12.5話
『湯船に入る前にここでかかり湯をしましょう!』
お風呂の壁に書かれている説明と絵の通りに行動する。
ここはレンシア魔術学院寮にある大浴場だ。
一度街にある浴場に行った事はあったが、そんなものは比較にならないほどだ。
「凄い…。」
そんな陳腐な言葉しか出てこない。
(知らない事…ばっかりだな…。)
貸し切り状態の浴場内を見渡す。
この浴場一つとってもそうだ。
奥には木製の扉があり、『さうな』と書かれている。
部屋の中も木で出来ており、凄く暑い事しか分からなかった、数秒で出てしまったからだ。
壁にある説明によると汗を流すための施設らしい。
傍にある水風呂と併用することで血行が良くなる等と書かれているが、普通に運動すればいいだけなのでは?と考えてしまう。
洗い場にある椅子の一つに腰掛ける。
正面には大きな鏡が一枚、隣を見ると一席ずつにズラリと同じ大きさの鏡が張られている。
こんな綺麗な鏡は見たことが無い、これ一枚でどれだけするのだろうか。
「きゃっ!」
手元にあるボタンを押すと長い管の先からお湯が吹き出てきた。
説明を見ると『しゃわー』というらしい。
ボタンを押せばしばらくお湯が吹き出る仕組みらしい。
洗い場には石鹸と『しゃんぷー』と『りんす』なるものが据え付けられている。
説明によると『しゃんぷー』と『りんす』は髪を洗うもののようだ。
石鹸で良いのではと思ったが、とりあえず従って使ってみることにする。
…………なるほど、これは必要だ。
石鹸で洗った時の様に引っ掛かる感じはなく、『りんす』を使ったあとは自分の髪とは思えないほど艶々としている。
髪は女の命と母から聞いたが、この学院はそんな事にまで気を使っているのだろうか。
頭から『しゃわー』のお湯を浴びていると少し陰鬱な気分になってしまう。
(…負けた…んだ。)
あれは試合とも呼べないものだった。
あの子の姉が言った通り、私は強者に挑みかかり、そして軽くあしらわれただけだ。
(あの子は私に言った…「もう一度練習台になって欲しい」と。)
そう、自分の進退が掛かっているはずの試合で『練習』をしていたのだ。
私は殺傷力の高い魔法を使ったにもかかわらずそれを打ち消され、その練習に使われた魔法で傷一つ負わないまま負けてしまった。
はぁ、と溜息を吐いて目蓋を閉じる。
(「え、え~っと…じゃあまたあの魔法の練習台になってもらっていい?」)
思い返されるあの子の言葉。
その言葉で私は試合での事を思い出し、………溢れてしまった。……今も。
私はじんじんと疼くところへ手をゆっくり伸ばす。
「…んぅ…っ。」
ちょん、と指が触れた瞬間、背筋を駆けた感触に思わず声が漏れてしまう。
「ぁ……ん……はぁ……あっ。」
とろりと溢れてきた蜜を指で掬い、塗り広げる。
試合で受けた感触を思い出し、自らの指で再現していく。
「んっ…ふっ…ん…っ……ぁんっ!」
蜜を弄ぶ手とは反対の手で無意識に自分のふくらみかけた箇所を弄ってしまい、声を上げてしまうが自分の両手は言う事を聞かずに動き続ける。
(や…、どうして…止まらない…よ。)
「あっ…あ……んっ……やだ………やだ…っ…んっ…!」
手の動きが激しくなるにつれて漏れる声も大きくなっていく。
「んっあっ…あっぁ…っだ、だめっ…だれか…きちゃ…ぅんっ!!」
動き続ける両手が同時に先端部を弄り始める。
「ああああっあああっ…だめっだめっ…やっ……あっ……ああっ!!!」
あの子から与えられた程の刺激ではないが、それでも私を至らしめるには十分だった。
「やあっ…あっあっああぁぁっ……!!!―――――――ッッ!!!!!」
私の中を何かが廻り、ビクンと身体を跳ねさせる。
「んっ……あっ………はぁっ…はぁっ…。」
手の主導権が戻ってきたのを感じ、動きを止める。
