『怨む』という感情も無い。

決まっていた事なのだ。

それでも寂しいと感じてしまう。

『それでも』と期待してしまう自分も居る。

「飯を食って寝ろ。皆が寝静まった頃に出て行け。その方が良いだろう。

お前にとっても、里の者にとっても。」

「…はいにゃ。」

自室に戻り、用意されていた食事に手をつける。

いつもより少しだけ豪勢な食事だった。

全てをお腹の中に納め、藁のベッドの上で丸くなって目を閉じる。

今日でこのベッドともお別れなのだ。


「里長さま…、ありがとにゃ。」

ポツリと呟いた言葉は夜の闇に圧殺されて彼に届く事は無いだろう。

外は月が顔を出しておらず、視界は闇色に染まっている。

だが却って好都合だ。

闇は鼻を、耳を、肌を鋭敏にしてくれる。

少々先が見えないくらいは問題無い。

見えない大地を踏みしめ、暗闇に突き出した木々を避けながら里から離れるように森を駆けていく。

途中、偶然鉢合わせた不幸なウサギを速度を落とす事無く狩る。

「今日のご飯はこれでいいかにゃ。」


両手の数以上の日を移動しながら森の中で過ごしていると人間の集落を見つけた。

「あれが…人間にゃ?」

自分と同じ様な姿形だが、教えられていた通り、ふかふかの耳と尻尾がついていない。

もっとよく見ようと木々の間から身を乗り出す。

「きゃーーーっ!獣人よ!」

私の姿を見た人間が悲鳴を上げた。

その悲鳴を聞いた他の人間たちが駆けつけてくる。

武器を持って威嚇する者、罵声を浴びせてくる者、石を投げつけてくる者。

対応は様々だが友好的でない事は確かだった。

「にゃ!?にゃ!?」

私は踵を返し、全速力で来た道を引き返す。

人間たちが追いかけてくる足音が聞こえるが、すぐに撒けるだろう。

しばらくそのまま進んでから手頃な木に登って一息入れる。

「はぁ…はぁ…危なかったにゃ。」

人間とは極力関わらないように、という里長さまの言葉は正しかったのだ。

ぐぅ~、と腹の虫が騒ぎ出し、昨日から何も食べていない事を思い出させてくれた。

「うぅ、お腹空いたにゃ…。」

目を閉じて耳を澄ませる。

人間たちの立てる音は聴こえてこず、風が葉を揺らす音だけが響いてくる。

どうやらもう追いかけては来ないようだ。

「そろそろ食べ物を探しに行くかにゃ、っと。」

休んでいた木の枝から飛び降り、先程の人間の集落を大きく迂回するように移動を始めた。



森を抜け、草原を駆け、また森を進む。

里を出てからどれくらいの日が経ったのかは分からないが、私はまだ生きている。

数日獲物が取れない事もあったりするが、概ね順調だ。

いつものように森を移動していると、眼下に人間たちの集落が見えた。

それは今まで見た物より巨大で、周囲が高い壁で囲われている。

あれ程の壁なら魔物もそう易々とは侵入出来ないだろう。

壁にある入り口は武装した人間が守っており、そこを通ろうとする人間を確認しているようだった。

その入り口を避けるよう壁に近づく。

間近で見た壁は想像よりも高く聳え立っていた。

「凄いでっかいにゃ…。でもこれなら登れる…かにゃ?」

壁から数十歩の距離を取り、勢いをつけて壁を駆け上がっていく。

壁の上からの景色に言葉を失ってしまった。

数え切れないほどの建物、そこを行き交う更に多くの人間たち。

「こ、こんなに人間がいるのにゃ!?」

今まで見た事もない数に目眩がしそうになる。

里に居た者たちを合わせても到底及ばないだろう。

屋台から漏れる肉を焼いた香ばしい匂いが風に運ばれてくる。

「うぅ~…美味しそうだにゃ…。」

