2話
大変だった。
産まれるのがこんなに大変だったとは…。
そう、俺は産まれた。つい2~3時間前である。
確かに俺は転生したらしい。
(うーむ、しかし赤ん坊からやり直しか…。)
自分の手をにぎにぎとしてみる。
ちいさな手がぐーぱーと繰り返す。
(ちっちゃいなー。)
適当に手足を動かしてみる、ちゃんと動くようだ。
そんなことをしていると不意に抱き上げられる。
「ふふふ、何を暴れてるのかなー?アリューシャ?」
ブロンドのポニーテール。
胸は…あんまりだが、出産で体系は崩れたりしていないようだ。
歳は…25を越えているくらいか?
たれ気味の目が温和な感じを漂わせている。
そして美人。
何を隠そう俺の新しい母である。
(字面だけだと複雑な家庭っぽいな…。)
そんなことを考えていると母が心配そうな顔をしてこちらを覗きこんでくる。
「うーん、この子元気がないわね…大丈夫なのかしら…?さっきも全然泣かなかったし…。
ババ様は問題ないって言ってたけど…。フィーの時はもっと大騒ぎだったのになぁ…。」
俺をあやしながら独り言を呟いている。
あまり心配をかけるのもなんなので
「アダァ(問題ない)」
と返しておく。
俺の返答にびっくりしたのか一瞬目を丸くしてからフフ、と微笑む。
「心配してくれたのかしら?フフ、ごめんね?」
俺を抱く腕にきゅっと力が入る。
その時、別の方向からしわがれた声が聞こえた。
「その子は聡い子じゃな。身体は大丈夫かの、サレニア。」
声の方へ顔を向けると大きめの杖をついたお婆さんがいた、魔女スタイルである。
「ババ様、ありがとうございました。身体のほうは問題ありません。」
サレニアはベッドに座ったままババ様に向かって礼をする。
「なに、村の子が増えるのはええことじゃて。ワシの孫が増えるようなモンじゃしのぅ。」
カカカと笑いながらゆっくりとこちらに近づき、ババ様が俺の顔を覗き込んでジっと見つめてくる。
「こやつは大物になりそうじゃのう。」
ババ様がニヤリとして呟く。
「?」
サレニアはどういうことかと顔を傾げた。
「ワシの顔を見てグズりもせんからのう!カッカッカ!」
ひとしきり笑うとババ様は杖をついて部屋の出口へと向かう。
「それじゃあワシは帰るぞい、何かあったらまた呼びな。」
そう言ってババ様は帰って行った。
ババ様が帰ったのを見計らったかのようにぴょこり、と部屋の中を窺う小さな女の子が現れた。
サレニアと同じ様にブロンドの髪をポニーテールにしている。
(か、可愛い…)
サレニアはそれに気付くとにっこりと微笑み小さく手招きをする。
「おいで、フィー。」
フィーと呼ばれた女の子はタタタッと駆け寄ってきて俺の顔を覗き込む。
「この子はアリューシャ。あなたの妹よ。アリスって呼んであげなさい。」
フィーはジッとこちらを見つめ、呟く。
「………アリス?」
こちらも短く返答する。
「ダァ(よろしく)」
フィーはパッと笑顔を咲かせサレニアの方へ向き直る。
「お母さん!「よろしく」だって!」
分かるのか…これが姉パワーというやつなのか…?
「ええ、良かったわね、フィー。」
サレニアは微笑みながらフィーの頭を撫でている。
絵になるなー、などと暢気にその光景を眺めているとき、ふと重大な事実に思い至る。
(いもうと…?妹だと!?)
そう…、俺「が」妹だと…。
(……なんということでしょう。)
転生後一日目にして俺の「異世界で魔法でかっこよく活躍してモテモテ美少女ハーレム生活」の夢が崩れ去ったのであった…。
―――いやまて。
別に俺の性別は関係ないよな?
日本にだって衆道とかあったんだ…、別に百合道を極めてもいいだろう!
百合は百合で良い物だしな!
そう思い直し、計画に若干の変更を加える。
なんということでしょう……!
夢の跡地にはリフォームされた「異世界で魔法でかっこよく活躍して百合々々美少女ハーレム生活」の姿があった。
――翌日の朝。
俺は真っ白に燃え尽きていた。
忘れていたのだ赤ん坊であるということを…否、赤ん坊であるという覚悟がなかったのだ。
赤ん坊イベントである”おっぱい”イベントと”おしめ”イベントはDTには刺激が強すぎたのである。
(なんなんだよあのプレイは……もうつかれたよぱとらっしゅ。)
あれが毎日続くのかと思うと憂鬱にならざるを得ないが、収穫が無いわけではなかった。
初めて魔法を見ることができた。
汚れたおしめを"洗浄"という魔法で綺麗にしてみせたのだ。
そう、俺があの魔法さえ使えるようになれば、おしめプレイは回避できるのだ!