(どうしちゃったんだろう…私…。)
身体の疼きはもう収まっている。
はぁ、とまた溜息を吐き、『しゃわー』で身体を清めた。
自分の緑色の髪が湯に浸からないよう結い上げてからゆっくりと身体を沈めていく。
肩まで漬かり、ボーっと天井を見上げる。
(…バカ、か。初めて言われたな…。)
自分の行動を思い返してみる。
寮の同室になる小さい女の子に暴言を吐いて、学院を辞めさせるために勝負を挑んだ挙句負けた。
(…なるほど、馬鹿だなー…私。)
「”風”。」
魔法の効果により風が流れ、湯気が散らされる。
弱くした魔法であったため、すぐに湯気が立ち上る。
(魔法が使えなくなったワケじゃないみたいね。だったらどうしてあの時…。)
いくら考えても試合中に魔法が発動しなかった理由が分からない。
(…まぁ、今はいいか。きっと魔法が使えても負けていただろうし。)
あの子の使っていた魔法は私の全く知らないものだった。
呪文すら唱えていなかった…と思う。
そんな魔法を使いこなし、無傷で私を無力化してみせたのだ。
本気を出せば私の事など、そうと気付かせぬまま殺す事も出来るだろう。
そう考えれば今回は運が良かったのかもしれない、怪我をする事も命を落とす事も無く、学院を辞める事も無かった。
あの子でなければどれかを被っていただろう。
……散々虐められてしまったが。
身体が疼く前に、ブンブンと頭を振って雑念を払う。
(そういえば、邪神の力…って言っていたっけ。)
完全に気を失う前に聞いた会話の内容を思い出し、ある考えが浮かぶ。
(私の身体がおかしくなったのは…その呪いの所為…?)
あの子は大丈夫だと言っていたはずだが、知らなかっただけなら…?
(調べてみる必要がある、かも……でも………。)
こんなこと、聞けるはずがない。
また溜息が一つ漏れる。
(自分で調べるしかない、か…。)
幸い此処は叡智集まる魔術学院、調べるのに此処以上の場所は無いだろう。
今後の課題も決まり、さあ出ようかと思った時、つーっと額から雫が流れた。
雫が目に到達する前に手で拭ったあと、ふやけてしまった自分の手をじっと見つめる。
(あの子の手、小さかったな…。)
私をコテンパンにしてしまった小さな手。
その手で私の手を包み、「仲良くして欲しい」と、そう言ったのだ。
(そっか、それも初めて言われたんだ…。)
「賢いね」「凄いね」「流石だね」、村では皆こう言ってくれたが、「仲良くしよう」なんて言ってくれる子はいなかった。
嫌われている訳では無かったが、皆自然と距離をとっていた。
一緒に楽しそうに遊んでいる子達を羨ましいと思った事もないわけではない。
だが同時に仕方の無い事なのだとも思う。
私が入るだけで和が乱れてしまうのだ。
そんな私の手を取ってくれた、小さな手。
私のはじめてのともだち――
「……違う。」
(わたし…まだ何も、へんじ……してない。)
そうだ、結局私は何もしていない。
ただただ泣き腫らしていただけだ。
今このお風呂に入っているのだってあの子の勧めだ。
少し困った笑顔で「うーん、まぁ、とりあえずお風呂にでも入ってスッキリしてきなよ。」そう言ってくれた。
嗚呼、私はなんて馬鹿なんだろう。
あんな小さな子に気を遣わせて、あの子の方がよっぽど大人じゃないか。
頭痛がしそうで頭を抱えてしまう。
「フフ、フ…。」
自虐的な笑いが零れる。
(私、こんなに頭悪かったっけ…?)
村では「神童」なんて呼ばれていた筈なのに。
(それなら、それなりの方法で解決しちゃえばいいんだ。)
何でもすると、そう言ったんだ。だから何でもしよう。
まずはきちんと謝ろう。
そして今度は私から”お願い”するんだ。
のぼせる寸前の重い体を、少し軽くなった心で引き摺り、今度こそお風呂から上がった。




