9話
皆が部屋にも慣れだした頃、ふと思い出したようにニーナが声を上げる。
「あれ、そういえばベッドが無い…?」
さすがに和室にベッドはないだろう。
俺は冊子をテーブルの上に置き、部屋にある襖へと向かう。
(押入れはここかな。)
襖を引いて開けると思った通り、中に布団が詰まれている。
「寝る時はこれを使うんだよ。」
そう言いながら布団を一組取り出して敷く。
「ほら、こんな風に。」
「おぉー。なんか変わってるんだね。」
「私の国ではこれが一般的だな。」
「じゃあヒノカの国のベッドなんだね。」
「ベッドでは無いが…概ね間違ってはいないな。」
バフッとニーナが布団へダイブする。
「ふかふかだー。」
そのままゴロゴロと転がり布団を堪能するニーナ。
「…お昼、どうするの?」
「そういえば、そろそろお昼だねー。アリス、どうするのー?」
フィーの言葉にニーナが寝転がったまま答えた。
「寮の設備で自炊も出来るみたいだけど、今は材料が無いから食堂かな。」
「食堂?」
「うん、学院の敷地内に学生用の食堂がいくつかあるみたいだよ。あれに書いてた。」
テーブルに置いてある学院案内を指差す。
「ほう、そんなものまであるのか。それならここから一番近い所で良いんじゃないか?」
「そうだね、今から行ってみようか。」
「さんせーい!」
「…うん、行こう。」
俺達は寮から出て近くにある食堂を目指す。
地図で書かれていた場所には大きな食堂があった。
開放感溢れるガラス張りになっており、中の様子が窺える。
200人は座れそうなテーブルの数があり、まだ昼前であるせいか、席に座っている人は疎らだ。
店の入り口にはメニューが書かれている。
メニューを見ると日替わりのA~C定食があり、それぞれパン、パスタ、ライスとなっており、その三種類しかないようだ。
値段はどれも銅貨3枚となっている。かなり安い。
「あれ、メニューこれだけしかないの?」
「うん、説明にはそう書いてあるよ。たぶん安くするために品数を減らしてるんだよ。」
「確かに、学外にある食堂などより格段に安いな。」
「とりあえず中に入ってみよう。」
食堂のドアを開けて中に入ると食堂のおばちゃんが出迎えてくれる。
「ありゃ?アンタらどっから迷いこんで来たんだい?ここは学院の中だよ、送ってってやるからちょっと待ってな。」
奥へ引っ込もうとするおばちゃんを慌てて呼び止めた。
「私たち、来月から入学するんです。」
学生証を取り出しておばちゃんに見せる。
「ありゃ、そりゃスマンね。アンタら小っこいのにエライんだねぇ。それで、何にするね?」
「私はCを頼もう。」
「…わ、私はパンのにする。」
「じゃあパスタのにしようかなー、アリスはどうすんの?」
「私もCかな。」
「はいよ、ちょっと待ってな。」
注文したものを受け取り、適当な席に着く。
「「「「いただきます。」」」」
(おぉ…和食だ…。米だ…。味噌汁だ…。)
こちらの世界に来てからはパンが主食だったため、感動も大きい。
定食の内容はご飯に味噌汁、焼き魚にサラダとなっている。
フィーの食べているA定食はパンにシチューとサラダ、ニーナのB定食はシーフードパスタにスープとサラダといった内容だ。
思い思いに食べていると、もうお昼の時間になったのか食堂が混雑してくる。
「おい、お前らそこをどけ。」
そう言ってきたのは12~3歳ぐらいの少年だった。
高そうな服を着ているのでこいつは貴族だろう。
その後ろには取り巻きが二人ついている。
「はぁ、お断りします。」
とりあえずお断りしてみる。
すると貴族さんは真っ赤になって怒り出した。
「なんだと貴様!俺はレイダール子爵家の長子、グレイデン様だぞ!平民ごときの貴様が…!」
なんだか長くなりそうなので触手で彼のお盆をひっくり返してやる、彼の方へ。
慌ててお盆を支えようとするが時既に遅し。頭からシチューを被ってしまう。
まぁそれは俺が触手でやったんだけど。
空になったシチューの皿をグレイデン君の頭に被せ、後ろの取り巻きの方へ押し出してやる。
二人は咄嗟に避けようとするがそうはさせない、そのまま三人をぶつからせ、取り巻き二人の頭にも皿をシチューごと被らせてやる。
「貴族様は随分と豪快な食事の仕方をなさるのですね。」
