6話
気温が上がり、じっとしているだけでも汗が出る様になった頃。
「つ、ついに完成した…!」
俺の手にあるのは、ミスリルで出来た髪飾りだ。
黒オークから手に入れた兜と、アンナ先生の伝手で買い足したミスリルで作った物だ。
結構な値段ではあったが、鉱石のままで仕入れることが出来たので随分安く手に入った。
勿論ただの髪飾りではない。
「とりあえずアンナ先生に報告かな…。」
先生の所有している工房や備品も使わせてもらったり、手伝ってもらったりしたしな。
今は製図室で図面と格闘中だろう。
コンコンと製図室の扉をノックして開く。
「失礼します……、先生?」
机に突っ伏して爆睡中である。
傍らにある目覚まし時計はセットされていないので単なる寝落ちのようだ。
「先生、起きてください。」
肩を掴んで揺すってみる。
「ん……ぁ…………、ぐー。」
目覚める様子は無さそうだ。
俺は目覚ましを一分後にセットし、部屋の外へ退避する。
『ばくおんくん。』俺作の目覚まし時計で、
その名の通り爆音で起こしてくれる優れものだ。
ただ音の衝撃で針が狂ってしまうので、
毎回時間を合わせないといけないのが玉に瑕だが。
(そろそろかな…。)
俺はしっかり耳を塞いで爆音に備えた。
5…4…3…2…1―――。
ズシン、と工房が揺れる。
無事に作動したようだ。
再度製図室に入ると、椅子から落ちてひっくり返ったアンナ先生と目が合う。
「やぁ、おはようアリューシャ君。」
「おはようございます、アンナ先生。」
「どうやら眠ってしまっていたようだ。」
「ちゃんとベッドで眠った方が良いですよ。」
先生といつもの会話しながら『ばくおんくん。』の時間を合わせ直す。
「分かってはいるのだがね。…それより、何か用事があるんじゃないのかい?」
「そうでした。完成しましたよ、先生。」
自分の髪に付けた髪飾りを指差す。
「おお、ついに完成したのかい?ふむ…、随分と簡素な形にしたんだね。」
まぁ…パっと見はただのヘアピンだからな。
「まだ試作品ですから。完成すれば装飾を付けたいですね。」
「なるほどね、では早速使って見せてくれるかい?」
先生から少し離れて距離を取る。
右手を突き上げ、天に向かって叫ぶ。
「”戦闘態勢”!!」
別にポーズをとったりする必要は無いんだが。
起動語を唱え終わると同時にヘアピンから強烈な光が発生し、俺を包み込む。
そして俺から魔力を吸い上げ、小さな魔法陣が空中に描かれた。
魔法陣から小さな鎧のパーツが飛び出してくる。
この鎧はミスリルの特性を利用し、魔力を使って限界まで圧縮しているのだ。
召喚された鎧のパーツは本来の大きさへと戻り、カチリと音が鳴って身体に装着される。
全てのパーツの装着が終わると俺を包んでいた光が徐々に収まっていき、
鎧を纏った俺の姿を晒す。
「お……おお……!素晴らしいじゃないか!」
身体を少し動かしてみるが、特に違和感は無い。
鎧も左右逆などにもならず、きちんと装着されている。
「どうやら成功のようです、アンナ先生。」
「うむ、私も使ってみて構わないかね?」
「勿論です。”武装解除”!」
解除用の起動語を唱えると先程と同じ様に光が俺を包み込む。
鎧のパーツが一つ外れ、みるみる内に小さく圧縮されていく。
ギギギギギと嫌な金属の悲鳴が聴こえるが、まぁ大丈夫だろう。多分。
小さくなったパーツは空中に描かれた小さな魔法陣の中へ飛び込んで消える。
全てのパーツが収納されると、光が収まった。
髪からヘアピンを外し、先生に渡す。
「どうぞ、先生。」
受け取った先生は早速自身の髪にヘアピンを着ける。
「よし、では……”戦闘態勢”!!」
ポーズはとらなくて良いと言うのを忘れていたな。
光が発生し、アンナ先生を包み込む。
(うおっ、まぶしっ!)