後ろ髪をひかれながら壁を降り、周囲の探索を始める。

今日は食料を手に入れたい所だ。


日が落ち、暗闇が世界を支配する時間。

にも関わらず、人間たちの建物はそれに抗うように光が灯されていた。

私は今、壁を越えて人間たちの街を歩いている。

見つからないよう足音を殺し、闇の濃い部分や屋根の上を選んではいるが。

里長さまには関わらないようにと教えられてはいるが、やはり好奇心には勝てない。

光の漏れる建物からは美味しそうな匂いと喧騒が流れてくる。

今日はお祭りの日か何かなのだろうか。

「あちしも食べたいにゃ~…。」

先程狩りで捕えた獲物を食べたばかりだが、匂いを嗅いでいると余計にお腹が空いてくる。

ブンブンと頭を振り、闇の深い場所へと移動する。

とある一角に廃屋を見つけた。

今にも崩れてしまいそうな建物で、中から人の気配は感じられない。

そーっと扉の無い入り口から中へ入った。

建物の形は留めているものの、壁には穴が開いていたり、

屋根も半分以上崩れてしまっている。

木で出来ていた階段は腐り落ちていたため、二階へは外壁を登っての窓から侵入した。

まだ残っている屋根の下へ行き、そこで体を寝かせて丸くなる。

屋根が無いとは言え多少の雨風は防げるし、

何より魔物がいる森の中よりはよっぽどマシだろう。

しばらくは此処で過ごそうと考えながら目を閉じた。


朝の光を受け、ぱちりと目が開く。

窓から周囲を窺うが、人の気配は無い。

そのまま屋根へ上り、街の外壁へ向かって人間に見つからないよう屋根伝いを駆ける。

難なく壁を越え、森の地に足を着けた。

太陽が隠れるまで狩りをし、夜になれば街の廃屋へ戻って眠る。

そんな日々を続けていたある日。

数日狩りが上手くいかず、お腹が空いて眠れない夜を過ごしていると

夜中に人間たちの声が聴こえてきた。

ただの雑談、というわけではなく何やら不穏な感じがする。

距離は近くはない、が無視出来るほど遠くもない。

窓から屋根へ上がり、声のする方へ向かう。

声の元を見つけると路地へ降り、影から様子を窺う。

人間の男が三人、人間の子供一人に絡んでいるようだ。

「ヤ、ヤっちまおう、は、早く。グフフ。」

「そうだぜ、こういうガキは痛い目を見た方が大人しくナる。」

二人の男が子供ににじり寄る。

「貴方たちの方が痛い目を見ますよ?」

平然とした声で言葉を返す子供。声から察するに少女のようだ。

「ア?言っとくけど、オレたちはガキでも容赦しねえからな?」

三人が持ったナイフに月の光が反射する。

どうしようか、助けた方が良いのだろうか。でも…。

「それじゃあ私も容赦しませんね。早く帰って寝たいので。」

更に挑発する少女。

もう考えている猶予はない。

幸い、あの人間たち程度なら問題無く倒せる。意を決したその時。

「ギャハハハハ!何言ってんだこい――――ヅッ!!」

「お、おい?どう――――ガッ!!」

「は?は?何――――グァッ!!」

ドサドサと男たちが倒れる。

「…にゃ?にゃ?」

何が起こったのか分からないが、助ける必要はなかったようだった。

少女は倒れた男たちの懐から何かを奪う。

「銀貨5枚に銅貨が……そこそこか。」

その後、彼らの武器を使って止めを刺していく。

彼らの死を確認するとくるり、と少女の瞳が死角になって見えないはずの私を射抜く。

ゾクリと首筋に悪寒が走る。

これはひょっとしてマズいのではないだろうか。

「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃ!違うにゃ、あちしはそいつらとは関係ないにゃ!

