1話
俺の名はアリューシャ。友人からはアリスと呼ばれている。
見た目は幼女(6)だが中身はOSSAN(XX)である。
別に謎の組織に薬を飲まされた訳ではない。
とある理由から強大な魔力と共にこの異世界に転生させられたのだ。
色々あって今はレンシア魔術学院と呼ばれる学校に通っている。
「…お腹すいた。」
「もうちょっと待っててね、お姉ちゃん。」
ぐぅぐぅとお腹を鳴らしているのは俺の姉、フィーティアだ。
頭に生えた白金の尻尾も、心なしか項垂れているように見える。
「おー、美味しそうな匂いだー。」
漂う朝食の匂いに釣られて起きて来たのはニーノリア。
短めの青髪には寝癖がピンと跳ねている。
「遅いわよニーナ。また授業に遅れても知らないんだから。」
「ふぁ~い。」
口を尖らせてニーナを碧の瞳で睨みつけている彼女はリーフ。
瞳と同じ色をした髪がニーナの寝癖と同じようにピンと跳ねる。
慌てて髪を押さえるリーフに温めたおしぼりを手渡す。
「これ使って。」
「あ、ありがとう、アリス。」
「ほら、ニーナも。」
「ありがとー。」
二人でいそいそと寝癖を直し始める。
「ふむ、もう皆起きているな。」
開けっぱなしの扉から朝食を運んで来た黒髪の少女はヒノカ・アズマ。
遠い東の国からやって来ている。
「…ぁ、て、…手伝い、ます。」
少しオドオドとしているこの子はフラムベーゼ・イストリア。
イストリア家という名家の娘らしい。
動く度にウェーブのかかった紅い髪がフワリと揺れている。
配膳を終え、全員が席に着く。
「それじゃあ食べよう。いただきます。」
朝食はホクホクとした白いご飯に焼き魚、湯気の漂う味噌汁に新鮮な野菜のサラダ。
(向こうに居た頃より、日本人らしい食生活してんなー、俺。)
まぁそれは先にこちらの世界に来ていた俺と同じ転生者達の努力の賜物なのだが。
「今日はまだ余裕があるな。」
食器を洗っていると隣のヒノカが声をかけてくる。
「いつもこうだと良いんだけどね。」
「そうね、特にニーナはきっちり起こしてあげないとダメだわ。」
「えーっ、ちゃんと起きてるよー。」
「そう言って二度寝してたのは誰だったかしら?」
「うっ…。」
「…あと忘れ物、多い。」
「うぐっ…。」
「き…、今日…算術ある、けど…教科書…は?」
「あっ!忘れてた、ありがとフラム!」
「言った傍から、仕方のない子ね、ニーナは。…フフッ。」
リーフが口元を押さえて頬を緩める。
「何だか楽しそうだな、リーフ。」
「ええ、こういうのも良いなと思って。」
「…そうだな。師匠と居た頃を思い出す。」
「二人とも、私たちもそろそろ準備しておかないとまた走る羽目になっちゃうよ。」
「もうそんな時間か。」
「私は昨日のうちに済ませてあるから大丈夫よ。」
胸を張るリーフ、同時にピンと髪の毛が跳ねる。
「髪、また跳ねてるよ。」
何度か指で梳いて撫でつけてやる。
「ぁぅ…あ、ありがとう。か、鞄取ってくるわ。」
顔を真っ赤にして部屋の奥へと消える。
「アリスー、こっちは準備出来たよ。」
ニーナ、フィー、フラムの三人がすでに扉の前で待機していた。
「うん、すぐ行くよ。」
準備してあった鞄を掴み三人の元へ駆ける。
程なくしてヒノカとリーフも合流し、全員で部屋を出る。
「今日の最初の授業何だっけ?」
「算術だよ。」
「うぅ~、算術かぁ…苦手なんだよなぁ…。」
算術、とは言っても簡単なものだ。
今は一年目なので加減算の授業が行われている。
だが他では教育機関が発達していないため、これでも難しい内容なのだろう。
「まぁ、分からない所があったら教えるから。」
「リーフはまだしも何でアリスが出来るの?なんか納得いかない…。」
義務教育でやってましたし。
「確かに、先生も驚いていたな。どこかで習ったのか?」
「うん…まぁ、ちょっとね。」