もう少し光量を抑えた方がいいかもしれない。
ゴオォォォと部屋の中を風が吹き荒れる。
(そういやそんな機能も付けてたな。)
使用者を中心に風が渦巻くようにしていた筈だ。
自分が中心に居たので気付かなかったのだろう。
光と風が収まり、服の上から鎧を纏ったアンナ先生が姿を現す。
「ぐふぉぁ……っ!」
呻き声を上げながら先生がガクリと崩れ落ちる。
「せ、先生!?」
一体何が起こったのだろうか。
鎧は先生の身体のサイズにピッタリ合うように展開されており、
失敗しているようには感じられない。
「ア……アリューシャ君……こ、これは…ダメ……だ…。」
「先生、一体何が…!?」
息も絶え絶え言葉を続ける。
「ま、魔力の……消費…が………。」
ガクリ、と力尽きた。
「………あ~、そうか…。」
起動語を唱えた時に出現する魔法陣は”異次元ポケット”と言われる魔法だ。
その名の通り異次元に色々収納できる魔法で、転生者の間ではポピュラーな魔法らしい。
レンシアに教えて貰い、それをアレンジして小さな収納スペースになるよう設計している。
魔法陣はその出入り口になっており、その大きさの物であれば通過でき、
鎧が最小の状態で通るように魔法陣の大きさを合わせているのだが、
あの大きさでも先生が倒れてしまうくらいの魔力消費量のになってしまうのだろうか。
更に鎧を魔法陣に通すため、召喚時と収納時に魔力を使って小さくしている、それも原因の一つか?
転生者であれば全く問題はないだろうが、普通の人では鎧を召喚する事すら無理だろう。
フィーぐらいの魔力であれば使えると思うが、
ヒノカやリーフでは先生の様になってしまいそうだ。
(実践では使えないか…。)
先生から鎧を外し、ベッドへ運び寝かせる。
今日はゆっくりと休んで貰おう。
工房へ戻ると鎧を装着し、起動語を唱えて鎧を異次元ポケットへ収納する。
「ふぅ…どう改良すっかなー、これ。」
ヘアピンを指で弄びながら設計書や仕様書を引っ張り出してくる。
半分、いや五分の四ほど寝ながら書いたものもあり、判別が難しい物もある。
(んー、魔法陣はこれ以上小さく出来ないしなぁ…。)
ペラペラと仕様書をめくっていく。
「……あ。」
ピタリ、と、あるページで指が止まった。
そのページには変身時の光に関する記述が書かれている。
『とにかくド派手に光らせる。』
その部分に関する設計を確認すると、かなりの光量で変身中に持続させているのが分かる。
あれだけの光量になると魔力の消費も多いはずだ。
それが際限なく使われるよう設計されている。
(…この辺削るか。)
ただの演出なので必要無い部分ではあるのだが、無いと寂しい気もする。
戦隊モノや魔法少女モノで演出の無い変身シーンを想像してみて欲しい。
(背に腹は代えられない、か。)
人の持つ魔力は有限なのだ。
(まぁ、削るのも勿体無いし、切り替えられるようにすればいいか。)
早速仕様書に変更点を書き加え、作業に取り掛かる。
ポッポー、ガンッ、ポッポー、ガンッと工房にある巨大鳩時計が真夜中を告げる。
ガンッという音は鳩が飛び出す度に棚に当たっている音だ。
おかげで棚は傷だらけになっている。鳩は無傷だが。
ちなみにあの鳩時計は先生が作った物だ。
ばくおんくん。を作っている時の話の流れでそういう事になり、
なぜかあのデッカい物が出て来た。
「もうこんな時間か、今日は帰るかな…。」
工房を簡単に片づけ、灯りを落とす。
施錠を確認し、学院に向かってゆったりと夜の街を歩く。
街灯一本すらない、月と星の明かりだけが頼りの夜道だ。
学院への近道となる裏通りへ足を踏み入れる。
治安は悪いが五分くらいは短縮できるのだ。
ただまぁ運が良いと
「おっとお譲ちゃん、こんな時間に何処行くのかな?」
こうなる。
背が低いの、ひょろ長、太った男の三人組だ。