呆気にとられていた周りの人が俺の一言で声を出さずに嘲笑いはじめる。
「~~~~ッ!!!」
更に顔を真っ赤にした貴族様が立ち上がり、腰に挿した剣に手を掛けた。
それと同時に、俺は箸を銜えたまま腰の後ろに挿してある小太刀にそっと手を這わせる。
ヒノカも同様に腰の刀に手を掛けた。
「おっと、そこまでだよ、グレイデン君。」
颯爽と現れ、グレイデンの剣を抜けないように押さえるイケメン、グレイデンより少し年上で15歳くらいか。
高そうな服を着ているのでこの人も貴族っぽい。
周りからは黄色い声が上がる。人気者っぽい。
「離せ!こいつを切り捨てる!!」
「キミがここで剣を抜くなら僕が相手になろう、それでも構わないかい?」
グレイデンとイケメンはしばし睨み合う。
「…くっ!行くぞ、お前達!」
睨み合いが数秒続いた後、グレイデンは取り巻き達に声を掛け、真っ赤な顔のまま去って行った。
イケメンはこちらを向いて傅き、頭を下げる。
「うちのメンバーがご迷惑をお掛けしました、お嬢様方。どうか剣をお納め願えませんか?」
俺とヒノカは警戒を解き、箸を手に戻す。
「ありがとうございました。」
とりあえず礼を言っておく。
「いえ、パーティメンバーの不始末は私の不始末でもあります。礼には及びません。」
彼はグレイデン達が汚した床に”洗浄”の魔法をかけ、テキパキと片付けた。
「皆さん、お騒がせしました。ごゆるりと食事の続きをどうぞ。」
そしてくるりと俺の方に向き直る。
「それから、小さなレディ。」
…俺の事か?
「…はぁ?」
「彼のように豪快に食事を摂る貴族は少数派ですので、覚えておいて下さい。」
「…それはこれから出会う貴族さんに拠りますね。」
肩を竦めて答えてやる。
「フフ、なるほど。それではその汚名を雪げるよう僕も精進致します。それでは。」
そう言って、彼は現れた時と同じ様に颯爽と去って行った。
「ふむ、まさかいきなり絡まれるとはな。入学もまだだというのに…。」
ヒノカはやれやれといった感じだ。
「…怖かった。」
フィーは涙目になっている。
「しかしアリスも度胸あるよなー。」
まぁ、セイランのギルドにいた強面のおっさん共に比べれば可愛いもんだ。
食事を再開すると声を掛けられる。
「隣いいかな、小さなレディ?」
声の方を向くと、さっきのイケメンが食事をのせたお盆を持って立っていた。
「早速汚名を雪ぎに来たよ。」
有無を言わせぬ爽やかな笑顔、やっかいな奴だ。
「…………はぁ、どうぞ。」
俺は渋々と隣の席を勧めるのだった。
「そうか、キミ達は次の一年生か。と言う事は一緒にチームを組むかも知れないね。」
「チーム、ですか?」
食事を終えた俺達はまったりと過ごしていた。
イケメンが迷惑を掛けたお詫びにと、敷地内にあるカフェでご馳走になっている。
「うん、上級生のパーティと下級生のパーティで組んで行う課題があってね、それをパーティ課題というんだ。
基本的には上級生が下級生の補佐を行い、危険があれば上級生がそれを排除する、と言った感じだよ。
三年生は一年生と、四年生は二年生と組むんだ。五年生はパーティ課題は免除される。参加は自由だけどね。
僕は今二年生だからね、君たちが入学する頃には三年生だ。」
「なるほど、それでチームですか。」
「まぁ、組み合わせはどうなるか分からないけどね。」
ちなみに会話しているのは殆ど俺とイケメンだ。
フィーは元々人見知りだし、いつも元気なニーナはイケメンオーラにやられて顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
ヒノカは初めて食べたケーキが大変気に入ったらしく、たった今5つ目が運ばれて来たところだ。遠慮しないな、こいつ。
まぁ、貴族様の財布を気にする必要も無いだろうが。
そしてイケメンが質問して俺が答える、という図式が出来上がってしまっている。
「ところで、グレイデン君達をどうやって転ばせたんだい?」
いきなり直球な質問してくるな。
「…魔法です。」
「魔法?呪文なんて唱えていなかったようだが…。」
「えーと…説明が難しいのですが…。」
触手を使ってイケメンの持つカップを少し傾けてやる。魔法を使うようなポーズもついでにやっておく。