小さい子が絡まれてるから助けてやろうと思っただけにゃ!ホントにゃ!」

咄嗟に物陰から飛び出し、敵意が無い事を両手を挙げて示す。

「御覧の通り私は問題ありません。心配してくれてありがとうございました。」

その子はご丁寧にも頭を下げるが警戒は解いていない。

それでもいきなり攻撃される事は無さそうで、内心ホっとする。

「ぶ、無事ならそれで良かったにゃ!」

ホっとしたところで今度は腹の虫が疼き出す。

さすがにもう限界にきていたが、この場面に遭遇出来たのは幸運だったかもしれない。

「…………と、ところで…そにょ~…。」

「何か?」

「それ…食べないんだったら貰っても…いいかにゃ?」

転がっている人間たちの死体を指差す。

勿論人間を食べた事は無いが、食べられないということは無いだろう。

背に腹は代えられぬというやつだ。

「…………ばっちいからやめなさい。」

断られるがこっちも命が掛かっている。

「そんにゃ~!せ、せめて腕の一本だけでも―――」

腹の虫と一緒に食い下がろうとすると、少女が懐から何かを取り出して私に差し出してくる。

「はぁ………、これ食べる?」

少女が手に持っているのは見た事は無いが食べ物のようだ。

「い、いいにゃ?」

「その代わり、あっちは無しだからね。」

「う、うぅ~~~~。」

少女の手にある食べ物と死体を交互に見比べる。

「……多分こっちの方が美味しいよ。」

確かにあの人間たちはお世辞にも美味しそうとは言えない。

私は少女の持つ食べ物に手を伸ばしたのだった。


「あぁ…、散っていくにゃ…。」

人間たちの死体は少女の魔法によって灰になってしまった。

不味そうではあったが、あの量は少し惜しい気もする。

「私の持ってた食べ物はあれで全部だからね。美味しかった?」

「うまかったにゃ!初めて食べた味だったにゃ!」

甘い物や辛い物、色んな味のものがあったが、どれも初めての味だった。

人間はこんな美味しい物をいつも食べているのだろうか。

「そう、良かった。それじゃあ私は帰るね。キミも早く帰った方がいいよ。」

そう言われて私にはもう帰る場所がない事を思い出す。

「あ、あちしは………そ、そう!あちしは旅をしてるから帰る場所なんて無いにゃ!」

嘘は言っていない。

「宿は取って無いの…?」

「やど…?って何にゃ?」

「えっと……何処で寝泊まりしてるの…?」

「…?その辺にゃ。」

流石に場所までは教えられないので濁しておく。

「………お金は持ってる?」

「…????」

「…こういうの。」

少女が手にしたのは小さな金属の丸い板だった。

それなら私も持っている。

旅をしていた時にどこだったかで拾った物だ。

取り出して少女に見せる。いつも磨いていたからピカピカだ。

「あちしの方がピカピカだからあちしの勝ちにゃ!」

「えーっと…それ一枚だけ?」

「そうにゃ!」

えっへんと胸を張る。

「ご飯とかはどうしてるの?」

「外の森で狩りをするにゃ!」

「そもそもこの街にどうやって出入りしてるの?」

「壁を登ってにゃ。」

いつも登っている壁のほうを指差す。

「そうだにゃ!食い物のお礼をしないといけないにゃ!」

「いいよ別に。残り物だし。」

「ダメにゃ!食い物のお礼はちゃんとするのが掟にゃ!」

食べ物の借りは必ず返す。これは獣人の掟だ。