「夜遊びはいけねぇよ、特に此処ではナ。キヒヒヒ。」
「ち、ちっちゃくて、う、美味そうな子だぁ。グフフフ。」
ただのチンピラさん達だ。
「見た感じあそこの生徒だな。だったら金ぐらい持ってんだろ?」
「金持ちが多いからナ。」
「オ、オレ、あの子と遊び、たい。グフフ。」
「あぁ…まぁ好きにしろよ。とりあえず素直にしときゃ命だけは助けてやるぜ?」
「ホラ、さっさと金を出しナ。」
大体テンプレ通りの事を言ってくる。
「貴方たちに施すようなお金はないです。」
とりあえず丁重にお断りしておく。
「ハハハ!中々元気の良いお譲ちゃんだな、ああん!?」
怒気を孕んだ言葉を浴びせてくるが脅しにもなっていない。
この間戦った黒豚ちゃんのほうがまだ怖かった。
「ヤ、ヤっちまおう、は、早く。グフフ。」
「そうだぜ、こういうガキは痛い目を見た方が大人しくナる。」
「貴方たちの方が痛い目を見ますよ?」
魔法で作り出した触手は既に男たちの隣で鎌首をもたげている。
「ア?言っとくけど、オレたちはガキでも容赦しねえからな?」
三人がそれぞれナイフを見せびらかす様に弄ぶ。
「それじゃあ私も容赦しませんね。早く帰って寝たいので。」
「ギャハハハハ!何言ってんだこい――――ヅッ!!」
「お、おい?どう――――ガッ!!」
「は?は?何――――グァッ!!」
必殺の触手パンチ。パンチなのかは分からんが。
魔力で創った触手で肉眼では見えないため、三人には何が起こったか分からなかっただろう。
ただ、よく分からん剣の達人とかには避けられる事もある。
気配とかで察知できるらしい。
倒れた三人を足で小突いてみる。
しっかりと気絶しているようだ。
三人の懐から財布を抜き取り、中身を確認する。
「銀貨5枚に銅貨が……そこそこか。」
ゴロツキならこんなもんか。
用の無くなった三人をうつ伏せに転がす。
三人が持っていたナイフを拾い上げ、首の後ろにナイフを突き立てる。
ズブリ、と根元まで刃を沈みこませ、持ち主に返してやった。
ビクン、と痙攣し、一人目の男はそれ以上動かなくなる。
二人目、三人目も同様に止めを刺す。
三人が息絶えたのを確認し、物陰に隠れているもう一人の方へ向き直る。
「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃ!違うにゃ、あちしはそいつらとは関係ないにゃ!
小さい子が絡まれてるから助けてやろうと思っただけにゃ!ホントにゃ!」
物陰から飛び出して来たのは猫耳少女だった。
獣人や亜人と呼ばれる種族で、人からは忌み嫌われている為、
人里に下りてくる事はほとんど無いらしい。
実際に見たのは俺も初めてだ。
獣に近い姿だと獣人族、人に近い姿だと亜人族と大別されている。
要はケモナー歓喜なのが獣人で、萌え豚歓喜なのが亜人ということだ。
そういう意味では彼女は亜人と呼ぶのが正しいだろう。
ただ、しっかりと定義されている訳ではないので、
総称として獣人や亜人と呼ぶ人もいる。
「御覧の通り私は問題ありません。心配してくれてありがとうございました。」
頭を下げるが一応警戒は解かない。
「ぶ、無事ならそれで良かったにゃ!…………と、ところで…そにょ~…。」
「何か?」
「それ…食べにゃいんだったら貰っても…いいかにゃ?」
彼女が指差す先には三人の死体が転がっている。
食う気かこいつ。
「…………ばっちいからやめなさい。」
「そんにゃ~!せ、せめて腕の一本だけでも―――」
ぐぅ~~~~。と彼女の代わりに腹の虫が意見を主張する。
「はぁ………、これ食べる?」
ポケットから取り出したのは携帯食やお菓子の残りだ。
アンナ先生の工房に来る時はいつも多めに持ってきているのが効したか。
「い、いいにゃ?」
「その代わり、あっちは無しだからね。」