魔法の特訓を開始しなければと決意を新たにした時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま!サリー!」
男の声と共にドタドタと階段を上る足音が聞こえる。
サレニアは笑顔だ。
「おかえりなさい、エルク。無事なようで安心したわ。」
「ああ、そっちも無事に産まれたようだな。すまなかった、間に合わなかった。」
俺の父親と思われる男は、サレニアと同じく25歳くらいだろう。
さらさらの栗色の髪を綺麗に整えている。
見た感じスラっとしたイケメンである。
だがその顔に似合わず体格はしっかりとしていて、厚手の服に傷だらけの胸当て、腰には長剣とザ・冒険者のようなスタイルだ。
「いいえ、話は聞いているわ。大変だったのでしょう?無事で良かったわ。」
「魔物の数が思ったよりも多くてな、何とかなって良かったよ。それで…その子が?」
エルクはこちらを向いて尋ねる。
「ええ、名前はアリューシャよ。」
聞きながらエルクは俺を抱えあげる。
近くで見ると思っていたよりもガッシリとしている。
やはり冒険者というやつなのだろうか?
「アリューシャ……アリス、か良い名だ。」
「アダァ(よろしく)」
短く挨拶をしておく。
「ハハハッ、なんだもう喋れるのか!」
エルクに高い高いされる。
「アダァ!(ちょ、高いって!)」
抗議の声を上げるが喜んでいると思われているようだ。
下ろしてくれる気配は無い。
サレニアはニコニコとこちらを見ている。
「おとーさん、こわいっていってるよ?」
フィーがエルクのズボンの裾を掴んで止めてくれる。
「お?そうかそうか、すまないな。」
そう言ってエルクはそっとベッドに俺を戻す。
そして今度はフィーを抱き上げる。
「ただいま、フィー。」
「おかえり、おとーさん。」
これも絵になるな、などと思いながらその光景を眺めていた。
――そして夕方。
寝たふりをしていたらガチで寝てしまい、こんな時間になってしまった。
そのおかげか、部屋には誰もいない。
ぐっすり眠っていると安心しているのだろう、サレニアは下の階で夕食の準備、エルクはフィーの相手をしているようだ。
(やっと一人になれたか…。)
もう一度回りに誰もいないことを確認し、魔法の特訓を始める。
子供(ましてや赤ん坊)が魔法の特訓をしているなどと知れたらちょっとした騒ぎになってしまうかも知れない、
この世界の常識も分かっていないため魔法の特訓は隠れてすると決めている。
(まずは魔力を感じるところからか…だったっけか?)
転生準備中にお姉さんに聞いた内容を思い出す。
―――。
「魔法の使い方…ですか。人間の方とは少し違うかもしれませんが…」
そう言ってお姉さんが手のひらを上に向ける。
「まずは魔力を集めます。その後魔力を使いたい形に変質させます。」
するとお姉さんの手のひらに火の玉がいきなりあらわれる。
「とまぁ、こんな感じです。」
スッと火の玉が消える。
(いや全く分からん。)
「ほとんどの神族や魔族は生まれた時から自然に魔力を使えますからね、教えるのは向いていないようです…。」
表情は変わらないがそこはかとなくションボリとしているような感じだ。
「まずは魔力を感じるところから始めては如何でしょう?」
(魔力を…感じる…?)
「はい、自分の内なる魔力、地に蓄えられた魔力、風に漂う魔力、水に流れる魔力など、外に溢れる魔力、これらの魔力を感じることが出来なければ始まりませんからね。」
(なるほど…。まずはそこから始めてみます。)
「あなたならきっと魔法を使えるようになりますよ。」
そう言って僅かに微笑んだ顔はやっぱり綺麗だった。
―――。
(うーん、まずは内なる魔力ってやつからいってみるか?)
自分の手のひらを見つめ(出ろ…出ろ…)と念じてみる。
(………うん、分からんな。)
10分ほど頑張ってみた結果である。
(まぁそんなに上手くいくわけねえか…、じっくりやっていくとしよう。)
それからしばらく、サレニアが様子を見に来るまで特訓を続けたのだった。
生まれてから1ヶ月は経っただろうか。
魔法は全く上達していない、いや、スタートラインにすら立っていない。
(うーん、やり方がまずいのかなぁ…。)
だが魔法を教えてくれる人もいない、独学で続けるしかないのだ。
そして今日も手のひらを見つめてうんうんと唸る。
すると、ふと何かが目の前を横切る。
(うお!なんか虫だ!)