「えーと……何が出来るの?」

少女の言葉に思わず考え込んでしまう。

この少女は私の出来る事なんかは私よりも上手にこなしてしまうだろう。

「な……、なんでもするにゃ!何かして欲しい事はないのかにゃ!?」

「ん?今何でもするって言ったよね?」

「う……、あ、あちしに出来る事なら…。」

「それじゃあ―――」

少女の口元がニヤリと弧を描いた。


少女に連れられ、ある建物に辿り着いた。

これが宿というらしい。

「二人お願いします。」

そう言って少女がピカピカの丸い板を4枚宿の人間に渡す。

どれも私の持っている丸い板より少し大きい。

「ウチは獣人はとらないよ。」

ギロリと宿の人間に睨みつけられ、思わず目を伏せてしまう。

人間と関わるな。里長さまの声が頭の中で再生される。

人間に嫌われているはずの私に、この少女はどうして優しくしてくれるのだろうか。

思えば少女から”この目”を向けられた覚えは一度も無い。

最初のは殺されてしまうかと思ったが。

「二人お願いします。」

少女は同じ言葉を告げ、更にピカピカの丸い板を2枚取り出す。

いや、ピカピカでキラキラしている。

私が持っている物よりもずっと綺麗だ。

「ウチは獣人様も大歓迎さね。二階の一番奥の部屋を使って頂戴な。」

先程とはコロッと態度を変えた宿の人間が少女に何かを手渡した。

少女は更にピカピカでキラキラした丸い板を1枚取り出す。

「あり合わせで構いませんので食事を頼めますか。」

「勿論ですとも!すぐにご用意致しますので部屋の方でお待ち下さいな。」

宿の人間はそのまま奥へ消えてしまう。

「アンタァ!いつまで寝てんだい!仕事だよ!!!」

少女はガタン、バタンと聴こえてくる音を無視して階段を上がる。

私は慌ててそれに付いて行く。

部屋に入ると少女が魔法で光を灯す。

「わ!すごい明るくなったにゃ!」

昼間と遜色のない光が部屋の中を満たしている。

椅子に座らさせられると少女がクンクンと鼻を鳴らす。

「……ちょっと臭い。」

「し、失礼にゃ!ちゃんと毎日毛づくろいして綺麗にしてるにゃ!」

毛づくろいだけは毎日欠かさないのが私の自慢なのだ。

「少しの間じっとしててね。」

少女が私の正面に立ち、掌を私に向ける。

「ひっ!ご、ごめんなさいにゃ!」

先程の少女が男たちを昏倒させた場面が脳裏に蘇り、反射的に身を隠す。

「ちょっと綺麗にするだけだから、そこに座って。痛い事はしないから。」

ポンポンと頭を撫でられる。

「ほ、ほんとにゃ…?」

「うん、だから座って少しじっとしてて。」

「わ、わかったにゃ…。」

少女が魔法を使うと灰色に汚れてしまっていた毛並みが

あっと言う間に真っ白でふわふわになっていた。

「わ!わ!すごいにゃ!生まれたてみたいだにゃ!」

綺麗になってはしゃいでいると少女がじっと私の瞳を覗き込んでいるのに気付く。

「あ!そんなにあちしの目を見ちゃダメにゃ!不幸になっちゃうにゃ!」

自分の瞳を手で覆い隠す。

優しくしてくれた少女を不幸な目にする訳にはいかない。

「どうして?」

嫌われてしまうかもしれないが、嘘は吐けない。

「あちしの目は悪魔が棲み着いたから色が変わっちゃったにゃ。

だから見ると不幸になっちゃうにゃ。」

「それで群れから追い出されたんだ?」

ドキリ、と心臓が跳ねあがる。

「な、なんで分かったにゃ!?」