「う、うぅ~~~~。」
お菓子と死体を交互に見比べる。
「……多分こっちの方が美味しいよ。」
その言葉が決め手となったのか、彼女はそっとお菓子を手に取ったのだった。
「あぁ…、散っていくにゃ…。」
風に流されていく男たちの遺灰を名残惜しそうに見つめる猫耳ちゃん。
さっさと燃やして正解だったかもしれん。
さすがに猫耳少女が死体に齧り付くのは見たくない。
「私の持ってた食べ物はあれで全部だからね。美味しかった?」
「うまかったにゃ!初めて食べた味だったにゃ!」
「そう、良かった。それじゃあ私は帰るね。キミも早く帰った方がいいよ。」
「あ、あちしは………そ、そう!あちしは旅をしてるから帰る場所なんて無いにゃ!」
「宿は取って無いの…?」
「やど…?って何にゃ?」
「えっと……何処で寝泊まりしてるの…?」
「…?その辺にゃ。」
つまりは野宿か。
「………お金は持ってる?」
「…????」
「…こういうの。」
銅貨を見せてみる。
「持ってるにゃ!ホラ!」
彼女は懐から銅貨を一枚取り出し、誇らしげに掲げる。
「あちしの方がピカピカだからあちしの勝ちにゃ!」
「えーっと…それ一枚だけ?」
「そうにゃ!」
獣人や亜人の知能は人と遜色ないと本には書いてあったが…。
この子が特別アレなだけだろうか。
「ご飯とかはどうしてるの?」
「外の森で狩りをするにゃ!」
確かに外の森なら狩りくらいは出来るだろうが…。
「そもそもこの街にどうやって出入りしてるの?」
門には見張りが居て許可証なんかが無ければ通れない筈だ。
「壁を登ってにゃ。」
マジか。結構高いぞ。流石は猫と言ったところか。
「そうだにゃ!食い物のお礼をしないといけないにゃ!」
「いいよ別に。残り物だし。」
「ダメにゃ!食い物のお礼はちゃんとするのが掟にゃ!」
と言っても……何が出来るんだ?
「えーと……何が出来るの?」
思った事がそのまま口に出た。
「にゃ……、にゃんでもするにゃ!何かして欲しい事はにゃいのかにゃ!?」
「ん?今何でもするって言ったよね?」
「う……、あ、あちしに出来る事なら…。」
「それじゃあ―――」
「二人お願いします。」
そう言ってカウンターに大銅貨を4枚並べる。
ここは裏通りにある宿の一つで、お金の無い旅人なんかが利用する安宿だ。
「ウチは獣人はとらないよ。」
ギロリと恰幅の良い女将が後ろの猫耳ちゃんを睨みつける。
カウンターに追加で銀貨を2枚並べる。
「二人お願いします。」
「ウチは獣人様も大歓迎さね。二階の一番奥の部屋を使って頂戴な。」
コロッと態度を変えた女将に部屋の鍵を渡される。
更に追加で銀貨を1枚カウンターに置く。
「あり合わせで構いませんので食事を頼めますか。」
「勿論ですとも!すぐにご用意致しますので部屋の方でお待ち下さいな。」
そう言ってさっさと奥へ消える女将。
「アンタァ!いつまで寝てんだい!仕事だよ!!!」
ガタン、バタンと聴こえてくる音を無視して階段を上がる。
一番奥の部屋に入り、備え付けのランプを灯す。
が、あまり明るくならないので魔力で光を生み出し、天井に張りつける。
「わ!すごい明るくなったにゃ!」
部屋は古くて狭いがキチンと掃除は行き届いているようだ。
安宿にしては良い部屋ではないだろうか。
地べたに座ろうとする猫耳ちゃんを椅子に座らせる。
暗い場所では気付かなかったが猫耳ちゃんは大分薄汚れている。あと…
「……ちょっと臭い。」
「し、失礼にゃ!ちゃんと毎日毛づくろいして綺麗にしてるにゃ!」
「少しの間じっとしててね。」
そう言って猫耳ちゃんの正面に立ち、掌を向ける。
「ひっ!ご、ごめんなさいにゃ!」
怒られるとでも思ったのか、部屋の隅に丸まってしまった。
「ちょっと綺麗にするだけだから、そこに座って。痛い事はしないから。」
「ほ、ほんとにゃ…?」