慌ててカップを持ち直すイケメン。
「い、今のが…?」
「そうです、まぁそれぐらいしか出来ない地味な魔法です。先程は上手くいきましたが。」
本当はもっと色々出来るが、そんな事を教える義理は無い。
フィーにだって教えていない、俺の切り札だ。
「な、なるほど。確かに地味だが、無詠唱で魔法を使えるなんて素晴らしい事だ。」
そんな事を話しているとチャイムが鳴り響く。
「おっと、昼休みが終わってしまうね。僕は戻るが、キミ達はゆっくりしていくといい。それじゃあ。」
颯爽と去っていくイケメン。
ふぅ、と一息つく。
「ね、ね、超かっこいいね、あの人!チームかぁ~、一緒になれないかな~!」
ニーナが目をハートマークにしたまま騒ぐ。
「あ…、うん、そうだね。今度はニーナがゆっくり話したらいいよ。」
マジで頼む。
「え~、でもぉ~!」
クネクネと身を捩るニーナ。
「…疲れた。」
それは俺の台詞だと、心の中でフィーにツッコんだ。
カフェを後にし、俺達は部屋に戻らず学外へ出た。
目的は買い物だ。
寮では自炊も可能なので、夜は自炊にしてみようと言う事になったためだ。
学食が安いのでそこまで節約は出来ないと思うが、何事も経験だ。
買い物は勿論スーパーマーケットである。
(そういや冷蔵庫なんて無いんだよなぁ~。)
生鮮食品を眺めながら考える。
(土魔法で作るか…?)
土で箱を作り、その中に魔法で氷を作る。
昔の冷蔵庫だ。
(今度実験してみるか。)
今は必要なものを必要な分だけ買うことにする。
食料品を見て回っていると米を見つけた。
5キロで銅貨30枚。
とりあえず10キロ買っておく。
「…これ、おいしいの?」
フィーが米を見つめながら聞いてくる。
そういえば食べた事無いんだったな。
「んー、今日はこれで夕食作るから食べてみてよ。」
「…うん、分かった。」
「おぉ、今日は米三昧だな、私は嬉しいぞ。」
「私も食べた事ないから楽しみー。」
そんな会話を続けながら買い物し、寮へ戻る。
買った材料を持って調理場へ行ってみると、そこはシステムキッチンになっていた。
(おいおい…、頑張ったんだな、先人よ…。)
俺が日本に居た頃に住んでいたアパートの台所より豪華だ。
さすがに炊飯器は無い…いや、あったわ。
炊飯器に触れてみると起動し、設定ウィンドウが中に表示される。
(何とか使えそうだ。てか、何でもあるな…此処。)
適当に設定し、ご飯を炊く。
「アリス…手際が良いな。」
「なんか、知らない道具ばっかりなんですけど。」
「…うん、使い方分からないね。」
システムキッチンを前に立ち尽くす三人。
まぁ仕方ないだろう…。
「今日は私が作るよ、簡単なのしか出来ないけど。」
献立はおにぎりに玉子焼き、味噌汁、買った野菜を適当に切ったサラダだ。
食堂スペースになっているテーブルの一角に作ったものを並べて席に着く。
「じゃあ食べよう、皆。」
「「「「いただきます。」」」」
「おにぎりはこうやって海苔を巻いて食べてね。」
瓶から海苔を取り出し、手本を見せ、そのままかぶりつく。
海苔は50枚入りで銅貨20枚と結構な値段だったが、買ってよかった。
かなり久しぶりに作った玉子焼きも満足な出来だ。
ちなみに卵は1個銅貨1枚だった。
俺が食べるのを見て、他の三人も食べ始める。
「うむ、美味い。この海苔というのは初めて食べたが、凄く合うな。アリスなら私の故郷ですぐにでもやっていけるんじゃないか?」
「すごいよね、アリスは何でもできるよねぇ~。」
「…おいひい。」
各々が感想を述べ食べ進めていく。…ちょっとペース早くね。
あっという間に在庫が無くなってしまい、お開きとなった。
部屋へと戻り、のんびりとした時間を過ごす。
「…買ってきたお茶でも淹れようかな、皆いる?」
「頼もう。」「いるー。」「…(コクリ)。」
全員分の湯呑みを買い物袋から取り出してテーブルに並べる。
急須もテーブルに置き、フィーが”洗浄”を掛ける。
これらだけでも合わせて銀貨1枚ほど飛んでいる。
(いくら貯金があるとはいえ、流石にこのペースは不味いか…。明日はギルドに行ってみよう。)
ズズ…と淹れたお茶を飲みながら考える。
(あぁ…緑茶だなぁ…、落ち着くなぁ。)
「うわ、にがっ!」