「でも算術なんて役に立たないよね?」
「いやいや、確かにもっと高度なのは役に立たない場面が多いけど、今授業で受けてるのは必要だよ?」
「そうは思えないけど…。」
「えーっと、じゃあ例えば銅貨3枚のパンを3つ買ったら銅貨何枚?」
ニーナは指を折り曲げて数え始める。
「……9枚。」
「正解。じゃあ15個買ったら?」
先ほどと同様に指を使って数えるニーナ。
「うー…………………、分かんない。」
「正解は50枚だよ。」
「50~?そんなの数え切れないよー。」
「銅貨3枚のパンを15個買うのだから、45枚よ。」
リーフが会話に入ってくる。
「な、なんだよー、アリスだって間違えてるじゃん。」
「違うわ、ニーナ。貴女はアリスに騙されたのよ。」
「んー…、どういう意味?」
「貴女、お店の人に50枚と言われたら払ってたでしょう?」
「あ……ぅ…ひ、酷いよアリス、騙すなんてー!」
「フフ、だから計算はきちんと出来るようにしておかないとダメよ。」
「そういうこと。ちゃんと役に立つでしょ?」
「うう~。」
後ろではフィーとフラムが指折り数えている。
「…ょ、40…?あれ…?」
「……む?」
ヒノカは話を振られないよう彼方を見ている。
その様子を見た俺とリーフは顔を見合わせため息をつく。
「はぁ…、前途多難だわね。」
「今度勉強会しないとね。」
「うぅ~もうダメだ~。」
頭から煙を出してニーナが食堂のテーブルに突っ伏している。
午前の基礎学科の授業が終わり、皆揃ってランチタイムだ。
午後からは選択学科の授業なのでそれぞれ分かれることになる。
「確かに、座学は少々疲れるな。」
「ヒノカはまだ良いじゃん、この後は闘術科なんだしさ。私は座学続きだよー…。」
「もう、しっかりしなさいよ。そんなんじゃ魔法騎士科に入ったときについていけないわよ?
あっちの座学はもっと高度らしいし。落ちたのもその所為なんでしょ?」
「ぅぐ…そうだけど…。」
「次は受かるようにしておかないとね。」
「そうよ、幸いうちのメンバーにはアリスが居るのだし、きちんと教えて貰いなさい。」
「は~~い…。」
「フラム、貴女もアリスに魔法を見て貰ったらどうかしら?」
「ぁ…え?」
いきなり話を振られたフラムがリーフと俺を交互に見る。
「フラムの魔法がどうかしたの?」
「魔術科の試験が魔法を使うものだったのだけど、フラムの魔法の威力があまりに弱かったの。
魔力量の少ない者でも結構な威力が出る火の魔法よ?
イストリア家の者なら火の魔法はそれこそ十八番な筈なのだけれど…。」
あー、フラムにイストリア家の話は地雷なのに…。
「ぁ……ぁ…ご、ごめん、なさぃ…。」
「ち、違うのよ!あ、貴女を責めてる訳じゃないの!何か原因があるかもって…それで…!」
案の定顔色が青くなったフラムに慌てるリーフ。
「ほら、二人とも落ち着いて。」
俺はフラムの手を握ってやり、二人を落ち着かせる。
「…ぁ……の……ごめん、ね…リーフ。」
「…いいえ、私が無神経だったわ、ごめんなさい…。とにかく、魔法を弱めてる原因があるなら、
その手掛かりだけでも掴めないかと思って。」
「うーん、でも私の使う魔法は特殊みたいだから…。」
俺の言葉に少し赤くなるリーフ。
「それは…、嫌というほど知ってるわ。でも、だからこそ何か分からないかと思って。
先生すらも分からないと仰っていたし…。」
「そういう事なら、今日の放課後に見てみようか。」
「ぃぃ…の?」
「うん、何も分からないかもしれないけど…。」
「私も付き合うわ、言いだしっぺだものね。」
「面白そうだな、私も付き合おう。」
「じゃあボクとフィーも行くよ!行くよね、フィー?」
「…うん。」
「…………フフ、結局みんな来ちゃうのね。
それじゃあ授業が終わったら一度部屋に集まりましょう。それでいいかしら?」
「了解。」
「おっけー。」