「うん、だから座って少しじっとしてて。」
「わ、わかったにゃ…。」
椅子に座りなおした猫耳ちゃんに”洗浄”を発動させる。
灰色に薄汚れていた毛並みが雪のように真っ白な輝きを取り戻す。
褐色の肌とのコントラストが素晴らしい。
「わ!わ!すごいにゃ!生まれたてみたいだにゃ!」
よく見ると喜ぶ猫耳ちゃんの瞳は左右非対称。
右目は薄い青色の瞳、左目は薄い黄色の瞳になっている。
オッドアイというやつだ。
「あ!そんなにあちしの目を見ちゃダメにゃ!不幸になっちゃうにゃ!」
そう言ってその手で顔を覆い隠してしまった。
「どうして?」
「あちしの目は悪魔が棲み着いたから色が変わっちゃったにゃ。
だから見ると不幸になっちゃうにゃ。」
そういう設定なのか。
「それで群れから追い出されたんだ?」
「にゃ、何で分かったにゃ!?」
適当にカマを掛けてみたがそういう事らしい。
だが可愛い顔が見れないのは残念なので何とかしよう。
「それで、それは誰に言われたの?」
「長が昔からの言い伝えだって言ってたにゃ。」
「ふぅん、それじゃあ私が悪魔が棲んでいるか確かめてあげるよ。」
「にゃ、何で!?」
「その長さんもちゃんと確かめてないんでしょ?そういうのは得意だから見てあげる。」
勿論ハッタリだが。
「で、でもそんな事したら危険にゃ!」
「私が強いのは見ていて知っているでしょう?ほら、手をどけてちゃんと見せて。」
「う、うぅ…どうなっても知らないにゃ…。」
観念したのかゆっくりと手を下ろす。
クイっと顎を持ち上げて瞳を覗き込む。
「なんか恥ずかしいにゃ…。」
「はい、動かないでね。」
念の為魔力の流れを視てみるが特に何も無い。
本当にただの遺伝的なものだろう。
「ど、どうにゃ…?」
「あー、うん、居るねぇ。」
「や、やっぱりかにゃ…。」
しゅんと肩を落とす猫耳ちゃん。
「ほら、だから動かないで。」
「は、はいにゃ。」
「ちょっと変な感じがするけど動いちゃダメだよ。」
ゆっくりと左のこめかみの辺りから魔力濃度を薄めた触手を侵入させる。
「ひぃっ!にゃにか入ってきたにゃ!」
左目の奥辺りでクニクニと適当に触手を動かす。
「ひぃぃぃぃっ!」
まぁ、こんなもんだろう。
スッとこめかみから触手を抜いてやる。
「はい、終わったよ。」
「何したにゃ!?」
「悪魔退治。元々そんな所に棲む悪魔だからね、弱いんだよ。
左目の辺りスッキリしてない?」
「してるにゃ…!スッキリしてるにゃ!」
ま、違和感から解放されたんだからスッキリした感じにはなるわな。
「でも変わっちゃった瞳の色は戻らないし、
悪魔が棲み着きやすくなってるから気をつけてね。」
「そんな…また悪魔が来ちゃうにゃ…?」
「ちゃんと良い子にしてる事。それだけ守ってれば大丈夫。」
「ほんとにゃ!?」
「良い子の所は居心地が悪いから悪魔が拠りつかないんだよ。」
「分かったにゃ!良い子にしてるにゃ!」
とりあえずは一件落着かな。
コンコン、と扉がノックされる。
扉を開けると気の弱そうなおじさんが料理を持って立っている。
顔には痣が…………すまぬ、おじさん。
「お、お食事をお持ちしました。お待たせして申し訳ありません。」
部屋に招き入れると机に料理を並べてくれる。
「いえ、こちらこそ夜中に御免なさい。」
「お客様のご都合もおありでしょうから、お気になさらず。それでは失礼します。」
「あぁ、ちょっと待って下さい。」
部屋を去ろうとするおじさんを呼び止め、銀貨を一枚握らせる。
「実は私は名前を出せない御方のお使いなのです。どうか『あの子』の事はご内密に。
奥様にもそうお伝えください。あと、『あの子』に合うフードがあればお譲り頂きたいのですが。」
「わ、わわわわわ分かりました…。」
さて、これで噂が広まってくれれば猫耳ちゃんも少しは安全になるかな?