「そうか?ちょうど良いと思うぞ。」
「うぅ~…にがい…。」
こうして夜は更けていった。
翌朝、学食で朝食を摂った俺達はレンシアの街のギルドに来ている。
中は役所のようになっており、セイランのギルドとは違い、学院の生徒と思われる少年・少女が多く見られる。。
後ろの三人は初めて入るギルドに少し緊張気味だ。
掲示板を見ると冒険者用と学生用に別れている。
学院案内に書かれていた通りだ。
学院とギルドは提携しており、学生証があれば学生用の依頼が受けられるようになっている。
学生用の依頼は簡単で報酬も安いが、学院内で生活する分には十分稼げそうだ。
その分、冒険者用の依頼は危険なものも多く、報酬も高い。
採取系の依頼なんかはほとんど学生用に回しているためか、冒険者用の依頼は討伐系がほとんどのようで、その所為かセイランよりも報酬が少し割高になっている。
(うーん、やっぱり冒険者用かな…。)
適当に依頼を見てみる。
(おいおい…最低でもランクDからのしかねえな…。でもヴォルフ10体討伐とかセイランでソロで受けてたんだが…。)
まぁ地方の冒険者の数が少ないところではランク制を行ってないと書いてあったし、セイランもそちら側だったんだろう。
(うーん、昇級試験受けてみるか…?)
ギルドのランクを上げる方法は二通りある。
一つは地道にギルドの依頼をこなして上げていく事、もう一つは昇級試験を受ける事だ。
昇級試験を受けるには銀貨を1枚用意して申し込むだけでいい。
合格すれば銀貨は払い戻されるので、実力があればサクサクとランクが上げられるのだ。
まぁ、昇級試験では戦闘面の実力しか見ないので、冒険者として使えるのかは微妙だが…。
ちなみにランクは下からF→E→D→C→B→A→S→SS→SSSとなっているらしい。よくあるヤツだ。
依頼書を眺めて考えているとヒノカが声を掛けてくる。
「アリス、依頼を受けるのか?」
「今日は受けないけど、その内やると思う。お金も稼いでおきたいしね。」
「ふむ、それなら私も冒険者になっておこうと思うのだが、どうだろうか?」
確かに、人数が増えると助かる。
「それは助かるよ。ヒノカなら試験も大丈夫だろうし。」
手合わせをしたことはまだ無いが、闘術大会で優勝というのなら問題ないだろう。
「そらなら手続きをしてしまおうか。フィーとニーナはどうする?」
「へ?ボクたちも受けられるの?」
「一応年齢制限はないよ、私がなれたくらいだし。」
「それもそっか。じゃあ受けてみようかな。」
「…受ける!」
フィーの気合がいつにも増して入っている。
「じゃあ受付に行こうか。」
四人でギルドの受付へと向かう。
「こんにちは、本日はどういったご用件でしょう?」
「後ろの三人に冒険者への試験と私に昇級試験をお願いします。」
銀貨を1枚払い、読み取り機にギルド証を読ませる。
俺が冒険者だと言うのに少し驚いた顔になるが、すぐにその表情を消し、俺の情報を確認する。
「…実力は十分なようですね。あちらを真っ直ぐ進んで頂ければ試験場になります。それと、銀貨は試験官の方へお渡し下さい。」
俺達はそれぞれの試験票と銀貨を受け取り、試験場へ向かう。
(ほぼ役所だな、此処は…。)
(あっちの方が冒険者ギルドって感じだよなぁ…。)
セイランのギルドでのやりとりを思い出し、少し懐かしくなる。
奥まで進むと『試験会場』と札の掛かった大きな扉があったので、それを押し開く。
中は大きな空間になっており、中央には円形のリングがある。
「おう、お前らが受験者か…ってエライちんまいのがゾロゾロきやがったな。」
「こんにちは、今日はよろしくお願いします。」
試験官と思われるガチムチのおっさんに挨拶をする。
「…ふむ、いや悪ぃな。お前さん等ぐらいの奴を相手にするのは初めてだったんでな。」
「よく言われます。」
「ハハハッ、よし、さっさと始めるぞ。俺はドリーグ。お前等の試験官だ。」
そう言ってリングに飛び乗る。
「昇級の奴は最後だ。他の奴から順番にリングに上がってきな。」
「では私が行こう。」
ヒノカがリングに上り、ドリーグに相対する。
「ヒノカ・アズマだ。お相手願います。」
「よし、来な!」
ドリーグが剣を抜いて構える。
ヒノカが一足飛びに間合いを詰め、刀を一閃させる。