これも少女の魔法なのだろうか。

「それで、それは誰に言われたの?」

「長さまが昔からの言い伝えだって言ってたにゃ。」

「ふぅん、それじゃあ私が悪魔が棲んでいるか確かめてあげるよ。」

「にゃ、にゃんで!?」

「その長さんもちゃんと確かめてないんでしょ?そういうのは得意だから見てあげる。」

それはそうだ。私の目を見ると不幸になってしまうのだから。

「で、でもそんな事したら危険にゃ!」

「私が強いのは見ていて知っているでしょう?ほら、手をどけてちゃんと見せて。」

「う、うぅ…どうなっても知らないにゃ…。」

手を下ろすと少女に顎を持ち上げられ、彼女と目と目が合う。

「にゃ、にゃんか恥ずかしいにゃ…。」

誰かとこうやって顔を合わせる事なんて今までなかった。

「はい、動かないでね。」

じっと瞳を覗きこまれる。

「あー、うん、居るねぇ。」

「や、やっぱりかにゃ…。」

言い伝えは本当だったのだ。

顔を伏せようとするとまた顎を持ち上げられる。

「ほら、だから動かないで。」

「は、はいにゃ。」

「ちょっと変な感じがするけど動いちゃダメだよ。」

少女がそう言うと左のこめかみ辺りから何かが侵入してくる。

「ひぃっ!何か入ってきたにゃ!」

顔を動かそうにもガッチリと固定され動かす事が出来ない。

侵入してきた何かは左目の奥でグニグニと暴れている。

「ひぃぃぃぃっ!」

ひとしきり暴れた後、何かはスッと出て行った。

「はい、終わったよ。」

「な、何したにゃ!?」

「悪魔退治。元々そんな所に棲む悪魔だからね、弱いんだよ。

左目の辺りスッキリしてない?」

そう言われるとそんな気がする。

先ほどよりもスッキリと軽くなっている。

「してるにゃ…!スッキリしてるにゃ!」

私は悪魔が居なくなったのを確信した。

「でも変わっちゃった瞳の色は戻らないし、

悪魔が棲み着きやすくなってるから気をつけてね。」

「そんな…また悪魔が来ちゃうにゃ…?」

「ちゃんと良い子にしてる事。それだけ守ってれば大丈夫。」

「ほんとにゃ!?」

「良い子の所は居心地が悪いから悪魔が拠りつかないんだよ。」

「分かったにゃ!良い子にしてるにゃ!」


誰かが扉を叩き、それに少女が答える。

「お、お食事をお持ちしました。お待たせして申し訳ありません。」

宿の人間が食べ物を持ってやってきて、それらを机の上に並べる。

「いえ、こちらこそ夜中に御免なさい。」

「お客様のご都合もおありでしょうから、お気になさらず。それでは失礼します。」

「あぁ、ちょっと待って下さい。」

少女は宿の人間にピカピカでキラキラした丸い板を渡して、耳元で何事かを話す。

宿の人間は何度も頭を下げて戻って行った。

「お、美味しそうにゃ…。」

部屋は机に置かれた食べ物の匂いで充満している。

「全部食べていいよ。私はもう済ませてあるしね。」

「い、いいにゃ!?」

「うん、どうぞ。」

少女の返事と同時に、目についたものを端から口へ運んでいく。

途中、宿の人間がまた訪れてきたが気にせず食べ続けた。

綺麗に平らげ余韻に浸っていると少女が向かいの席に着く。

「美味しかった?」

「うん!うまかったにゃ!」

「それなら良かった。それじゃあそろそろ始めようか。」

ニヤリと少女の口元が歪む。

「う……ほ、ほんとにそんなので良いにゃ?