誰だって獣人にちょっかい掛けてまで名前を出せない御方の報復なんて受けたくないだろうしな。
「お、美味しそうにゃ…。」
「全部食べていいよ。私はもう済ませてあるしね。」
「い、いいにゃ!?」
「うん、どうぞ。」
返事を聞くやすぐにガツガツと食べ始める。
コンコンとまたノックの音。
扉を開くと先程のおじさんが立っている。
「こ、このような物しか御座いませんが…。」
手渡されたのはフード付きのマントだ。
汚れてはいるが生地もしっかりとしている。
ただ少し猫耳ちゃんには大きいが…尻尾も隠れるのでちょうど良いだろう。
「いえ、助かります。ありがとうございました。」
おじさんを見送り、部屋へ戻ると料理を綺麗に平らげていた。
満足そうな表情である。
とりあえず受け取ったマントを魔法で綺麗にし、部屋の隅に掛けておく。
「美味しかった?」
「うん!うまかったにゃ!」
「それなら良かった。それじゃあそろそろ始めようか。」
「う……ほ、ほんとにそんなので良いにゃ?
か、狩りとかでもあちしは大丈夫にゃよ?」
「うん、いいのいいの。ほら、そこのベッドに寝転んで。」
背中を押してベッドに寝かせる。
「わ!フカフカにゃ!」
俺もベッドに乗り、猫耳ちゃんの隣に座る。
「ふふふ、じゃあいくよ?」
「あ、あの………い、痛くはしないで…欲しいにゃ。」
「分かってるって!」
「うぅ……もうお嫁にいけないにゃぁ……。」
十分に尻尾と猫耳をモフモフした俺はベッドに横になる。
さすがに眠いがまだ少しやる事がある。
「”情報”。」
ギルド証の情報画面を呼び出し、学院の校則項目へスライドさせる。
「何してるにゃ?」
空中に浮かぶウィンドウを興味津々に見つめる猫耳ちゃん。
「ちょっと調べ物を……っと、あったあった。」
目次から目当ての項目を見つけ、そのページへ飛ぶ。
「ふーん、よく分からないけど面白そうにゃ!」
ウィンドウに触ろうと伸ばしてくる手を避ける。
「はいはい、邪魔しないで早く寝てね。」
そう言って展開していた光の魔法を霧散させると、部屋が一気に暗くなる。
情報画面はそれ自体が薄く発光しているため見えなくなる事はない。
「むー、つまんないにゃー。」
もぞもぞと動き丸くなるとすぐに寝息を立て始める。
寝つきが良くて羨ましい限りだ。
「ふぁ~~…。」
情報の整理を終えた俺は欠伸を一つして情報画面を消す。
今度こそ本当に真っ暗になった部屋で目を閉じる。
明日が休日で良かったと思いながら。
瞼に射す光に目が覚めた。
寝ぼけ眼のまま起き上がり、窓から空を確認する。
まだそんなに日は高くないようだ。
「…んぅ、おはようにゃ~。」
彼女も目覚めたようでくーっと身体を伸ばしている。
「おはよう、良く眠れた?」
「うん!このベッドは凄いにゃ!フカフカにゃ!」
昨日も言ってたな、それ。
「それで、キミはこれからどうするの?」
「んー、狩りにゃ!」
「あー…そうじゃなくて、これから先の事。」
「ん~……、狩りにゃ?」
「えーっと……前に住んでた場所を追い出されたんだよね?」
「うぅ……そうだったにゃ……。」
「それで、新しい住処とか行く当てはあるのか?って事。」
「新しいお家…欲しいにゃ…。」
「何も予定が無ければ私の所に来る?」
「お、お家行っていいにゃ…?」
「うん。だけどちょっとやって貰わないといけない事があるけど。」
「頑張るにゃ!何でもするにゃ!」
「それじゃあこれで耳と尻尾を隠して私に着いて来て。」
昨日準備しておいたフードマントを渡す。
「……暑いにゃよ?」
「その耳と尻尾は目立っちゃうから、少しだけ我慢してね。」
この時期にフードを被っているのもどうかと思うが、
亜人だとバレるよりはマシだろう。
「ちゃんと決まればそれはいらなくなるから、今だけ、ね。」
「うー、分かったにゃ。」
「よしよし、偉いぞ、タマ。」
「…たま?」
「名前が無いと不便だからね。猫ならやっぱり『タマ』が定番かと思って。
『ミケ』の方がいいかな?」
「あ、あちしは『タマ』でも『ミケ』でも猫でもないにゃ!