異世界で見る初めての虫。カナブンに似ている…が、少々デカイ。
カブトムシより一回り大きいくらいだ。
そんなやつがベビーベッドの淵に止まっている。いと怖し。
(うおおおお、あっちいけ!)
手を振り払って追い払おうとした、その時――。
ドンッ!!!
何かがぶち当たったような音が鳴り響く。
音のした天井の方に目をやると少し凹んでいた。
(あんな凹み無かったよな…、今の音が原因か?)
虫のことを忘れ天井の傷を観察していると、階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
「おいおい、今の音は何だ!?」
今の音を聞いて駆けつけて来たエルクだ。
(やべっ、どうやって誤魔化すか…。)
一瞬の間に思考する。
(―――よし、あの虫の所為にしよう。)
ダァダァと虫の方へ手を伸ばす。
エルクも虫に気付いたようだ。
「なんだ虫か…お、でけえな。」
ひょいとその虫をつまむと、少し開けてある窓から逃がしてやる。
「エルク、何があったの!?大丈夫!?」
階下からサレニアの心配そうな声が聞こえた。
「おう!大丈夫だ!」
サレニアに返答しながらエルクは俺の頭を撫でる。
「お前あれでも泣いたりしねえのな。
その度胸がありゃすぐにでも冒険者になれそうだな、ハハハ!」
自分の娘に冒険者をやらせるつもりなのかコイツは…。
この世界の常識はまだ知らないが、進んで娘に冒険者をやらせようと思う親などいないだろうに…。
それとも、結構な人気職業なのだろうか。
「アダダァ(まぁ、それもいいかもな…)」
「そうかそうか!ハハハ!」
分かっているのかいないのか、エルクは豪快に笑う。
「ちょっとエルク!一体何があったの!?」
痺れを切らしたサレニアが階下から声をかける。
「おっと、サリーを待たせてたんだった。じゃあな。」
そう言ってエルクは部屋を出て行った。
俺は天井の傷に再度目を向ける。
(魔法…なのか?)
(あの虫がでる直前まで俺は魔法の特訓をしていた。)
転生のお姉さんのように手のひらに魔力を集めてそれを感知出来ないか試していたのだ。
(そして虫を追い払うときに払った手から魔力の塊が天井に飛んでいってぶつかった…?)
一応辻褄は合う。むしろそうであって欲しい。成果が出たかもしれないのだ。
(さすがにもう一回は出来ないな、どうしたもんか…。)
騒ぎになるのは避けたい。
(もっと弱めをイメージしてやってみるか。)
そうと決まれば早速実践だ。
手に集めた(と思われる)魔力を天井にゆっくり飛ばす。
…………。
何も起きない。
(音もなにも無いんじゃ確かめようが無いな…。
まぁ、さっきみたいな威力は出てないんだ。それなら…。)
再度手に集めた(と思われる)魔力をもう片方の手のひらに向かって飛ばしてみる。
(!!)
風ではない、何かが手に触れる感触。
(これが魔力…なのか?)
今度はもう少し強く飛ばす。
――先程よりも確かな感触。
(うん、多分これだろう。これにしよう。これが魔力だ。)
実際のところ、正解かは分からない。正解を教えてくれる人もいないので当然だ。
だが、確かにそれは感じられた。
(先の見えない特訓にもうんざりしてたしな。
もしこれが魔法じゃないとしても、元地球人の俺としちゃ魔法みたいなもんだろ。)
魔力感知の特訓はこれで終わりとし、次の特訓を考える。
(お姉さんは集めた魔力を変質させるとか言ってたなぁ…。)
お姉さんは魔力を火に変えていた…が。
(ベッドの上で火はなぁ…、かといって水も後始末がな…)
他にも考えてみたが、変質の特訓は外に自由に出られるようになってからと結論付けた。
(ふむ…形状を変化させてみるか?)
魔力の塊で天井を凹ませる事が出来たということは、
魔力の密度を上げれば魔力だけで物理干渉が可能だということだ。
(そう…魔力を集めて触手のように使うことが出来れば…!)
とても楽しいことが出来る!
早速手に魔力を集めてみる。
(…形を変えても分からんな、これじゃ。)
そう、感知出来たと言っても目には視えていないのだ。
(先に魔力が視えるように頑張ってみるか。その方が形状変化も楽に出来るだろうし。)
よし、次は魔力を視る特訓だ。