キンと甲高い音と共にヒノカの刀が弾かれる。
だがその瞬間、ヒノカは既にドリーグの間合いから抜け出ていた。
(速いな…。)
「へへ、強いな。お前さんは合格だ。次はどいつだ?」
「む、もう終わりなのか?」
ヒノカは少し不満そうに言う。
「あぁ、すまねぇな。俺も結構忙しい身なんでね。俺としても、もっと闘りたいんだがな。」
「じゃあ次は私…っと!」
ニーナが元気良くリングに飛び乗った。
交代に暴れ足りなさそうな顔でヒノカがリングから降りる。
頭を振って気を取り直し、ニーナの試合に集中するようだ。
「行くよ!」
剣を抜き、ニーナが突進していく。
数合打ち合い、ニーナは魔法を織り交ぜ始める。
「”風”!”暴風”!」
「うおっ!魔法も使うのかよ!”水盾”!」
ニーナの風魔法を水の盾で防ぎつつ剣を交わらせる。
更に畳み掛けようとニーナが構え――。
「待て待て!お前も合格だ!」
「ホント!?やったぁ!」
ニーナは飛び上がって喜ぶ。
「全く、後がつかえてるのに勘弁して欲しいぜ。よし、次だ!」
「…はい!」
フィーがリングへと上がる。
「がんばってね、フィー!」
フィーの肩をポンと叩き、フィーと入れ替わる。
コクリと頷き、フィーは剣を抜いた。
フィーの魔力を視てみると、すごい勢いで身体を廻っている。強化エンジン全開だ。
制御出来るギリギリでぶん回しているようで、少しずつ魔力が漏れているのが分かる。
(本気出し過ぎじゃね…?)
「…行きます!」
…―――ィィィイイーーン!ガラン!ガラン!
フィーの姿が掻き消えたと思った瞬間、ドリーグの剣が宙を舞って落ちてきた。
ドリーグの首筋にはピタリとフィーの剣が当てられている。
「………ッ。」
ドリーグは声も出ないようだ。
ニーナとヒノカも同様に驚愕している。
「な、なんだ今のは…。」
「あれが…フィーの本気…?はじめて見た…。」
(俺も初めて見たわ…。)
フィーの強化魔法が凄い事は知っていたが、想像よりも遥か先に行っていたようだ。
「…ご、合格だ。」
グリードが声を絞り出した。
フィーは剣を収めると俺達の方へ駆け寄ってくる。
「…私もいけたよ!」
「おめでとう、お姉ちゃん。でもあんまり無理しちゃダメだよ。大丈夫?」
「…うん、思ってたより平気。もっとれんしゅうすればまだいけると思う。」
まだ強くなんのか…。
「すごいじゃん、フィー!おじさんに勝っちゃったよ!」
「今度は是非私とも手合わせしてくれ。」
わいわいと騒いでいるとドリーグがリングから降りてくる。
「ふぅ、すげぇのが来たもんだ。ほら、お前等の試験票だ。」
三人に合格と書かれた試験票を返す。
「こいつらもそうだが、よりによって一番ちっこいのが昇級試験とは…世の中どうなってんだ?」
俺の試験票を見てドリーグが俺に聞いてくる。
「ランクEか、じゃあランクDの試験でいいな?」
「Cの試験は受けられますか?」
「構わねぇがお前……いや、ランクCの試験で良いんだな?」
「はい、お願いします。」
「分かった、試験はトロルとの戦闘を行ってもらう。勿論勝てば合格だ。」
「トロル…ですか。」
「と言っても幻影だがな。あそこにある箱みたいな魔道具で出せる。仕組みは知らんがな。」
ドリーグが示した部屋の隅を見ると、自販機の様な魔道具が置いてある。
「じゃあ銀貨をよこしな。」
銀貨を受けとったドリーグは自販機へと向かう。
「リングに上がってな、すぐに出るから気を付けろよ。」
自販機の前へと着いたドリーグはコイン投入口のスリットに銀貨を入れる。
チャリンと小気味のいい音が響き、自販機のボタンが発光した。
ドリーグがボタンを押すと、リングの上に魔力が集まり始める。
しばらく経つと、図鑑で見たのと同じトロルがリング上に創り出された。
脂肪がたっぷりとついた巨大な体、肌は薄い緑をしている。
頭には角が二本生えており、対を成すように口からは牙が二本見えている。
木をそのままへし折ったような丸太を持ち、こちらを威嚇してくる。
「ほう、あれがトロルか。」
「おおー!なんか出てきた!すごいね、フィー!」
「…がんばれ、アリス。」
外野は楽しそうだ。主にニーナが。
「ぅおっと!」
バックステップで一気に後ろへ下がる。
ブオォォォン!!