「うむ、心得た。」
「…うん。」
「は…はぃ…。」
昼休み終了の予鈴が鳴り響く。
「そろそろ行こうか、フィー。」
「…分かった。」
ヒノカとフィーが席を立つ。
「私も行くわ。」
続いてリーフ。
「そうだね、私たちも行こう。」
「ほいほい。」
「は…ぃ。」
残る魔法道具科組。
それぞれがそれぞれの場所へと別れた。
「ふむ、私たちが最後のようだな。」
闘術科の二人が部屋へと戻ってくる。
「あ、おかえりー、今日は遅かったね。」
「授業が少し長引いてな。」
「…ただいま。」
「夕食までまだ時間があるから、先にフラムの魔法を見ちゃおうか。」
「そうね、寮の裏でやりましょう。」
「分かった、荷物だけ置かせてくれ。」
「預かるわよ。ほら、フィーの分も。」
「…ありがとう。」
「頼む。」
ヒノカとフィーの鞄を受け取ったリーフが二人の鞄を部屋へと運ぶ。
「行こう、フラム。」
「ぁ…、うん。」
寮の裏にある開けた場所に集まる。
「まず私がやるわね。…”火”。」
リーフの手から少し浮いた所にポッと小さな火の玉が生まれ、暖かい空気が肌を撫でた。
魔力の流れを視るとリーフの手から魔力が供給され、魔力が火を丸く覆って火の玉が維持されているのが分かる。
「見事なものだな。一定の形で保つのは難しいというのに。」
「ヒノカも火の魔法使ってたよね?」
ニーナの質問にヒノカが答える。
「ああ、リーフ程ではないがな…”火”。」
ボウッと火が出現して辺りを照らし、肌にジリジリと熱を感じさせる。
リーフと違い、魔力をそのまま火に転化しているようだ。
二人が火を消すと、薄暗かった景色が蘇る。
「次はフラム、やってみて。」
「は、…はい。……”火”。」
ユラユラと蝋燭の火よりも少し大きい程度の火がフラムの手から立ち上る。
「魔力の弱い人でも普通はヒノカの半分くらいの火が出るのだけれどね。」
フラムの魔法はさらにその半分以下、というところだ。
魔力の流れを視てみる。
(…どういうことだ?…変換効率が悪い、のか?)
消費魔力が明らかに多い。先程のリーフとヒノカ以上だ。
フラムに近づき、火を観察する。
(…何かおかしいな。何か足りてないような…。)
「あれ…?暖かくない…?」
そう、ジリジリと刺すような熱さも、包み込むような暖かさも感じられないのだ。
「ちょっとごめんね。」
足元に落ちているマッチ棒ほどの小枝を拾い、先端を火の中に突っ込む。
しばらくしてから取り出してみたが、燃えたような形跡は見当たらない。
指で触っても見たが、熱も持っていなかった。
俺は意を決して自らの指を火の中へ潜り込ませる。
「ちょ、ちょっと何やってるの!?」
リーフが慌てて俺の腕を引っ張り、火から離す。
「………熱くない。」
「は?何言ってるのよ?」
「その火、熱を持ってない…いや、周囲の温度と同じ、なのか?」
「そ、そんな筈ないでしょ?」
「いや、そんな筈はあるみたいだぞ?」
見るとヒノカが俺と同じ様に指で火に触れていた。
「あ、貴女まで何してるの!?」
「リーフも触れてみると良い。中々興味深いぞ?」
「ボクもボクもー!」
「ま、待ってニーナ!私が試してからにして頂戴!」
「えーっ、ズルいよリーフ。」
「だ、だって火傷しちゃうかもしれないでしょ?」
「アリスとヒノカが平気だったんだから大丈夫だよ。」
「まぁ待て、ニーナ。先にリーフを安心させてやってくれ。」
リーフの俺の腕を掴む手は震え、目の端には涙が浮かんでいる。
「…ごめん、リーフ。心配かけて。」
「べ、別にしてないわ。」
ぷいっとそっぽを向いてリーフが魔法の火に近づく。
「本当に熱を感じないわね…。」
おそるおそる指を近づけていき…触れる。
「不思議…。どうなってるのかしら。」
指を離し、火に触れていた部分をマジマジと見つめる。
「大丈夫…みたい。」
「じゃあボクも触っていい?」