立派な獣人のサーニャだにゃ!」
「そっか。私はアリューシャだよ、よろしくね。」
「あ、あるー…さ?」
「アリスで構わないよ。」
「わかったにゃ!あるー!」
「…まぁそれでいいや。じゃあちゃんと付いてきてね。」
「はいにゃ!」
宿を出て学院へと向かう。
サーニャは暑さでフラフラとしているがもう少し我慢してもらおう。
人々の視線を浴びながら通りを進み、何とか学院の正門まで到着した。
(まずはここの突破だな。)
門番に挨拶して学院証を見せる。
「あちらの方が学院に用があるというので案内してきました。通してもらっても構いませんか?」
サーニャは薄く微笑み、しずしずと頭を下げる。
フードからちらりと見える口元は妖艶な雰囲気を醸し出しており、門番も思わずゴクリと生唾を飲み込むほどだ。
(よしよし、ちゃんと言ったとおりにやってるな。)
「し、失礼ですがお顔を拝見させて頂いても?」
「あ、門番さん。あの方の国では結婚した男性以外に素顔を見せてはいけない、という風習がありまして…。」
「そ、そうなのか!?あ、いえ、し、失礼しました!どうぞお通り下さい!」
「ありがとうございます。どうぞこちらへ。」
門番に礼を行ってサーニャの手を引いて敷地内へ入る。
「も、もう限界にゃー…。」
「あそこの建物の中は涼しいから、もう少しだけ頑張って。」
「わ、分かったにゃー…。」
ヨロヨロと歩くサーニャを引きずり、やっとの思いで管理部のある建物に辿り着く。
建物内は空調が効いており、少し寒いくらいだ。
今日は休日ということもあって生徒の姿は見られず、窓口も半分以上が閉められている。
騒ぐサーニャを捨て置いて開いている窓口へ行き、声を掛ける。
「すみません、使い魔の登録をしたいのですが。」
この学院では生徒は使い魔を持つことが許されている。
一体目は無料だが、二体目以降は登録料で金貨一枚必要だ。
校則を調べた限りでは魔物は不可としか書かれていないので問題無いだろう。
何せお付の者や奴隷を使い魔として登録して身の回りの世話をさせたりしている貴族もいるくらいガバガバな制度なのだ。
魔物がダメなのは暴走した時の危険性などを考慮しての事だろう。
「はい、こちらの用紙に記入をお願いしますね。」
渡された登録用紙に必要事項を記入し、提出する。
「はい…はい…、それでこのサーニャちゃんという猫ちゃんはどちらに?」
「あちしは猫じゃないにゃ!」
「あー、もうそのマント脱いでいいよ。」
「ホントかにゃ!やったにゃ!涼しいにゃ~~!!」
ババっとマントを脱ぎ捨てると現れるピンと立った耳に嬉しそうに跳ねる尻尾はどう見ても猫である。
「あの子です。あーもう、ほら暴れないで。マントもちゃんと拾って。」
「ひっ…!じゅ、獣人…!?」
思いがけない事態に固まってしまう受け付けのお姉さん。
「何か問題ありますか?魔物ではありませんが。本人の了承もちゃんと取ってありますよ。そうだよね、サーニャ?」
「あちしはあるーと暮らすにゃ!」
「し、しかし獣人の使い魔など私の判断では……。」
「それなら校長先生に確認を取ってもらって良いですか?」
「そ、そうですね!そうしましょう!少々お待ちくださいね。」
俺の提案にホッとした様子で奥に駆けて行く。
時間が掛かるかと思ったが五分もしない内に戻ってきた。
「その子を連れて校長室まで来るように、との事です。」
「校長室ですか…、分かりました。行こう、サーニャ。」
「わ、分かったにゃ。」
校長室にある隠し扉の奥。