轟音と共に俺が今まで立っていた場所をトロルの振るった丸太が蹂躙していった。
間を置かずに、丸太を振り回しつつトロルが俺に向かって突進してくる。
迫力満点だ。
(思ったより機敏に動くな。)
トロルの繰り出す攻撃を躱して様子を窺う。
「ウガアァァァッ!!!」
業を煮やしたのか、トロルは吠えると俺に向かって丸太をぶん投げてきた。
それを大きく跳んで躱す。
「キャアア!」
轟音を響かせながら飛来する丸太に声を上げるニーナ。
丸太はそのままリングの淵を越えると霧散して消えた。
どうやらリングの中だけでしか姿が保てないようだ。
「アリス、気を付けろっ!」
着地の隙を逃すまいと、またもやトロルが突進してくる。
俺は触手を使ってさらに跳び、滞空時間を延ばす。
タイミングを外されたトロルは俺の下を通り過ぎ、たたらを踏んだ。
その無防備になった一瞬にトロルの頭上から強襲し、刀で脳天を貫く。
根元まで刺さった刀から手を離し、そのまま跳び退ってトロルとの距離をとった。
ドオォォン!と大きな音を響かせてトロルの体が倒れる。
そのままトロルの体を形成していた魔力が散っていき、俺の刀と銀貨を一枚を残して綺麗さっぱりと消えてしまった。
「鮮やかなもんだな、合格だ。その銀貨はお前さんのだぜ。」
勝てば銀貨を返却とはこういう事のようだ。
「全く、こんなガキが合格しちまうとはな…。あの魔道具壊れちまったか?ほら、試験票だ。」
合格印を押された試験票を受け取る。
「ありがとうございました。」
「それはこっちの科白だぜ、いいもんが見れたよ。次も受けるなら俺が担当したいもんだな、ハハハ!」
ドリーグとの別れを済ませ、試験場から受付へ戻り、全員分の試験票を提出する。
「皆さん合格ですね。おめでとうございます。ギルド証と学生証をお預かりしますね。少々お時間を頂きますので、あちらに掛けてお待ちください。」
ギルド証と学生証を受け取った受付の人はそのまま奥へと消えていった。
俺たちは近くのソファに座り、時間を過ごす。
「…アリス、だいじょうぶ?けがはない?」
フィーが俺の身体を触りながら聞いてくる。
「うん、大丈夫だよ。皆思ったより簡単にいけたね。」
「そうだねー、こんなことならもっと早くなっとけばよかったな。」
「私はまだまだだと思い知らされた。」
「あー…、あっちの二人はすごすぎるだけだから気にしないほうがいいよ、うん。」
雑談に興じていると受付の人が戻ってくる。
「お待たせしました、こちらがギルド証になります。」
それぞれにギルド証が渡された。
「おー、やったね。」
「…うん。」
「ふむ、これがギルド証か…。」
皆が盛り上がっている間、俺は自分のランクを確認する。
(ちゃんとランクCになってるな。これで討伐依頼も受けられる。)
まぁ、別段急いで依頼をこなす必要は無いだろう。
「皆、とりあえず今日は寮に戻ってパーティにしよう。」
「お!そうだね、さんせーい!」
今日は依頼を受けずに買い物をしてから寮へ戻り、ひとしきり騒いで日を終えたのだった。