か、狩りとかでもあちしは大丈夫にゃよ?」

無駄と知りつつも抵抗する。

「うん、いいのいいの。ほら、そこのベッドに寝転んで。」

グイグイと背中を押され、渋々とベッドに上がる。

「わ!フカフカにゃ!」

藁のベッドとは比較にならない程弾力のあるベッドに驚く。

ベッドに少女の体重も加わり、キシリと小さな悲鳴を上げた。

「ふふふ、じゃあいくよ?」

鼻息荒く、手をわきわきと動かす少女が私を見降ろす。

とんでもない人間に借りを作ってしまったかもしれないと思いつつ、

私は再度覚悟を決めた。

「あ、あの………い、痛くはしないで…欲しいにゃ。」

「分かってるって!」

そして、少女による蹂躙が始まった。


「うぅ……もうお嫁にいけないにゃぁ……。」

モフモフとやらを十分に堪能した少女はご満悦の表情である。

欠伸を一つ吐くと少女は隣で横になった。

「”情報(インフォ)”。」

少女が呪文を唱えると透明の板のようなものが少女の眼前に浮かび上がる。

「何してるにゃ?」

「ちょっと調べ物を……っと、あったあった。」

少女がその透明な板を指で弄ると本のページが捲られるかのように動く。

「ふーん、よく分からにゃいけど面白そうにゃ!」

同じように弄ってみようと手を伸ばすが、ひょいと避けられてしまった。

「はいはい、邪魔しないで早く寝てね。」

少女がパチンと指を鳴らすと部屋を照らしていた光が消滅し、部屋を暗闇が支配する。

それに抗うかのように透明な板が僅かな光を保っている。

「むー、つまんないにゃー。」

布団に潜って目を閉じると一気に睡魔が襲ってきた。

いつもならとっくに眠っている時間なのだ。

そのまま睡魔に身を委ね、意識を手放した。


ゴソゴソと少女が目覚める気配に目が覚めた。

「…んぅ、おはようにゃ~。」

瞼をこすりながら身体を伸ばす。

窓から太陽をみると夜更かししたせいか、いつも起きる時間より日が高い。

「おはよう、良く眠れた?」

「うん!このベッドは凄いにゃ!フカフカにゃ!」

跳ねるとベッドがギシギシと悲鳴を上げる。

「それで、キミはこれからどうするの?」

少女の言葉に少し考える。

少し寝坊してしまったが、狩りに出かけるには問題無いだろう。

「んー、狩りにゃ!」

「あー…そうじゃなくて、これから先の事。」

またしばし考えるが、特に何も思いつかない。

「ん~……、狩りにゃ?」

「えーっと……前に住んでた場所を追い出されたんだよね?」

「うぅ……そうだったにゃ……。」

「それで、新しい住処とか行く当てはあるのか?って事。」

「新しいお家…欲しいにゃ…。」

ここ数日過ごしている廃墟があるが、あそこも長くは居られないだろう。

だが、獣人(なかま)からも見捨てられた自分に行く場所など…。

「何も予定が無ければ私の所に来る?」

思いもよらない誘いに数瞬固まる。

「お、お家行っていいにゃ…?」

「うん。だけどちょっとやって貰わないといけない事があるけど。」

「頑張るにゃ!何でもするにゃ!」

昨晩あれだけ恥ずかしい思いをしたのだ。もう何でも出来る気がする。

「それじゃあこれで耳と尻尾を隠して私に着いて来て。」

少女からフードの付いたマントを渡される。

気温が高くなってきた今の時期に着るには少々……いや、かなり暑い。

「……暑いにゃよ?」

「その耳と尻尾は目立っちゃうから、少しだけ我慢してね。」

なるほど、確かに耳と尻尾を隠してしまえば人間の背恰好とほぼ変わらない。

必死に隠れて街中を移動する必要もないだろう。

自分よりも小さい少女に感心する。

「ちゃんと決まればそれはいらなくなるから、今だけ、ね。」

「うー、分かったにゃ。」

「よしよし、偉いぞ、タマ。」

「…たま?」

聞きなれない言葉に鸚鵡返しする。

「名前が無いと不便だからね。猫ならやっぱり『タマ』が定番かと思って。

『ミケ』の方がいいかな?」

あろうことかこの少女は立派な獣人である私を猫と言い、

猫に与える名を付けようとしているのだ。

「あ、あちしは『タマ』でも『ミケ』でも猫でもないにゃ!