そこにはこの学院の創始者で、俺と同じ転生者でもあるレンシアがゴロゴロとしていた。
彼女は不老の身体を持っており、見た目は10歳くらいの女の子だが、立派なロリBBAだ。
『おぅ、来たか。久しぶりだな。』
むくりと起き上がったレンシアの向かい側にちゃぶ台を挟んで座る。
「サーニャもここに座って。」
「はいにゃ。」
俺の隣にサーニャを座らせる。
『一ヶ月ぶりくらいか。それで、使い魔の許可は貰えるのか?』
『それは許可出してるよ。もう書類も出来てると思うぜ。』
『じゃあ何で呼んだんだ?』
『どんな獣人を連れてきたのかと思ってな。』
『見ての通り。獣人と言うよりは亜人だけど。』
『確かにそうだな。モフモフ度が足りん。残念だ。』
『ケモナーの方でしたか。』
『うむ。それで、一体何処で拾ってきたんだ?』
『昨夜街の裏通りで。まぁ何というか…餌をやったら懐かれた、みたいな?』
『街中に居たのかよ。よく騒ぎにならなかったな。てか、よく入り込めたな。』
『壁を越えて出入りしてたらしいぞ。』
『マジかよ、結構高いぞあれ。』
『早朝から森で狩りして夜は街に入って野宿してたっぽい。』
『なるほどな。でも何で獣人が人里に…?』
『群れを追い出されたんだとさ。』
『追い出された?』
『両目の色が違うと不幸を呼ぶんだと。』
『あぁ~、そう言うパターンね。それでこの辺りに流れ着いたって所か。』
『概ねそんなところだと思う。』
『つまりオッドアイのモフモフを探せばオレもゲット出来ちゃう?』
『中々見つからんと思うけど。』
『ですよねー。まずは獣人の集落から探さないとな。』
『誘拐でもするつもりか。』
『流石にそれはな。オッドアイの子が産まれたら学院で引き取るって通達すればいずれ…。』
『気の長い話だ。』
『時間はたっぷりあるさ。』
「…何の話してるにゃ?」
異なる言語で話す俺達をハテナ顔で見つめるサーニャ。
「こんにちは、私はレンシア。キミの名前は?」
「あちしはサーニャだにゃ!」
「アリスにサーニャがどんな子なのかを聞いていたんだよ。」
「そうなのにゃ?」
「うん、両目の色が違うから追い出されたって聞いたよ。」
「そうにゃ…。あちしの目には悪魔が棲んでたから追い出されちゃったにゃ…。」
「ほう、悪魔が?」
「でも今は居ないから安心するにゃ!あるーが退治してくれたにゃ!」
『…退治したのか?』
『まぁちょっと霊能力商法みたいなのをな。そうでもしないと顔見せてくれなかったしさ。
俺が視た限りではただの遺伝的なもんだと思うよ。変な魔力の流れもないし。』
「ふむ、それでアリスの使い魔になると決めたのか?」
「…つかいまって何にゃ?」
『…おい。』
『行く所が無いなら俺の所に来るか聞いただけだからな。
使い魔制度が使えそうだったからそうしただけだよ。
侍女なんかを使い魔登録してる貴族だっているし、問題無いだろ?』
『それはそうなんだが…。教えないのか?』
『使い魔として使う気も無いし、説明するのは面倒そうだから…。』
『諦めんなよ!』
『じゃあ代わりに説明してやってくれ。』
『…それは良しとしとこう。』
「そこのアリスと一緒に暮らすのかって事かな。」
「そうにゃ!あるーのお家に住むにゃ!………ダメにゃ…?」
「いや、大丈夫。もう許可はしてあるから今日から一緒に住めるよ。」
「そうにゃ?ありがとにゃ!」
『それで、パーティーメンバーには言ってあるのか?』
『いや…、これからだな。』
『…………ま、頑張れよ。そのモフモフに免じて餞別くらいは送ってやるよ。』
『そいつはどうも。』