「問題ない…と思うわ。」
「よし、じゃあ早速…。」
ニーナは躊躇いなく火の中にズボっと指を差し込んだ。
「おー…、全然熱くない。」
「…私も。」
フィーはゆっくりと指を近づけて火に触れる。
「…どうなってるのかな?」
指を炙って遊ぶ二人。
「ぁ…あの…もぅ良い、かな?」
リーフが魔力を消耗したフラムを休ませる。
「長時間ごめんなさいね、私も動揺してしまって。」
「ぅうん…大丈、夫。」
「それで、何か分かったか?」
ヒノカが俺に尋ねてくる。
先程見たフラムの魔法についての考えをまとめていく。
「うん…、多分だけど、フラムが無意識の内に火の温度を調節してるんじゃないかな。」
「そんな事可能なのかしら?」
「リーフも火を球体の形に留めてたよね、それと同じ理屈だと思う。」
指先に集中し、魔力を火に変換する。
更にその火に魔力を送り込んで操り、形を球体に整えた。
「ほう、アリスも球体で維持出来るのか。」
「リーフのとはやり方が少し違うけどね。」
魔力の操作を止め、火の形を元に戻す。
(火の温度ってどうやって下げるんだ…?ま、いっか。)
とりあえず、温度よ下がれと念じながら指先の火に魔力を送ってみるが、特に変化はないように感じる。
(…下がってんのか?送る魔力を増やしてみるか。)
火に流す魔力をだんだんと増やしていくと、体感温度が少し下がった気がした。
更に魔力量を増やす。
「おお、温度下がってきているぞ。」
「信じられないわ…。」
やがて、フラムと同じ様に熱の感じない火が出来上がった。
「すごーい!」
「本当に出来てしまうなんてね…。」
思い思いに俺の指先に灯った火を弄ぶ一同。
「出来ることは出来たけど…かなり魔力が必要だよ、これ。」
先程フラムが使っていた魔力より遥かに多い。
いや、フラムの魔力効率が良すぎるのだろう。
あれが名門イストリア家という所以か。
「しかし、これだと役には立たんな…。」
「そうでもないと思うよ。」
「どういう事だ?」
「温度が下げられるんなら、その逆もいけるんじゃないかな。」
「なるほど、そちらは役に立ちそうね。」
「とりあえずやってみるよ。」
皆から少し距離をとり、今度は逆の事を念じながら魔力を操作する。
火の輝きが増し、近くに居るものに照りつける。
肌はジリジリと熱を持ち、まるで太陽のようだ。
「すごいな、これは…。」
「…夏みたい。」
汗が頬を伝うのを感じ、魔力を霧散させて火を消す。
「ふぅ…。フラムが制御出来るようになればもっとすごくなるんじゃないかな。」
「そ…そぅ…かな…?」
「うん、最初は火の温度を下げない事を意識して練習するといいよ。」
「温度を…下げない…?」
「多分フラムは無意識に攻撃用魔法の威力を下げたりしているんだと思う。だからまずはそれから直していかないとね。」
「ぅん…やって、みる。………”火”。」
フラムの手に生み出された火は微かに温もりを纏っている。
「さっきのより暖かいわね。早速効果が出たんじゃないかしら。」
「あとはフラムの修練次第、というところだな。」
「が、がんば…る…。」
「…おなか空いた。」
フィーのおなかからクゥーと可愛い音が聞こえた。
「それじゃあそろそろ夕食にしましょう。」
「そうだね、もうこんな時間だし。準備してくるよ。」
「手伝おう。」
「私も。貴方達に任せると野菜が少ないんですもの。」
「大盛り頼んだぜー!」
「…大盛り。」
「ぁ…ぅ…わ、私…は……。」
「はいはい、大盛り二つと小盛り一つねー。」
「もう、ほんとにしょうがない子たちね。」
「いやなに、私の師匠に比べれば可愛いものだ。」
「貴女の師匠さんって一体…。」
「それより、今日はどうするんだ?」
「そうだね、今日は―――――」
ワイワイと騒ぎながら短い帰路に着く。
薄暗くなった空には一番星が輝いていた。