立派な獣人のサーニャだにゃ!」

「そっか。私はアリューシャだよ、よろしくね。」

「あ、あるー…さ?」

少女の名らしいが人間の名はどうも言い難い。

「アリスで構わないよ。」

「わかったにゃ!あるー!」

「…まぁそれでいいや。じゃあちゃんと付いてきてね。」

「はいにゃ!」


宿を出ると日差しがフードに刺さり、中の耳を蒸し上げる。

ゆらゆらと揺れる視界の中に少女を捉え、おぼつかない足取りで付いて行く。

すれ違う人から奇異の視線を感じるが、獣人を見るそれとは違っていた。

蒸し暑いフードの付いたマントはそれなりに効果を発揮しているらしい。

この街で一番大きな建物の少し手前で立ち止まると、少女が耳打ちで指示を出してくる。

「……良い?分かった?」

「分かったにゃ。あるーが合図したら笑ってお辞儀すればいいにゃ。」

「うーん…。ま、とりあえず一回やってみて。はい。」

少女が合図を出したのを確認すると、言われたとおりに笑ってお辞儀する。

「もっとセクシーな感じで。」

「せ、せくしー?」

何度か指導を受け、何とか少女の満足のいく出来になったようだ。

「うん、おっけー。それじゃあ本番にいこうか。」

「もう好きにしてくれにゃ…。」


少女の手引きで街の門よりも立派な門を通り抜けた後、敷地内にある建物に入る。

中はひんやりとした空気で満たされており、陽炎が揺れる外とは大違いだ。

「涼しいにゃ…!どうなってるにゃ?」

キョロキョロと建物の中を見まわしている内にどうやら少女に置いて行かれてしまったらしく、

奥で別の人間と話をしている最中だった。

「それでこのサーニャちゃんという猫ちゃんはどちらに?」

「あちしは猫じゃないにゃ!」

私の抗議を無視して少女が続ける。

「あー、もうそのマント脱いでいいよ。」

「ホントかにゃ!やったにゃ!涼しいにゃ~~!!」

マントを脱ぎ捨てると涼しい風が直に火照った身体を冷ます。

「あの子です。あーもう、ほら暴れないで。マントもちゃんと拾って。」

「ひっ…!じゅ、獣人…!?」

もう一人の人間の顔が恐怖に引き攣る。

私は脱ぎ捨てたマントを拾い上げて大人しく少女を待つ事にした。

「何か問題ありますか?魔物ではありませんが。本人の了承もちゃんと取ってありますよ。そうだよね、サーニャ?」

「サーニャはあるーと暮らすにゃ!」

「し、しかし獣人の使い魔など私の判断では……。」

「それなら校長先生に確認を取ってもらって良いですか?」

「そ、そうですね!そうしましょう!少々お待ちくださいね。」

もう一人の人間が慌てて奥に引っ込んだが、すぐに戻ってきた。

「その子を連れて校長室まで来るように、との事です。」

「校長室ですか…、分かりました。行こう、サーニャ。」

「わ、分かったにゃ。」


少女に連れられて煌びやかな部屋へと通された。

「サーニャもここに座って。」

「はいにゃ。」

豪華なソファに腰かけるとフワリと身体が沈む。

細工の施されたテーブルを挟み、対面に一人の老人が腰を下ろす。

「ふむ…その子が例の子かね?」

「はい、そうです。」

挨拶も早々に話しを進める少女と老人だが、私は内容がほとんど理解できないでいた。

「…何の話してるにゃ?」

「君がどんな子なのかを聞いていおったんじゃよ。」

「そうなのにゃ?」

「両目の色が違うから住んでいた場所を追われたらしいのぅ。」

「そうにゃ…。あちしの目には悪魔が棲んでたから追い出されちゃったにゃ…。」

「ほぅほぅ…、悪魔が。」

「でも今は居ないから安心するにゃ!あるーが退治してくれたにゃ!」

「それは良かったのぅ。それからアリューシャ君に誘われたそうじゃの。」

「そうにゃ!あるーのお家に住むにゃ!………ダメにゃ…?」

「大丈夫じゃよ、もう許可は出しておるからの。書類も出来ておるじゃろう。」

「そうにゃ?ありがとにゃ!」

「ありがとうございます、校長先生。」

「気にせんでも良い。私は大歓迎じゃよ。」

こうして私と少女との生活が始まったのだった。



「まぁ、こんなところかな。」

そっと脇に赤ペンを置く。

「すごいにゃ!これで完璧にゃ!」

アンナ先生がサーニャに出した宿題で使い魔になるまでの経緯を作文にせよ、というものだ。

本来ならそんな事はする必要無いのだが、魔具科の生徒として数えたいらしい。

ただ読み書きすらままならないので、まずはそこからと息巻いている。

その一環がこれだ。

作文用の用紙は俺の添削で見事に真っ赤に染まっていた。

校長先生の件は改変している。一応レンシアの事は秘密になっているからな。

「うむ、これなら問題ないと思うぞ。」

「…そうね、特に問題ないと思うわ。」

「あるー、やったにゃ!」

両手を挙げて喜ぶサーニャ。

「でもこれじゃ貴女の作文よ、アリス。サーニャ、やり直し。」

「そ、そんにゃー!」


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